ジューンブライド×思い出
部屋にやって来たメイクさんに手伝ってもらい、タキシードを着て手入れをしてもらう事約２０分。俺の準備は特に何事も無くスムーズに終わった。
そしてそれとほぼ時を同じくして、一緒に撮影をする相手の準備も終わったらしく、部屋へとやって来たスタッフさんが俺を相手の待つ会場へと案内してくれていた。
このホテルは建物の中に複数の結婚式が行えるようにと、いくつかのチャペルが存在していると聞いているけど、いったいどんな場所で撮影を行うのか楽しみでもある。
スタッフさんに案内されて建物の中を進んで行くと、いかにもと言った感じの白い扉が視界に入った。すると案の定、案内をしてくれていたスタッフさんがその白い扉の前で止まり、その中へと入るように促してきた。
俺は緊張でドキドキと高鳴る心臓を落ち着けようと鼻からゆっくり空気を吸い込み、更にゆっくりと吸った空気を口から吐き出す。
そしてある程度緊張が静まったのを感じた後、俺は静かに目の前の扉を開いた。
「あっ」
思わず声が出た。
厳かな十字架が掲げられたチャペルの奥には、まるで異国の美しいお姫様を彷彿とさせるまひろの姿があったからだ。
扉を開けた音に気付いたまひろはこちらを振り向くと、その扉の前でまひろに見惚れている俺に向けてにっこりと微笑んできた。それを見た俺は紅い絨毯が敷かれた道を歩き、まひろのもとへと歩いて行く。
チャペルの内装は白を基調とした感じでまとめられていて、歩いている道の左右には、式を祝う人が座る為の横に長いベンチのような椅子がある。言ってしまえば、一般的にみんながよく知っているような内装のチャペルと言えるだろう。
「来てくれたんだね」
まひろのもとへ辿り着くと、小さく呟くように話しかけてきた。
こんな事をまひろが言うのも、コンテスト終了後、『龍之介に僕の相手役を頼みたいんだ』とお願いして来たからに他ならない。
そしてその時、『もし僕の相手役が嫌だったら、無理して来なくていいからね』とまで言っていたのだけど、俺にはそれを断るという選択肢は最初っからなかった。
「当たり前じゃないか。まひろからのお願いで俺が来ないわけ無いだろ？」
「ありがとう……龍之介」
「おう。気にすんな」
コンテストの時と同じく、プリンセスラインドレスに身を包んでいるまひろが涼やかな笑顔を見せた。
だがコンテストの時とは違い、今日は専属のメイクさんにばっちりとお化粧までされているので、もはや疑う余地も無い程に完璧な女性の様相になっている。
特に唇に塗られている薄い桃色の口紅が艶やかでいい。その薄い桃色に染まっている唇は、ぷるんとしていてとても柔らかそうに見えた。
そして更にまひろが女性的に見える要因は、そのボディラインにもあった。
まひろの胸は綺麗なお椀型に膨らんでいて、括れたウエストラインがより強調されている。胸はおそらくパッドを入れ込んでいるんだろうけど、腰の括れはそんなにいじりようもない。本当に見れば見るほどスレンダー女子みたいな体型だ。
「ど、どうかした？」
まじまじとまひろを観察していたせいか、恥ずかしそうに身を縮こまらせる。
「あっ、いや……こんな事を言われても嬉しくないだろうけど、良く似合ってるなと思ってさ」
まひろが女性的に見られるのを好きじゃないと知ってはいるけど、俺はちょっとばつが悪いなと思いながらも素直に思っていた事を口にした。
「気を遣ってくれてありがとう。でも、何だか最近はそういうのがあんまり気にならなくなってきた気がするんだ」
「そうなのか？」
「うん。前に龍之介に言われて色々と考えてたんだけど、女性的である事が僕の長所だって思われているなら、そんな自分をもう少し認めて自信を持ってみようと思ったんだ」
まひろの中に生じた思いは、何か大きな心境の変化をもたらしたのかもしれない。
完全に吹っ切れたかと言うとそうでは無いだろうけど、それでもまひろが自分で考えて出した結論だ。俺はそれを応援してやりたいと思う。
