冥加さんと加納さん2
期末試験も終わり、無事肩の荷が下りました。特別危険視するわけではありませんが、『試験』や『テスト』という響きは必要以上に構えてしまいます。リラックスして受ければ、もっと余裕が出るだろうに。でも、そんなのは終われば過去のもの。今は全く歯牙にもかけていません。なぜなら、待ち焦がれた約束の週末がやってきましたから!
憧れのお姉さま、加納さんとお出かけの日です!学生としてやるべき事をやったし、手ごたえもあるので笑顔で出かけられます。
ご迷惑にならないようにと土曜日は服の吟味で困りましたよ。どれを着ていけば、お姉さまと並べるか必死に考えて悩みぬいて…親に頼る分の決断力の無さに涙が出そうです。夜も明日が楽しみでなかなか寝付けませんでした。まるで遠足前の子供のようで笑っちゃいますよね。
「お母さん、おかしなとこないかな?」
「昨日から何度目?大丈夫です」
約束の時間に近づく度にお母さんへ確認してしまう。うろうろと居間を歩き回っていると、弟も楽しそうに歩き回った。お姉さんはこれでも遊んでいるんじゃないんだぞ?
「花音、…相手の方はどんな人なんだ?」
「お父さん、相手は女性よ」
深刻な顔で聞いてくるお父さんに、お母さんが苦笑します。
「女性って…大人のか?」
「病院でお世話になった加納さんだよ」
お父さんをからかっているのが分かりましたが、後が怖いので教えちゃいました。駄目だといわれたら、お出かけがなくなってしまう!
「あ、ああ。あの若い、ものすごい美人か」
お母さんの体がほんの一瞬ですが、固まりました。…まぁ、いくら鈍な私でもわかりますよ?不機嫌なオーラが。『若い』と『美人』のコンボは良くないです。お父さん、失言しちゃいましたね?
「…そう、ものすごく綺麗な方ですよ」
ほんの少し振り返ったお母さんの笑顔が、怖い。お父さんファイト!私はこれからお出かけするので、藪は触りたくないです。万が一矛先がこちらへ向いたら、嫌じゃないですか。なので、フォローは期待しないでください。
お父さんの視線から逃れるように背を向け、弟の側にしゃがみこむ。すると、私に縋って立ち上がった。支えてあげないと不安定だけど、立てるようになって良かったねぇ。
ピンポーン。
「加納さんだ」
約束の時間、11時ぴったりにチャイムが鳴ったので、玄関に向かう。鍵を開ける前に覗き穴を見ると、間違いなく彼女がいた。なので急いで扉を開ける。
「いらっしゃい、加納さん」
「こんにちは、花音ちゃん。もう頬の怪我は消えたようね、良かったわ」
私の頬を見て満足げに微笑む。今日もお美しいです。加納さんはカラーパンツにゆったりとしたセーターとスカーフで、あれ?コートを着てない…寒くないのかな?
「今日は娘がお世話になります」
「いいえ、こちらこそ」
お母さんが出てきて、加納さんと挨拶をしている。お父さんは…弟の面倒を見ているな、きっと。
「あと、これ良かったら…」
加納さんがおしゃれな紙袋をお母さんへと差し出した。うわぁ、高級洋菓子店の袋だ!なにかな?なにかな?
「そんな、すみません。こちらがお世話になりますのに…」
「いいえ、美味しそうだったので。お口に合うといいのですが」
「ありがとうございます。美味しくいただきますね。いい?花音。あまりご迷惑にならないようにするのよ?」
「はーい、分かってます」
袋の中身はなんだろう?私の分も残しておいてくれると、嬉しいなぁ。ケーキの趣味はお母さんとダブるので、食べる前に写真に残しておいてほしい…って、昔は落ち着いて食べ物の興味が低かったのに、なんで気になるんだろう。
「それでは夕方にご自宅へお返ししますね」
「宜しくお願いします」
定番のやり取りを内面苦笑しつつ見守る。中身はれっきとした社会人なのでこうも干渉されたくないが、外見が中学生だからしょうがないか。
「じゃ、お母さん行ってきます!」
「それでは失礼しますね」
玄関を出ると、目の前に車が止まっていました。
「あ、今日は車なんですか?」
病院帰りに乗せてもらった車だ。
「試験終わったんでしょ?ならたくさん楽しまなきゃね!」
「はい!…でも運転をさせて申し訳ないです」
一応免許は持ってましたよ?運転できなくも無いだろうけど、身長が不安です。いざとなったら、動かしますよ!ってね。冗談です、警察のお世話になって経歴に傷をつけてはいけない。
「ふふ、車だと後を追いにくいからね」
「?…そうなんですか」
もしかして例の痴漢変態ホイホイの事を気にかけてくれているのかな?
