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第十二話「今までで一番の修羅場になることを確信した」

「え……なんでそんな――」


俺の突然の要求に戸惑いを見せるエミリオン。

彼女は魔境を解き、俺の足元に視線を送っていた。


「修真さん。先程も言いましたけど彼女は嘘はついてませんよ」


操術に応用を利かせることにより対峙するもののみならず、

対象とした不特定多数の人物の心をも読くことのできる南雲はそう断言する。


だが、俺が疑問に思ったのはそこではない。


「南雲、違うんだ。俺が問題にしているのは『この世界が魔界かどうか』じゃない。『この世界に魔族が存在しているのか』だ」


「? それってどう違うの?」


 美咲が小首を傾げて、俺に問う。

 どうやら南雲は俺の考えを読んで理解したようだけど、他が誰一人として理解していないから説明しておこうかな。


「エミリオンは言ったよな? 『魔族はここにいないから安心しろ』ってさ」

「そうだね。言っていたね」


 イルマがこくりと頷き、肯定した。


「『ここにはいない』じゃあ『他にいる』って言ったか?」 

「……ソレ、いってない」


 相変わらずの無表情でみくるちゃんは俺の言葉を支持してくれた。


「南雲の手前、嘘はつけない。だけど嘘は言葉にしない限り、嘘にはならないんだよ」

「? 一体どういう……?」

「美咲さんは口を挟まないでください。テンポが悪くなりますので」

「っ! あんたね……!」


 美咲が今にも『天羽々斬(あめのはばきり)』を現出させて切りかかりそうな勢いで南雲を睨んでいた。

 ……南雲さん。あんまり煽らないでやってください。煽り耐性のないおバカさんなもんですから。

 あまりに美咲がかわいそうなので、ここは彼女にもわかるように説明しておこう。


「まあ、簡単に言うとエミリオンは言葉を濁してごまかしていた、ってことだ」


 俺がそう口にするとエミリオンはキャラメル色の地面へと気まずそうに目線を移した。


「だって魔族最大の特徴といえば『人の居場所を嗅ぎ付ける鼻』だっただろ?」


 そう。だからこそ人々に魔族は甚大な被害をもたらしたのだ。

 彼らの鼻の前では、たとえ海に潜ろうとも、土の中に隠れようとも、無駄なことだった。

 きっと空にいようとも彼らは人を見つけて、喰らうのだろう。


 だから――今回はおかしいのだ。


 「地平線の彼方にいても人間を嗅ぎ付けるような魔族たちが今回はなんで現れないんだ?」


 俺がそう言い切ると、エミリオンはまくしてるように言う。


 「そ、それはアタシが命令を下したんだよ、手は出すなって」

 「じゃあ見せてくれよ。魔族たちの姿をさ」

 「……で、できない。それはできないよ」

 「なんでだよ?」

 「魔境は意外と甚大な魔力を必要とする――」

 「嘘ですね」


 南雲がエミリオンの言葉を即座に否定する。


 「本当のことを言ってくれ。エミリオン。できれば俺たちはお前と戦いたくない」


 それからしばしの沈黙が訪れた。

 エミリオンは南雲に心境を悟られないようになのか、みくるちゃんのように無表情の無心で物事を考えているようだった。

 そして彼女がその紅い目を細めて、優しく口を開いた。



 「――流石だね、シューちゃん」


 

 刹那――空間が大きくゆがんだ。


 「っ! エミリオンっ!!!」


 俺たちはすぐさま臨戦態勢を取った。

 事態が悪化したことを想定し、もう一度彼女と剣を交えることを覚悟したが、


 「い、いなくなった……?」


 エミリオンの姿がこの場所、魔界平原からなくなったのだ。

 そして、入れ替わりかのように――。


 「ぱ……パパ?」


 みくるちゃんの父、ユメノ一族の長『ユメノひぐま』が公然と立っていた。


 ひぐまの堂々たる存在感に引き寄せられるように、みくるちゃんは近づいくが、


 「行っちゃ駄目だっ!」


 珍しくイルマが大声で叫んだ。


 「僕たちは誰ひとりとして欠けては駄目だ。欠けた瞬間に世界はあっという間に修羅場と化してしまう」


 その言葉を聞いて、みくるちゃんは足を止めた。

 みくりちゃんは年齢の割には賢い。幼い彼女にもしっかりと事態の把握ができていた。


 俺のみならずエミリオンの語った、大陸の『抑止力』として機能する五人が大陸に単独で戻るのはひどくまずい。

 それは戻った者が所属する部族が他の部族から危険と判断され、一斉攻撃を受ける可能性があるからだ。

 俺として部族間の抗争だけはなんとしても避けたい。


 ――もう『人魔大陸争奪戦争』の惨劇を繰り返させないために。


 だから、目の前の体長二メートルをゆうに超す大男には、誰一人として渡さない。


 「ユメノさん……こんなところに何の用でしょうか?」


 俺は尋ねた。と、同時に大きな彼の背に大きく空いていた穴が塞がっていくのがわかった。


 きっとあれは天地想像の力によって生まれた『目的地瞬間移動穴(ワープホール)』だろう。


 みくるちゃんが何度か使っているのを見たな。


 「……」


 ひぐまは何も答えない。ただ仁王立ちをするだけだ。


 そんな彼に、みくるちゃんが一歩踏み出し、


 「パパ……シューシンのいえ、おそおうとした?」


 そう問うと事態は――急変した。


 ギィッギィッギィッギィッギィッ。

 思い出したくもない音も聞こえてきたのだ。


 ――魔族。


 それはちょうど背丈は俺と同じくらいで頭、身体、腕、足から成り立つ。

 人間に非常に近い作りだ。

 しかし、異様に発達した鼻と歯、それに伴う目の退化が、人間とそれとを明確な線で隔てている。

 間違いない。俺たちの大陸を襲った魔族そのものだ。

 そいつらはいつの間にか俺たちを囲うようにして、ここに存在していた。


 「……エミリオンの仕業ね」


 美咲のその言葉を合図に、俺たちはすぐさま五人で背中合わせにして、小さな円を作る。

 死角を生まないための常套手段だ。

 魔族の進化した歯――否、退化した歯、牙に噛まれた場合、ただでは済まないのだ。


 目の前のひぐまは魔族に囲まれようとも、その巨大な身体を隠そうともしない。

 魔族をまったく恐れていないようだった。


 そして――。


 「ギィッーーー!!!」


 魔族たちはその退化した瞳を怪しく輝かせて、俺たち目掛けて駆け出してきた。

 

 「……」


 ひぐまは何も言わず、大木のような二の腕を振り上げると、

 その大木をも鷲掴みできてしまいそうな手のひらをゆっくりと天へと掲げた。


 (……くそっ)


 その強さを先の戦いにて改めて実感させられたエミリオン有する魔族たち。

 攻撃力においては最強と謳われるユメノ一族の族長ユメノひぐま。


 このアウェー、魔界にて行われるこの戦いが、

 今までで一番の修羅場になるということを、俺は確信した。

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