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恋愛ゲーム、ですよね?  作者: 雪屋なぎ
中学生 編
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健康診断


 出欠確認が終わり、健康診断の話になった。


「えー、今日は健康診断だが、黒板に書いてある場所で行われる」


 先生が出欠簿を教卓に置き、プリントを配り始める。明智くんが先生から受け取り、一枚抜いて私に渡す。私も一枚抜き取り、後ろの江里口くんに渡した。

 プリントは健康診断票だ。上に学年、クラス、名前とあり、色んな項目が書いてある。筆記用具を出すと、1年2組伊賀崎花音と明記した。


「プリントは行き渡ったか?名前をちゃんと書いておけよ」


 先生は教卓に戻ると、出欠簿を持ち黒板に向かう。


「時間制限は12時。項目が埋まり次第、職員室だ」


 チョークを持つと、黒板に書き足していく。


 時間:12時まで

 提出:職員室


「じゃあ、各自指定の場所を回るように」


 クラスで回るんじゃないんですか? 全員が驚いているだろうに、先生は構わず教室から出て行った。各自に任せるということか。


「…………」


 先生が扉を閉めると、一気に教室がざわつく。

 ああ、私も友達がいたら、一緒に何か話したい。前後ろ横斜めと男子なのが恨めしい。でもいないものは仕方ないし、男子に話しかけるのもなんなので移動することにした。

 健康診断票と書かれた紙を持ち、教室を出る。廊下はまだ人がまばらで、すぐに行動している人はいない。一先ずは理科室に向かうか、と歩き始めると誰かに追い越された。


「……っ!」


 明智くんだ。なんだか先を越された気がした。ちょっと悔しい。理科室に向かった明智くんよりも早く職員室に提出したいと思ったので、急いで被服科室に向かう。

 ここは混みそうな視力に行こう。視力が一番検査に時間もかかりそうだからね。状況的に見て、まだ移動している人が少ない。ならば先に攻めるところだろう。被服科室は理科室と反対の棟にある。一番クラスから離れているせいか、まだ誰も来ていなかった。

 扉を開くと、名前を知らない女性の先生が待っている。違う学年の先生かな? 優しげに微笑んでいるが、なんだか張り付いた笑みのようにも受け取れる20代後半の若い先生。既に準備が出来ていた様で、いらっしゃいと手で招かれた。

 手早く視力検査を済ませて、みんなが動き出す前に聴力へ行きたい。

 私は先生に紙を渡して挨拶をした。


「おはようございます。宜しくお願いします」

「お、おはよう、こちらこそよろしくね」


 ちょっと驚かれたが、そのまま検査が始まる。


「そこにある線の上に足を合わせてね」

「はい」


 先生の横にある衝立にはカレンダーのような視力検査の紙が掛けてあった。


「あなたは……これにしましょう」


 数ページ捲って固定すると、差し棒を使って聞いてきた。


「これは上下左右どこが空いているかしら?」


 早速ですが先生……それ、斜めの場所を指してます。


「左斜め下」

「はぁい、じゃあこっちは?」

「右です」


 なぜ同じ用紙を使わないんだろう? もしかして、近づいて不正を行う生徒の為に? なんて、そこまでないか。


「はい、両目とも2.0ですね。目は大事に使ってあげてくださいね」

「ありがとうございました」


 私の後ろには10人くらい並んでいた。そろそろ生徒達が動き始めたようだ。私は聴力検査を諦めて、理科室へ向かう。理科室はまだ少ないに違いない。なぜなら、母が言っていた様に女子は体重を忌避したがる。

 きっと今なら少ないかも。

 早足で移動中なのだが、廊下で人とすれ違うと寂しくなった。他の生徒は友人と話しながら歩いている。もしかして一人で回っているのって、私くらいなのだろうか?

 理科室に到着すると、案の定数人しか生徒がいない。すぐに身長と体重と座高を量り、内診の先生の前に並ぶ。前の生徒が服を捲るのを躊躇しているので、時間が掛かった。

 これは先に来ていて良かったかも。

 時間のロスを多少感じながら、内診の順番を待つ。5人の生徒が終わるのに、10分も掛かった。どうせ量るのだから、急いでほしい。


「はい、次」


 私は先生の前に座ると、体操服を捲る。聴診器が幾つか当てられ、背中も確認された。


「はい、次」


 紙を受け取り、次は体育館へ向かう。体育館で行うくらいだから、複数の医者が来ているかもしれない。それに人前で大口を開けたくない生徒が後回しにする事を期待した。

 が、予想を外れ結構な生徒がいた。でも予想通り、耳鼻科の先生二人、歯科の先生二人居たので回転が速い。なのですぐに終わる。


「よっし……」


 耳鼻科の先生は耳と鼻とのどを確認して終了。歯科では虫歯の確認のように感じた。歯科衛生士の先生がわからない番号を看護師に告げていくけど、虫歯なのかどうか焦る。何も悪い場所がありませんようにと祈ってしまうのはしょうがないよね。

 次で最後だ、聴力検査の視聴覚室。急いで向かうも、かなりの人が並んでいた。扉から列が見える。一番混んでいるのかもしれない。

 大人しく最後の列に並ぶと、見知った顔が出てきた。


「遥ちゃん」


 声を掛けるとこちらを向いた。


「花音ちゃん、今から聴力検査?」

「そうなんだ、遥ちゃんは一人?」

「ううん、クラスの人と回ってるの」


 やはり私も教室に残って女子に声を掛ければよかったのかな。


「聴力検査が終わったから、外で待とうと思って」


 そうなんだよな、女子は集団行動が当たり前だから、自分の行動の残念さにちょっと悲しくなった。


「あ、終わったみたい。花音ちゃんまたね」


 友達が視聴覚室から出てきたようで、遥ちゃんが離れていく。絶対明日の体力測定ではクラスに残って誰かを誘おう。一人で並ぶ寂しさをかみ締め、決意した。

 長い時間を掛けて視聴覚室に入る。この待ち時間もおしゃべりでもしていたら時間が苦痛に感じないのかもしれない。ますます独り身に泣きそうだ。でも聴力検査だから『静かに』と書いた紙が扉や目に付くところに貼ってある。だったらと、本の持ち込みの許可が欲しくなる瞬間だ。


