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第九話「修羅場とは無縁そうなこの場所」

 夢の国。メルヘンワールド。メープルランド。

 その言葉がこの場所にはピッタリだろう。


 「ここはどこだよ?」


 うーん。なんかいまいち覚えてないんだよな。

 確か……天条スバルが……イルマが……どうしたんだっけ?


 「……あんた何も覚えていないの?」


 美咲が俺に問う。

 それにしてもなんでお前は、そんなに心配そうな顔なの? 

 そして、ちょっとだけ不満そうな顔なの?

 俺、もしかして何かって心配されるようなことしたのか?


 「美咲さん、ニブチン野郎は本当に何も覚えていないようです」


 南雲はハア、と小さなため息をつきながら美咲にそう伝えた。

 って、今さらっとニブチン野郎って言ったよね?

 それになんで恐い顔をしてるのかな?


 「ねえ、なんで俺の質問には誰も答えてくれないわけ?」

 「シューシンはなんで生きてるの? シューシンはなんで呼吸してるの? シューシンはなんで存在してるの?」


 ええ!? 誰!? これ誰!? 本当にみくるちゃんなの!? 

 めっちゃ饒舌で早口なんだけど!? それになんでこんなに怒ってるの!?

 つーか、誰か答えてよ!?


 ここで俺は残った希望であるイルマに期待の目を向けた。


 「こ、ここは……」


 しかし、イルマはごにょごにょを何かを言うばかりで何も答えてはくれない。

 つーか、なんでそんなにイルマは赤面してるわけ? なんか珍しくないか?


 「アハ八ッ。やっぱり君たちは面白いなー」


 エミリオンは、そんな俺たちのやりとりを見て高笑いしている。


 なんつーか……。

 こいつは本当にあの魔王なのか? こんな奴だったっけ?


 「あんたのせいでしょっ! このクソリオンっ! あんたがあんなつまらないことを言い出したからっ!」 


 美咲は魔王を糾弾した。

 ……クソリオンはないだろう。クソリオンは。相変わらずのセンスだよな。


 「そ、そうですよ。私はこうなると思ったから、嫌だったんだです!」

 「いやいや。ナグナグも乗り気だったじゃん」


 エミリオンは南雲にびしっと指を差して指摘した。

 それにしてもエミリオンも美咲に負けず劣らずのセンスだな。


 「な、何を言ってるんですかっ! わ、私は……そんなこと……ないです」

 「ナグモ、なにいってる? きこえない。ナグモ、あかい」

 「そ、そんなことはないですぅ……」

 

 南雲が徐々に小さく萎んでいく。終いに彼女は端っこの方で小さく体育座りしてしまっていた。


 …………。


 「なあ、俺が何かしたのか?」

 俺は先程からの募っていた疑問を彼女たちに投げかけた。


 「「「!!!」」」

 この言葉に強い反応を示したのは美咲、みくるちゃん、イルマの三人だ。


 「べ、別に。何もないわよっ!」

 「シューシンは永遠に眠ってろ!」

 「…………」


 ちなみに南雲は今もなお、隅の方でぶつぶつと何か言っていた。

 

 そんな中、一人冷静に――。

 いや、面白おかしく事を見つめていたエミリオンが満面の笑みと共に口を開いた。


 「なんで、皆は隠そうとするの? キスのこと?」


 …………。

 はい? 何を言ってるのかな? この魔王は?


 「ななななな、何を言ってるのかな? エミリオン君は!」


 イルマがエミリオンの言葉に強い反応を見せた。

 彼女は唇を手で押さえながら一歩また一歩と後ずさりをして、俺から離れようとする。


 「きゃっ!」

 イルマは何かにつまずいたようでバランスを大きく崩す。


 「危ない!」

 俺は反射的に手を伸ばした。


 「「……」」


 イルマの少し潤んだ瞳。赤らめた頬。優しい息遣い。そして震えた唇。

 なんというか……。なんといえばいいのでしょうか?

