好意
どうして美味しいものを食べると、人は幸せな気分になるんだろうか。
隠れ家、とは名ばかりの長蛇の列が出来るレストランで、絶品牛タンシチューを堪能しました。
最初は3人目に並んでいたんですが、ほんの少しで10人20人と増えてきたので、恐れ慄きましたよ。人気店なんですね!って加納さんに聞くと、口コミで広がって今じゃなかなか来れなくなったのよねって言われた。誰と来たんだろう…やっぱり冥加さんかな?
「お肉も野菜もよく煮込まれてて、すごく美味しかったです」
「良かったわ。花音ちゃんなら絶対喜んでくれると思ってたの」
焼きたてのパンも最高でした。数種類あるのですが、全部食べてみたいので選ぶのものすっごく悩みましたよ。中学生の時が一番食欲旺盛になるのかもしれないです。全種類選ぶのを断腸の思いで諦めたら、またくるわよ?と加納さんに笑われてしまったので恥かしかった。
「ここはケーキも美味しいのよ?どれがいいかしら」
メニュー表を開いて渡されましたが、全部シンプルで美味しそう。
「加納さんは?」
ついつい人の選択を参考にしなければ、選べなさそうです。優柔不断な自分が悲しすぎる。
「私はもうお腹一杯。コーヒーだけにしておくわ」
加納さんはシチュー大盛りをぺろりと食べたので、分かるけど…私も遠慮しておこうかな。カロリーを考えると、一日分摂取したような気がするもの。シチューやカレーは結構脂分が多いしね。
「中学生の時って太るぐらい食べた方がいいわよ」
「え」
「今、遠慮しようと思ったでしょ」
「まぁ、少し」
「花音ちゃん、思い出して」
「何を?」
加納さんがにんまりと笑う。
「若いうちは体重が減りやすいけど…大人になるとそうもいかない」
「あ…そうですね…」
確かに食べた分、お腹についていった。食べ物が体と直結していると思ったことも。
「今だけよ?ケーキを食べても即脂肪にならないのは」
メニューを見れば、可愛らしいケーキなので、そこまで気にしなくてもいいかなという気分になってくるのは不思議だ。
「ショートケーキ食べます」
「はい」
注文をして後悔をした。目の前に置かれた華やかなプレートは見事な物だった。綺麗で美味しそう、美味しそうなんだけど…。
小さなショートケーキに、シャーベットや生クリームやホワイトチョコソースやフルーツが盛り沢山で…加納さんがスゴイでしょ!と満面の笑みでした。美味そうなんだけど、カロリーが…。
「ささ、食べて食べて、絶対美味しいから」
それは分かります、分かっています。一口食べて、顔が綻ぶのも分かっていますとも。実際、美味しいんですから。
「ところで、花音ちゃん」
「はい」
一口食べて美味しさに震えていると、加納さんが優しく微笑んだ。
「学校はどうかしら?」
「へ?あ、あ!そうだった、あの時はご迷惑を」
そういえば、別所さんの件でお世話になったのに結果を何も言ってなかった。気になる状況でお別れしたので、解決した事を話さなきゃ。
「謝罪より感謝の方が嬉しいな」
「ありがとうございました」
「はい。それで、どうなったの?」
「それが色々ありすぎてビックリしたんですよ」
「ビックリ?」
アイスをひとすくいして、口に入れる。うん、イチゴのシャーベット美味しい。濃厚だわ。
「放課後に別所さんたちと話し合っていたら、外国にいた友人が駆けつけてきてくれて、フォローしてくれたんです」
「へぇ…それは凄いわね」
「その後、神父見習いの友人も手助けしてくれて」
和田くんとはもう友人でもいいかな?だって普通の仲じゃないんだし、たくさん助けてもらってるから、構わないよね。
「神父見習い、それも凄いわね」
「その神父見習いの友人が別所さんを連れて行ったら、自然と和解になりました」
「かなりざっくりね」
「噂を流していた本人がいなくなったのと…私本人を見たら、妖艶な美女でないのが分かりますから」
「妖艶な美女?」
驚くのは分かります。私をどう見ても平凡な中学生にしか見えないですもんね…。せめて胸が大きかったり、顔が綺麗で艶がないと無理です。
「先生を誘惑したり、男子を誘惑したりする、が噂でしたので…」
「誘惑ねぇ」
「別所さんも噂の件で謝りたいと言っていたし、無事全部解決したんです。報告せずにすみませんでした」
「報告なんて、花音ちゃんが無事ならそれでいいのよ」
むしろ別所さんの方が出来そうじゃない?儚げに笑って涙でも一滴こぼせば、一発オッケーではなかろうか?
