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第二話「先程までの修羅場はどこに行ったのだろうか?」

 どうしたというんだ。俺は知らない。わからないぞ。

 俺の心を覆うのは恐怖。頭を支配するのは焦燥。目の前に広がるのは修羅場の痕。もう何がなんだかわからなかった。


 それでも俺はなぜか彼女たちに近づいていた。

 俺の残り少ない理性がそうさせたに違いない。


 「よ、よかった……」

 幸いにも全員息はあった。急いでヒーリングを試みる。


 「……はっ」

 だが俺はここであることに気がつく。


 「お、俺にヒーリングは……」


 俺にヒーリングについての知識はない。

 ヒーリングの術を扱うことはできないのだ。

 つまり、俺に彼女たちを救うことは……、


 「いや。やるしかない」


 できないなんてのはダメだ。なんとかするんだ。

 それが俺の理性からの指令だった。この指令は絶対だ。

 だが、これがさらに俺の恐怖と焦燥を加速させる。


 「確か、こんな……感じだったか」


 イルマの『癒しの舞』見よう見まねで踊ってみる。

 この舞いには俺もいくらかお世話になったことがあった。

 頼む。これでなんとかなってくれ。


 「……」


 しかし、訪れたのは沈黙のみ。

 静かな風が吹くばかりで何も起きない。

 冷静に考えれば、できるはずもない。


 「くそっ。どうすればいい? どうすれば……」


 俺は頭をフル回転させる。

 だが、それがさらに心を覆う恐怖が俺を蝕み、頭を支配する焦燥が俺をたきつける。考えれば考えるほど理性はどんどん失われていった。


 「……」

 何も思いつかない。


 「あら英雄さん。お困り?」


 聞こえたこの声もきっと俺の焦燥が見せた幻聴だ、幻覚だ。

 ここは元々広原のど真ん中だぞ。こんなところに人がいるわけがない。


 「ちょっと聞いてます? 英雄さん?」


 しつこいぞ。俺の感情が生み出したモンスターめ。

 俺は今、忙しいんだよ。消えろ。


 「もしもし? ヒーリング術使わなくいいのかな? このままだとこの方たち死にますよー」

 「わかってる! 俺はヒーリングが使えないんだよ!」

 「アタシ、使えるけど?」

 「ほ、ほんとうか!」

 

 『藁にもすがる思い』『猫の手も借りたい』

 こんな言葉がある。

 ならば、今のこの気持ちは、

 『幻にもすがる思い』『モンスターの手も借りたい』

 こんな感じだろうか。


 だから、その言葉の一心で、幻の姿を、モンスターの姿を確認する。

 俺が何気なく見たその姿。その姿を見てしばし絶句した。


 「お、お前は……」


 そこにいたのは絶対に許してはならない存在。

 俺の――いや人類の敵。


 「お久しぶりね。英雄さん」


 俺の心を覆うのは少しの恐怖と「怒り」。

 頭を支配するのは少しの焦燥と「怒り」。

 目の前に広がるのは確かに残る修羅場の痕と一人の「魔王」。


 「魔王エミリオンっ!!!」


 俺は気がついたら、剣を背中の鞘から引き抜き、魔王に飛びかかっていた。


 「覚悟しろっ!」


 にぶい音が辺りに響く。やったか!?


 「いきなり痛いなー」


 エミリオンは頭をさすりながら目に少しの涙を浮かべている。

 しかし、ダメージの受けたのはエミリオンではない。

 俺の剣の方だった。


 「く、くそ」


 剣にはちらっと見ただけでもわかるだけの大きな亀裂が入っていた。

 この剣はもう使い物にならないだろう。


 「やめてくれよー。痛いからさー」


 こ、こいつ……!

 何が『やめてくれよー。痛いからさー』だ。ふざけやがって。

 お前たちが俺たちにどれだけの痛みを与えてわかってるのか。


 そうだ。全部こいつが悪いんだ。全部こいつのせいだ。


 こいつがこの大陸を攻めなければ、こいつが人々を襲わせなければ、こいつが現れなければ。全部。全部。全部。こいつが悪いんだ!




 ドクン。




 ――こいつさえ……イナケレバ。コイツサエキエレバイインダ。



 「これは……まずいね」

 


       × × ×


 「はっ!」


 俺はいつの間にか気を失っていたようだ。またこれか……。

 俺は身体をゆっくりと起こした。

 うっ。な、なんだこの胸の痛みは。胸が張り裂けそうだ。


 「そ、そうだ。それよりあいつは!?」


 魔王は、エミリオンはまだ生きていたんだ。今度こそ仕留めないと。

 俺は胸を手で押さえながら、エミリオンの姿を探して辺りを見回す。


 「ん? ここはどこだ?」


 だが辺りはエミリオンどころか、何もない。

 空もなければ、山もない。川もなければ、海もない。

 先ほどまでの血塗れた岩場もなければ、倒れた四人の仲間たちの姿もない。


 何もない。一寸先も見えない。真っ暗な空間だった。

 本当にここはどこのなのだろうか?

 

 (――さん、聞こえますか?)


 なんだろう? これは。誰かが俺に呼びかけてくれているのだろうか?

 辺りを見回してもそれらしきものは見つからない。


 (修真さん、聞こえますか?)


 この声は耳から入ってくるものではなかった。

 なんといえばいいのだろうか。誰かが俺の心に呼びかけている、そんな気がする。


 「誰だ?」

 (!! 私の声が聞えるのですね?)

 「ああ、聞こえる」

 (よ、よかったー)

 (――しん、修真っ!)

 (――さん、落ち着いてください)

 (――シン、おきるよね? おきるよね?)

 (――さんも落ち着いてください。私の操術を使って呼びかけてますから)

 (――は少し休ませてもらうよ。今日はたくさん踊ったからね)

 (――さん、ありがとうございました。ゆっくり休んでください)

 「……俺を放って楽しそうですね」

 (すみません。修真さん。今、起こしてあげますね)



       × × ×


 青い空に白い雲。そして、どこまでも広がる豊かな緑。

 俺は元のいた世界に戻ってきたことを悟った。


 視線を少し動かすと、見えたのは四人の女の子たち。

 そうか。さっきのは南雲の操術によるものか。

 通りで少し聞き覚えのある声だと思った。


 「お、お前ら大丈夫か?」


 俺が目を覚ましての開口一番はそれだった。


 「ええ、おかげさまで」

 「シューシン、ありがと」

 「その……あの……迷惑かけたわね」

 「君には恥ずかしいところを見られちゃったかな?」


 ある者はほっと一安心。

 ある者は素直に一礼。

 ある者は少し頬を赤らめつつ目を逸らす。

 ある者は自分の醜態を恥じた。


 彼女たちの反応は様々なものだった。

 だが、彼女らには一つの共通点があった。


 それは皆、頬が緩んでいたのだ。


 ……ちょっとまて。おかしいぞ。


 なぜ、彼女たちは回復しているんだ。

 なぜ、ひどいありさまだったはずのここに緑が戻っているんだ。

 魔王はどこにいった? あれは幻覚だったのだろうか。


 何より、なぜ皆笑っているのだ。


 先程までの修羅場はどこに行ったのだろうか。

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