「そっか。まあ、まひろが決めた事だからしっかりと頑張れ」
「うん！」
――うっ……超可愛い。
俺の言葉に満面の笑みを浮かべて返事をするまひろ。
今日はメイクもされているから、本当に女子にしか見えない。まあ普段から女子にしか見えないんだけど、今回はレベルと言うか次元が違う。思わずこのままプロポーズしてしまいそうな程だ。
――ああ、神様……どうかまひろを女子にして下さい。
チャペルに飾られた十字架に向かい、心の中でそうお願いをする。
それから会場にやって来たデザイナーさんとカメラマンの指示のもと、俺とまひろの撮影は始まった。
このチャペルでは、神父さんに向かって誓いを立てている場面を写真に収めたり、お互いに衣装を着替えてからヴァージンロードを歩いて来るところを撮影したりした。
そして撮影を開始してからしばらくした後、２０分程の休憩を取ったところで今度はまひろ単独での撮影が始まった。
しかし何と言うか、こうやって新郎役として撮影に臨んでいると、シチュエーションのせいもあるのか、段々とまひろが本当に俺の花嫁なんじゃないかと思えてきてしまう。
俺ってもしかしたら、結構雰囲気に流されやすいタイプなのかもしれない。
そんな事を思いつつ、まひろが撮影されているのをじっと眺める。
まあ元々はウエディングドレスの宣伝用パンフレットなので、俺自身の出番はそう多くない。むしろ大変なのはまひろの方だろう。
デザイナーさんの要求でドレスを着替え、カメラマンの指示で様々なポーズをとったりするのだから。
「あっ、お兄ちゃん」
チャペルの一番後ろの席に座って撮影風景を見ていた俺のもとに杏子がやって来た。
「おう。そっちは撮影終わったのか？」
「うん、何の問題も無く終わったよ。で、お兄ちゃんは何してるの？」
「ご覧のとおりだよ」
「んー……撮影に使えないから外されてるとか？」
「人を役立たずみたいに言うなよ。お前はいったいどんな目で兄貴を見てんだ？ 今はまひろの単独撮影中だから静かに見学してんだよ」
「そうだったんだね。それじゃあ私も見学しよっと」
そう言って何の躊躇いも無く隣に座る杏子。まあ兄妹なんだから別にいいけどな。
「まひろさん、綺麗だね」
「まったくだな。信じられないくらいに可愛いわ」
まひろは様々な色で彩られたブーケを両手で優しく握り、それを胸元に持ってきているところを写真に撮られていた。
俺はそんな姿を見ながら、ささやかな幸せに浸る。
「でも、まひろさん男だよ？」
「……杏子、俺のささやかな幸せの時間を壊すのは止めてくれないか？」
現実を突きつけてくる杏子を横目で見ながらそう言った後、俺は再びまひろへと視線を戻す。
カメラマンが要求するポーズを不器用ながらもこなすまひろ。時々おろおろとする様が妙に微笑ましく見えてしまい、その度に俺も自然と微笑んでしまう。
「あーあ。それにしても、コンテストは残念だったなあ。優勝してたらお兄ちゃんと一緒に撮影出来たのに」
そんな事を呟く隣の杏子を見ると、アヒルのように口を突き出していた。
「何でそんなに俺と撮りたかったんだ？」
「ん？ そうだなあ……強いて言うなら、お兄ちゃんが相手だから撮りたかったってところかな」
「何だそりゃ、まったく意味が分からん」
「別に分からなくてもいいよ」
そう言ってにこっと微笑む杏子。
何だか気になる物言いだが、これ以上聞いても答えてはくれないだろう。コンテストが終わった日、好きな人について聞いた時にもこんな感じだったから。
しかし、好きな相手に告白をする前にはちゃんとお兄ちゃんに報告をするようにと、はっきり言っておいたけどな。俺の目の黒い内は、杏子の不純異性交遊は断じて認めません。
「あっ、龍之介さんに杏子ちゃん。ここに居たんですね」
後ろから声がして振り向くと、そこには美月さんと愛紗が居た。既に普段着に着替えているという事は、もう撮影の方は終わったのだろう。
「美月さん、愛紗、お疲れ様」
「はい。ありがとうございます」
