謎×謎
二学期開始から数日が経った放課後。俺は文化部棟にある一室を目指して歩いていた。
何で帰宅部の俺が文化部棟に来ているのか、それは突然取材部からの呼び出しがあったからだ。
――いったい何の用があるってんだ……。
我らが学園の取材部と言えば、全部活動の中で唯一メンバー全てが公表されない事で知られている。普通ならありえ無い事だろうけど、この取材部は仕事の正確性から学園側の信頼も厚く、最も特別優遇措置を受けている部活と言ってもいいだろう。
以上の事から部員以外の者は取材部の許可無しに部室がある一定エリアに入る事すら許されていない。
「たくっ……渡の奴余計な事言いやがって」
本来ならこんな訳も分からない呼び出しなど無視するのだけど、その事を渡に話した時にこんな話を聞かされた。
それは取材部の呼び出しを無視すると消される――だの、呼び出しを無視した先輩が翌日急に転校になった――だの、どれもこちらの不安を煽る様な内容だ。まあいくら何でも消されるってのは冗談だろうけどな。
くだらないと思いつつも、渡が必死に行けと言うので仕方なく呼び出しに応じたわけだ。決して聞かされた噂が怖くて来たわけではない。
シーンと静まり返った取材部専用エリアを歩きその最奥部へ辿り着くと、そこにある取材部と書かれたプレートの掛けられた扉の前へと立つ。
――ここか……。
「鳴沢龍之介くんね。どうぞ入って」
意を決して目前の引き戸に手を伸ばそうとしたその瞬間、中から凛とした知的な感じの声が聞こえてきた。
その声に少しだけ戸惑いつつも、引き戸をゆっくりと開けて中へと足を踏み入れる。
「失礼します」
部屋の中はかなり暗く、間取りがどんな感じかなのかもよく分からなかった。
分かる事と言えば奥に見えるデスク上の卓上灯がぽつんと薄暗い灯りを放っている事と、テレビドラマなどでよく見かける背もたれの大きな椅子がある事くらい。おそらくそこに声を発した人物が座っているのだろう。
「ようこそ取材部へ、歓迎するわ。私は取材部のリーダーで四季と言います」
見えていた椅子がくるりと半回転し、座っていた人物の顔が卓上灯の光に照らされる。
奇妙な事に四季と名乗る人物は仮面舞踏会などで使われている様な仮面をつけていた。その話し方や声質、顔の輪郭や髪の長さを考えると、女性である事は間違いなさそうだ。
「あ、はい。あの、色々と聞いてもいいですか?」
「本来私達は聞く側の立場なのだけど……まあいいわ。何かしら?」
「まずその仮面は何ですか?」
「取材部特注の仮面だけど?」
「いや、そういう事が聞きたいんじゃなくてですね」
「何で仮面をつけてるのかって事かしら?」
俺はそのとおりだと力強く頷いた。どこからどう見ても漫画やアニメで見かける悪の秘密結社の様にしか見えないからだ。
「鳴沢龍之介くん。あなたも取材部についての話を聞い事があると思うけど、簡単に言えば個人を特定されない為よ」
「そこまでやるんですか」
高校の部活でこの秘密主義の徹底ぶりには理解し難いものがある。
「私達の取材は幅広いから、時には危ない事もあるの。だからその危険を少なくする為に必要な事なのよ」
――危ないって……この人達は普段何を取材しているんだ……。
そんな事を思っていると、卓上にある今は懐かしき黒電話がけたたましい音を立て始めた。
「ちょっと失礼。もしもし――そう、分かったわ。SUはそのまま調査を続けて、場合によっては目標の消去を――」
何やら物騒なワードが耳に飛び込んで来る。
――くそう……渡が言っていた噂話を思い出してしまうではないか。
「――ごめんなさいね、鳴沢龍之介くん」
ごちゃごちゃと考え事をしている間に電話が終わった様で、四季さんは受話器をそっと戻してからこちらの方に向き直る。
「いえ。とりあえず俺に何の用があるんでしょうか?」
少しだけビビリながらも、それを表情や態度に出すまいと必死に取り繕う。
「そうだったわね。それじゃあ早速だけど、如月美月と付き合っているという噂があるのだけど、それは本当?」
「はいっ?」
あまりの妙な質問に思わず間抜けな声を上げてしまった。
――まさかそんなくだらない内容で俺は呼び出されたのか?
「どうしてそんな事を?」
「それを詳しく言う訳にはいかないけど、ある人からの依頼で――とだけ言っておくわ。で? どうなの?」
「デマですよそんなの」
何でそんなくだらない事を答えなきゃいかんのだと思いながら大きく息を吐き出した後、俺は四季さんの質問に対して呆れ気味にそう答えた。
「本当に? 一応こちらでは彼女が引っ越して来た日にあなたが近所のスーパーで接触をしたところから調べさせているんだけど」
仮面越しに鋭い視線を向けてくる四季さん。
その事は杏子以外に話していないのに、この人はそれを知っている。取材部……噂になるだけはあるのかもしれない。
「本当ですよ。信用できないなら美月さんに直接聞いてみればいいじゃないですか」
ついそう言ってしまったものの、美月さんて誤解を招く発言が多々あるから逆に危険かもしれない――と、一瞬だがそう思ってしまった。
「如月美月の事を名前で呼んでるのね」
「そ、それは美月さんにそう頼まれたからですよ」
「なるほど……うん、分かったわ。今日はこれで終わりにします」
「えっ? 終わりですか?」
「ええ。でも一つだけ言わせて。如月美月を好きになっちゃ駄目よ?」
「は? どういう事です?」
「その理由は言えない。けれどこれは忠告でもあり警告でもあるの。さあ、話はここまでよ。気をつけてお帰りなさい」
聞いた質問には答えてもらえず、そのまま部屋を追い出された。
そして俺は何とも煮え切らない気持ちのままで家へと帰る事になった。
× × × ×
「あっ、お兄ちゃーん!」
モヤモヤとした気分のまま帰路を歩き、ようやく家の玄関が見える位置まで来ると、そこには大きく手を振りながら俺を呼ぶ杏子の姿があった。
「何やってんだ? こんな所で」
「お兄ちゃんを待ってたの」
「あっ、龍之介さん、やっと帰って来たんですね」
杏子の居る自宅玄関前まで行くと、ちょうど隣の家から可愛らしい猫のイラストが描かれたエプロンを身につけた美月さんが出て来てこちらに駆け寄って来た。
その様はまるで新婚の新妻を思わせる。なんと愛らしい姿だろうか。
「実は美月お姉ちゃんと一緒に夕飯を作ってたの」
「そうだったの?」
「今日はとっても上手に出来たんです。だから是非食べて下さい」
そう言って俺の手を握り自宅へと引っ張っていく美月さん。今日はいつもに比べてテンションが高い。
「ちょ、ちょっと待って! 鞄を置いてこないと」
「あっ、ごめんなさい。私ったらついはしゃいで……」
「鞄を置いたらすぐに行くから、杏子と待っててよ」
「分かりました。早く来て下さいね、待ってますから」
満面の笑みでそう言うと、美月さんは足取りも軽く自宅へと戻って行った。
「いたっ! 何すんだよ杏子」
「お兄ちゃんデレデレしてた」
鋭い肘打ちを背中に入れ、ムスッとした表情で美月さんを追って行く杏子。
――そんなにデレデレしてたか?
そんな事を思いつつ、なぜか不機嫌な妹様のご機嫌取りを考えながら鞄を置きに自室へと向かった。