「そうなのよー」
楽しそうに加納さんは助手席の扉を開ける。
「さ、乗って乗って。シートベルトお願いね」
加納さんのコートが後部座席に置いてあった。なら、私もそうすべきだろうか?でも持ったままでも大丈夫だよね。急いで羽織ったコートを脱いで手に持つ。
「はい、お邪魔しまーす」
エスコートされると、なんだか恥かしい気持ちになる。いや、恥かしいじゃなく、これは照れか。女性相手に照れちゃうなんて…加納さんはカッコイイからそう感じてしまうのかもしれない。
「さ、閉めるから気をつけてね」
「はい」
助手席の扉を閉めると、すぐに運転席へ移動する。
「ふふ、まずはどこに食事行きましょうか」
「早速食事ですか!」
「せっかくのドライブデートなんだから、遠出しないと。山の隠れ家的レストランも面白いわよ?」
「さすが流行の先端を走ってらっしゃるお方!」
「やあねぇ、花音ちゃんったら」
加納さんはバックミラーを見つめ、にやりと笑った。
「どうかしたんですか?」
「ん?知り合いがいたような気がしたけど、気のせいだったみたい」
私も振り返ろうとしたら、注意される。
「気にしないで。ちゃんと座っててね?車を走らせるから」
「あ、はい」
エコな車は本当に静かだ。走っている音があまりしない。これは寝ないように気をつけないと。
「お腹の傷の方はどんな感じかしら?」
「もう沁みません。大丈夫です」
「そっか、良かったわ。ところで試験はどうだった?」
「まぁ、悪い点数ではないと思います」
まだ難しい問題じゃないのが救いだ。高校になったら、頭を悩ませるんだろうな…。予習がんばろうっと。
「でも冥加さんから離れて大丈夫なんですか?」
「新吾様?大丈夫。それに会話を聞いていると思うし」
「へ」
「この車の中ね、今日の為に盗聴器みたいなものが設置されているの」
「な、なんでですか!」
「私が花音ちゃんに何かしないか心配してるのかもねー」
加納さんは艶然と笑みを浮かべ、ハンドルを回す。
「酷いですね、信用してくれないって」
「そう?」
「加納さんがそんな簡単に社外秘な話をするわけないのに」
「あー、まぁ、そうね」
「私も誰にも話してませんよ?冥加さんの名前も漏らしてません」
「ふふ、ありがとう。でももう隠す必要はなくなったから大丈夫よ」
「そうなんですか?」
「ええ。おおっぴらに言われると、花音ちゃんの身が心配になるけど」
私が広めたと分かったら、やっぱり消されるんでしょうか…。もしかして世間様に対して後ろ指をさされそうな、ヤバイお仕事関連じゃないですよね?加納さんはそんな危ない仕事してないですよね?冥加さん。
「花音ちゃんは何が食べたい?」
「えっと、アレルギーはないので加納さんの好きなもので」
「あら、お任せ?好きな物を言ってもいいのに」
「最近なんでも美味しくて、なんでも食べれるんです」
女の子は中学生の時に、特に太るのだそうだ。だから節制してきたのに、いま自身の食欲に負けそうなときがある。
特に怖いのはカレーだ。お母さんは夜にカレーを作るので、何度匂いに負けそうになったことか…。カレーは飲み物です、を実際にしてしまいそうになった事を思い出す。お玉が悪いのよ?つい味見をと手に取ってしまうんだから!あの時は匂いを嗅いで我慢しました。今思えば、奇跡と言っても過言じゃない。
「昔はどうだったの?」
加納さんが聞いているのは幼少期ではないと、分かったので正直に答える。
「最後の方の記憶では、漬け物とご飯ばかり食べてました」
梅、大根から野沢菜、高菜、白菜に胡瓜。いろんな漬け方があり、色んな味を楽しんでいた。実は帰宅後の食事が面倒で、ご飯の上に乗っけて食べていただけ。シンプルなので楽が一番良い。深夜なので、しつこい物は食べれなかっただけかもしれないけど。
「花音ちゃん、あなたの生きていた時代って…かなり昔なの?」
「普通に現代です」
「苦労したのね…やだ、マスカラ」
加納さんは車を道の端に止めると、ハンカチを取り出す。
「なにか誤解が…」
その時携帯の着信音が車内に響いた。
「電話ですよ、お仕事でしょうか?」
「ちょっと待って」
加納さんは後部座席からハンドバッグを引き寄せると、携帯を取り出す。
「はい」
やっぱり忙しいのに時間を空けて来てくれたんだろうな。どう見ても加納さんの服やバッグは廉価品に見えない。丈夫そうで長く使えるものばかり。恐らくだけど高い物ですよ、絶対。大変なお仕事を抱えているからこそ、の収入。日曜くらいは無理せず休ませた方が良かったんじゃ…。そう思うといたたまれない気分になる。
「はい……はい。分かっております、はい、はい」
涙を抑えながら電話応対する加納さんに、今日は止めておきませんか?と提案してみようか。
「新吾様の?」
電話の相手って冥加さんだったのか。やっぱり寂しいから戻ってきてほしいとか、側にいてくれとか言われてたりして…大人の恋愛、素敵。もしかして盗聴器って加納さんを心配して取り付けたんじゃ…。いくら武道に通じていても女性なんだから、万が一と不安になってしまうもん。何かあれば、駆けつけて彼女を守る!
