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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
三年生編・last☆stage前半
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淡い×期待

 制作研究部での話し合いでゲーム制作の役割を決めた日の夕暮れあと、俺は自転車に乗って以前少し勤めていたバイト先のゲームショップへと向かっていた。

 最近はネットショップでゲームを取り寄せることが多くなっていたせいか、こうしてゲームショップへと向かうのは本当に久しぶりだ。

 そしてそんな久しぶり感もあるせいか、俺は自転車のペダルを軽快に踏み込みながら、残りわずかな桜の花が散っている車道を少しわくわくした気持ちで自転車を走らせた――。




「いらっしゃいませ!」


 お店の敷地内にある小さな駐輪場へ自転車を止めて店内へ入ると、陽子さんの今は懐かしい接客の基本用語が俺の耳へと入って来た。


「お疲れ様」

「あれっ!? 龍之介くん久しぶりだね。今日はゲームを買いに来たの? それとも予約?」

「今日はちょっと参考になるゲームはないかなと思って見に来たんだ」

「参考になるゲーム?」

「うん。実は――」


 俺は小首を傾げる陽子さんに対し、簡単簡潔に来店した理由の説明を始めた。


「――へえー、制作研究部かあ。なんだか楽しそうな部活だね」

「確かに色々と楽しそうな部分はあるけど、みんなでゲームを作るなんて初めてだから、上手く行くか不安なんだけどね」

「そうだよね。でも、どんなことでも最初はみんな初心者なんだから、そこは心配しなくていいと思うよ? もちろん失敗したり上手くいかなかったりすることもあるとは思うけど、それが当たり前なんだから」

「そっか……うん、そうだね。確かに陽子さんの言うとおりだと思うよ。ありがとう、ちょっと不安が小さくなった気がする」

「う、うん。どういたしまして……」


 その言葉に感銘かんめいを受けてそう答えると、なぜか陽子さんは視線をらしながら顔を小さく俯かせた。

 陽子さんとこうやって話していると、時折こんな風に顔を俯かせることがあるけど、いったいどうしてだろう。別に変なことは言ってないと思うけどなあ……。

 そんなことを思っていると、お店の出入口から1人の男性客が入って来た。


「おっと、お客さんだ。仕事の邪魔しちゃってごめんね」

「あっ、ううん、ゆっくり見て行ってね」

「うん、ありがとう」


 そう言ってお店のカウンターへと戻って行く陽子さんに軽く右手を上げて手を振ると、それに応えるようにして陽子さんも右手を軽く上げて手を振り返してくれた。


「よしっ、とりあえず作品を見てみるか」


 俺はさっそく今回の来店の目的である、恋愛シュミレーションゲームコーナーへと向かった。


「結構種類があるなあ……」


 恋愛シュミレーションゲームは、他のゲームに比べてそんなにたしなんでいるわけではない。

 だから俺は、どうしても今回の恋愛シュミレーションゲーム作りの参考にするための資料がほしかった。

 しかしいざこうしてゲームの数々を目の前にすると、どれを参考資料にすればいいのかと迷ってしまう。

 とりあえず部活での話し合いで決まっている内容と近しい物を選ぶのは当然なので、必然的に学校などを舞台にした学園恋愛物をチョイスすることになる。大雑把ではあるけど、俺は学園恋愛物に的を絞って作品を選んでいくことにした。