 やっとのことで聴力検査を終えると、急いで職員室へ向う。視聴覚室の下の階がそうなので、実は近いのだ。職員室の前には何もない。

 ただ、張り紙が貼ってあり、『<< 健康診断票提出場所こちら』と書いてある。そのまま壁を見ながら進んでいくと、担任の先生がいた。


「おおう、伊賀崎」


 簡易テーブルに折りたたみ椅子があり、だらしない姿勢で座っている。


「お前が一番だ、やったな」

「そうですか」


 あまり嬉しくない一番です。私もみんなのように、友達と楽しく回りたかったです。当初の目的であった明智くんを追い抜いたのだが、達成感がなかった。先生は用紙を受け取ると、バインダーに挿んである紙になにやら書き込む。


「なぜ教室ではなく、職員室へ提出なんですか?」

「まぁなんだ、実験だそうだ」

「実験ですか……」


 教育機関は意味がわからない。説明されたら実験でなくなるから、そんなものなのかもしれない。実験が、協調性についてで無い事だけ願いたい。

 今日はたまたまだったんですよ?、本当にたまたま一人で……本当に……。


「では教室に戻ります」


 嫌な考えを振り切るように、振り返りながら足を進めると、人とぶつかった。


「わっ」


 片足が地に無い状態だったので、よろめいてしまう。腕を上下に動かし、バランスを整えようとすると腕を掴まれ力強く持ち上げられる。でも引っ張る力が強くて痛い。腕を掴む手も痛い。

 でも確認せずに後方へ歩き始めた私のほうが悪いので、謝った。


「ごめんなさい」


 目に映る紺色のジャージ……その人は明智くんだった。


「気をつけて」


 それだけ言うと、手を離して先生に紙を渡す。


「俺のクラスの生徒が二人も……よしよし」


 先生がご機嫌にバインダーに書き込みをする。喜ぶ先生に、ちょっと不信感。何か賭け事でもしていませんか? 先生。本当に実験なんですよね? 喉元まで来た言葉を飲み込み、教室へ向う。

 すると一階に下りる階段で明智くんに追い越された。

 早足だなと思っていたが、階段を降りるスピードも早い。何を急いでいるんだと不思議に思う。でもなんとなく明智くんが朝早い理由がわかったような気がした。

 毎日あんな感じだから、早く着いちゃうのだろう。

 そういえば先程彼にぶつかったのだが、かなり硬かった。大体同じ体格をしているのに、私が跳ね返されたので鍛えているんだろう。普通だったら一緒によろけているはず。朝早く走れるようになっても、筋肉は違うんだ。

 これじゃ何か遭った時に役に立てないかも。

 一年の廊下に着くと静かだった。まだ時間は10時すぎ、みんな検査中なんだろう。2組にたどり着き扉を開けると、明智くん一人が席に座っていた。


「…………」

「…………」


 二人だけって寂しい。しかも並んでいるのでより寂しい。

 私は自分の席に着くと、カバンの中を見てみた。ティッシュと絆創膏に小さな裁縫道具、筆記用具とメモ帳のみ。

 暇だ……。

 明智くんは振り返る事無く、静かに本を読んでいる。

 さすがに話しかけてくれない。まぁ社交的に見えないしね。彼には本があるが、私は残念ながら何も持ってきてない。今度から小説一冊は必ず持参しよう。

 ぼんやりと時計を見ていると、ふと思いついた。


「ねぇ、明智くん」

「何?」


 声を掛けると、背を向けたまま返事をしてくれた。


「何か習っていたりする? 空手とか柔道とか」

「何故?」

「さっきぶつかった時に、全然よろけなかったから」


 すると本を読むのを中断して振り返ってくれた。


「実は体を鍛えたいんだけど、親から空手や柔道はダメって言われて」

「……」

「明智くんが習っているのがそれ以外で近所なら、私も習いたいなって」


 彼の前髪が眼鏡に掛かっていて、どんな目で見られているか分からないのでちょっと困惑してしまう。


「別に誰かを叩きのめしたいとか、力を見せ付けたいわけじゃないよ?」

「じゃあ何の為に?」


 ちょっと恥ずかしいけれど、正直に答える。


「知っているか知らないかで、対処方法が違うでしょ?」

「対処方法?」

「うん、逃げるときや、なにかの時の対策に使いたいなって……」


 明智くんが静かこちらへ顔を向けている。


「えっと……」


 沈黙が辛い。もしや中二病でも患っているように見られた?


「ほら、この町って最近開発すごいじゃない? 治安とか心配っていうか」


 教室に二人だけというのも静か過ぎて、もうどう喋っていいのか分からなくなってきた。


「新しい学校が出来たり、新しい駅とか出来たり、人口も多くなっていくし、私一人が出来ることって少なくて」


 明智くんの沈黙が重過ぎる、何か喋ってよ、お願いだから。


「繁華街も色々出来るから、殴られそうになったら逃げたいじゃない」


 自分の発言にフォローするが、フォローになってない。更にカバーしようとフォローするも、言っている事がおかしい気がする。話しかけなければ良かったかも。

 すごく恥ずかしくなってきた。




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