原因×解明
妙な態度と言葉を残して俺の前から走り去って行った茜。
そんな茜の態度が気になっていた俺は、その日の内に電話をかけたりメールをしてみたりしたけど、結局その日に茜からの返答が来ることはなかった。
「鳴沢くん、ちょっといいかな?」
朝の花嵐恋学園の下駄箱。そこで上履きへ靴を履き替えていると、教室へと繋がる廊下の方から声がかけられた。
「あっ、真柴さんか。おはよう」
「おはよう。早速だけど、ちょっと一緒に来てくれないかな」
「えっ? なんで?」
「いいから来て」
「あ、ちょっと――」
真柴は端的にそう言うと、有無を言わせずに校舎裏の方へ向けて歩き始める。
こんな朝っぱらからなんだろうと思いつつも、もう片方の靴を上履きへと素早く履き替えてから急いで真柴のあとを追う――。
「で? こんなところでいったいなんなの?」
彼氏が居ない女の子からのお誘いなら、告白かも――なんて想像でドキドキの一つもするところだろうけど、真柴はつき合っている彼氏が居るからそんなことはありえない。
だからなんの用事があるのかは分からないけど、さっさと用件を聞いてから教室へ向かい、机に突っ伏してもう一眠りしたかった。
「茜となにかあった?」
その一言を聞いた瞬間、俺の中に残っていた眠気が吹き飛んだのを感じた。
「どうして?」
真柴の言葉を聞いて思い当たる節がありつつも、俺は白々しくそう答えた。
いったい真柴がどこまでのことを知っているのか分からない以上、不用意に情報を与えて面倒臭い追求を受けたくなかったからだ。
「……昨日の夜、茜に用事があって電話をしたんだけど、なんだか様子が変だったのよ。それで気になって今日の朝にそのことを話してみたんだけど、茜は『なんでもないよ』って言うの」
「茜がなんでもないって言うなら、なんでもないんじゃないか?」
「そんなことないよ! 茜はああ見えて繊細だから、絶対になにかあったんだよ……凄く落ち込んでたし」
“絶対”――と言える自信がどこから来るのか分からないけど、真柴には茜が落ち込んでいると分かる確信めいたものがあるらしい。
まあ茜は気分や気持ちが態度や表情に出やすいから、きっとそんな部分から茜の様子を読み取ったんだろう。
「仮に茜が本当に落ち込んでいたとして、それをなんで俺に聞くわけ?」
「なんでって……茜があんな風に落ち込んでいる時は、だいたい鳴沢くんとなにかあった時だから」
それはいったいどんな理屈だよ――と思いはしたけど、今回はタイミング的に考えて俺が原因なんだろうとは思う。
しかし昨日もじっくり色々なことを考えてみたけど、茜がへそを曲げる要素がどこにあったのかさっぱり分からない。俺としては至って普通の会話を繰り広げていたに過ぎないから尚更だ。
それにしても真柴の話を聞く限り、茜のご機嫌は今日も良くなっていないようだ。だとすれば、サラリと昨日のことを話して真柴に茜がご機嫌を損ねた原因を聞いてみるのも一つの解決法かもしれない。
「うーん……まあ原因がなにかはっきりとは分からないけど、昨日の帰り道で会話中にちょっと機嫌が悪くなったのは確かかな」
「そうなの? どんな会話をしてたの?」
「それがさ――」
俺は茜が機嫌を悪くする前後からの話を掻い摘んで真柴に話し始める。
そして話を聞かせる最中、真柴の表情が段々と呆れたような感じへと変化していることに気づいた。
「――てなわけなんだよ」
「はあっ……なるほど、そういうことだったんだね」
「なるほどって――茜の機嫌が悪くなった理由が分かったの?」
「もちろんだよ。むしろ今の話でその理由に気づかない鳴沢くんはどうかと思うよ?」
「えっ? 俺が鈍感だってこと!?」
「そうだよ、まったくもう……」
更に呆れた感じの表情を浮かべた真柴が、まるで哀れむように俺を見てくる。
それにしても、茜とのつき合いが長い俺に分からなくて、真柴にその理由が分かるというのはなんとも複雑な気分だ。
「まったくもうって言われても……まあいいや。で、茜が機嫌を損ねてる理由ってなんなの?」
それなりに理不尽は感じていし、それなりに反論したいところはあった。けれど俺はそれをグッと我慢して原因の解明を優先させた。とりあえず原因が分からないと話の進めようもないし、反論もし辛かったからだ。
「鳴沢くんは知らないかもしれないけど、茜はね、鳴沢くんと“幼馴染”って関係であることを凄く大切にしてるの。だから茜は機嫌を損ねてるって言うより、悲しかったんだと思うよ? 鳴沢くんに『俺が幼馴染で残念だったな』――とか言われたから」
「でもそれくらいの軽口は今までだって言ってたけど、その時には特になにもなかったぜ?」
「鳴沢くん、そこが問題なんだよ。それはあくまでも“今までがそうだった”――ってだけの話で、本当はずっとそのことで悲しんでいたんだと思うよ? 茜って妙なところで我慢するところがあるから」
確かに真柴が言うように、茜は妙なところで意地を張ったり我慢をしたりということがある。それはよく知ってるけど、それでも俺が言ったことがそこまで落ち込むほどのことなのかという疑問は残る。
