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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
三年生編・last☆stage後半
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重なる×笑顔

 自分の中の記憶を探り、あの小学校二年生の夏休みのことを思い出していた時、杏子の呼びかけではっとした俺は、目に映った白のワンピースの髪が長い人物を見てすぐに駆け出した。理由は至極単純なもので、その人物があの夏の日に出会ったみっちゃんと雰囲気が被って見えたからだった。

 あの日以来まったく会うことはなかったから、もしかして――なんて思いがあったからだったけど、結果から言えばその人物はまったくの別人だった。だから本来なら、これは単なる思い違い、勘違いの話で終わることになる。

 しかしこの話はそこで終わらなかった。なぜなら俺が声をかけた人物は、『2日ほど留守にします』と言って出かけて行った美月さんだったからだ。


「こんな所で出会うなんて本当に偶然だよね」

「そうですね」


 たまたま出会った美月さんを連れて近所の駄菓子屋へと向かい、その店先にある古びたベンチに座って昔懐かしいたまごアイスを手の温度で溶かしながらちゅうちゅうと吸う。

 左隣ではいつものミントアイスを美味しそうに食べる杏子の姿が、右隣には俺と同じくたまごアイスをちゅうちゅうと吸っている美月さんが居る。

 ちなみにこのたまごアイス、場所によっては通称おっぱいアイスや爆弾アイスなどとも呼ばれているが、それはこの商品を手にした時に感じたその人のイメージや状況に大きく左右される呼称だと思う。

 ちなみに俺はどの呼称もそれぞれイメージに当てはまっていてしっくりくるのだけど、公衆の面前でおっぱいアイスと言うのはやはり恥ずかしいので、その呼称だけは口にしないようにしている。


「ねえ、美月お姉ちゃんはどうしてこんな所まで来たの?」

「私は制作研究部の活動の一環として、風景を写真に収めに来てたんですよ。まひろさんに描いてもらう風景の資料はたくさんある方が良いですからね」

「ああー、なるほど」


 その言葉に納得したと言った感じでそう言いながら何度も頷く杏子と同様に、俺も頭を小さく何度も頷かせた。

 それにしても、美月さんが貴重な連休を利用してまで制作研究部のために行動をしているとは驚きだった。部長として、また制作研究部の発足者としての責任感もあるのだろうけど、その根底には“楽しんでもらえる作品を作りたい”――と言った感じの情熱や思いが強くあるのは間違いないだろう。


「じゃあ美月さんはこのあとも風景写真を撮りに向かうの?」

「そうですね、陽が沈むまでは色々な所を回ってみようと思います」

「それなら俺もなにか手伝うよ」

「あっ、私も私も!」

「えっ? でもせっかくこちらに遊びに来ているのに悪いですよ」

「そんなことないって。こっちにはじいちゃんとばあちゃんに顔を見せに来ただけだし、特になにかをやる予定があったわけでもないしさ。だよな、杏子」

「うん。お兄ちゃんの言うとおりだよ」

「ねっ? それに俺たちも制作研究部の部員なんだからさ」


 それでも美月さんは小さく『うーん……』と唸りながら迷ってはいるようだったが、しばらくすると小さく頭を何度か頷かせてから口を開いた。


「――ではお手伝いをお願いしていいですか?」

「もちろん!」

「ではこれを渡しておきますね」


 美月さんは持って来ていたキャリーバッグのファスナーを開け、その中から二つのデジカメを取り出すと、俺と杏子にそれを手渡してきた。用意がいいと言うかなんと言うか、よくデジカメを3つも持ってたな――と、そっちの方に関心がいく。

 そういえばだいぶ前に、写真を撮るのにはまっている――と言っていた時期があったから、これもその時に買い揃えたのだろう。写真ははまるとカメラにこだわりたくなるって聞くしな。


「ありがとう。で、俺たちはどんな風景を映して来ればいい?」

「特に撮影する風景に指定はありません。ですから龍之介さんと杏子ちゃんが写真に収めたいと思う風景を撮って来て下さい」

「そんなんでいいの?」

「はい、それで大丈夫です」

「それじゃあ3人で手分けして、1時間後にまたここに集合ってことでどうかな? お兄ちゃん、美月お姉ちゃん」

「そうだな、あまり長い時間うろついても仕方ないだろうし。そんなんでいいかな? 美月さん」

「はい、大丈夫です。では1時間後にここでお待ちしていますね」

「うん。それじゃあ行くか」

「おーう!」


 デジカメを持った手を高らかに上げ、元気に返事をする杏子。その表情はとても楽しそうに見える。まあ俺もちょっとわくわくしているから、その気持ちは分かるけどな。

 このあと美月さんに軽くデジカメの使い方を聞いた俺たちはバラバラに別れ、それぞれがナイスだと思う風景を収めに向かった。


「――よしっ、この辺りはもういいかな」


 2人と別れてから約20分程が経ち、俺はゆっくりと色々な風景を収め歩いていた。岸辺に名前も知らない綺麗な花が咲く、緩やかな流れの川を撮ってみたり、川の流れの中に立っているサギを撮ってみたりと、本当に自由に色々なものをデジカメに収めていた。