「うん、いいわ」
妄想して1人微笑んでいると、電話が穏やかではなくなってきた。
「そんな駄目です。約束は約束じゃないですか。それに今回は私とのデートなんです。そうです、デートです。ロリコン?どうぞご勝手に、いいですよ、なんとでも言ってください」
そしてブチ切りしたようだ。
「あの…」
「気にしないで?デートの続きに行きましょう」
一体何を話してたんだろう。ロリコンという聞き捨てならない言葉が出たんですけど。
「冥加さんからですよね?お忙しいんじゃ…」
「気になる?」
「なりますね。だってお仕事って大事じゃないですか」
「ふふ。私は仕事を残して来たりしないわ。きちんと業務時間内に終わらせてお渡ししてきたもの、ね?」
まるで冥加さんへ聞かせる為に話しかけているようだ。
「あの、私帰ってもいいですよ?冥加さんのお仕事の手伝いを優先させてください」
携帯の着信がなったけど、今度は着信音が違う。
「あ、メッセージが来た」
「え?」
「俺は大丈夫だから、美味しい物を食べていきなさいって」
携帯の画面を私に見せてくれた。
「お金はちゃんと持ってきましたので、自分で出しますからね!」
奢られる行為はあまり好きじゃない。
『ここは甘えるところ』
返信が来ました。
「甘えるって、赤の他人じゃないですか!私は私の範囲で楽しむので、大丈夫です」
『ご馳走したい』
またまた返信が…。
「ご馳走よりも、病院の個室代の方が気になります!いくらだったんですか?教えてください」
『あの病院はうちの傘下だ。気にすることはない』
『そういえば頭は大丈夫か?うちで最高の脳外科医を呼び寄せたから』
『問題は無いと思うが…』
おお、連続で来た。加納さんは携帯を私に渡すと、車の運転を続行した。
「いくら冥加さんの所の傘下でも金額が発生しているはずです。駄目ですよ、会計で計算が合わなくなります」
『俺のポケットマネーから出ているので、差額は無い』
「ほら、やっぱり金額が発生している…良くないです、そんなの」
『もう月末を越えた。月の会計は締めているので終わった事だ』
「私の会計は終わってないので、大丈夫です。でも金額が大きかったら、分けて払わせてください」
『どうして甘えてくれない』
「家族でもないのに、甘えられません」
『俺は兄だ。甘えていいじゃないか』
「戸籍上は他人です」
『なら家族になればいいのか?』
「は!?何をいってるんですか」
『冥加花音、良い響きだと思わないか?これなら立派な妹だな』
「なぜ養子縁組しなきゃいけないんですか!」
『本物の妹になれる』
「そういう意味じゃなくて…うちの家族の同意も無しに…」
『今度ご挨拶に伺ってもいいぞ?』
「…もしかして、からかってます?」
『本気だぞ?花音は14歳だから、家族になるには養子縁組しかないじゃないか』
まさか本気だったとは…。明智くんといい冥加さんといい、家族に飢えている人が多くないだろうか…。こめかみを押さえたくなってくる。
「加納さんの妹は、対象にならないんですか?」
「え」
『無理』
加納さんに話しかけたのに、メッセージが届く。ってこんな会話って不毛なような気がするんですけど。…それにしても、『無理』なのか。やはり将来お姉ちゃんを取られるから、邪険にされてたりするのかな…思春期で照れている可能性もあるのかも。
「でも私と同じ年齢の妹さんなんですよね?加納さんと幼馴染ならば、本当は仲が良いのでは?」
『同じ歳?彼女は花音より年上だぞ』
「へ!?だって、病院で加納さんが…」
「ごめん、歳だけ嘘付いちゃった」
「嘘って…」
「あなたのお母さんを不安にさせたくなかったのよ。だって私は彼女にとってしがない高校推薦者。ずっと側にいたら、勘繰られてしまうわ」
「まぁ…そうですね」
確かに裏事情を話せないので、家族には隠し事だらけだ。
