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第四話「修羅場のど真ん中から見えた風景」

 「もういいよ。帰ろう。修真」


 聞こえるか聞こえないかわからないような囁きを俺の耳は拾った。

 それとほぼ同時に黙って三人の争いを見つめることしかできなかった俺の肩にポンッと優しく手が置かれた。振り返ると今までに見たことのないような優しい顔をした美咲がいた。


 「修真。帰ろうよ」


 俺の肩に置かれた手に籠っているのがわかった。

 ぎゅっと俺の肩を掴んでいる。


 「み、美咲……」


 かける言葉が見つからない。こんな美咲は初めてだ。


 「もういいの。全部いいからさ」

 「みさき……?」

 「……こんなのいいよ」

 「美咲君!」

 「もう悩まなくていいよ。修真」

 「み、美咲さん!」

 「……だ、だからさ、帰ろうよ」


 俺は――俺は初めて見る「本当の美咲」にただ戸惑った。

 俺は知ったつもりでいたんだ。すべてを知っていたつもりだった。

 修羅場の先にはきっと皆、笑える場所があるはずだって思っていた。

 平和が訪れるのだと思っていた。

 修羅場の中で芽吹いたつぼみも、きっと花開くのだと思っていた。


 だが、実際はどうだっただろうか?


 修羅場の先に「本当の花」が開くことは……きっとないのだ。


 「……だ、だからさ、帰ろうよ」


 俺の肩に置かれた小さな美咲の手が小刻みに震えている。


 「戦争とか。覇権とか。英雄とかさ……。修真が悩むことはないよ……」

 「……」


 俺は向かいあう美咲をただ見つめることしかできなかった。


 「だ、だからさ…………」


 顔を上げた彼女の瞳からはたくさんの想いがこぼれていた。


 「帰ろう?」


       × × ×


 南に領土を広げる岸野一族。その領土は大陸の約一割程。

 四部族の中では領土面積が一番少なく、決して豊かとはいえる部族ではなかった。そんな岸野一族の次世代を担うと言われた、美咲という少女。

 彼女は幼少の頃から類まれなる剣術センスを持ち、他を寄せ付けなかった。

 だが、そんな将来有望な彼女には次世代を担う上で一つの不安要素があったのだった。

 

 「あー、イライラする」

 「み、美咲さん。もう少し手加減してあげて? ね?」

 「だって、こいつ弱すぎ」


 岸野一族にとって剣術を学ぶことは誇りであり、そして義務でもあった。


 「だ、だって……」

 「あんた、もう少し真面目にやってよ」

 「うぅ……」

 「み、美咲さんはあちらで剣術理論の勉強をしていてもらえますか?」

 「……」


 幼少の頃は剣術学校に通うことを義務とされていたのだ。

 当然、美咲も例外ではない。


 (おい、また泣かしたってよ)

 (また、あの化け物かよ)


 「ちっ」


 (おーこわ。化け物がこっちを睨んでるぜ)

 (知ってるか? あいつって先生からも怖がられてるらしいぜ)

 (確かに先生って、あいつにだけは「さん」付けだよな)


 グシャッ。


 (お、おい行こうぜ。俺たちもあの本みたいにしわくちゃにされちゃかなわないからな)

 (あ、ああ)


 岸野一族の保有する領土の中でも最南端。

 そんな田舎からでも圧倒的力を持つ美咲の名は岸野一族の本家までにも伝わる程だった。

 だが、そんな美咲の存在は田舎の中では恐怖の対象にしかならなかった。

 そう。岸野美咲は優秀すぎるが故に孤立していたのだ。

 そして――故に人との接し方を知らずにいた。

 これが彼女が次世代を担う上での不安要素だった。

 その後も彼女は不安要素をなかなか克服できずに学校に通ってもただ戦術書を読む毎日。そんなことでは解消されるはずもなかった。


 だが、そんな彼女に転機が訪れる。

 それは一人の少年との出会い。

 

 「なあ、お前」

 「……」

 「なあ」

 「……」

 「おーい、聞いてるか?」

 「何よ」


 それは大陸の南に移住してきたという一人の少年。


 「お前さ。ずっと剣術理論の本ばっかり呼んでるけどさ、実技の方はいいのか?」

 「……あんた、もしかして喧嘩売ってる?」

 「あ、ごめん。もしかして体が弱かったとかか? だとしたら無粋なこと聞いて悪かった」

 「……弱い? あんた、いい加減しなさいよ」

 「え、何?」

 「いい加減にしなさいと言ってるの! バカにするのもいい加減にしさないよ!! アタシが弱いはずないでしょ!!!」

 「え、お前強いの? だったら俺の実技練習、手伝ってくれよ。今日はやる相手がいなくてさ」

 「いいわよ。きなさい!」

 「お、やってくれるのか? やったぜ」


 この少年。名を――修真といった。

 