 俺とイルマの唇が……それはもう触れ合えそうな距離なわけで……。


 「わーお」

 「……っ! ご、ごめん」

 

 エミリオンの一言で我に返った。危なく一線を踏み外すところだった。


 「ぼ、僕こそ悪いことをした……」


 「「……」」


 なんかめっちゃ気まずい。

 どうしよう。ここはジョークの一つでも……。


 「ねえねえ。キスしちゃなよ。キス」

 「おおお、お前は何を言ってんだよ。このクソリオン!」


 エミリオン。お前は一回地獄に落ちろ。そして黙ってろ。

 ……にしても意外と使いやすいのな。クソリオン。


 「えー。でもさっきしたんだよ。イルちゃんと修ちゃんは」

 「えええ、エミリオン君!!!」

 「さっきね。修ちゃんがなかなか目覚めないから、アタシが軽い冗談を言ったんだよ」

 「な、なんて言ったんだよ?」

 「修真君っ!」


 「――『眠れる森の美女』って知ってる? ってさ」


 眠れる森の美女。それは大陸の民であれば、すべての者が知っているであろう童話。どうやら、それは魔族であるエミリオンも知っていたようだった。


 「それでね? じゃんけんをしたわけだよ」

 そして、エミリオンは小さく唇を吊り上げてこう言った。


 ――誰がキスをするってね。


 「いやー。なかなか傑作だったよ。あの時の皆のガチっぷりはね?」


 「「「「「…………」」」」」


 エミリオンの一言に凍りつく俺たち。誰も話そうとはしない。

 それは……何というか。その……。ねえ?


 「……なんで俺は気絶していたんだ? あの後一体どうなったんだ?」

 あまりにも気まずい空気が辺りを覆ったため、俺は空気を変えるために話題を変えることにした。


 「あ、ああ。それはですね。修真さんが――」

 「ナグナグっ!!!」

 「あ、あ、あ。すみません」


 …………。


 え、何? なんでエミリオンは突然そんなに恐い顔を南雲にしているわけ?

 南雲はなんでエミリオンに申し訳なさそうに謝っているわけ?

 なんか空気がさらに辛辣なものになったですけど……。


 「え、えーとね。修真」

 そんな険悪なムードの中、美咲が困ったような顔をしながら俺に話しかけてきた。恐らく彼女もこの空気に耐え切れなくなったのだろう。


 「あの後、修真は敵に気絶させられてね。それでね……」


 そうか。俺はあの後、天条スバルにやられたのか……?

 うーん。どうだったかな? 思い出せないな。

 

 「あたしたちが修真とイルマを助けて……」

 

 天条スバルは俺を倒した後に美咲たちにやられたのか。

 ふんふん。それで?


 「それで天条一族の増援が大量に来たから。あんたを抱えて逃げてきたってわけ。わかった?」


 …………? 何かがおかしいような気が……。


 「なあ、イルマはどうだったんだ? イルマはやられなかったのか?」

 「そ、それは……」

 

 そうだ。天条スバルが狙っていたのは間違いなくイルマだ。四部族全面戦争にかまけて彼女を殺ろうとしていた。俺がやられていたならイルマもやられていたはずだ。そうでなければ、あいつの醜い考えを……って、待てよ。



 ズキッ。



 あ、頭が……痛い。ここまでもう出ているんだ。もう少しで思い出せそうなんだ。俺は何か重要なことを忘れているような気がするんだ。


 あと一つ。


 あと何か一つで思い出せそうだ。何か……何らかのピースがあればすべて解けそうなんだ。


 「な、なあ聞いていいか?」

 

 だから、改めて彼女たちに問う。


 「こ、ここはどこなんだ?」


 これが俺の記憶の最後のピースのはずだ。

 ……まあ、根拠はないんだけど。


 「ん? ここ?」

 答えたのはエミリオン。魔王エミリオン。魔族の長だ。

 そんな血の臭いが漂ってきそうな奴が、それにかけ離れたキャピっとしたかわいらしい声音で言った。


 「魔界だょん☆」


 夢の国。メルヘンワールド。メープルランド。その言葉がピッタリなこの場所。エミリオンは俺が今いる、お菓子の国ようなこの場所を魔界だと言ったような気がする。


 「お前嘘をつくのも――」 

 「ここは魔界だょん☆」

 

 血や争い、修羅場とは無縁の甘すぎて舌が麻痺してしまいそうなこの場所。


 彼女は魔界とはイメージとは似ても似つかないこの場所のことを確かにここを『魔界』だと言っていた。

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