「せ、先輩もお疲れ様です」
美月さんの後ろから隠れるようにして、チラチラと視線を俺に向けたり外したりしている愛紗。
「愛紗、どうかしたのか？」
「べ、別に何でもないですよ……」
そう言ってプイッとそっぽを向く愛紗。何だかよく分からないけど、今日はご機嫌斜めのようだ。
「それにしても、愛紗とお兄ちゃんが知り合いだったなんて、この前のコンテスト後に話を聞いてビックリしちゃった」
「私も杏子のお兄さんが龍之介先輩だって知ってビックリしたわよ」
愛紗と杏子は同じクラスという事もあってか普通に友達だったらしいのだが、お互いに俺という存在については話をした事が無かったらしい。
しかしこの前のコンテスト後に俺が杏子の兄だと知った愛紗が、それを杏子に確認した事から俺と愛紗の繋がりが杏子にも伝わったらしく、コンテストが終わった日の夜は杏子に質問攻めにされたのを覚えている。
「中学時代にはもう知り合ってたってお兄ちゃんに聞いたから、知り合った切っ掛けを聞いたんだけど、お兄ちゃん全然答えてくれないし」
「あははは……」
苦笑いをしながら杏子から視線を逸らす。
そりゃあ言えるはず無いだろ。愛紗が体育館裏で告白をして振られた後に偶然遭遇しました――なんてさ。
「ねえ愛紗、どんな切っ掛けでお兄ちゃんと知り合ったの？」
席を立って愛紗に近付き、まるで人懐っこい猫の様にじゃれつきながら俺と知り合った切っ掛けを尋ねる杏子。
「そっ、それは……」
じゃれつかれて質問をされている愛紗の表情は困惑していた。まあ、普通はそうなるよな。
「杏子、そんな事はどうでもいいじゃないか。切っ掛けはどうあれ、愛紗と俺が知り合いなのは変わり無いんだからさ」
「それはそうだけど、何だか怪しいんだよねえ……。愛紗もお兄ちゃんも、何か隠してない？」
そう言って俺と愛紗を交互に見る杏子。
何だか今日はやたらと絡んでくるけど、そんなに出会った切っ掛けが気になるものだろうか。
「な、何も隠してなんかいないわよ……」
恥ずかしげに顔を俯かせながら弱々しくそう言う愛紗。
はっきり言って、こんな感じで何も隠していないと言われても、きっと誰も信じないだろう。言葉と態度が完全に逆の意を示しているから。
「ああ、別に何も隠してないさ。杏子の気にし過ぎだよ」
しかし俺だけは至って平然とした態度でそう答えた。
もはや杏子には確信的に疑いを持たれているだろうけど、この場でいつまでも問い詰められるのは面倒くさいので、話を終わらせる為にそう口にする。
「うーん……まあ、今はお兄ちゃんに免じてこれくらいにしておくよ」
とりあえずと言った感じでそう言うと、杏子は俺の隣へと戻って来てからスッと席に座った。
「そういえば、美月さんと愛紗は撮影どうだったんだ？」
「私も愛紗さんも集合時間は一緒で、最初は個別に撮影してたんです。でも途中で合流して、一緒に撮影をする事になったんですよ」
「如月先輩の言うとおりです」
「愛紗さん、私の事は美月と呼んで下さいって言ったじゃないですか」
「あっ、そうでした。気をつけます」
美月さんは本当にフレンドリーだ。これで前の学校では友達が一人しか居なったとか、とても信じられない。
「でもさ、何で美月さんと愛紗だけ二人で撮影をやったんだ？」
そう言ってから愛紗へ視線を向けると、何だか不機嫌そうな表情を浮かべて俺を見ていた。
愛紗のこの表情ははっきり言ってヤバイ。俺は何かマズイ事を口走ってしまったんだろうか。
「……美月先輩と私の身長差が、ウエディングドレスを選ぶ時のいい比較になるからって事で一緒に撮影したんですよ……」
「でも可愛かったですよ？ 愛紗さん、まるでお人形さんみたいで何度も抱き締めてしまいましたから」
「うっ……」
美月さんの言葉に恥ずかしそうに顔を赤くする愛紗。本当にコロコロと表情が変わる子だ。
そんな愛紗の恥ずかしそうにする仕草を見て、俺もついつい美月さんが愛紗を抱き締めている場面を想像してしまう。