「でも誘惑ねぇ…花音ちゃんも出来ると思うわよ」
「またまたぁ」
「腹ごしらえしたら、ショッピングしましょう。似合う服を探しに行くのもいいし、冒険しちゃうのも楽しいかも」
ショッピングかぁ…なんか、ちょっと。
「どうしたの?」
目が泳いでしまったので、加納さんが心配してきた。
「いつもお母さんに任せてたし、前の私も通販で済ませていたから、人のいる前で服を買うなんて恥かしくて」
「なら、なおさら慣れましょ」
「…ハイ」
小さなショートケーキを口へ運んだ。
「それから、外国へ行っていた友人について、聞いてもいい?」
「あ、はい。明智くんのことですね」
「その、明智くん、はどう?」
どう?…そう聞かれると複雑な気分だ。
「どうと申されても…」
「どんな人なの?」
どんな人、それは言えるかな…。
「読書好きで勉強ができて、スポーツができて、筋肉が凄くて強くて…ほんの少ししか笑わない人、でしょうか?」
「笑うの?」
「本当に、ほんの一瞬ですが」
「へぇ」
かなり一緒にいたのに、私の前で笑ったのは最近だった。もう見る機会がないのかと思うと、寂しく感じてしまう。
「一緒に出かけたりするの?」
「もう出かけませんよ」
「あら、どうして?」
「嫌われちゃったみたいなので」
「…どうして嫌われちゃったの?」
「私とは義理でいてくれていたのに、好意を持っちゃったんです」
「………好意を」
「彼自身そういう感情を持たれる事を忌避してて、なんか事情があって…人嫌いなんですよ。接触され続けると吐いちゃうくらい」
なのに、抱っこしたり抱きしめたりするから、自分だけ特別かもと思ってしまった。要にストップを掛けられなければ、きっと私はのめり込むように彼を好きになっていっただろう。
「そう。あなたを手放したのね」
「手放すも何も、もともと何も」
そうだ。1人になりたいと願い、それが叶った。なのに明智くんが去ったことを寂しく思う。なんて我が儘なんだろう、私は。
「あ、加納さんの学生時代はどうだったんですか?」
「私?いたって普通よ」
「そうなんですか?みんなが放って置かなかったんじゃないんですか?」
「ふふ、そう思う?」
ずるいです、大人の笑みをここで使うのは。
「み…明智さんとの出会いは、どうでした?幼馴染なんでしょ」
「新吾様と?そうねぇ、真面目くさった餓鬼が必死に立ってたから、弄ってばかりだったわね」
「酷い!でも想像ついちゃう」
綺麗なお姉さんにからかわれる冥加さん、可愛かっただろうな。あんなに整った綺麗な顔をしているんだから、小学生の時とか天使だったんじゃない?写真とかあれば、ぜひ見せてほしいです。
「肩肘張った生き方してたからね。…でも花音ちゃんに会って、かなり方向転換したのよ?陰から日向に。ふふ、全部教えたいくらい」
ひー、その全部ってかなり企業秘密が入ってませんか?怖いですよ…代償が。一体何をどのくらい犠牲にしないといけないんだか。
「また話は戻るけど、明智くんはあなたの気持ちを知って去ったの?」
「うぐ…その通りです。すまないって謝っていなくなりました」
話題をすり替えたつもりだったのに、戻されてしまった。
「いなくなった?」
「すみません、誤解ある言い方でした。いつも一緒に朝走って、登下校をしていたんですが、全く姿を見なくなりました」
視界の隅にも入らない徹底振りだよね。もしかして全力で避けられてるんじゃないのかな、それはそれでちょっとくるぞ。
「学校に来てないの?」
そう思っちゃいますよね?でも帰りについ視線で彼の下駄箱を確認しました。上履きではなかったので、登校はしているようです。
「いえ、学校には来ていると思います。ただ…」
「ただ?」
つい苦笑してしまう。
「ほぼ毎日顔を合わせて、いつも側にいたのに…離れるとこんなにも顔を合わせないもんだなって驚きました。まぁクラスが別だからそんなものかも、ですね」
「全く?それはそれは…」
でも結果コレで良かったんだ。だって高校に入ったら、私は用事がたくさん出来てしまう。それに彼を巻き込むわけにはいかないからね。