 こうして写真を撮ることを主な目的として活動したことがなかったから分からなかったけど、案外写真を撮るというのは楽しい。まるでプロのカメラマンにでもなったような気分で構図とか位置取りなんかに拘ってみながら写真を撮っていると、美月さんが写真撮りにはまっていたというのも分かるような気がしてくる。

 それにしてもふと思ったのだが、なんで俺はみっちゃんと出会った時に写真の1枚でも残しておこうと思わなかったんだろうか。もしも写真の1枚でも残していれば、もしかしたらみっちゃんを捜すことだってできたかもしれないのに。

 でもまあ、仮に写真を残していたとしても、きっとみっちゃんを捜すなんて真似はしなかっただろう。こんなに年月が経てば相手が俺のことを覚えてる可能性なんて低いだろうし、今更みっちゃんを捜す理由もない。

 しかし正直に言えば、会ってみたいという気持ちはあった。別に会ったからと言ってなにをするわけでもないけど、あの時の話をしてみたいとも思うし、なにより一緒にゲームで遊びたいという思いもあった。

 でもよくよく考えてみれば、俺はみっちゃんのフルネームすら知らないのだから、やはり捜すもなにもあったもんじゃない。

 過去の思い出に感傷的センチメンタルな気分になりつつ、もしも今みっちゃんに再会できたらどんな話をするだろうか――みたいなどうしようもないことを考えながら、再び風景をデジカメへと収め始める。


× × × ×


「長々とすみません。お風呂ありがとうございました」

「いやいや、杏子に比べれば早いもんだよ。アイツはまだのんびりしてるんでしょ?」

「はい。私が出る時には『もうしばらくのんびりしてる』って言ってました」

「アイツの言う“もうしばらく”は全然信用できんからなあ……」

「そうなんですか?」

「うん。多分だけど、少なくともあと1時間は出て来ないだろうね」

「そうなんですね」


 くすくすと小さく笑う美月さん。その様は相変らずとても可愛らしい。

 それにしても不思議なものだが、そんな美月さんの笑顔を見ていると、ふとみっちゃんの笑顔が思いこされる。なんとなく笑い方とか仕草が似ているせいだろうか。

 夜の21時過ぎ、我が家――と言うかじいちゃんたちの家でお風呂から上がった美月さんへ冷たいお茶を出し、ささやかなおもてなしをしていた。

 なぜ美月さんがこの家に居るのかと言えば、デジカメでの撮影を終えてお菓子屋へと集合したあと、『美月お姉ちゃんはどこに泊まるの?』という質問を杏子がしたことが切っ掛けだった。

 端的に言えば美月さんは泊まる宿を決めておらず、そういうことなら家に泊まって行けばいい――と言う杏子の一言でこうなっていると言うわけだ。

 ちなみにこの家に住むじいちゃんとばあちゃんは、美月さんを泊めることに反対はしなかったから特に問題はない。


「そういえば杏子ちゃんに聞いたんですが、龍之介さんにはこちらにお友達が居たんですか?」

「ん? ああ、かなり昔の話だけどね」

「良かったらその時の話を聞かせてくれませんか?」

「それは別にいいけど、どうしてそんな話を聞きたいの?」

「そうですね……強いて理由を上げるとしたら、そのお話が制作研究部のゲーム制作に役立つかもしれないからです」

「ああ、なるほどね」

「ふふっ。でも本当のことを言えば、その理由は半分なんです」

「じゃあ、あと半分の理由は?」

「あとの半分は私の興味です。龍之介さんからその時のことを聞いてみたいんですよ」


 知らないことを知りたいと思うのは、人として当然ある欲求だと思う。その理由がなんであれ、“興味”というものが少なからず含まれているのは確かだろう。そう言った意味では美月さんの言っている理由は至極単純で分かりやすい。


「分かりやすい理由だね。じゃあ少し長くなるかもだけど、話すとしますか」


 こうして俺はあの時のことを話し始めた。少し長い話にはなったけど、美月さんは俺が話している間は一切口を挟まずにその話を聞いてくれた。

 そして話を聞いている時の美月さんの優しい笑顔に、俺はなぜかまたあの時のみっちゃんの笑顔を重ね合わせていた……。

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