明智 真
どうも私は物事を上手く運べないらしい。
「帰るぞ」
村野さんの顔が項垂れて、どんな表情をしているのか分からない。
「あの、その」
「まったねー」
明智くんの言葉でみんな話は終わったとばかりに歩き出す。
「それじゃ」
三条さんはフンといいながらも、こっそりと手を振ってくれた。親密度が少し上がったかなと思うと嬉しい。ただ、みんなが背を向けて帰るのに対し、村野さんは立ちすくんだまま。
「村野さん…」
私が声を掛けると、涙ぐんだ目で微笑まれた。
「また明日ね」
そう言って裏門へ走っていく。何で力になってあげられないんだろう。どうして恋の手伝いができないんだろう。
理由は分かっている。力になりたいけど、上手く行かなかった時が怖くて手伝えないのだ。保証されているカップル以外、予想できないから手出しは出来ない。万が一上手く行っても、後で別れたり喧嘩すると私に矛先が向く可能性があるので怖いんだ。
「伊賀崎、行くぞ」
「うん」
村野さんも帰ったし、山崎さん達も行ってしまったので、私も歩き出す。
明日は村野さんにどう接すればいいのか、判断が付かない。どうして、好きな人と一緒にいたいだけなのに、一緒に入れないんだろう。
「花音ちゃん?」
俯いていたので、心配して彼女が顔を覗き込んできた。
遥ちゃんは、本当に水原くんが好きなんだろうか?昔にゲームを楽しんでいたとき、水原くんに恋した人たちがいた。遥ちゃんと徹底的に戦って、勝利して恋人の座を手に入れて…親友として遥ちゃんも手に入れて。水原ルートは攻略していないので、どんな事があったのか知らないけど、恋に敗れた遥ちゃんはものすごく苦しかったに違いない。
今、目の前で生き生きと笑い恋に悩む彼女は、ゲームの通りに水原くんに恋している。それは本人の気持ちで間違いないのかな?考えても答えは調べようがない。こんなときに自分のしている事が間違いないのか、揺らいでしまう。
「好きな気持ちって怖いね」
「突然どうしたの?花音ちゃん」
「いや、だって……」
村野さんの話をしようとしたら、明智くんもこちらを見ている。本人が告白していないのに、私が村野さんの気持ちを話してしまうのは良くないので、一旦口を閉じた。
「どうした?」
明智くんが続きを催促してくるので困る。君に係わる話だから出来ないのだと、言えないのが辛い。
「例えばだけど、人を好きになって、誰かと争う時がきたら、どうする?」
「戦う」
もちろん彼は即答です。そりゃそうでしょうね。でも答えてくれた事に少し驚きました。でも『争う』と言わずに『戦う』なんて…競合相手は生きて無事に家へ帰れるんですよね?
「私も頑張っちゃうかも」
ものすごく考えてくれたようで、遥ちゃんは唸っていた。
「きっと他に憧れている人がいると思う。でも私だって憧れてるから」
「水原のことか?」
「え!?」
明智くんに指摘され、遥ちゃんの頬が染まる。
「な、なんで、知ってるの?花音ちゃん話しちゃった?」
「話さない、話さない」
一生懸命首を振ってしまった。
「恐らくクラス全員が知っていると思う」
「え?水原くんも?」
「いや、彼は知らないだろう」
「それは良かったね、遥ちゃん」
「良くないー!!」
彼女が焦って挙動不審になる。大丈夫か?遥ちゃん!
「クラス全員が知ってるなんて、そんな」
「それって2組公認ってことじゃないの?」
「花音ちゃん…」
「それに加えて私も加わったし…あとは学年に広めていけば完璧」
「もうヤダ…恥かしい」
「来年も水原くんと同じクラスだといいね」
「…うん」
はにかむ彼女を見て、うんうんと気持ちよく頷く。主人公である私が絡まない限り、ゲームの公式カップルだから、スムーズに恋愛が進んでいくといいな。
なら村野さんの場合はどうなるんだろう。ゲームの登場人物たち以外の恋愛はどうなる?明智くんは?山崎さんたちや愛梨ちゃんは?
「花音ちゃんも好きな人と同じクラスになれるといいね」
遥ちゃん、意味ありげに明智くんを見ないでください。明智くんが首をかしげてるじゃないですか…。後で説明しなければ。
「でもなんで水原くんが好きってばれたんだろう?」
「休み時間に寝ている水原を凝視していれば、気付く」
「やだ、そんなに見てないもん」
遥ちゃん、バレバレな態度だったんだね。
「体育館でも一条は水原から視線を外さなかった」
これがアニメや漫画なら、きっと彼女の目はハートの形をしているに違いない。でもそれが似合う女の子だから、大丈夫だよ!
