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第十三話「最大の修羅場で見た、初めての微笑み」

 ユメノ一族が有する天地想像の力。

 それが『天地創造』ではなく『天地想像』と称されるのは、その自由度に所以するのだろう。

 その証拠にみくるちゃんは黒雲を生み出すによって雷を発生させ攻撃を行っていたが、ひぐまの場合は、

 

 「っ!!! みくるさんっ! 私たちを今すぐにこの雨から守ってくださいっ!」

 「わ、わかった」

 「どうしたんだ南雲? ただの雨じゃないか」

 「修真さん、これは『酸性雨』というものです」

 「酸性雨?」

 「ええ。まあ簡単に言いますと毒性の非常に強い雨といったところでしょうか」


 自分の立つその場所以外に大量の酸性雨をこの地にもたらしたのだ。

 俺たちは間一髪みくるちゃんが隆起させた岩盤によって酸性雨から身を守った。

 

 しかし、俺たちに襲いかかろうとしていた魔族たちはもろに受けたようで、


 「ギイイィィィッッッッ!!!!!」


 汚い鳴き声を最大音量にして叫んだ。

 岩盤の隙間から彼らの様子を窺うと、ほとんどの魔族がその場でうずくまっていた。

 そして、俺らは驚愕した――。


 「あ、あれは……」

 魔族のあの固い皮膚が、まるでスライムのようにドロドロに溶けていたのだ。

 

 「皆さん、わかりましたか。絶対に雨に打たれてはいけません」

 南雲のその言葉に、俺同様に魔族の姿を見ていた皆が唾を飲んだ。


 「ど、どうする?」

 右隣の美咲が俺の顔を覗き込んで、不安そうに尋ねてくる。


 「魔族の方は心配なくなったようだけど、この雨は……」

 イルマがそう言った、直後――。


 「っ!」


 頭上の岩盤からものすごい衝撃が伝わってきた。

 何事かと外を見やると、答えはすぐに見つかった。

 ひぐまが絶対的な存在感を放つ大木を創造し、それを両手で担ぎ上げ岩盤を叩いていたのだ。


 再度、衝撃が密室空間に走る。


 それに伴いあまり感情を表に出さないみくるちゃんが苦痛に顔を歪めていた。


 「だ、だいじょぶ。こわされない」


 天地想像の術は創って終わりではない。維持するのも術の内だ。

 だから、みくるちゃんは岩盤を壊されないよう必至に耐えていた。

 もう残された時間は多くない。彼女の汗量でそれはわかっていた。


 「僕が行くよ」

 イルマがその凛々しい顔をほころばせ、トンと胸を叩く。


 「この距離なら『進化の舞』で肉体強化すれば、ほぼ一瞬で行けるからね」

 「駄目ですイルマさん。見たでしょうあの雨を凄まじさを。一瞬でも無傷ではすみません。

  それにひぐまさんのところに一人ではたどり着いたところで何ができますか?

  あの方はその体躯からもわかるように体術も相当なものですよ?」

 「し、しかし――」

 「誰一人かけては駄目なんです」

 「……そう、だね。どうやら僕では今回は役不足のようだね」


 イルマの提案を南雲が強く却下すると、イルマが静かに引き下がる。

 ならば、と美咲がすぐさま次の案を出す。


 「じゃあ、あんた『操術』でなんとかならないの? 南雲?」


 それを受けて、南雲は顎に手をあてて思案する。

 そして、ゆっくりと結論を述べる。


 「……恐らく難しいかと。みくるさんもそうですが、感情の起伏が見えにくい方には操術が効きにくいのでのです。あくまで操術は生死問わずその者内なる感情を操作する術。憑依とはわけが違うのです。

 まあ憑依ができるのならば難しい話しではないのですが……。私はまだ仙術『憑依』を使えないもので」

 「そう、なの……ね」


 南雲の答えを受けた美咲は小さく首を傾げていた。

 よくわかってないんだろうな……。

 美咲と南雲の間に流れる妙な空気が居たたまれなかったので俺は思いつきを口にした。


 「そうだ。美咲『(まんじ)ブレード』だよ。あれなら距離なら届くんじゃないか?」

 俺は俺には扱うことのできない遠距離剣術の名を出す。

 とっさに天羽々斬(あめのはばきり)と組み合わせることでその刃が届くのではないかと考えたのだが、

 「……厳しいわね。遠すぎるわ」

 「そう、か」


 『卍ブレード』でも駄目、か。

 じゃあ一体どうやったらこの状況を打破できる? 

 イルマが駄目で、南雲が駄目で、美咲が駄目で。どうする?

 ……わからない。


 「ぐっ……」

 俺たちがどうするべきか悩んでいる間にも、どんどんみくるちゃんの表情は苦しいものに変化していた。


 ああ。


 俺は自分が嫌になる。

 ただみくるちゃんの苦しむ姿を見ていることしかできない。指をくわえていることしかできない。

 イルマのように『舞い』が踊れるわけでもなく――。

 南雲のように『操術』が使えるわけでもなく――。

 美咲のように『卍ブレード』や『天羽々斬(あめのはばきり)』という独自の強さがあるわけでもなく――。

 ましてや、みくるちゃんのように『天地想像』の力があるわけでもない。


 だから、せめて皆が何もできない時に何かしたいと思うのだが、

 俺にできたのは想うことだけ。


 俺にあったのは――『英雄』という肩書きだけだったのだ。


 本当に自分が嫌になる。何も持っていない自分がとことん嫌になる。


 「みくるが、なんとか、する」

 唇を噛みながらもみくるちゃんがそんなことを言った。


 「ナグモ」

 「正気ですか……みくるさん」

 「ほんき」 


 みくるちゃんは自分の考えを南雲の操術を介して、彼女に伝えたのだろう。


 そして、南雲は語った。

 みくるちゃんが講じようとしている策を――。



 「み、みくるちゃんっ!」



 聞いた俺は思わず声を荒上げてしまった。

 それほどまでに彼女の作戦は無茶なものだったのだ。


 「だいじょーぶ」


 今も岩盤が壊れないよう努めているみくるちゃんは俺をなだめるように言った。


 「シューシン、だいじょーぶ、だよ?」


 そして、俺は初めて目にした。

 ――みくるちゃんの優しい微笑みを。


 心底、俺は嫌になった。

 こんなにも幼い少女に無理をさせている自分が――。

 たった一人の強い少女にすがることしかできない自分が――。

 なにより、こんなにも優しい少女に心配かけさせてしまった自分が――。

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