文化祭×準備中
十月も中旬に入り、我らが学園では文化祭の時期を迎えていた。
文化祭準備期間開始から文化祭の本番までは約三週間。この準備期間中の授業は午前中だけで終わり、午後からは全て準備時間に当てられ、文化祭本番の二日前からは一日中準備時間が与えられる事になっている。
この学園は本当にイベント事に手を抜かない。そこは素晴らしく評価に値するところだ。
今日で準備期間が始まってから九日目。学園内はいつもより活気づいていて、みんなの楽しげな表情がいつもより多く見てとれた。
祭りというのは不思議なもので、準備中は本番とはまた一味違った楽しさがある。それに普段はあまり接点がないクラスメイトとも自然に話す機会があったりするし、そういう事を考えるとこの文化祭という行事は日常の中にある非日常と言えるのかもしれない。
周りの活気に後押しされながら、せっせと自分に割り振られた役割を果たしていく。
それにしても楽しいのはいいんだけど、一つだけ気に入らない事がある。
俺は楽しげな雰囲気に乗せられて周辺でイチャイチャしているリア充共を睨むように見た。
「ちっ、アイツらの作ってる物が全部溶けちまえばいいのに……アイツら含めて」
「物騒な事を呟いてないでしっかり手を動かしてよ」
「はいよ」
外でまひろと店の看板作りをしていたのだけど、どうもリア充共のせいで思っていた事がつい口に出ていたらしい。
――ちっ……リア充共のせいでまひろに怒られてしまったじゃないか。
そんな八つ当たりに等しい事を思いながら再び作業の手を進める。
「それにしても統一感が無いよな」
出店教室内の区画分けや、装飾の細部調整の為に外へと出されているクラスの準備品。その準備品を見渡すと、何とも言い難い雰囲気を醸し出している。
でもまあ、こうして無事に準備を進められているだけいいのかもしれない。
なぜならうちのクラスは出し物を決める際に三勢力に別れて大いに争ったからだ。一方はゲーム喫茶、一方は洋風喫茶、一方は和風喫茶ってな具合にな。
その不毛な争いは三日間に及んだが、三勢力の話し合いは平行線を辿り、そしていよいよどうやって決着をつけようかとなった時、『同じ喫茶店なんだから、全部一緒にやればいいじゃない』――と言う担任の呑気な一言により状況は一転。事態は一気に終息に向かい、万事めでたく解決して今に至ったわけだ。
「完全に和洋折衷だもんね」
まひろが苦笑いをしながら作業の手を進めていく。
まったくそのとおりだ。しかも色々なテイストがごちゃ混ぜになってる上に、それぞれが強烈に自己主張している飾りが多く、これが喫茶店をする為の準備だというのをついつい忘れてしまいそうになる。
ちなみに俺達は出店教室を決めるくじ引きでかなり大きめの教室を使用できる権利を得ていた。
「ここまでくると混沌の領域だよな」
「ははっ。でもやっぱり楽しいよね」
「まあそうだな」
それについてはまひろと同意見だ。色々と大変で時には面倒くさいけど、やはり楽しいと思う。これが祭りの醍醐味というやつなのかもしれない。
「そういえばさ、美月さんは今日も別室でゲーム作製やってんのかな?」
「そうみたいだね。結構頑張って作ってるみたいだよ」
何とも意外なのだが、ゲーム喫茶勢力の筆頭は美月さんなのだ。
彼女のゲーム好きは俺もよく知っているけど、まさか自作でゲーム作りを出来るとは思っていなかった。
「どんなゲーム作ってんだろうな、美月さん」
「想像もつかないよね」
美月さんがいったいどんなゲームを作るのか、完成が楽しみだ。
× × × ×
文化祭の準備を始めてから二週間目。出店教室の内装もほぼ完成し、後は作った物に細かい修正を加えたりしながら店先に出す看板の最終調整をしていた。