 「はあはあ。お、お前強いな」


 夕日に照らされる修真の姿はボロボロ。

 ちらほらと流血が見られ、息も絶え絶えだった。


 「ふ、ふん。そりゃそうよ」


 一方の美咲には傷一つない。

 しかし彼女の額には多量の汗が見られ、強がっている割りには彼女もまた息絶え絶えだった。傷一つないとは言ってもキレイとは言い難い状況だった。


 「なあ」

 「何よ?」

 「また明日もいいか?」

 「……な、なんでそんなに嬉しそうなのよ? 痛くないの? 怖くないの? もうやめておいた方がいいじゃない?」

 「怖い? やめる? なんでだよ?」

 「だ、だって……さ」

 「まあ、そりゃ痛いけどさ」

 「じ、じゃあなんで……」

 「でもお前は俺を殺したりはしないだろ? 傷つけたりはしないだろ? だから怖いとは思わないよ」

 「で、でも血が……」

 「ああ、これは俺の力不足だよ。お前は傷つけようして傷つけたわけじゃないだろ?」

 「ま、まあ……そうよね」

 「俺はお前に付いて行けなかっただけだ。お前の力量について行けなかっただけだ」

 「そ、そう……」

 「それに――」

 「それに?」

 「お前は意外と優しいし。手加減ちょいちょいしてだろ?」

 「………………なるほど。つまりあんたは『M』ってことね?」

 「どこをどう解釈したらそうなるんだよっ!」

 「あ、アタシは『M』がうつるといけないから先に帰るわ」

 「おい、待てよ。一緒に――」

 「じゃあ、さよならっ! また明日」

 「って、早いな。おい」


 修真が美咲の行方を確認した時には、すでに彼女は点のように小さかった。


 「……また明日か」


 二人は毎日、夕日が沈むまで稽古した。

 時にはすれ違うこともあった。時には涙することもあった。時には喧嘩することもあった。

 だが、二人は決して離れず切磋琢磨を続けた。その結果『岸野の二本刀』と呼ばれるまでの成長を成し遂げた。

 美咲と修真は、岸野美咲、岸野修真として岸野本家の名を受け継ぐとこととなったのだった。


 そして――美咲はいつしか笑うようになっていたのだ。


        × × ×


 「あ、あたしはただ傷ついてほしくないだけなの」

 美咲は涙声になりながらも必死に言葉を紡ぐ。


 「だから……修真は先に帰ってて」

 「は? おい美咲。何言ってるん――」

 「ほら、あたしは魔王討伐特殊部隊には選ばれなかったじゃない? だから次は、あたしが頑張る番」

 「……」

 「あたしだって二本刀の一人よ。相方が英雄だしさ。それじゃアタシの面目が立たないじゃない?」


 美咲は先程までとは一変し、気丈に笑ってみせくれた。


 「だから、先に戻ってて。あたしもすぐに行くからさ」


 だが、こんな笑顔ほど空虚で悲しいことはない。見ていて心苦しい。


 「あの時」のようだ。いや、まだ「あの時」の方がよかった。

 ぶすっと仏頂面を決め込んで戦術書を読んでいた「あの時」の方がまだマシだった。


 だから、俺はまたしても勝手に動いてしまっていた。


 「なーにが、『先に帰ってて』だよ」

 「し、修真?」

 「魔王討伐特殊部隊に選ばれた日、世界の危機だってのにお前すっごいゴネたよな。『あたしも行く!』ってさ。それで挙句の果てには『もう一生帰ってくんな!』だもんな」

 「そ、それは……」

 「俺はそれを言われた時、正直むかっとしたぞ。言ってることが訳わからんし、破綻してたからな」

 「……ごめん」

 「でも、その後後悔した。なんで相棒を連れてこなかったんだろうって」

 「え?」


 「俺は相棒がいなくて痛い思いを何度したことか。いなくなって相棒がこれほどまでに頼もしいものだったんだって始めて気づかされたよ」


 俺は美咲の震える手を握って言う。


 「だからな、一人で何でもするのは無しだ。だって俺たち『岸野の二本刀』だろ? 美咲の『卍ブレード』で道を開いて、俺が切り込む。これが『岸野の二本刀』だ。俺たちは二人で一人。だから英雄とかは関係ないんだ。だからそんな俺だけに帰れとかいうなよ。帰る時も死ぬ時も一緒だ」


