第十四話「ユメノはじまり――修羅場を切り開くムボウ」
自慢じゃないけどみくるには思い通りにならないことがなかった。
お父さんは街で一番偉い人だったし、なによりみくるには天地想像の力があった。
天地想像の力はユメノ一族ならば誰もが使えるというわけではなく、ごく一部の人間、選ばれた人間にだけ使えた。だから皆、みくるの言うことに従った。困ることは何一つとしてなかった。
でも――つまんない。
天地想像の力に目覚めたその時から、すべてがつまらなくなった。
学校に行ってもつまらない。
学校が終わって、友達と遊んでもつまらない。
家に帰ってきてからもつまらない。
日が昇ってまた学校に行ってもつまらない。
いつだってどこだってつまらなかった。
そして、次第にみくるは笑わなくなり、話さなくなった。
感情というものが薄れていったような気がした。それは全部つまらなかったから。
それはある人に出会うまでの話し、ではあるのだが――。
× × ×
年齢に見合わない聡明さを持つみくるちゃんの考案した打開策はこんなものだった。
一、たくさんの岩盤を俺たちの頭上に創造し、ひぐままでの道を創る。
二、俺たちはその道を使って、ひぐまの元へ向かう。
三、みくるちゃんはその間、頑張ってひぐまの大木アタックを防ぐ。
はっきり言って――無謀としか思えない。
まず、みくるちゃんの天地想像の力は『三つ』までしか想像して維持できない。
天条の一族が俺たちを襲った時もみくるちゃんは美咲に使わせていた石の剣、風、雷の三つだったことから、みくるちゃんの力は恐らく進化していないだろう。だから今、頭上にあるような岩盤をたくさん創造することは不可能。よって、もしこれを実行するならば創って、維持して、消してのルーチンワークを何度も繰り返して道を創造することになる。みくるちゃんがここまで天地想像の力をそのように使ったことがみたことがないため、それはひどく難しいことなのだろうと推測できる。でもみくるちゃんはこれを提案した。
ならば、一つの大きな岩盤を創ればいいではないかと思ったのだが、これは岩盤の耐久性に問題が発生する。あの大木を受けきれるほどの厚さを『卍ブレード』の範囲外にいるひぐままで届くほどの大きさとを兼ね備えた岩盤は一体どれだけの重さになるのだろうか。そしてそれを空中に維持しておく力、ひぐまの大木の衝撃から守る力、それを合計するならばどれだけの力が必要となるのだろうか。俺には想像もつかない。
そして、あの黒雲を退ける風を創造するべきだとも考えたが、どうやら天地想像の術同士がぶつかった場合、その勝敗は術者の技量に依存するらしい。みくるちゃん曰くひぐまの天地想像の力にみくるちゃんの天地想像の力は到底及ばないらしい。つまり強い風を創造したところで黒雲は消えないのだ。
『目的地瞬間移動穴』については不安が残るらしい。ひぐまが酸性雨を降らせていない範囲はおよそ直径二メートルほど。その範囲に確実に移動できるという保証はないらしい。精度はせいぜい半径五メートルだという。これでは穴を潜ったその先が地獄ということもありえるのだ。
よって、みくるちゃんの天地想像の力に頼るとするならば、彼女の提案にそのまま乗るしかないのだ。
皆それはわかっているから、誰一人として、何も言わない。
だから、戦況は動き出したのだ。
「いく、よ」
その合図と同時に岩盤の一部が砕け散り、人が一人通れるくらいの穴が生み出される。
穴の先には、同じような岩盤が続いていた。
みくるちゃんが最前の岩盤下に移動したので俺たちもそれに倣う。
俺たちが移動したの確認して、みくるちゃんは背後の岩盤を壊す。
そして、また穴が現れて――の繰り返し。
「はあ……はぁはぁ」
しかし、それを繰り返すうちに、みくるちゃんは段々に疲れていっていた。
岩盤はどんどん粗悪な作りになっていき、俺たちを囲むようにしていたものが、いつの間にか頭上を守るための最低限しか存在していなかった。
「ま、まだか。ひぐまは?」
「どうやら向こう側も同じ手法で私たちから遠ざかるように移動しているようです」
「そ、それは……」
南雲の告げた事実が一つの事柄を要求していた。
――こちらはそれを圧倒的に上回るスピードで移動しなければならない。
つまるところ――。
「みくる、もっと、はやく」
それは幼い少女が口にするように、創る、維持する、消すのルーチンワークのスピードアップにつながるわけで。
「ま、まかせて、よ」
みくるちゃんにこれ以上の無理を要求することになる。
そして、それに応えようと少女は必至に必至に想像を繰り返した。
だからなのだろう。
みくるちゃんが――。
「ぎ……き、ギイイィィィッッッッ!!!!!」
――地を這う手負いの魔族たちの存在に気が付かなかったのは。
× × ×
始めて思い通りにならなかった。
目の前の男が『マーピン』というとても苦い、食べ物とは思えないものをこれを食べることを強要してくるのだ。
「みくるちゃん、全部食べなきゃ駄目だぞ」
「いや」
初対面で面識がないからだろうか。彼にはみくるに対する遠慮がなかった。
みくるが嫌といっているのに、それでも小皿の差し出してくる。
「大陸の皆が飢えに苦しむ中、そんなわがままは駄目だぞ」
「…………」
彼が言うことはもっともなことだった。でも嫌なものは嫌だ。
そもそも、こんな奴等と一緒に旅すること自体が嫌だ。
こんな女々しい男と話すのはもっと嫌だ。
……嫌だ?