――ウエディングドレス姿の二人、小さな愛紗を抱き締める美月さん……いいっ！
何て素晴らしい光景だろうか。思わずその想像でカーッと胸が熱くなる。
俺の読むラブコメ作品には、いわゆる百合という女子同士の恋愛要素などを含んだものも結構あるんだけど、正直、少し理解し辛いところもあった。だが今この瞬間、俺は百合の真理の一角を垣間見た気がした。
「お兄ちゃん、ニヤニヤしてどうしたの？」
「えっ？ あ、いや、何でもないぞ」
杏子の問いかけに慌ててポーカーフェイスを気取る。
だがそんな俺を、杏子はまるで不思議な生き物でも見るかのような瞳で見つめてくる。頼むから今の俺をじっと見つめないでほしい。
まひろの撮影はとりあえず順調に進んでいるようで、カメラの軽快なシャッター音が連続で聞こえてくる。
そしてまひろの単独撮影を眺め続けてから約３０分後。今度は撮影を終えた茜と様子を見に来ていた宮下先生も合流し、まひろの撮影もいよいよラストを迎えようとしていた。
俺とまひろは最後の衣装に着替える為に一度控え室へと戻り、着替えを済ませた後で今度は外にあるチャペルへと案内される。
案内されたチャペルは二十段くらいの階段がある丘の上にあり、そのチャペルの扉の前では、スカート部分を段々のフリルで重ねた合わせたティアードドレスに身を包んだまひろが待っていた。
そしてその場に居たデザイナーさんの説明を聞き、いよいよ俺とまひろの撮影へと入る。
まひろは俺の左腕に自分の右腕を絡ませていて、俺はそんなまひろと一緒に階段をゆっくりと下りて行く。
階段の両サイドには杏子、美月さん、茜、愛紗、宮下先生、そしてデザイン会社のスタッフさんが何人かいて、それぞれが小さなカゴに入った様々な色の花びらを、階段を下りて来る俺とまひろに向けて舞い落ちる様にかけてくる。結婚式でチャペルを出た新郎新婦にかけるフラワーシャワーというやつらしい。
みんなが投げかけてくる色とりどりの綺麗な花びらが、ひらひらと頭上から舞い落ちてくる。その様はどこまでも幻想的で、結婚したカップルが一生の思い出としていつまでも覚えているんだろうなと、素直にそう感じさせてくれる程に美しいと感じる。
そしてゆっくりと階段を下りて来る俺達を、カメラマンが余す事が無いようにと忙しく写真に収めていた。
隣に居るまひろへ視線を向けると、本当に幸せそうな笑顔を浮かべている。きっと結婚する女子はみんな、今のまひろの様な幸せそうな笑顔を浮かべるのだろう。
そんなまひろを見ていると、こちらも自然と笑顔になってくるのが分かる。ひらひらと花びらが舞い落ちる中、ただ階段を下りているだけなのに、なぜかそれが凄く長い時間のように感じた。
そして階段を下りた所でそのシーンの撮影が終わると、いよいよ本日ラストの撮影準備が始まる。
「「ええっ！？」」
最終撮影についての説明を受けていた俺とまひろは、その内容を聞いて同時に驚きの声を上げてしまった。
「マ、マジでやるんですか？」
「こんな時に冗談を言ってどうするのかね？」
まるでデザイナーさんの意図を汲み取ったかのように、隣で様子を見ていた宮下先生がそう言う。そして宮下先生が放った言葉に同調し、にこやかに頷くデザイナーさん。
「で、でも恥ずかしいですよ……」
「何が恥ずかしいのかね？」
「だ、だって宮下先生、みんなも居るわけですし…………」
そう言ってちょっと離れた位置に居るみんなへと視線を向けるまひろ。
「なるほど。それではそのあたりは私が何とかしようじゃないか。だったらいいわけだな？」
「えっ！？ あ、はい……」
まひろは顔を俯かせたままでそう答える。
――マジかまひろ？ お姫様抱っこだぞ？ みんなが見るパンフレットに載っちゃうんだぞ？
「あ、あの、宮下先生。俺の意見は聞いてくれないんですか？」
「君はあくまでも、この撮影においてはメインではない。したがって、メインたる涼風がＯＫを出したなら何の問題も無いと言うわけだ」
「ですよねー」