 美咲はそれまで何も言わなかったが、ここにきて口を弱弱しく震わせた。


 「で、でもあたしはただ……。

  ただ修真が傷つくことが嫌なの。これ以上戦ってほしくない」

 「俺がまったくの無傷でいるのは無理だ。俺の実力不足が原因だからな。

  それに俺に戦うなというのも無理だ。だって俺は『M』だからな」

 「し、修真……」

 「だから俺が傷つかないように護衛してくれ。今度は俺と一緒に戦ってくれ。俺と一緒にいてくれ。俺と『M』になってくれ」

 「……う、うん。わかった」

 「美咲……ありがとな」


 微かに潤んだ美咲の瞳。

 押せば倒れてしまいそうな震えた足。

 殴られても痛くなそうな弱く握られた手。


 「し、修真……」


 気が付いたら俺はそんな美咲の両肩に掌を乗せていた。


 「美咲……」

 


 ――護りたい。



 こんなにも弱々しい彼女を護りたい。

 今の俺にあるのはただその一心だ。


 「あ、あなたたちいつまでそうやっているつもりですか?」


 俺はハッとなって声のした方に顔を向ける。

 するとそこにはちょっと顔を赤らめ、不機嫌そうな南雲の姿があった。


 「あ、ごめん」

 「……」


 なんか勢いとはいえ美咲には悪いことしたかな? 今もずっと俯いたままだし。


 「べ、別にあなただけではないのですよ」


 南雲は美咲に向かって語りかける。


 「美咲さん。私たちも面目が立たないのです。同じ魔王討伐特殊部隊に配属されておいて魔王戦では、まったく役に立たなかったことが。あの時は修真さんにおんぶにだっこでした。何の助けもすることはできませんでした。正直足手まといでさえあったと思います」

 「美咲君。僕も同じ気持ちだよ。僕だって、もう誰かが傷つくのは嫌なんだ」

 「みくる、おなじ」


 南雲だけではない。美咲の周りにはイルマ、みくるちゃんの姿もあった。


 「今度は僕たちが修真君を助けてあげるんだ」

 「わ、わかってくれた――」


 美咲は南雲たちの語りかけに反応を見せた。どうやら心に響くものがあったらしい。だが、これでハッピーエンド……とはまたしてもいかなかった。


 「だからあなたには協力できないんです」

 「な、なんでよ!」

 「あなたには今起ころうとしている四部族全面戦争の本質が見えていないのですか?」

 「え? それはさっきあんたが言った覇権の争奪だって……」

 「……ったく、なんで『岸野の二本刀』はそろってニブチンなんでしょうか?

  あんな小さいみくるさんでも察することができるというのに。

  そ、それにああいうのは……周りの空気も察して欲しいものです」


 南雲がブツクサと何か言っている。

 南雲って、なんかたまに暗くて怖い時があるような、ないような。


 「そんな暗くて怖い私があなた方のために仕方なく教えて差し上げましょう」


 み、見られていた。心の中、見られていた。やっぱり怖いよ。この人。


 「いいですか。一度しかいいません。わかりましたか。ニブチン兄妹」

 「き、兄妹きょうだいじゃないわよ」

 「あれ? そうでしたっけ?」

 「姉弟きょうだいよ」

 「おい、違うだろ。義理家族きょうだいだろ」

 「黙りなさい。ニブチン野郎共」

 「「は、はい」」


 和やかなムードが流れていた。

 このまま、この暖かな天気が続けばいいなー。と思っていたのもつかの間。

 そんなものはこの一瞬だけだったのだ。

 これは言うならば「台風の目」。

 俺は今、嵐の中心にいたのだ。いや修羅場の中心といった方がいいかもしれない。

 なぜなら、南雲がこんなことを言ったからだ。


 「この四部族全面戦争は覇権、つまりは修真さんを巡って戦っているのです」

 「は?」

 「そして、私たちが先程から戦っているのもそのためです」

 「いや意味が……」

 「私たちは皆、修真さんが欲しいのです」


 南雲がその言葉を言い終えると俺にはある風景が見えてきた。

 その風景は台風の目のから見えた嵐の様子。大荒れの天気模様だ。


 ――修羅場のど真ん中から見えた風景。


 それはゆっくりと、だが確かに嵐が迫り来る様子だった。

 果たして俺はこの嵐の中で彼女を護りきることはできるのだろうか。

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