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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
二年生編・一学期前半~next☆stage~
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達成×リア充ライフ

 街中にある桜の花も全て散ってしまい、太陽は暖かな陽射しを徐々に夏の様相へと変え始めている。

 そんな五月を目前に控えたある日曜日。俺は駅前にある時計塔の下で一人ベンチに座って過ぎ去って行く人達を眺めていた。


「そろそろか……」


 手に取って見た携帯の時間表示はそろそろ午前10時を示そうとしている。

 それを見た俺はベンチから立ち上がって辺りを見回す。柄にもなく緊張しているせいか、さっきからソワソワとして落ち着かない。いつもなら行き交うリア充共を見る度に呪いの言葉を心の中で唱えているんだけど、今回ばかりはそんな心の余裕は微塵もなかった。

 とりあえず落ち着く為にと深呼吸を何度かしてみる。しかしこれが驚く程に効果を感じない。


 ――くそっ……全然落ち着かん……。


 もはや深呼吸では間に合わない程に緊張している俺は、次の手段として手の平に人の文字を書いて飲み込んでみた。


 ――うん。これは深呼吸以上に効果を感じんな。そもそも何で人って文字なんだ? 例えば落ち着くって言葉から一文字取って落とかじゃ駄目なんだろか。


 そう考えた俺は、落という文字を手の平に書いて飲み込んでみる。


 ――ん……何だか今度は気分が落ち込んできた気がする。くそっ! これを考えたのはいったいどこの誰だ!? 受験生には教えられんではないか!


 半ば八つ当たりともご乱心ともとれる事を心の中で思いながら、俺は一人頭を抱えて発狂する。端から見れば間違い無く不審者だろう。

 そんな事で発狂する俺が振り返って時計塔の上を見ると、時計は10時5分を指し示したところだった。


「龍之介く――――ん!」


 空を見上げる様にして時計塔の時計部分を見ていた俺の背後から、明るく弾む声で名前を呼ばれるのが聞こえてきた。

 その声がする方をサッと振り向けばいいのだけど、俺の身体はオイル切れのロボットの様に関節が上手く動かず、今にもギギギッと全身が音を立てそうな感じだった。


「や、やあっ!」


 しかし何とか後ろを振り返った俺は、走って来る雪村さんに向かってぎこちなく右手を上げた。

 緊張しているせいもあるけど、高く上げようとしている右手は本当に控え目な感じでしか上がっていない。我ながら情けない程のヘタレ具合だ。


「ごめんね、待ったよね?」


 急いで来たからだろう。乱れた息を整えつつ雪村さんは丁寧に謝ってくる。


 ――いいよな、こういうシチュエーションて。


 そして俺はこういった場面ではお約束とも言うべきお決まりのセリフを言う。


「俺も今来たところだから気にしなくていいよ」


 一度は言ってみたかったセリフを力強く言うと、雪村さんは『良かった』と言って微笑んでくれた。


 ――うん、可愛いよね! この笑顔は反則だよね!


 そんな事をしみじみと感じさせる雪村さんの笑顔。それを見ているだけでもここに来た価値はある。


「じゃ、じゃあ行こうか。雪村さん」


 俺がいつもの感じでそう言うと、雪村さんは不満げに口を尖らせた。


「もう、龍之介くん。私のことは陽子って呼んでって言ったでしょ?」

「そ、そうだったよね。そ、それじゃあ行こうか。よ、陽子……」

「あ……うん……」


 雪村さんは頬を朱色に染めながら小さく俯いて返事をする。名前を呼ばれただけでこんなに照れるなんてめちゃ可愛いじゃないか。

 俺達はお互いの距離を縮めて行き交う人々の中へ入り、目的の場所へと向かう。

 こうしているとまるで恋人みたいに見えるかもしれないけど、間違い無く俺と雪村さんは恋人同士だ。そう、俺はついに勝ち組へと至ったのだ。


 ――すまんなみんな。俺は一足先を行かせてもらうぜ。


 脳内友達の罵倒による一斉口撃いっせいこうげきを軽やかに受け流しつつ、俺は勝利宣言をする。何という清々しいまでの快感だろうか。


「今日はごめんね、龍之介くん。恋人の振りなんて頼んじゃって」


 雪村さんはそう言いながら、とてもすまなそうに俺の隣から顔を覗き込ませてくる。


「あ、いや……ほら、他ならぬ雪村さんの頼みだからさ、そんなに気にしないでよ」

「ありがとう、龍之介くん」


 ――えっ? これはいったいどう言う事だって? ス、スンマセンッ! 恋人うんぬんは全部嘘です! 調子に乗ってましたっ!


 脳内に居る百八人の友達に向かって俺は全力で土下座をする。

 まあ俺の脳内戦争はともかくとして、何で雪村さんとこんな恋人の真似事をしているのかと言うと、もちろんちゃんとした理由がある。

 今のこの状態に繋がる最初の出来事があったのは、つい三日程前の事だった。


× × × ×


 夜もすっかり更け、窓から見える空にはチラチラと瞬く星と、それなりに明るい三日月が見えていた。

 普段は街の灯りがあるせいでそうは思わないかもしれないけど、月ってのは俺達が思っているよりもずっと明るい。どれくらい明るいかと言うと、太陽系の衛星では一番の明るさを誇るくらいだ。

 その明るさを等級で言うと、満月の時には約マイナス12.7等級程になる。ちなみにみんなが知っている太陽の等級は、約マイナス26.7等級。

 0等級より明るいものには全てマイナスの記号がつき、等級は数値が小さくなる程に明るさを増す。等級が1等級違うごとに明るさは約2.5倍程明るくなると言えば、少しはその明るさの違いがピンときてもらえるだろうか。

