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俺はラブコメがしたいッ!  作者: 珍王まじろ
一年生編・二学期
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疑惑×追求

 ついに楽しかった夏休みも終わり、今日は始業式。

 教室内には久しぶりに見るクラスメイトの面々。ほんの一ヶ月程の事とは言え、とても懐かしい感じがする。その中にはすっかり様相が変わってしまった奴も居るけど、若さゆえと言うべきか、思い出したくない過去にならないといいねっ――と、思わず言いたくなってしまう。


「龍之介! お前聞いたか?」

「何だわたる。朝っぱらからどうした?」

「おいおい、久しぶりに会ったってのに何だは無いだろ?」

「久しぶりも何も、お前とは夏休みの間に何度か会ったじゃないか」

「確かにそうだが、最後に会ったのは二週間前だっただろ?」

「俺がお前と最後に会ったのは五日前だよ……」

「あれっ? そうだったっけ?」


 ピンピンと上にハネた短く茶色い髪の毛に、軽く着崩した制服。その下にはトレードマークの赤いシャツ。

 見た目からしてちゃらい感じのコイツは、日比野渡ひびのわたると言って高校入学時のある出来事が切っ掛けでつるむようになった悪友。

 コイツは頭の中が女の事で埋め尽くされていると言ってもいい程の女好きで、その頭と性格の軽さを言い例えるなら、大量のヘリウムを入れられた風船と言えるだろう。

 人は欲望によって動く生き物だけど、ここまで自分の欲望に素直な奴は見た事が無い。でも本当に時々だけど、渡のその欲望への素直さが羨ましいと思ったりする事もある。

 こういった感じに一癖も二癖もある奴だが、基本的に悪い奴ではない――と思う。ただ欲望に素直で正直で馬鹿なだけだ。


「……で? いったい何の話だ?」

「おっとそうだった。実はな、今日転校生が来るらしいんだよ。しかも女の子!」

「へえー」


 転校生が女子なのは素直に嬉しいと思う。

 そしてそれを聞いた俺の頭の中では、既に数多く見てきたラブコメ作品の転校生エピソードが思い起こされていた。

 今ではそういった作品にある程度欠かせない存在なのが転校生と言ってもいいだろう。もちろんそういったラブコメ展開が現実としてあるとは思えないが、想像してワクワクするくらいは個人の自由だ。

 人はそんな事は無いと思いつつも、心のどこかでありえない事を期待しているものだから。


「可愛い子だといいよな」


 相変らず女の事になると締りの無い表情を浮かべる渡。表情に欲望がそのまま表れていて、何とも分かりやすい。


「まあ仮に可愛い子だとしても、俺達には無縁だろう」

「どうして?」

「よく考えてみろよ。可愛い子に彼氏が居ないわけないだろ?」

「そんな事はないさ。可愛くてもフリーな女の子は居る!」

「それはまあそうだろうけどさ……まあ仮にフリーだとしても、そんな可愛い子は俺らなんかに興味を持たないだろうよ」

「お前、ラブコメ好きなわりには冷めてんのな……」


 ――別に冷めているわけじゃない。ただ誰よりも現実を見ているだけだよ……。


 確かに俺はラブコメ作品は大好きだし、そういった物語のイベントや出来事が現実に起きないかと夢見てもいる。だけどそれはそれだ。

 俺達は過酷で悲惨で無慈悲な現実に生きている。そこを自覚しているかいないかの差だと思う。


「お前さ、転校生が可愛くても変なちょっかいを出すなよ?」

「それは分からないね。可愛い子がそこに居る。だから仲良くなる為に声をかける。それが俺の正義ジャスティスなんだっ!」

「やれやれ」


 何ともお気楽な奴だと思うけど、言ってる事はそう間違っていないと思う。行動しなければ何も起きない、良い事なんて起こるはずも無い。それは確かだと思うから。


「おっ、来たみたいだぜ」


 廊下側の半透明の窓に視線を向けると、担任教師と転校生と思われる二つの影が動いていた。別に転校生に対して何かを期待していた訳では無いけど、それでもなぜかドキドキする。

 全員が急いで席に着き、まずは担任教師が教室に入ってお決まりの前振りをした後でいよいよ注目の転校生が中へと呼ばれたのだが、教室へ入って来た転校生を見て俺は驚愕きょうがくしてしまった。


