一条遥2
背筋の凍るような気分で迎えた朝でしたが、体の不調は気のせいでした。
でも油断は出来ません。生理の始まる数日前にこんな腹痛があったような記憶がありますから。不安を和らげるために、念の為とお母さんの生理用品を借りました。もし始まってしまったらと思うと、気になって仕方ありませんので。
おかげで朝のジョギングも気がそぞろで、明智くんからも心配されました。お願いだから、あまり深く聞かないでほしい。
いつもは真っ先に気が付き、口煩く聞くはずの要は、何か考えているようで終始唸ったままでした。毎回私の悩み相談を引受けてもらっているので、今度はこちらが力になってあげなきゃ!と思ったんですけど、恋愛事ならそっとしてあげた方が一番かもしれません。下手に主人公である私が介入したら、上手く行く事も余計な結果になる可能性が高くなるような気がします。
なぜなら要は、主人公の為の恋人予備要員。
< 卒業式 後 >
告白する・される … 成功 → 要が祝福しにくる
告白する・される … お断り → 要が現れ「俺がいるよ」
告白しない・されない → 要が現れ「俺がいるよ」
独り身で卒業式を迎える予定の私は、これをどうにかしなければならない。ある攻略サイトで要LOVEの管理人が色んなバージョンのエンディングがあるんだと緻密に攻略し、サイトで公開していたけど私は読んでいない。でも告白するシーンで操作ミスをして断ってしまい、要が主人公を迎えに来た事を憶えている。悲しげな理解のある目で主人公を慰め、俺が花音の側にいるからと微笑んでいた。不憫すぎるぞ、この子!と同情したよ。
要を攻略するつもりでゲームするならいいけど、他の人に一生懸命になって要を利用するだけ利用して、彼氏が出来なければ要と付き合うって…彼の存在ってなんなのと涙した。どうか主人公以外と幸せになれないものだろうか?
卒業式を迎えた後、彼は必ず現れる。それは回避不可能という徹底振り。ならば、来るなら来るで、恋人としてではなく弟として迎えに来るようにしたい。狙いは「しょうがないじゃん、ま、頑張れ」だ!
要はジョギング後も挨拶も適当に即家に入り、登校の時も私達から少し離れて歩き、友人が来ると「じゃ」と離れていった。
「…要は一体どうしたんだろう」
ランニングするようになってまた親しくなったと思っていたが、また少し前の様に余所余所しいと心配してしまう。思春期になったんで姉が邪魔だと思い始めたのならいいんだけど。
「相談に乗ってほしいなら話すだろう。それまで何もしない事だ」
相変わらず感情抜きで明智くんが答える。
「まぁ、それはそうなんだけどね」
何か彼に出来ないだろうか。私のゲームで悩ませてる部分もあるから、少しでも気を楽にしてあげたい。
要が離れたことで2人きりになった。なので、今日見た夢を明智くんに話さなければ。あまりにリアルすぎる夢だったので、話したかったのだ。そして頬っぺた事件も。彼はまた笑ってくれるだろうか?
「あのね、今日夢を見たよ」
「夢?」
「うん。江里口くんが出てきた夢、すごくリアルで驚いて」
「わかった。帰ってから聞く」
「え…なんで?夢の話だよ?」
「まだ記憶に干渉した人物の予想がついていない。不用意にその名や内容を外で出すべきじゃない」
「うう」
軽い雑談で済まそうと思ったのに…。でも帰ってから聞くという事は、彼の家に伺うの決定なの?また抱っこされたり抱きつかれたりするの?明智くんに抱きしめられると、ちょっと落ち着かなくなるからできれば避けたいんですけど。親に見られたら注意されるレベルだと思うしね。
「そんなに警戒しないでくれ。酷く寂しい」
「いや、別にそんなつもりじゃ」
そう言いつつも目が逸れてしまう。
気のせいだけど身の危険を感じてしまう場面が多いので、そうそうお宅訪問したくないだけです。いくら二人の間に鉄壁な友情があろうとも、つい足を踏み外して気まずい関係になってしまう可能性もあるんです。そういう話を聞いてきましたし、私の記憶にある経験もそうでした。また同じ轍を踏むのは遠慮したいので、友情の為に避ける努力も必要なんです。
「伊賀崎に負担をかけてすまない。だが安心してくれ、俺は」
「おはよー!」
遠くから遥ちゃんの声が聞こえた。
「おはよう、遥ちゃん!」
今日は私達の歩みが遅かったようで、合流地点に遥ちゃんが先に来ている。
「明智くん、また後でね」
まるでこの場から逃げ出すように彼女のもとへと走っていく。
「伊賀崎…」
ゴメンね、明智くん。君とこの話を突き詰めていったら、あんまり良くない結果が出そうで怖いんだ。
「へへ、今日は私が早かったね」
「負けちゃった。今日も寒いねぇ」
「一条、おはよう」
「明智くん、おはよう…?」
遥ちゃんが首を傾げた。
「どうしたの?」
「え…ううん、うん」
気遣うような笑みで返される。明智くんがどうかしたのだろうか?彼を見上げるも、何も異常が無いように見える。