「まあ茜が俺と幼馴染であることを大切にしているとして、それでもあそこまで落ち込むもんかね?」
「大切なものへの思いは人それぞれだし、その思い入れの強さもまちまちだよ。鳴沢くんは茜から同じようなこと言われたらどう思う?」
「俺が言ったようなことを茜から? うーん――」
問われた内容を素直に考えてみる。
憎まれ口を言い合ったり、時に喧嘩したり、茜とは色々なことがあった。楽しいことも含めて。
普段は腐れ縁だとか口にしてはいるけど、それが一種の照れ隠しのようなものだというのは俺も理解している。そこを踏まえた上で真柴からの質問を吟味しよう。
「――まあ、確かにちょっと嫌かもしれないな……」
「でしょ? そういう小さなものが積み重なった結果、茜はああなっちゃたんだと思うよ?」
改めてじっくり考えてみると、確かに愉快なものではない。もしも真柴が言うように、俺のこういった発言が小さく積もっていった結果、昨日ような出来事を引き起こしたのだとしたら、それはどうしようもなく俺のせいだ。
「そっか……分かったよ。タイミングを見て今日中に茜には謝るよ」
「うん、そうしてあげて。茜もきっと後悔してるはずだから。“なんであんな態度とっちゃったんだろう”――みたいな感じで」
真柴は優しげな感じでそう言う。その表情はまるで、“手のかかる子たちだなあ”――みたいなことを思って見ている保育士さんのようだ。
それから真柴とは時間差で教室に向かい、俺は何事もなかったかのようにして教室にある自分の席へと座った。
「さて、どうしたものかな……」
しょぼくれた感じで頭を俯かせている茜を後ろから見ながら、俺はどのタイミングでどのように話を持ちかけようかと頭を悩ませていた。
× × × ×
放課後の制作研究部の活動が終わったあと、俺は用事があるからと言って美月さんたちとは一緒に帰らず、運動部専用棟の出入口がある門の横で茜が出て来るのを待っていた。
「おせえなあ……」
前よりも陽が沈むのが遅くなったとは言え、やはり18時を過ぎると街の街灯も点灯し始めるくらいに辺りは暗くなってくる。
そんな黒に染まっていく空を見つめ、茜が出て来るのを今か今かと待ちながら門を抜けて来る人に視線を送るが、未だに茜が姿を見せる気配はない。
しかし女子バスケ部の面子がちょこちょこ出て来てるから、そろそろ出て来る頃だとは思うんだよな。
「あれっ? 鳴沢くん、こんな所でどうしたの?」
門の横にある壁に寄りかかって茜を待っていると、不意に門の内側から抜け出て来た女子が声をかけてきた。
「おっ、新井さん、お疲れ様。頑張ってるみたいだね」
「もちろん! 女子バスケ部は――て言うか、私たち三年生にとっては最後の全国大会出場をかけた大事な時期だからね!」
ショートボブの黒髪を揺らしながら気合十分と言った感じでそう答える新井さん。その負けん気の強さとポジティブなところは、流石は女子バスケ部のキャプテンでありチームの中心人物と言ったところだろうか。
「去年はあと一歩で全国を逃したからね。今年は期待してるよ」
「うん、任せておいて。絶対にみんなを全国の舞台に連れて行くから。ところで、鳴沢くんはここでなにしてたの? 誰かを待ってたの?」
「あ、いや、茜のことを待ってたんだけど、アイツまだ中に居るのかな?」
「茜? 茜なら部活が終わってから真っ先に着替えて珍しく裏門から出て行ったよ?」
「裏門から!?」
今までまともに部活をしていた経験がなかったせいで、完全に部活専用棟にも裏門があることを忘れていた。これは完全なる出待ちの失敗だ。
「なに? 茜になにか用事があったの?」
「まあ、ちょっとね」
「ちょっとねえ……あっ、もしかして今日茜に元気がなかったことに関係してるのかな?」
新井さんは俺の顔を覗き込みながら、すべてを見透かそうと言わんばかりに目をじっと見つめてくる。茜をとおして知り合った時からこんなところがあったけど、相変らずこの視線には慣れない。
「あー、まあそんなところかな」
「そっかそっか。まあなにがあったのかは分からないけど、茜に元気がないとチームも締まらないから、早いところ茜を元気にしてあげてね」
「ははっ、俺がなにかしたくらいで元気になればいいけどね」
「なるよなるよ! だって茜は鳴沢くんのことが本当に大事みたいだから」
「そ、そうなの?」
「うん、普段もよく鳴沢くんの話をしてるしね。まあ、主に面白話だけど」
新井さんはにこやかにそう言いながら、最後につけ加えるようにそう言った。
まったく茜のやつ……いったい俺のことに関するどんな話をしてやがるんだ? 頼むから妙な話はしないでくれよな。
「まあどんな話をしているのか問い詰めたいところだけど、今日は止めておくよ」
茜がもう部活棟に居ない以上、俺がここに留まる理由はない。今から追いかけて追いつけるか分からないけど、急いで茜を追わないと。
「そうだね。じゃあ、茜のことは頼んだよ。鳴沢くん」
「まあ、やるだけやってみるよ。それじゃあ新井さん、またね」
「またねー!」
新井さんに向かって軽く右手を上げて挨拶をしたあと、俺は茜に追いつくために走り始めた。