「龍之介! ちょっと材料が足りないんだ。一緒に買い出しに来てくれないか?」
お昼も過ぎた15時頃。コツコツと作業をする中、渡が慌てた様子でこちらへとやって来た。
「マジか!? 分かったよ。先に校門で待っててくれ」
途中だった看板の最終調整をしばらくまひろに任せ、俺は急いで買い出しに行く準備を始める。
そして待ち合わせをした校門で渡達買出し組みと合流し、俺達は手分けして各店で買い物リストに書かれた品を買っていった。
それなりに買い物の種類があったからか、全ての買い出しが終わる頃には空が茜色に染まり始めていた。
「――あれっ、龍之介くん?」
「あっ、雪村さん。珍しいね、こんな所で会うなんて」
学園から近い最寄り駅の付近で偶然にも雪村さんに出会った。
メールとか電話はたまにしているけど、こうして会うのは夏休み以来だろうか。
「本当だね。それにしても凄い荷物」
「ああ、これはね――」
「これはですね! 文化祭の準備に必要な買い物をしていたんですよ!」
一緒に居た渡が突然俺と雪村さんの間に割って入る。
いったい何のつもりだと思ったが、渡からすれば可愛い子とお近付きになれる機会があるなら見逃さないって事なんだろう。
「は、はあ……あの、龍之介くんこちらは?」
「あっ、この馬鹿の事は放っておいていいから」
「誰が馬鹿だコラー!?」
その場で地団駄を踏む渡。なんて騒々しい奴だろうか、少しは周りの迷惑を考えてもらいたい。
「あ、あの……」
「おっと、自己紹介が遅れました。僕は日比野渡と言います。以後お見知り置きを」
急に紳士の様な立ち居振る舞いと言葉を使い始めた渡。正直言って似合っていないから身体に寒気が走る。
「は、はい。私は雪村陽子と言います」
こんな奴にも礼儀正しくするあたり、さすがは雪村さんだ。渡には勿体ないくらいの対応だと思うけどな。
「よろしくお願いしまーす!」
甲高い声を出してニヘッとだらしなく表情を崩す渡。
――さっきまでの紳士ぶりはどこへ行ったんだ? もう地が出てるぞ。
「ふふっ。ちょっと驚いちゃったけど面白いお友達だね、龍之介くん」
「友達? コイツは舎弟だよ?」
「そうそう、俺は龍之介兄さんの舎弟で――って、何でだコラー!」
思わずして渡とくだらん漫才を繰り広げてしまう。人生の汚点がまた一つ増えてしまった。
「相変わらず楽しいな、龍之介くんは。いつも私を笑顔にしてくれる」
「そう?」
「うん。そうだよ」
俺が知る限り雪村さんはいつでも笑顔だと思うんだけどな。
それにしても、俺って雪村さんの前でそんなに楽しい話とかしてたっけ……。
「呼び止めてごめんね。急いでたんでしょ?」
「あっ、そうだった。ごめんね雪村さん」
「ううん。またね、龍之介くん、日比野くん」
「あっ、雪村さん。もし良かったら今度やる俺達の文化祭に来てみない?」
「えっ、いいの?」
「もちろん! 来週の土日でやってるから、都合がつくなら遊びに来てよ」
「う、うん、分かった。私絶対に行くから! じゃあね、龍之介くん」
雪村さんはそう言うと手を振りながら足取り軽やかな感じで去って行った。
「……なあ龍之介、あの子とはどんな関係なんだ?」
「関係? 友達だが?」
「友達ねえ……あの子、彼氏とか居ないだろ?」
「何で分かるんだ? やっぱり女子の尻ばかり追いかけてる奴は違うんだな」
「バーカ! そんなの関係ねーよ。今のはな、あの子を見てれば自然と分かるんだよ」
渡はムスッとした表情でそう言ってから歩き始めた。
――雪村さんを見ていただけでそんな事が分かるなんて、渡ってもしかしたら結構凄い奴なのかも……いや、そんな事はないか。
それから学園に着いた後、俺は再びまひろと一緒に看板の最終調整に精を出した。