「何かあったのか?」
「いや、私も何がなんだか」
「?。そうか」
それとも私の頬かな。ほんの少し青あざが残っているので、ガーゼをつけているがおかしい所でも?怪我をしている場所を押さえてみた。
「花音ちゃん。傷は大丈夫?」
「ん?平気だよ」
「昨日ぶつけた場所が痛んだり、血が出たりしてない?」
はっ、とぶつけた場所を思い出す。ステージの引き出しのレールに下腹部ぶつけたよね、もしや朝の痛みはそれ?そういえば肩とか腕とか足とか痛い。昨日折りたたみ椅子の海にダイビングしたからなら…あ、考えてたらちょっと痛みがぶり返してきたような。
「そういや私、昨日も打ち身したっけ」
「もう、花音ちゃんたら…病院にも行ってないのね」
「う。まぁね」
苦笑すると遥ちゃんが少し怒るように頬を膨らませた。
「水原くんはいつもの病院へ行ったのに…花音ちゃんも行かなきゃ」
そうか、彼は行ったのか。
「え、何?付き添っていったの?」
からかう様に話しながら、遥ちゃんの腕を突いた。
「……ううん、そんな勇気ないよ。後ろからこっそり付いて行っただけ」
ん?後ろからこっそり?
「肘を大事そうに擦っていたから、少し心配だけど、帰りは少し元気そうだった」
遥ちゃんの行動に一抹の不安を感じる。付き添ったわけじゃないのに、病院へ入るところから出るところまでを把握するのって…。
「もしかして外で待ってたの?」
「うん。病院に入ったりしたら、水原くんにばれちゃう」
恥かしげに頬を染める友人に私の顔が固まる。それってストー…いやいや、昨日たまたまかもしれない。怪我したかもしれないって不安だったんだもんね心配してしまったんだ、うん、きっとそうだ。
「なぜ声を掛けない?」
明智くんがとうとうツッコミした。
「恥かしくて…」
「恥かしい理由が分からない」
「まぁまぁ、明智くん」
真っ赤な顔で俯く遥ちゃんの肩を軽く叩きつつ、明智くんを抑えようとしたけど、できなかった。
「伊賀崎、うやむやが一番良くない」
いけない、矛先がこちらに。
「いいか、一条」
「は、はい」
来た、明智くんの説得モードが。
「昨日水原が怪我したのを目撃して側にいたのは誰だ」
「えっと…花音ちゃん?」
「それと一条だ」
「うん」
「だから心配するのを隠さなくていい」
「え」
「水原を心配して病院へ同行するのに何を気にする」
「あ…」
「素直に心配していると付き添えば良かった。そうだろう?」
「うん」
俯き悲しげな顔から、どんどん笑顔になっていく遥ちゃん。これは…私はどう受け止めたらいいんでしょうか。
「ならば、今日は堂々と水原に話しかけ、傷の具合を聞くんだ」
「でも…」
「心配じゃないのか?」
「心配…です」
「なら聞けるだろう。何もおかしな点は無い」
「そう?」
「大丈夫だ。一条ならできる」
「できる…」
「俺は応援している」
「うん…分かった、今日頑張って話しかけてみる」
熱い指導が遥ちゃんに…。う、うーん、これは大丈夫なのかな?中学生で水原くんと仲良くなりすぎても問題ないのかな?
「花音ちゃん、私頑張るわ!」
「うん…でも無理はしないでね」
「ありがとう」
今日は遥ちゃんが上手く行くように一生懸命祈ってるよ。
学校に着いて靴を履き替えると、ちょうど水原くんが教室棟へ入っていく姿が見えた。特に異常があるようには見えないので、大丈夫だったと思おう。そして遥ちゃんに優しい言葉をかけてあげてね!と心の中でお願いしてみた。
「?」
なぜか彼が振り返り、目が合う。
「あ」
そんなに強い視線を送ったつもりは無かったのに。私も目力ついてきたのかな?一応愛想よく笑ってみる。すると水原くんが私の所へ来た。
「はよ、伊賀崎さん」
「おはよ、水原くん」
「………」
「………」
視線が落ち着かない水原くんと、固まったような笑顔の私。どうしよう、遥ちゃんヘルプといいたい。
「伊賀崎」
ため息と共に参入してきたのは、明智くんだった。後ろには遥ちゃんが控えている。
「はよ」
明智くんと遥ちゃんに気付き、彼が一応挨拶をした。
「おはよう水原」
「お、おは。おはよぉ…水原くん」
遥ちゃんがもじもじと可愛らしく俯いている。
「………」
またも全員が沈黙に。遥ちゃんが話しかけるのを待っているのだが、そう簡単にいかない。なので代わりに質問してみた。
「水原くんの怪我の具合はどうなの?」
遥ちゃんの顔が上がる。少し寂しそうな悲しそうな表情を浮かべている。
「俺より伊賀崎さんだろ?怪我が悪化していないか?」
「あー、ま、平気よ」
「病院には行ったのか?」
「そんな、行かなくても平気よ」
「は?俺に行かせといてお前行ってないのか?」
「他の病院に通っているし」
「どこの?」
「えーっと…」
なぜ水原くんと会話をしているんだろう…遥ちゃんを見れば泣きそうな顔になってきている。もしかして私が会話を取ってしまった?