 まあ要するに、夜にある自然光源の中で一番明るいんだと思ってもらえればいい。


「月ってすげえんだな……」


 俺はベッドの上で寝転がりつつ、手に持った天体図鑑の月のページを見てしきりに何度も頷いていた。

 万人に知られていながらも、その実あまり内容を知られていない月。身近にあって知っているようで知らない。それはまるで人間関係を思わせる。

 手にした図鑑を読みふけりつつ、そんな哲学的な事を考えていたベッドの枕元で携帯がブブブッと音を立てて動いた。

 本をベッドに置いて手に取った携帯の画面には、雪村陽子の名前。俺は画面の通話表示を横にスライドさせて耳にあてる。


「もしもし?」

「あっ、もしもし? ごめんねこんな時間に。今大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。どうかしたの?」


 俺がそう答えると雪村さんは何やら話を始めたのだが、その声があまりにも小さかったので何を言っているのかがよく分からなかった。


「あの、雪村さん。ちょっと声が遠くてよく聞こえないんだけど」

「あっ、ご、ごめんなさい!」


 突然慌てた様に大きな声で謝ってきたのでちょっとビックリしてしまった。

 そして普段は落ち着いている印象が強い雪村さんだけに、何事だろうかと身構えてしまう。それから少しの沈黙の後、電話の向こう側で雪村さんが大きく息を吸い込む音が聞こえてきた。


「あ、あのねっ! 私と恋人になってほしいの!」

「えっ?」


 寝転がっていたベッドの上で上半身をガバッと起こし、慌てふためきながら視線をあちこちに泳がせる。


 ――ここここ恋人って、手を繋いで歩いたりイチャイチャしたり、好きだよとか言い合ったり、ちゅ、ちゅーしたりとかするああああの恋人ですか!?


「あの、えっとその……と、突然の事で何と言っていいのやら……」


 あまりに突然の展開に俺の頭脳はショートし、まともな思考ができない状態へと陥っていた。


「あっ、ごめんなさい、龍之介くん。私の言い方が悪かったよね。正確には恋人の振りをしてほしいの」

「こ、恋人の振り?」


 振りという言葉を力強く強調され、急速に冷静さが戻ってくる。


 ――何だ……愛の告白じゃなかったのか……。


 一気に天国へと駆け上り、上がった瞬間に落とし穴から地獄へと突き落とされた様な気分を味わいながら、ガックリと肩を落として再びベッドに寝転がる。

 そして頭の方にある小さな物置台に手を伸ばし、手鏡サイズのスタンドミラーを手に取って自分の顔を見ると、まるで魂が抜け出したかの様な精気の無い表情をしていた。


 ――まったく、何つう情けない顔をしてんだ俺は……。


「私ね、高校で総合演劇科ってところに通ってるの。それでね、今度やる舞台の演目のキャストに選ばれたんだけど、その役作りに行き詰まってるの」


 ――へえー、雪村さんて演劇科がある学校に通ってたんだな。


 出会ってから一年程が経つと言うのに、通っている学校や学科すらも知らなかった俺は、近しい人の事でも意外と知らない事は多いんだなと、そんな風に思った。


「つまり雪村さんのやる役ってのは、恋人が居る女の子ってわけか。それでその役作りの為に仮想の恋人役を俺にやってほしいと」

「そうなの」

「でもさ、そんな大事な事なのに相手が俺なんかでいいの? 他に適任者が居るんじゃ――」

「それは龍之介くんじゃないと意味が無いの!」

「えっ? それってどう言う事?」

「あっ、えっと……それはその…………」


 食い気味にそう言ってから急に口ごもる雪村さん。何やら言葉を発してはいるものの、その声があまりにもか細くて何を言っているのかが分からない。


「まあ何だかよく分からないけど、俺でいいなら協力させてもらうよ」

「ほ、本当に? ありがとう龍之介くん」


 俺じゃないと意味が無いと言う理由がよく分からないけど、嬉しそうにそう言ってくれる雪村さんの声を聞いていると、理由はどうあれ俺を頼ってくれた事を嬉しく思う。


「それで俺はどうすればいいのかな?」

「えっと、今度の日曜日なんだけど、私と一緒に水族館に行ってほしいの。大丈夫かな?」

「水族館か。了解、今度の日曜日だね。どこで何時に待ち合わせをするの?」


 こうして俺は雪村さんと仮想恋人デートの詳細を話してから電話を切った。

 協力するのはやぶさかではないけど、雪村さんが言ってきたお願いの一つに、『当日は陽子って呼んでね』というのがあった。この要望は俺の中でも相当にハードルが高いミッションになる。

 たかだか名前を呼び捨てにするだけの事だけど、世の中には呼び捨てにしやすい人物、しにくい人物ってのが確実に居るんだ。

 そして俺の中で雪村さんは高潔過ぎて呼び捨てに出来ないタイプ。しかし雪村さんからのお願いとあってはそういう訳にもいかない。

 むくりと上半身を起こしてベッドから床に下り立ち、目の前に仮想雪村さんを投影しつつ仮想デートの仮想をしてみる。


「よ、陽子」


 その一言を口にしただけで頭が沸騰するかの様な熱さを感じ、そのままベッドへと崩れ落ちる。


 ――イカン……名前を呼び捨てにしただけでこの様では、仮想デートなど到底できん。しかもこれって、仮想デートの更に仮想だよな……仮想の仮想でこれって、本番になったら俺はそのまま天国行きになるんじゃないだろうか……。


 このままでは雪村さんの前で大恥をかいてしまう未来しか見えない。そう思った俺は仮想雪村さんを相手に再び練習を始めた。

 夜の自室に陽子と小さく名前を呼ぶ俺の声だけが聞こえる。

 それから日曜日までの短い期間、俺は毎夜1時間の名前呼び練習をして仮想デートに備えた。

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