「皆様初めまして。私は如月美月きさらぎみつきと申します。これからクラスメイトとして仲良くして下さい」


 優雅に、それでいて上品に挨拶をする如月さん。

 クラスメイトがにわかに活気付き、あちらこちらから『可愛い』とか『美人』とか、そんな言葉をささやいている声が聞こえてくる。

 確かに可愛いし美人な女子が転校して来た。だがこちらの姿を見られるのはヤバイ気がしたので、俺は急いで顔を横にらした。


「それじゃあ如月さん、一番後ろの空いてる席に座ってちょうだい」

「はい」


 先生にそううながされ、如月さんはこちらに向かって歩いてくる。一番後ろの空いている席と言えば、窓際に居る俺の右隣しかない。

 近付いて来る如月さんに顔を見られないようにと、窓側に向けていた頭を俯かせた。


「あら? 龍之介さんじゃないですか?」


 ささやかな努力も虚しく、一瞬で俺だという事がばれてしまった。冷静になって考えれば、ただ一人窓側の方を向いて俯いてたら逆に目立つよな。


「や、やあ。如月さん」

「あっ、龍之介さん。私の事は美月と呼んで下さいと言ったじゃないですか」

「そ、そうだったかな?」


 クラスメイト達の視線が俺達に集まっているのが分かる。これは下手な発言はできない。


「そうですよ。それに朝起きたら家から居なくなってて、私寂しかったんですよ?」

「「「「「ええ――――っ!?」」」」」


 如月さんの発した言葉にクラス中からどよめきが起こる。

 下手な発言をするとかしないとか言う以前に、如月さんが飛びっきりの超大型爆弾を投下してしまった。


「ちょっ!? 如月さん何言っての!?」

「何って、昨晩の事ですが」


 美月さんの発言にあちこちからヒソヒソと誤解に満ちた発言をささやく声が聞こえてくる。


「お、俺の話を聞いてくれ――――っ!」


 必死な声が教室内に響き渡る。

 とりあえずこの場は担任が騒ぎを収めてくれたけど、ホームルーム終了後、俺はクラスの連中――主に渡からの飽く無き追及を受ける事になり、もう頭を抱えるしかなかった。


「龍之介……お前あんなに可愛い彼女が居たんじゃないか! この裏切り者がっ!」

「馬鹿っ! 如月さんとはそんな関係じゃねえよ!」

「だって一夜を共に過ごしたんだろ?」


 渡は突然ニヤニヤしながらいやらしい言い方でそう聞いてきた。そのムカツク表情を見ていると、無言で顔面パンチをお見舞いしてやりたくなる。


「い、いやそれは……で、でもなっ! お前が思っている様な事は何もしてないぞ!」

「龍之介……本当?」


 必死で弁明をする俺を、まひろが悲しそうな表情で見てくる。


 ――そんな顔で俺を見るのは止めるんだまひろ。何だかすげえ悪い事を俺がしたみたいじゃないか。


「だからっ! 隣に引越して来た如月さんが寂しくて眠れないって言うから、妹と一緒に泊まっただけなんだよ」

「そうなの? 如月さん」


 ――いや、まひろさん、そこは俺の言葉だけで信じて下さいよ。


「はい。確かに私がそう頼みました」

「そ、そうなんだね。良かった……」


 その言葉になぜかほっとした感じの表情を浮かべるまひろ。とりあえず誤解は解けた様だから良かった。


「ふーん……けど妹が一緒とはいえ女の子の家に泊まるとか、龍之介もやるもんだな!」


 アホみたいにバンバンと俺の背中を勢い良く叩く渡。コイツは俺を責めているのか褒めているのかいまいち分からん。


「言っておくけどな、俺は妹だけ残して帰るつもりだったんだよ」


 そう、妹だけを残して帰るつもりが如月さんに泣きつかれ、なぜか妹にも泣きつかれてどうにも出来なかったんだ。


「あの夜の龍之介さん、とっても優しかったです」


 顔を朱色に染めながらそんな事を言う如月さん。

 そしてその発言が飛び出した瞬間、再びクラスメイト達が疑いの眼差しを向けてくる。


「龍之介、お前やっぱり……」

「ち、違う! 俺は何もしてねえっ!」


 如月さんの不用意で誤解を招く発言により、渡の俺へ対する尋問が再開されてしまう。

 そして俺はその疑惑を晴らす為、今日の休み時間の全てを費やす事になってしまった。

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