「しょうがない、俺の行きつけの病院へ行こう」
「は?」
「家族でお世話になってる先生がいるんだ。スポーツ関係で有名なんだぜ」
「へ、へぇ」
いけない、遥ちゃんの目が潤み始めている。
「俺からなら予約無しで見てもらえる、だから今日約束な」
「いやいや、待ってよ。今日は先約が」
「体を大事にしろって自分の言葉だろ」
「それはその…」
遥ちゃんの様子が気になって、それ所じゃないと叫びたい。
「俺にだけ強要させて自分は放置とかマジでナイ」
「だってほら、水原くんはスポーツする人だから」
「俺は約束したからな」
そう言うと彼は踵を返して教室棟へ入っていった。
「ちょっと!待ってよ」
追いかけようとしたけど、遥ちゃんの様子がおかしいので声を掛ける。
「遥ちゃん…」
「ごめん…私、トイレに行ってくる!」
一生懸命笑みを浮かべた彼女の目から、涙がこぼれた。そして走っていってしまう。
「明智くん」
「なんだ」
すぐ後ろから声が返ってくる。
「私、やっちゃった?」
「怪我の具合は一条が聞くべきだったな」
「これって誤解されたんだよね」
「わからん」
会話内容は特に問題は無いけど、遥ちゃんがどう受け取ったかだ。涙を浮かべた時点で、彼女の中で私はどういう存在になったのか…。
「泣きそう」
「泣くな」
「うう」
「落ち着けば一条も誤解と判断できるだろう」
「そうなるといいな」
盛大なため息をこぼすと、教室棟へ歩き出した。
「とりあえず、病院は回避したい」
「なぜ?」
「私は階段から落ちた事になっているの」
「ああ、そうだな」
気が付いてくれたようで、彼が頷く
「整形外科なら怪我を不審に思うだろう」
「なんとか約束を取り消さないと」
「分かった。俺が話す」
「お願い」
2年1組に着いたので、明智くんと別れて教室へ入った。
何でこんなに問題が発生するんだろう。大人しく期末試験に向けて勉強したいのに…。
「おはよう、花音ちゃん!」
「…おはよう、村野さん」
今日も元気に挨拶をしてきた村野さんに、笑顔を作って返す。
「ねぇねぇ、昨日はどんな話をしたの?」
話の内容は、恐らく明智くんとの会話を指しているんだろうな。
「遥ちゃんの話かな」
「あの子って同じクラスの水原くんが好きらしいね」
「え」
うちのクラスまで広がっているの?でもちょっと嫌な感じがする。
「2組の子から聞いたから確かよ。花音ちゃんは知らなかったの?」
「…ははは」
そんなの周りに話すものじゃないと思うのだけど。
「あの時いた5組の子達は元々明智くんじゃなくて氷室くんが好きだったんでしょ?軽い気持ちで乗換えなんて止めて欲しいわよねー」
「………」
昨日の今日で何があったんだろう?村野さんは情報収集をしたのかな?でも言い方があまり…なんだか悪意を感じるような話し方は止めて欲しい。
「でもさ、明智くんってどこから来たんだろう。どこの小学校かな?」
「さぁ?うちの小学校ではいなかったよ」
「そうなのよ!」
いきなり大きな声を出されたので、驚いた。
「ここら辺の小学校を調べたんだけど、明智と言う名前の生徒はいなかったの」
「へぇ」
そういえば愛梨ちゃんが明智くんの通ってた小学校の話をしてくれたな…。口止めされていると言っていたから、話さないけどね。なんか事情があって市立に来たって…ああ、昨日の話がここに繋がるのかな?