宮下先生ならこういった事を言うとは思っていたけど、ここまではっきり言われると、むしろ清々しく感じるから不思議だ。
それから宮下先生がみんなに何やら話をしているのを見ながら、俺とまひろは最終撮影の準備へと入った。
最終撮影の準備が始まってから２０分後。みんなに何と言ってこの場を離れさせたのかは分からないけど、チャペルの階段前での撮影には、撮影スタッフとデザイナーさん、そしてなぜか宮下先生だけが残っていた。
どうせ『何で残ってるんですか？』と聞いたところで、『私は責任者だからだ』とか言われるのがオチなので、無駄な追求をするのはこの際止めておくとしよう。
「それじゃあいくぞ？ まひろ」
「う、うん。よろしくお願いします……」
撮影準備が整ったという事で、俺はまひろの側面に移動してからお姫様抱っこでその華奢な身体を抱え上げた。
「あううっ……」
抱え上げたまひろの顔を見ると、その色白な肌は誰が見ても分かるくらいに真っ赤になっていて、恥ずかしそうに小さく声を出している。そういえば、杏子以外でお姫様抱っこなんてしたのはこれが初めてだ。
俺はまひろ同様に緊張しながらも、デザイナーさんとカメラマンの要求する表情などを一生懸命に作りながら撮影を続けた。
そして撮影も終わりへと近付いたと思っていたその時、ふと宮下先生がデザイナーさんにコソコソと話をしているのが目に入った。その様子を見ていると、激しく嫌な予感がしてくる。
「鳴沢、涼風、次が最後の撮影だ」
そう言いながらニヤニヤとした表情で俺達に近寄って来ると、宮下先生は最後の撮影の構図を口にした。
「き、きききききキスゥ――――――――！？」
思わず隣にまひろが居る事も忘れて大きな声を出してしまった。
「そうだ。この撮影のラストは、新婦役の涼風が鳴沢にキスをしているシーンを撮って終わりだ」
「いやー、宮下先生。いくら何でもそれは……」
「どうした？ 何か問題でもあるのかね？」
――いや、問題が有るとか無いと言う前に、俺とまひろは男ですよ？ 宮下先生。
「涼風は何か問題はあるか？」
「あ、あの……僕は龍之介がいいって言うならいいです……」
「だそうだが。どうかね、鳴沢？」
――マジですかまひろさん！？ キスですよキス。マウストゥマウスなんですよ！？
「あっ、ちなみに言っておくが、キスとは言ってもマウストゥマウスではないからな？ 頬にキスをしてくれればいい」
――あっ、そうだったんですね……。
宮下先生の放った言葉に、何となく残念に思ってしまう自分が居る事にビックリしてしまう。
「分かりました。やります」
「うむ。では最終撮影の開始だ」
「龍之介、本当に良かったの？」
「ここまで来たんだから最後まで付き合うさ。それよりもまひろ、お前こそ良かったのか？ 頬にとは言えキスなんてさ」
「うん、平気だよ。ただ、やっぱり龍之介の事が心配で……」
まひろはどこまでも優しい。いつでも相手の事を一番に気にかけている。コイツと親友になれた事を、俺は本当に嬉しく思う。
「気にすんな。俺がドーンと受け止めてやるから、遠慮無く来い！」
普通なら男からのキスなど、頬であっても絶対に御免こうむるところだが、まひろなら特別に許す。もしそれがなぜかと聞かれたなら、まひろが超絶可愛いからとしか言いようがない。
「じゃあ……いくね」
「おう」
再びお姫様抱っこで抱え上げた後、まひろは俺の返事を聞いてからゆっくりとその顔を近付けて来た。
そして頬にまひろの吐息が当たるのを感じた瞬間、チュッと音を立てて温かで柔らかな感触が頬に当たったのが分かった。
「……ありがとう、龍之介」
カメラマンの『ＯＫ！』と言う声が聞こえた後、頬から唇を離したまひろは微笑みながらそう言う。
瞳を潤ませて俺を見つめるまひろの微笑みは、いつも俺の想像の中に居た女子のまひろそのものだった。
「おう。どういたしまして」
こうして甘い記憶と柔らかな感触と共に、俺のジューンブライドは終わりを告げた。