「ホワイトチョコクリームと生クリームのコンボが、かなり来ますね…甘いけど美味しくて止まらない」
シャーベットの酸味も少し混ざって匙が進む。怖い、このハイカロリーにはまってしまうのが、とてつもなく怖い。
「でも考えて、花音ちゃん」
「へ?何を?」
「本当にそれって好意だったのかな」
「それは」
「流されて好きかもって思った事はないかしら?」
「流されて…」
昔の私の記憶が甦り、内心悶え苦しむ。惰性で好きになっていった私は、またそういう風に好きになろうとしていないか…。
「彼のどんな所が好きなの?顔?頭?体?それとも性格?」
「そ、それは…」
好きなところ?いきなり言われても、困る。
「彼とデートする事を考えた?」
「いえ」
「彼と手を繋いだり、寄り添う事を考えたりした?」
「いえ」
「彼と結婚して生活していく事を考えたりした?」
「全く、そんな事考えたりしません!」
彼女がにっこりと微笑む。
「一緒にいて好きかもしれないって友人としてじゃないの?」
「…それに近いかもしれません」
「男女の友情って一番難しいものね」
男女の友情…そうだよね、異性として明智くんを見てしまってドキドキさせられた。だけど、明智くん自身を見て恋人になってほしいとは思っていない。明智くんと出かけたり、一緒にいちゃいちゃしたりなんて考えたことは無い。それに将来の事なんて、全く。
「誰でも仲良くなると、その人を好きになるのは当たり前の事よ」
「え」
「でもね…恋愛を絡めて考える相手じゃない場合、それを友情と言うわ」
「それって友達として好き、ですよね」
「明智くんのこと、そうだったんじゃないの?」
「はい。良く考えてみたら、仲良かったので…」
「ふふ、花音ちゃんは自分が大人だって言うけど、情緒面は体に引き摺られているんじゃない?」
「へ」
「歳相応、ってコト」
一瞬、顔が火照った気がした。いや、実際汗を掻いているので、赤いと思う。恥かしい、諭された。
「クリーム溶けちゃうわよ?」
「はい」
何の抵抗か、マナーに気をつけ丁寧にデザートを完食すべく集中する。その間、彼女に何も言えずプレートだけを見つめた。
そういえば要にも言われたんだった。成長してないって…そんなに私は落ち着きがないのだろうか?もしかして記憶を持っているというのは中二病と思われてないだろうか?考えれば考えるだけ、ぐるぐる思考が纏まらなくなる。本当に私は大人の記憶を持ってるんですよ?子供となんか恋愛するわけないじゃないですか!私はショタコンではない、断じて違う!だからっておっさんを好きになるわけ無いぞー。
「出家しようかしら」
ついぼそりと口に出てしまった。
「あら、昔と違って少しは楽だろうけど、厳しいわよ?その世界」
江里口くんの所へです、とは言えず苦笑する。いけない、私って逃げ癖があるのかな…。大人としてきちんと対応せねば。
「すみません、忘れてください」
「いいわよ」
あっさりと言われて、ほんの少し冷静になれた。一呼吸ついて、加納さんを見てみる。
「そういえば、真砂さん、ですか?加納さんの妹さん」
眉がほんの少しピクリと反応した。
「なぁに?花音ちゃん」
でもさらりと笑顔に変わる。いかん、ここで気付いたら、いけない気がするぞ。ゾワリと背筋が寒くなった。
「いいえ、ご馳走様でした。ケーキすっごく美味しかったです」
にっこり微笑んで返す。
「それは良かったわ。じゃ、行きましょうか」
テーブルの端に置いてある伝票を持つと、華麗にレジへと歩いていく。私は後をついて行きながら、先程の視線を考えてみた。別に加納さんも私に好意は無いですよね?と。
「ありがとうございます。こちら―――」
会計の際、金額を後ろから見て自分の食べた分を予測する。ランチのセットとケーキで、だいたいこのくらいかなぁ。
「ではまたのご来店、お待ちしております」
笑顔で送り出す店員さんに一礼して店を出る。外に出ると寒くて身を縮めてしまう。急いで持っていたコートを着込むと、ふわりと首周りにストールが巻かれる。