「初日で見破る明智くんも明智くんだけど、本当に水原くんの事が好きなんだね」
「花音ちゃん!」
「ごめんごめん」
少し拗ねた彼女は、少し前に駆けていく。怒っている、というより恥かしいのだろう。目が潤んで、頬が赤くなっても可愛く見える彼女は、やはり主人公クラスだ。顔が赤くなるって実際はあまり可愛くないと思う。だって汗かくし、鼻がテカるだろうし、血管も浮き出ていたりして変な顔になる人が多いんじゃないかな?
「んん?」
いや、それを見ても可愛いと思えたら好きという事なのかもしれない。好きな人は輝いて見えてしまう不思議さを人間は持っているからな。あばたもえくぼと言うしね。
「伊賀崎?」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してた」
「そうか」
いつものルートで下校し、遥ちゃんと別れる。帰り際は笑顔だったので、もう拗ねてはいないようだ、良かった。
問題は村野さんか。ぼんやりと考え事をしながら歩く。
「伊賀崎」
「あ、ごめん、なに?」
考え事に夢中だったので、謝る。もしかしたら、何度か呼んでいたのかもしれない。
「今日用事は?」
「ううん。このままなら馨の面倒を見ながら?社会の歴史でも暗記するくらいかな」
最近の歴史は昔と違い年表がほんの少し違うようで、憶え直しが大変だったりする。
「なら家に来ないか?」
「明智くんの家に?」
三軒隣のご近所なので、行って帰る分には問題はなさそうだ。
「少し話したい事がある」
「外では話しにくい事なんだね」
「ああ」
とうとう氷室ノートに目を通す時が来たのかもしれない。
「分かった、一度荷物を置いてから行くよ」
「俺の住んでいるマンションは、分かるな?ならこのコードで呼び出してくれ」
メモ用紙を渡されて困惑する。
「ひい、ふう、み…なに?この8桁番号。部屋番号にしては、長くない?」
「呼び出しキーだ。あのマンションは特殊で、安易に住人を呼び出せない」
「特殊って」
「部屋番号が安易だと端から呼び出す人間がいるからな、勧誘防止だ」
「それだと宅配業者が大変だね」
「宅配ボックスがある」
「出前とか…」
「基本出前禁止だ」
「そっか」
…何かの怪しい秘密組織とかじゃないですよね?でも綺麗な新築マンションなので、中を見学できるのは楽しみだったりする。
「えっと、明智くんも着替えたりするよね、30分後くらいに行けばいい?」
「問題ない。すぐに来い」
「…分かった」
軍隊並みに着替えが早いのかもしれない。容易に想像出来るぞ、海外の軍隊に入っても普通に訓練を受ける彼の姿が。
「遅くなったら、伊賀崎の両親に心配を掛けてしまう」
「ありがとう」
相変わらずの保護者ぶりに苦笑する。
「それじゃまた後で」
「ああ」
家に着いたので、玄関に入った。もちろん扉が閉まるまで彼はこちらを見ている。なんだかな、もう。
「ただいまー」
「花音、おかえりなさい」
「うー」
居間の扉からほんの少しだけ馨が顔を出して、こちらを見ている。
「うわっ、可愛い」
にこやかな笑みを見ていると、今日の疲れが取れそうだ。
「うう、このまま馨と遊びたいけど…」
「用事があるのね?」
弟を抱き上げてお母さんが出てきた。
「うん、今から明智くんのとこ行ってくる」
「試験勉強?」
そっか、試験前だからそういう事にしておいた方がいいか。まさか怪しいゲームの攻略ノートを拝見しに行きます、なんて言えないからね。
「それもあるかな…でも、そうなるとスパルタになりそうで怖い」
さっき校門で話していた勉強会を思い出し、ブルーになる。
「あら、どうして?」
「明智くんってお父さんが中に入っているようなもんだもん。娘として立派に指導しなければって」
「頼もしいわね」
「そうかな。だから今日は面倒見れなくてごめんね」
「いいのよ、夕飯は残り物で買い物も行かないから」
「そっか」
急いで自分の部屋に行き、適当に着替えて数学の教科書とノートと計算用ノートをバッグに詰めた。彼に貰ったメモ紙も忘れずに入れる。
「他に持っていくものは…無いかな?」
変身用眼鏡は近いので要らないし、スタンガン…これはどうすべきか。要に言われて小型化したスタンガンをいつもカバンに入れていた。ほんの少しの距離なので持っていかなくてもいいかな?でも明智くんに油断禁物と言われたし…。
荷物になるほど重いものではないので、バッグに入れた。
他に必要なものは?と…そうだ、愛梨ちゃんに貰ったジュースを持っていこう。おいしそうな物を数本部屋に非難させてたので、それも入れた。要がきた時にもと思ったけど、タイミングが悪かったと諦めてくれ。
コートを掴んで一階に下りる。
「お母さん、行ってくるね」
「そんな格好で行くの?」
「え、変かな?」
シャツにジーパンにコート。襲われても両手が使えるように斜めがけバッグ。
「女の子なのに…この前お母さんが買ったスカートは?」
「…寒いよ」
「サイハイソックスもあったじゃない、タイツだって」
ごめん、お母さん。私タイツよりズボンがいいの。タイツより暖かいし、寒くない。
「また今度、加納さんと出かけるときに着るよ」
「もう、花音ったら」
「ごめん、遅くなるからもう行くね」
「お隣のマンションでしょ?ご家族の方に失礼が無い様にね」
「はーい」
…ご家族、彼は誰と一緒に住んでいたっけ?確か親戚とか言っていた様な?あまり迷惑にならないように静かにして大人しくしなくては。
靴を履いて玄関を開ける。道路に出ると、声を掛けられた。
「早かったな」
本を開いた明智くんがそこにいました。
「あれ?なんで?」
彼は制服のままだ、帰らなかったの?
