第十一話「修羅場の全貌。そして修羅場の静けさ」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。修ちゃん。魔族はここにはいないからさ」
エミリオン曰く、ここは魔界平原というところだそうだ。
「肩の力を抜いてよ。ここは本当に魔族もいないし、人間もいない。アタシたちだけの空間だよ」
エミリオンはそう言うが、正直信じられない。こいつが何を企んでいることか。
「大丈夫そうです。修真さん。魔王エミリオンは嘘をついているわけではなさそうです」
南雲が俺の心中を読んでのことかそう指摘した。南雲の瞳を見るにそれは本当のようだ。
俺たちを陥れるわけじゃない。
ということは魔王はただ俺たちを助けただけか? なんで――。
その時、俺の脳裏に言葉が蘇った。
『それはね……あなたたちの力が必要になるからよ』
これは魔王エミリオンが俺たちを配下にした理由。そして恐らくこれが俺たちを助けた理由。
「エミリオン……なぜお前は俺たちの力を欲したんだ?」
だから、問う。魔王エミリオンに問うのだ。
「それはね――」
そして、エミリオンは滔々と語り始めた。現在、大陸で起こっているすべてを――。
× × ×
そもそも、この大陸に「本当の平和」は一度たりて訪れたことはなかった。
いつも、世界は水面下で修羅場と隣り合わせにあったのだ。
北には仙翁南雲が、東には天条イルマが、西にはユメノみくるが、南には岸野修真がいた。
そして、その変わりとなる者が偶然にも、どの時代にも等しくいた。
強大な力を持つ若者の存在によって――『抑止力』の存在によって、世界は表面上の平和を長く築いていた。
だが、しかし――。
南の奇跡によって、すべては崩壊した。
南には、刀が二本存在していた。岸野修真だけでなく、岸野美咲がいたのだ。
頭抜けた能力を持つものが複数所有する南の勢力は当然拡大した。
それが『四部族全面戦争』を勃発させる下地となった。
そして、それを起爆させたのは――『魔族の襲来』だ。
魔王エミリオンを筆頭とする魔族たちは南より出現し、東を迂回して、北へと向かった。
それにより、南の岸野と、東の天条は甚大な被害をこうむった。
それに引き替え、魔族が北にたどり着く前に撤退したことから、北の仙翁、西のユメノは被害が極端に少なかった。
なにより世界を動かすきっかけとなったのは、魔王を撃破した岸野修真の――『覚醒』であろう。
たださえ、才能持つものが複数いる南が、さらに抜き出た才能を持つものに恵まれたのだ。
これは、魔族襲来と同等の危機感を世界に与えた。
だから、仙翁とユメノと天条は、岸野修真を欲すると同時に、南東に位置する魔王城を口実に南に攻め入ろうとしていた。
これが――『四部族全面戦争』の全貌。
× × ×
「――アタシは才能豊かなシューちゃんたちを一つに束ねて、
この『四部族全面戦争』を終わらせようと考えている。
だから、アタシはシューちゃんたちの力が欲しいんだよ」
エミリオンは長い長い話しの最後をそう締めくくった。
「……そう、か」
今度は南雲に確認するまでもなくわかる。
これは本当のことだ。エミリオンの表情を見るだけでわかった。
「具体的に何か策があるのかい?」
イルマが顎に手を当てて、エミリオンを見据える。
実の兄をに裏切られた彼女は今、何を考えているのだろうか。
一族の意思に背いた行動をした後悔だろうか。
または俺らを裏切らなくてよかったという安心だろうか。
それとも――もっと別の何か、だろうか。
俺は自分の頬が熱くなっているのを感じて、意図せずイルマから目をそらしてしまった。
「世界にアナタたちの結束力を見せつけること、でしょうかね」
「それは待つってこと?」
美咲はエミリオンに確認する。
正直、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
俺がうっかり魔王を倒してしまったばっかりに「覚醒」なんかしたと「勘違い」されてしまったんだ。
それに俺が『岸野の二本刀』なんかと称されるばかりにこうなってしまった節もある。
では、相棒はその事についてどう考えているのだろうか。
「うーん。それは今後の世界の動きを見て、かな?」
「つまり、具体的な策はまだない、ということですね」
南雲は言動および彼女にしか見えないであろうエミリオンの心境からそう判断したのだろう。
心が読めるというのは、どんな感じなのだろう。
彼女はあまり自分のことを口にしない。弱音を吐かない強い女の子だ。
けれど、人の心が読める彼女にしか訪れない苦悩なんかも多いはずだ。
それでも、彼女は何も言わない。全部一人で抱え込んでしまう。魔王討伐作戦の時もそうだった。
だから、俺は彼女の理解者になりたいと思う。話してもらえる存在になりたいとも思う。
だって、一人はひどくつらいことのはずだから。南雲とは長い付き合いにしたいと俺は思っている。
「……ダメ、じゃん」
みくるちゃんは蒼い双眸を軽く細めて、エミリオンを無表情で見つめる。
『人魔大陸争奪戦争』『四部族全面戦争』
この戦いには俺でも堪えた。
みくるちゃんは、あの幼さに加えて、圧倒的攻撃力だ。殺した魔族の数は計り知れない。
ならば、みくるちゃんの中にはどのような感情が渦巻いているのだろうか。
幼さ故に、楽しんでいるものなのか。幼さ故に、苦しんでいるものなのか。
無愛想な彼女が表情を変えるということが、めったにないため、それはわからない。
「と、とりあえず状況確認といこうか。天条がどうなったのかも気になるし」
エミリオンはごまかすようにして言った。
彼女は両手の指で小さな三角形を作り、何やらそこに魔力を注いでいるようだ。
聞いたことがある。――『魔境』と言われる術だ。
その名の通り、ある空間に一定の魔力を注ぐことで、どこかを映しだす鏡のようにすることができるという術だ。
恐らく、エミリオンは今、魔王城跡をその指の中に映し出そうとしているのだろう。
「……誰もいない、ね」
イルマはエミリオンの作った三角形を覗きこんでいた。
それはイルマだけでなく、美咲、南雲、みくるちゃんも同様だ。
ちなみに俺は遠目から見ている。
「じゃあ……次は岸野の村を映します」
エミリオンは最悪の事態を想定して、南大陸の総本山、岸野本家がある村を映し出す。
「……大丈夫そう、だね」
イルマはエミリオンの映し出した村の様子を見て、ほっと一息をつく。
「引き返したのでしょうね。大将があの有様でしたし」
南雲が頷きながら言った。
そこまで天条スバルを南雲たちは痛めつけたのか。
「……」
俺はかねてからの疑問を『魔境』を使えば解消できるんじゃないか、という考えにふと至った。
「なあ……エミリオン。一つ頼んでいいか?」
「ん? 何? シューちゃんの命令ならなんでも聞くよ? どんなことでもね」
エミリオンが俺に距離を詰めてそう言った。
……皆、そんなに白い目で見ないでよ! 俺は別にナニなお願いをするわけじゃないんだしさ。
「魔界、全体の様子を見せてくれないか?」
俺が気になっていたこと、それはここが本当に魔界であるか否かだ。
――ここはあまりに静かすぎたのだ。
そう。魔界という修羅場の結びつきが強そうなこの場所が――だ。