「寒いわね、風邪を引かないようにしないと」
加納さんは特に何も着ていない。コートは車に置いたままで、ストールのみ持ってきていた。
「あ、ありがとうございます!」
「いいのよ、さぁ車に急ぎましょう」
「はい」
さっきは質問が悪かったのかなぁ…今の加納さんはとても優しいお姉さんそのものだ。無理やり接待しているようには見えない。
「いや、そう見せてるのかな」
急いで車に乗ってエンジンを掛ける姿は、私を拒否していない。そもそも私はどうして加納さんとお食事して買い物に行くんだろう…。いかん、根本が分からなくなってきた。少しまとめよう。
加納さんから誘われて嬉しかったし、一緒に買い物できるのを待ち望んでいた。うん、間違いない。ではなんで疑問を持ったんだろう。…さっきの貼り付けたような『笑み』だ。嫌悪感を感じた。それは妹の件だから?ここに来る時、冥加さんが話しかけて避けた話題。
「うーん」
加納さんにとっての地雷は『妹』さんであり、部外者である私が聞いたから嫌がった。それであの微妙な空気が…で、あってるかな。
「花音ちゃんどうしたの?早く車に乗らないと冷えちゃうわよ」
「今行きます!」
考えてみれば、加納さんとは数回しか会っていない他人も同然の人。深いかかわりを持ってないんだから、地雷は踏んじゃいけないよね。
「すみません、お待たせして」
助手席を開いてお邪魔する。
「どうせお会計のことを考えていたんでしょ」
「へへ…教えてくれると助かるんですけど」
「ハイ、どうぞ」
また加納さんの携帯を渡される。
『気にする事は無い』
冥加さんからメッセージが入る。
「では私がアルバイトを始めたら、奢らせてくれますか?」
「ふふ。花音ちゃんがいい女になったら、お願いしちゃおうかな」
「は、ハードルを上げないでくださいよ」
『砂織、その言い方は気になるぞ』
「じゃ次はショッピングね」
冥加さんからメッセージが届いているけど、これは伝えたほうがいいのだろうか…。
『ちなみに、どこでアルバイトをするんだ?』
冥加さん…。
「まだ何も考えていないです。まずは高校に受かってから、色んなバイト先を見てみます」
そうだよね、まずは受験だ。うわー、ドキドキしてきた。受かるといいなぁ。
「接客業から力仕事とたくさんあるものね。制服が可愛い場所にしたら?」
「似合うかどうかが前提になりそうですが」
『バイト先は知らせるんだぞ?如何わしい所は駄目だからな』
どんな所を想像しているか、ちょっと聞いてみたいけど面倒な事になりそうなので、スルーする。
「花音ちゃん、似合うかどうかじゃない。自分にどう似合うか似合わせるかよ」
「へ」
「ふふ、色んな服を試しましょうね」
「予算内でお願いします」
「あらぁ、私好みにさせてくれる約束だったでしょ」
「え?」
「拒否権は無いわ。だって約束したもの、ね」
「それは、センスを見てもらえるように頼みましたけど、服代は」
「ふふふふふふふ、録音もあるわよ?」
「録音って」
それって私の恥ずかしい中二病発言もですか?絶対に消してほしい!
「私が選んだ服とアクセと化粧をして、私の言う通りのポーズをとるのよ」
運転中なので、これ以上刺激しないように口を閉じた。身の安全を第一にするのは、当然の行為ですからね!
『大丈夫か?花音』
でも冥加さん、助けてください。なんか加納さんにやにやし始めてきましたし、心なしか運転がほんの少し荒くなってきた気がする。
『砂織が変な事をしたら、言うんだぞ?』
変な事ってどんな事ですか!って声を出せたらいいんですが。あ、これってメッセージ入力して返信できるんだっけ。指で軽く画面を触ると、入力画面になった。…でもこれは加納さんの携帯なので、入力画面を消す。人の携帯を無闇に触っちゃいけない。
「あの…お手柔らかにお願いします」
「そうこなくっちゃ」
戦慄しそうになりながらも、無事にセンスが磨かれますようにと何かに願ってみる。
でも、何を着せられるんだろう…。普段着れる服でありますように。