「万が一があるので、一緒に行こう」
「万が一って…」
「行くぞ」
「うん…」
たった三軒隣なのに、心配されるって…。でも寒い外で待たせて悪かったな。今度何か侘びでもしよう。
一分と掛からずにマンションに到着する。ガラス張りの入り口を入ると、色んな箇所に監視カメラがあるので緊張してしまう。
「ちゃんと付いて来い」
電子音と共に自動ドアが開く、エントランスは白と黒のモノトーン仕様でチリ1つ落ちていない。きっと管理人さんが綺麗に掃除をしているんだろうな。
エレベータに一緒に乗り込み、ボタンを押す事無く扉が閉まる。あれ?階ボタン押さないのかな?それとも私が気付く前に押したのかな?
階表示が『5』を指し示すと、扉が開く。このマンションは5階建てだから最上階になる。いいねぇ、うちは2階だからこんな高さだと周りが見渡せる。
廊下に出ると、扉が1つだけある。
「あれ?一部屋だけ?」
「このマンションは各階一部屋のみだ」
嘘だ、かなり大きいぞ?このマンション。すごい贅沢だ!でも掃除が大変じゃない?自動掃除機でもいないと、すぐに埃まみれになっちゃうぞ。
明智くんが扉に近づくと、家の鍵を取り出して回す。そして眼鏡を取ると手の平を壁のボードにかざして、その上に顔を近づけた。
『ロック解除しました』
最近のマンション事情を知りませんが、なにやらセキュリティが激しくありませんか?恐らく静脈と角膜の確認をされたんですよね?銀行や大手企業のサーバールーム並みですよ、これ。
「とりあえず、玄関に入ってくれ」
「う、うん。お邪魔します」
おずおずと扉を潜ると、玄関と呼ぶにはツッコミしたいほど広い場所が広がってました…。8畳ある玄関なんて、玄関じゃない。
「客を予想していなかったので、スリッパがない。すまない」
「気にしないで」
「そうか、じゃこっちだ」
靴を脱いでスタスタと明智くんが移動していく。私もコートを脱ぐと急いでそれに習うけど、廊下が綺麗過ぎて恐縮してしまう。
幾つかの扉を過ぎて、1つの扉の前で止まる。
「ここで待っていてくれ」
「あ、うん、分かった」
明智くんはそのまま進んでいったので、扉を開けた。
「失礼します」
まるで泥棒な気分だ、静かにこっそりと部屋に入ると本棚とベッドがあった。どうやらここが彼の部屋らしい。
「私の部屋の4倍はあるな…」
フローリングにほこりは無い、本は片付いている。ベッドも綺麗にメーキングされていた。これは同居人さんがしたのかな?それとも明智くんが自分で?
「それにしても、なんだか寂しい」
広い部屋に普通の本棚とベッドだけって…もっと何か趣味的なものや小物があってもいいだろうに。
「借りているから、出来ないのかな」
そう思うと彼が不憫でならない。今度家に来なよ、お小遣いで出来る範囲だけどご馳走するぞ?