明智くんの通っている学校って、きっとお嬢様お坊ちゃまが通うお金持ち学校に違いない。エスカレーター式なのに市立に来たのは、例の抱きつき魔のお嬢様から逃げ出すためだろう。無理やり抱きつき、突き飛ばされれば責任を取れと脅迫してくる小学生。その子にはお姉ちゃんがいると聞いたので、勝手に年下だと思った。まぁ当たってたので良かったけど…。
「花音ちゃんは小学校を聞いてないの?」
「そうね、明智くんから聞いた事無いな」
うん、本人から聞いてないので嘘じゃない。
「今度聞いてね」
「小学校なんて聞いてどうするの、今の友達に聞けばいいじゃない」
「ばっかねー、小学校でどんなだったか聞くのも大切なのよ」
そんなもんなんですかね。でも親しくない人から馬鹿呼ばわりされるのはちょっとムカつきますよ?一応その気持ちは表には出しません。もと社会人としての常備スキルです。相手が分かるように怒るのは火種になりかねませんからね。後数ヶ月でになるけど、村野さんとクラスが別れるといいな。
「でも昨日明智くんが私の手を取ったじゃない…もう恥かしかったよ」
…そんなシーンあったっけ?
「ちょっと強引に引っ張るなんて、乱暴かなと思ったけどそうでも無かった。もう大きな手に少し驚いちゃった」
「へぇ」
「でも彼も咄嗟で驚いたのか、すぐに手を離してさ…恥かしかったみたい。別に構わないのにね」
思い出せない。そんな事があったんだ。そっか…。
「5組の子達と話しているときも、私をちらちら見ていたし…」
明智くんが言っていた情報交換と言うやつかな?そうだ、どんな話をしていたんだろう。
「何を話してたの?」
「やっぱり興味ある?」
山崎さんたちとの情報交換した内容がね。
「良く分からなかったけど、駅前にある飴のお店の話よ」
「どんな?」
「え…そうね、いつ売りにくるか何曜日が確実かとかだったと思う」
あのあやしい飴玉の話か、もうみんな食べるの止めているよね?…そうだ、あの場に居なかった別所さんは大丈夫だろうか?ちゃんと山崎さんたちから危ないものだと聞いてるかな…。和田くんにそこらへんの話をした方がいいのかも。彼にまで変な飴玉が出回ったら、被害が広がりそうで怖い。
「彼って甘党なのね。飴が好きなら私がプレゼントするのに」
「それは止めておいたほうがいい」
駅前に来る飴の露天商。村野さんが近づいて飴玉を食べたら…危険すぎる。
「そこは『もう、止めてよ』、でしょ」
「……それはどういう意味かな?」
「お母さんにそんな口調で話しているの?」
一時の感情で同情するのは良くない、それが今日は良く分かった。昨日村野さんが可哀想だと思わなければ良かった。
「あのさ、お母さんって村野さんのキャラじゃないと思うよ」
「大丈夫よ、将来なるんだから今からだって出来るわ」
出来る出来ないの話じゃないと思うんだけど。
「何度も言うけど、村野さんをお母さんとして呼べないよ」
「分かってる。そう簡単にお父さんはやれないって事ね」
「村野さん」
「ドラマでもそうだもんね。娘が父親を取られそうになる時って反抗的になるものだから。大丈夫、分かってるわ」
全然私の気持ちを分かってくれてない。面倒な会話をこなしつつ、一時限目の準備をする。正直村野さんに構っている暇はない。なので曖昧に返事を繰り返していたけど、彼女の話を要約にすれば『美香ちゃん』と呼ぶこと、明智くんを昼休みに呼ぶこと。『美香ちゃんは素敵』と目の前でほめる事だそうだ。
「それさ、他の人に頼まれたら協力するの?」
「もちろんよ」
私と村野さんの間には埋めようがない深い溝が広がっている。悪いけど昼休みは遥ちゃんに会いに行く予定なので、明智くんと話したければ自分から行動してもらおう。
「ごめんね、村野さん。私に演技を期待しないで」
遠まわしにお断りを入れる。
「やっぱり私には無理だわ、本当にごめん」
「嘘つき」
笑っていた村野さんの目が、冷たくなった。
「嘘をつけないから、お断りしているの」
「少しだけ協力してくれるだけでいいのに」
「……」
応援したい恋もあれば、応援したくない恋もあるんだな…。明智くんにはお嬢様である愛梨ちゃんが一番似合う、と宣言したい。けれどそれは無理がある。なぜならまだ彼女は心が療養中なのだ。無理はいけない。それに…チラリと村野さんを見れば、怒った顔で前を向いている。
こんな人に愛梨ちゃんの話は出来ない。色んなガサを探して喰らいつきそう。万が一彼女の過去が明らかになれば…恐ろしすぎて想像したくもない。
「はぁ……」
大きなため息をついて頭を抱える。このままじゃ毛根が抜けてはげそう…もう少しストレスを減らしたい。