「妹がいるのは本当だけど、家が嫌になって飛び出して行っちゃったの」
「家出ですか!?今は幾つなんですか?大丈夫なんですか、それ」
確かに遠くに行ってしまって側にいない、と言っていた。でも未成年の少女が夜の街を徘徊するなんて、心配になってしまうよ。
「大丈夫。今は行儀見習いみたいなもので、他の家のお世話になっているわ」
行儀見習いですか…やはり加納さんのお家もお金持ちなんでしょうね。庶民には着物姿の日本美人が浮かびます。どんな人なんだろう、一目でいいからみたいな。
「で、本当はお幾つなんですか?」
「確か今年で17歳だったと思う」
「学校は?」
「通ってはいるみたい…。でも通信教育も兼ねている所だから、実際はどうなんだか…行儀見習いと言っても仕事見習いみたいだし」
仕事!?17歳で?加納さんの困り具合からみると、かなり自立心旺盛なお嬢さんのようです。
「みたいだしって、会ってないんですか?」
「中学卒業と同時に出て行ったからね」
15歳で…それは思い切りがいいですね。仕事をしながら高校に通うならば、職人関係でしょうか?お嬢様、根性ありますね。
『真砂は砂織を毛嫌いしているからな』
「妹さんは真砂さんというんですか。毛嫌いって…加納さんを?まさか」
「新吾様…盗聴妨害しますよ」
『すまん』
おおう、加納さんに頭が上がらないんですね!今からきちんと抑えているなんて、お姉さま素敵です。
「私は別に嫌いじゃないけど、そりが合わなくてね」
「…時間が経てば、きっと仲良く出来ますよ。兄弟なんですから」
『兄弟だからこそ、血肉の争いが起きることもある』
『2人は顔を合わせると、すごい剣幕で喧嘩するからな』
冥加さん、綺麗にまとめようとしているのに変なメッセージを送ってこないでください。
「あの子は自分磨きをしないからねぇ…どうして『ああ』なったんだか。私が為れたんだから、あの子だって為れるのに」
「そうですねぇ」
どうなったんだ、加納さんの妹は。
『真砂は血気盛んだからな』
お金持ちのお嬢様なんですよね?なんですか、さっきから気の穏やかじゃない表現は。でも自分の将来を憂い、身を立てようとする人ならば、きっと素敵な人なんでしょうね。やはり人間、自分くらい養えるようにならないと。最後に自分を守れるのは、やはり自分ですから。
「っとと…そうだった、忘れてた」
「何が?」
『なんだ?』
「病院代です」
「あっはっは。まだ聞きたいの?」
「勿論ですよ。奢られたりするのって、落ち着かないんですよ」
「花音ちゃんも頑固ねぇ」
頑固って、私はただの常識人です。
『頑固だ』
冥加さんこそが、頑固だと思いますよ。私は聞こえるように大きなため息をつき、どこかに設置してある盗聴器に向かってはっきりと話しかけた。
「…その件に関しては、約束の数年後にちゃんとお話しましょうね?そして今はお仕事に集中してください」
平行線をたどりそうな話題に区切りをつける。貯金をしっかりして、大金を言われても耳をそろえて返せるように準備しておこう。ふふふ、冥加さん、待っててくださいね!
『仕事の手は抜いていない』
そう来ましたか、でも今日はメッセージ入力で、仕事に身が入らなかった、なんて事になったら明日加納さんが困ってしまう。
「そうよねぇ、花音ちゃん。私達はデートなので、邪魔しないでほしいよね」
「メッセージを入力しながら仕事は大変ですので、集中してお願いします。ミスったら怖いです」
間接的に私が責任を感じてしまう!なので本気でお願いします。
『別に支障はない』
冥加さん、寂しいんでしょうか?
「ま、いざとなったら無視していいからね」
笑顔で加納さんがばっさりと切っていく。でも冥加さんも負けじとメッセージを送ってくる。
『いつ俺に声をかけても大丈夫だぞ?』
もう盗聴器じゃなくて、通信機をつけましょうよ…。
なんとも奇妙なドライブが始まった。