みくるの中に「つまらない」以外が生まれた瞬間だった。
それはその翌日のことだった。
偶然にも人間を襲う魔族の群れに出くわした。
あーうるさいうるさい。それになんか臭いし。
今日も今日とて天地想像の力で魔族を薙ぎ払おうとしていたのだが、昨日のこともあってかその日はイライラしていた。だから――。
「あ、れ?」
天地想像の力を使いすぎてしまった。この時はまだ天地想像に上限があるなんて知らなかった。
「っ!」
やばい。第六感が言っていた。
みくるには天地想像以外には何もない。だからものすごい勢いで迫ってくる魔族を躱す術がなかった。
目を瞑って、すべてを覚悟した――その刹那。
「ギイイィィィッッッッ!!!!!」
魔族が醜い悲鳴を上げた。目をゆっくりと開くとそこにはあの男がいた。
「みくるちゃん、大丈夫?」
その男は――今までにみくるが見たことのないような優しい笑顔をしていた。
「っ!」
そんな彼が突然眉を少しあげた後にこちらに剣を突き立ててきた。
剣はみくるのすぐ横を走り抜ける。
そして、魔族の醜い悲鳴がまた上がった。
「ふぅー危ない危ない」
「……」
みくるは残った魔族の討伐もせずにとあることを考えていた。
……この人、もしかして――。
「みくるちゃん……」
そして、魔族があらかた姿がなくなると辺りが静かになる。すると男はこちらを真っ直ぐに見つめてきた。
「いやー想像通りにはいかないもんだね」
恥ずかしそうに頭を掻きながら、唐突にそんなことを言ってきた。
そして、聞いてもいないのに彼は続けた。
「これ見てよ。これ」
そう言って彼は軽鎧と剣を見せつけてくる。
そこには魔族の臭い返り血が多量に付着していた。
よく見ると顔なんかにも少々付いていたのがわかった。
「本当はさ。もっとこう、華麗に決めるつもりだったんだよ」
空気を相手に「ていてい」と口にしながら、彼は剣を振るう。
……恐らく、それが彼の言う「華麗」なのだろう。
だが、彼はふと動きを止めると覗き込むようにしゃがみこんできた。
「本当にさ。全然思い通りになんかいかないよね」
どこか知った風な口調で、諭すように男はみくるに話す。
そんなことはない。お前が現れるまでみくるは――。
「思い通りになるから――『想い通り』にはならない。 そうだよねみくるちゃん?」
「……」
何か反論しようとしていたのだが、その言葉がみくるの口を閉ざした。
それでも何か言わないと負けた気がした。だから問うた。
「なんで……?」
男はそれを聞くと、魔王や魔族たちが発しているといわれる魔力のせいで、紅色に染まった空を見つめた。そして、ややあってから鼻頭を掻きながら男は口を開いた。
「……みくるちゃん、昨日南雲が言ってたんだ。『少しだけど初めてみくるさんの心が見えた』って」
あのいつも気難しい顔をしている女に、みくるの感情が見える……?
つまり、それはみくるに感情が――。
「みくるちゃんは今も、つまんないかな?」
その問いに対する答えは決まっていただろう。
だから、聞いたのだ。
「なまえ……」
「名前? まだ覚えられてなかったのか……」
残念そうな顔をしたものの彼は胸に手を当てて答えてくれた。
「岸野修真だ」
「シュー、シン?」
「そう。修真」
「シューシン、ありがと」
みくるに「想い」を思い出させてくれた人の名を呼ぶのだった。
この人はもしかして――じゃない。
シューシンは間違いなく――かっけぇんだ。
それはみくるが始めて夢望した瞬間だった――。
× × ×
これが――何もない俺に唯一できることだった。
「ギイイィィィッッッッ!!!!!」
「し、シューシン……?」
肩で息をするみくるちゃんが魔族の存在に気が付いたのは、俺が魔族を蹴り飛ばしてからだった。
「みくるちゃん、大丈夫?」
俺が問うとみくるちゃんはこくりと頷いて見せる。
偶然にも同じセリフに、同じようなシチュエーションか。
始めてみくるちゃんが俺の名前を呼んでくれた時のことを思い出すな。
「……シューシン。剣は?」
「まあ、エミリオンとちょっとあってな」
「そう……」
「――っ!!!」
俺が安堵の溜息をついたその頃。
やはり――。
物事というのははどうしても自分の思い通りにはならないもので――。
――俺の背後『目的地瞬間移動穴』が現れたかと思うと、そこから見えた魔族が目を光らせていた。
その時、向かい合うみくるちゃんに小さな異変が起きたのだった――。