「待たせたな」
「いや、大丈夫」
着替えた明智くんがクッションを持ってきた。あれ?着替えてる。と、いう事はここだけが彼の部屋じゃないという事だよね?それなら良かった。
「それクッション?大きいね」
「リビングにあったから、これに座ってくれ」
私の側に持ってくると、目の前に置いてくれる。でもそれって同居人のじゃないんですか?座っちゃっていいんですかね…。
「別に無くても大丈夫だよ、気をつかわせちゃってごめんね」
「すまない、ここの部屋以外は片付いていなくて」
「え!1人で片付けてるの?」
「…掃除は任せてある」
「そうだよね、じゃないと掃除で一日終わっちゃうよね」
あはは、と笑ってみる。
「そうだ、愛梨ちゃんからのもらい物だけどジュース持ってきたんだ」
「ジュース…」
「大丈夫、既製品だよ。でも高そうなジュースだよ、すごいね」
「好きなのか?」
「へ?」
「そのジュースが好きなのか?」
「いや、別に」
「…褒めていたから」
「愛梨ちゃんがくれたっていうのが重要かな」
「頼元が?」
「うん。彼女いい子だもんね、是非とも力になりたいよ」
「そうか」
彼が持って来てくれたので、一応クッションに座ってみる。おお、ふかふかだ。大きいクッションはいいねぇ、私も欲しいな。でも洗濯できないのが辛いかも。
目の前に明智くんが胡坐をくんで座る。あれ?資料は?
「その、伊賀崎」
何か改められている?私はバッグからジュースを取り出して床に置く。あ、床に置いちゃって良かっただろうか。駄目だったら注意してくれるよね?
「放課後の時に話していた事なんだが」
「ああ、勉強会の事?」
「違う」
「え?それなら村野さんのこと?」
気になってくれたのなら、仲良くなりやすいので助かる。
「違う」
「他に何を話したっけ?」
唸っていると、彼が立ち上がり、背後に来た。
「え?何?」
クッションが傾くので、振り返ると明智くんがこちらに背を向けて座っていた。床が辛かったのかな?なんて気楽に思っていると、頭を少しかき始めた。
「ごめん、私何か言ったっけ」
「江里口」
「あ、ああ」
そうか、今日呼ばれたのは江里口くんが消えた件についてか。お昼休みに探し回ってくれていたらしいので、彼も心配していたことを忘れていた。
「詳しく話してなかったね、ごめん」
「誰だ、そいつは」
「やだなぁ、一年生の時たくさんお世話になったじゃない」
「知らない」
背後から聞こえる声が冗談ではない事がわかる。でも分かりたくない。
「あの時」
「あの時?」
「渡り廊下で伊賀崎に聞かれた時、本当の事をいえなくて」
「本当の事って…そんな」
「お前が泣きそうに見えて、咄嗟に話に乗ってしまった」
それじゃ、憶えていないの?江里口君の事を。
「騙し続けるのは本意じゃない。だが話したら泣くと思った」
「嘘だったんだ」
「1人で泣かせたくなかった」
「……」
騙された気持ちと誰も憶えていない事に、眩暈がしそう。
「氷室のゲームの話がある。きっと消えたというのは有り得る話だ」
「…だから?」
「すまない、泣かせてしまって」
ショックで涙がボロボロ出てしまう。家に帰ったら馨に癒してもらわなくては。正直ここから逃げだしたい。
「気にしないで」
「出来ない」
「それより…消えた件で、…何か考えたって事?」
「あ、ああ。良ければ詳細を教えてくれ」
「詳細?」
「消えた時の状況と、周りの反応を」
「…うん」
バッグからハンカチを出して、目元を拭く。
「あと、これ」
後ろからティッシュ箱が現れた。
「ありがとう」
思いっきり鼻を噛む。
「あの場で言えなかった。ごめん」
震える手で頭を撫でられた。
「力加減が良く分からない。痛かったら言ってくれ」
彼を見ると、口を真一文字にして真剣に頭を撫でていた。
「あはっ、ははは」
手の甲で涙を拭って笑う。
「そんなに一生懸命になられると、悪いよ」
「いや、俺に掴まれると痛いんだろう?」
「私は大抵丈夫に出来ているから、助け起こさなくてもいいから」
「それは出来ない」
「気遣い屋さんだな」
「父親なんだろう?」
「へ?」
「俺が父親に見えるんだろう?」
「えーっと、それは」
「伊賀崎が俺を父親として見ているのなら、父親として頑張ろう…と思う」
「ええ!?」
これ以上父親っぷりを発揮するというの!?
「俺は父親にはあまり会った事が無いから、どう対応したらいいか分からないが」
膝の下に腕を入れて私の肩を掴むと、持ち上げられる。
「うわぁああ!」
とうとうお姫様抱っこされてしまった!暴れるけど、がっちり掴まれていてブレもしない。
「こうやって膝の上で慰めるのが、父親と読んだ事がある」
明智くんがクッションに座り直すと、その膝の上に乗せられる。
「確かこうしていた」
肩をさすられながら、頭を撫でられる。私が幼稚園児や小学生ならおかしくないんでしょうが、れっきとした中学生なので問題ある構図だと思う。問題ありだよ、これ!
「な、涙止まったよ」
「それは良かった」
彼の安心した声が頭上から聞こえたけど、膝から下ろされはしなかった。




