自分からの警告
俺は生活保護で暮らしている。そろそろ五年目に入ろうかという受給者だ。一日中やる事がないので、SNSなんかで生活保護が話題になると、暇潰しに俺は生活保護を批判している連中によく喧嘩を売っている。生半可な知識で、生活保護批判をしている奴くらいになら勝てるからだ。
その日も俺は、SNSでその喧嘩をやっていた。しばらく熱中していると、不意にこんな声が聞こえた。
「うわ。こんな事をやっているんだ。君は趣味が悪いなぁ」
驚いて顔をやると、そこにはケースワーカーのサトウとかいう女がいた。こいつはかなり変な女で、勝手に部屋に入って来る事がよくあるのだ。
「人聞きが悪い事を、地の文で書かないの。君が玄関のチャイムが壊れているのを放っておいてるからでしょう? ノックをしても気が付かないし」
「いや、でも、変な女だっていうのは嘘じゃないじゃないか」
このサトウって女は、何故か自分を“魔法使い”とそう名乗っているのだ。いい歳して。
「だって、魔法使いなんだから、仕方ないじゃない」
サトウはそう言うと、じっと俺の書いているコメントを読み始めた。失礼な奴だ。マナーがなってない。……などと、俺が言えたもんでもないが。
「こんな事でエネルギーを発散しているんだ。不健康だなぁ。どんどん、ネガティブになっちゃうよ」
ざっと読み終えるとサトウはそう言う。そしてそれからしばし腕を組んで考え込み始めると、こう口を開いた。
「よっしゃ! どうせ、こんなくだらない口喧嘩まがいの議論をしているなら、この魔法使いのお姉さんが、もっと有意義な議論の相手を紹介してあげよう!」
俺は“何を言っているんだ、こいつは?” と、そう思った。
サトウが紹介をした相手は、やはり生活保護否定派だった。チャットで会話をさせられたのだが。語り口調が俺に似ていて、論敵ではあるが、妙な親近感が沸いた。そいつは『生活保護制度は、本来、一時回避の為の手段として作られた。その本来の目的通りに、活用すべきだ』とそんな事を言っている。ただ、そいつは少し他の否定派と違うところがあって、『社会復帰を促す事こそが、生活保護受給者達自身の為にもなる』と、そう主張しているのだった。
理由は簡単。今、既に財政赤字は膨大な額になっている。将来的にも解決の見通しは立っていない上に、各種社会保障の状況は更に悪化している。だから、そのうち、生活保護受給者達は“切られる”というのだ。俺はその主張を笑った。
「生存権って知っているか? 憲法にそう書かれてあるんだよ。切られる事なんて、有り得ないね」
ところが、それにそいつはこう返してくるのだった。
「憲法の解釈って知っているか?
平和憲法に従えば、軍隊何て絶対に持てないのに、日本は自衛隊を持っている。
政教分離原則に従えば、日本は神道を国教扱いなんかできないはずなのに、実質的には国教にも等しい扱いになっている。
つまりは、憲法に生存権が保証されていたって、それは絶対じゃないって話だ。解釈でどうにでもなるんだよ」
それに俺はこう反論する。
「何百万人って数の受給者が、全て切られたら社会は大混乱するだろうが! そんな事ができてたまるか!」
すると、そいつはこう言って来るのだった。
「もちろん、完全に見捨てられる訳じゃない。しかし、働ける受給者達が、強制的に別の制度に移行って事は充分に有り得る。
いいか? 憲法でどう書かれていようが、財政が破綻寸前まで追い込まれれば、どうにもならないんだよ。今、日本が借金できているのは、日本国内に貯金が膨大にあるからだ。ところが十数年経って労働人口が減り続ければ、この貯金が減って日本は借金し難くなる。このタイミングで、財政支出を抑えられないと、本当に日本は財政破綻するんだよ。
その時に、生活保護制度が無事でいられると思うか?
もしかしたら、別の制度に移行して、強制的に誰もしたがらない仕事をさせられる破目になるかもしれないぞ。例えば、核廃棄物の処理とかな!」
俺はそれを聞くと黙ったが、それからこう言った。
「ちょっと待て。人手不足なんだろう? なら、俺だって働けるのじゃないか?」
「確かにな。しかし、十年以上、何も働かないで能力を錆びつかせてきたお前が、周囲との差を見せつけられて、それでもその職場で働けるか? プライドの高いお前は、我慢できないで、同じ様なレベルの連中に混ざって働く道を選ぶのじゃないか?」
「何を俺を分かっているみたいに、言っているんだよ?」
「分かるんだよ。何故なら、俺は、未来のお前自身だからだ! 生活保護に頼れなくなった俺は、今、放射能に怯えながら、核廃棄物の処理をやっているんだ! その悲惨な未来から、俺はこのチャットに書き込んでいるんだよ! 頼むから、少しずつで良いから、アルバイトでもして、徐々に社会復帰をしていってくれ! この未来を変えてくれ!」
俺はそこまでを読んだところで、怖くなってそのチャットルームを出た。
「どう? 面白かった?」
サトウが俺にそう訊いて来る。
「あいつ、本物?」
俺がそう尋ね返すと、サトウは悪戯っぽく笑いながらこう応えた。
「さぁ?
でも、本物でも偽物でも大差ないのじゃない?
もちろん、君がいきなり社会復帰できるとは思えないけど、アルバイトをしながら生活保護を受けられるって前に教えたでしょう?
働ける範囲で取り敢えず働いて、不足分はまだ頼り続ければ良い。それで、少しずつ、ね。
取り敢えず、チャレンジしてみてみるべきだってわたしは思うわよ」
その少しの間の後で、サトウは「応援しているから」と、そう続けた。
俺はそれから、生活保護を受給しながら、アルバイトをする為の申請方法を、ネットで調べ始めた。
断っておくと、生活保護制度は景気悪化の歯止めになっています。
なので、一般の人にとっても実は利益になっている。
ただし、労働力不足の時代になれば、この効果はなくなります。なので、それまでに改善が必要なのですね。
それと、
よく生活保護制度を擁護する人がいますが、この制度に依存することで、能力を錆びつかせてしまう問題点を取り上げているのを、僕はほとんど見た事がありません。これは生活保護受給者本人にとっても不幸です。作中で書いたように、アルバイトをしながら生活保護受給ができるので、少しずつでも働いて、社会復帰するべきかと。