「――うーん、困ったなあ……」


 せっかく学園物に的を絞って作品を選んでいたのに、ほとんどの恋愛シュミレーションゲームが学園物だったと言う事実が俺を困らせていた。


「ずいぶん悩んでるみたいだね」


 恋愛シュミレーションゲームコーナーで腕組をしたまま候補のゲームたちをあれこれと見ていると、微笑を浮かべた陽子さんがそう言いながら俺の隣へと歩いて来た。


「あっ、うん、思ったよりも学園物の数が多くてさ。どれを選べばいいのか迷っちゃって」

「そうだったんだ……」


 困り果てている俺の横へとやって来た陽子さんに溜息混じりにそう言うと、陽子さんはおもむろにゲームパッケージが置いてある棚を見回してからいくつかの作品を手に取った。


「学園物だとこのあたりの作品が良く売れてるから、もしかしたら参考になるんじゃないかな?」

「あっ、そうなんだ! ありがとう、凄く助かるよ」

「ううん。これもれっきとしたお仕事だから」

「それでもありがとう。それにしても、せっかくこうして選んでもらっても、やっぱりどれを選べばいいのか迷っちゃいそうだよ」

「そっか……それじゃあ、体験コーナーで少し試しプレイをして行ったらどう? 龍之介くんなら少しプレイするだけでもゲームの雰囲気とかを掴めると思うし」

「ああっ、なるほど! その手があったね! じゃあちょっと使わせてもらっていいかな?」

「もちろん」


 お試しプレイができるということをすっかり忘れていた俺がそうお願いをすると、陽子さんはいつものにこやかなスマイルを浮かべてお試しプレイの準備をしてくれた。


「――じゃあ、ごゆっくりどうぞ」

「うん、ありがとう」


 陽子さんが試しプレイの準備をしてくれたあと、俺はじっくりと候補のゲームを吟味して資料にするゲームを決めた。


× × × ×


「待たせてごめんね、龍之介くん」

「いやいや、全然大丈夫だよ。それじゃあ行こうか」

「うん」


 お店の閉店時間である22時を過ぎた頃、シャッターの閉まった店に背を向け、俺は自転車を押しながら陽子さんと一緒に駅前へと向かっていた。


「閉店間際まで試しプレイしててごめんね。帰るのが遅くなったでしょ?」

「ん? そんなことないよ? むしろ龍之介くんが閉店作業を手伝ってくれたから、いつもより早く終わったくらいだし」

「そう? だったら良かったよ」

「うん。龍之介くんも資料が見つかって良かったね」

「ホント、陽子さんが色々と売れ筋をチョイスしてくれて助かったよ」

「いえいえ、私はゲームショップの店員としての仕事をしただけだから」


 歩道側に等間隔で取りつけられた街頭の明かりの下を通り過ぎようとした時、にこやかな笑顔を浮かべていた陽子さんの表情が見えた。

 いつもながら、爽やかな中にも女の子らしい柔らかな笑みを浮かべる陽子さんはとても可愛らしい。


「あっ、そうだ。実は陽子さんに一つお願いがあったんだけど、いいかな?」

「お願い? なにかな?」

「店に来た時に話した制作研究部なんだけど、ゲーム制作が進んでいく内にアフレコ作業もすることになるんだ。それでその時に演技指導と言うか、ダメ出しをしてくれる人が必要になると思うんだよね。それでさ、色々と忙しいとは思うんだけど、陽子さんにそれをお願いしたいんだ」

「ええっ!? 私に!?」


 俺がした突然のお願い。それを聞いた陽子さんは、やはり予想どおりに驚きの表情を見せた。

 まあ、こんなお願いを突然すれば仕方がないことだろうけどな。


「うん。もちろん陽子さんが色々と忙しいのは知ってるから、無理にとは言えないけどさ」

「うーん……その制作研究部の活動に参加することには凄く興味があるんだけど、私もまだまだ未熟者だし、人になにかを教えるなんてできないと思うんだよね……」

「あっ、もちろんさっき言ったように無理強いはしないからさ、だから少しだけ考えてみてくれないかな?」

「……分かった。それじゃあ、少し考えさせてもらうね。なるべく早く返答をするから」

「うん。ありがとう、陽子さん」

「ううん、私こそ誘ってくれてありがとう。龍之介くんとは学校も違うし、そういった誘いをしてくれて嬉しいよ」

「そう? それなら良かったよ。あっ、それじゃあ考えるための材料として資料を渡しておくから、時間がある時にでも見て判断材料にしてよ」

「あ、うん、ありがとう。それじゃあしばらくの間預かっておくね」

「うん、是非とも前向きに考えてほしいな。陽子さんが参加してくれたら、俺も凄く嬉しいからさ」

「そ、そうなんだね……。うん、分かったよ。ちゃんと考えておくね……」

「うん、よろしく頼むよ」


 自転車のカゴの中に入れていた小さな鞄から資料を取り出し、陽子さんに手渡してからそう言うと、陽子さんはなんだか慌てたようにしてその資料に目をとおし始めた。

 俺は資料へと目をとおす陽子さんが危なくないようにエスコートをしながら駅までの道を一緒に歩き、無事に駅前へと着いたあとで陽子さんと別れた。

 陽子さんが俺のお願いを聞き入れてくれるかはまだ分からないけど、“興味がある”と言っていたから少しは期待したい。

 そんな淡い期待を抱きながら自宅へと帰った俺は、早速買って来た恋愛シチュエーションゲームを起動させ、参考になる部分を片っ端から抜き出す作業を開始した。

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