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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
一年生編・一学期
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悩み×相談

 特に何事も無かった六月もあっと言う間に過ぎ去り、七月も中旬を迎えようかというある日の夕刻。俺は帰宅途中に忘れ物をした事を思い出し、急いで学園へと戻って来た。

 息を切らせながら戻って来た校舎内は不気味なくらいに物音も無く静まり返っている。

 運動部員は運動部専用棟、文化部員も文化部専用棟へそれぞれ移って部活に勤しむので、放課後の本校舎に生徒が居る事はほぼ無い。だからかもしれないけど、こうして校舎内に響く自分の足音を聞いていると何だか不法侵入でもしているかの様な気分になり、ついつい足をゆっくりと進めて足音を抑えようとしてしまう。

 まるで泥棒にでもなったかの様な気持ちで廊下を歩き自分の在籍する教室へと辿り着いた俺は、少し建て付けの悪くなったドアをスライドさせて中へと入った。


「あっ」


 ドアをスライドさせて教室へ入ると、中央にある机でうつ伏せになって小さく泣き声を上げている女子の姿が目に入った。その状況を見た俺は、何てタイミングの悪い場面に出くわしてしまったんだと思い、そのまま固まってしまった。

 思わず声を出してしまったのは失敗だったと思いもしたけど、例え声を出さなくても、ドアをスライドさせた音で中に居る相手にはバレてしまうわけだから、どちらにしてもこの状況は回避不可能だっただろう。


「な、鳴沢なるさわくん!?」

「よ、ようっ!」


 うつ伏せで泣いていた女子は俺を見た途端、涙に濡れた顔を制服の袖で拭っていた。

 それを見た俺は、何も見てないよ――と言わんばかりに右手をぱっと上げて明るく返事をする。人間ってこういう状況に出くわした時には思いもよらない反応をするもんだなと、そんな風に思った。


 ――確かこの女子の名前は真柴ましばだったかな……はっきりと名前は覚えてないけど、確かそうだったよな。


 俺は遠慮がちに教室へ入ると真柴の方を見ないようにしながら急いで自分の席へと向かい、目的の忘れ物を手に取った。


「じゃ、じゃあなっ!」


 気まずさが半端ない俺は、早々にこの場を後にしようと入って来た時より更に足早で教室の外へと向かう。


「ううっ……うわーん!」


 あと少しで教室の外に脱出できるというところで真柴は顔を俯かせながら大声を出して泣き始めた。


 ――おいおい、勘弁してくれよ! これじゃあまるで俺が泣かせたみたいじゃないか。


 どうしたものかと思って頭をポリポリ掻いた後、小さく息を吐いてから真柴へと近付いた。


「どうかしたの? 真柴さん」

「えっ……?」


 涙を流しながら顔を上げ、前の席に座った俺を見る真柴。

 まさか俺が戻って来るとは思っていなかったのだろう。その表情はかなり驚いている様に見えた。


「何があったかは知らないけど、とりあえず涙を拭くといいよ」

「うん……ありがとう」


 目の前に差し出したハンカチを素直に受け取ると、真柴はそれで涙を拭いてから少しずつ気持ちを落ち着けている様だった。

 そしてしばらくすると落ち着きを見せ始めた真柴は、ぽつりぽつりと泣いていた理由を話し始めた。俺はその話をしばらく黙って聞いていたんだが、その内容を要約するとこうなる。

 つい先日、真柴は彼氏と些細な事で喧嘩をしてしまい、そのあと何度連絡をしても返事をくれないのでもう嫌われたんだと思って泣いていたんだそうだ。


 ――まったく……リア充共は爆発しそうになっても周りを巻き込むのな。


「話は大体分かったけど、それって最近の事なんでしょ? 嫌われたって決めつけるのは早いんじゃない?」

「でも……」

「人の心は変わりやすいものだけど、相手への気持ちがあるならもう少し信じてやりなよ」

「…………」


 俺はそれだけ言うと席を立って教室を出ようとした。これ以上リア充の痴話喧嘩ちわげんか話に付き合っていられないからだ。


「鳴沢くん、ありがとう。それと……」

「ああ、心配しなくていいよ。この事は誰にも言わないし、言う気も無いから」


 そう言って出入口へと歩いて行き、建て付けの悪くない方のドアをスライドさせて教室を出る。


 ――やれやれ……ようやく地獄から解放されたな。


「龍之介」


 教室から出てふうっと溜息を吐くと、すぐ横から小さな声で名前を呼ばれて驚いた。


「何だまひろか、ビックリさせるなよ」


 小声でそう言いながらひじで軽くまひろの身体を小突く。

 そして廊下を歩きながら何でまひろがこんな所に居るのかを聞いたところ、部活動で使う物を廊下にあるロッカーに忘れていたのを思い出してそれを取りに来たとの事だった。


「色々大変だったみたいだね」

「もしかして聞いてたのか?」


 下駄箱へ向かいながら話をしていると、まひろはその問いかけに対してコクンと頷いた。


「誰にも言うなよ?」

「もちろんだよ」


 まひろはにこやかな笑顔でそう答えた。何だかその表情はちょっと嬉しそうにしている様にも見える。


「龍之介ってさ、わりと世話焼きだよね」

「そうか?」

「うん。僕はそう思うかな」


 別にあれは真柴を助けようとしたわけじゃない。単純に泣いている女子を無視して帰るのに抵抗があっただけだ。


「あれはな、リア充がいかにして爆発していくのかを観察してたんだよ」

「もう……龍之介はひねくれてるなあ」

「捻くれてて結構だ。人間なんてそう簡単に変わらない生き物なんだし」

「龍之介らしいね」


 苦笑いを浮かべながらも、どこかにこやかにも見えるまひろの表情。そんな表情まで可愛らしく感じるから不思議だ。


「あっ、そうだ。今度の日曜日なんだけど、ちょっと買い物に付き合ってくれないかな?」

「買い物? 何を買うんだ?」

「お母さんの誕生日プレゼントを買いに行きたいんだけど、何を買えばいいのか分からなくて。それでね、龍之介にも意見を聞きたいんだ」

「そういう事ならいいぜ。恋人に贈るプレゼントって言ったら断ったけどな」

「はははっ。そうだろうね」


 そう言って楽しそうに笑うまひろは相変らず可愛らしい。

 それにしても、日曜日に恋人ではなく親友の男と二人で買い物とは、何と平凡な日常だろうか。とりあえず日曜日にリア充共と出会わないように、願いを込めて全員爆発するおまじないでもかけておくとしよう。

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