地場結人
「さ、上着を脱いで」
ピンチです。優しく言われますが、後ろめたい傷ばかりの私といたしましては拒否したいところ。
「どうしたの?」
このまま動かないでいたら、確実に脱がされて変な誤解を生んでしまう。必死に考え、私が導きだした答えは江里口くんだ。
「あの、江里口くんなんですが」
「残念ながら、彼はここに来なかったわ」
何度も聞かれたと思われる程、彼女は疲れた顔を見せた。
「朝は職員室にいるから、全く知らないの」
「そうなんですか……」
静かな被服科室前で騒いでいたけど、誰も来なかった。かなり声は響いていたので聞こえなかったのなら幸い、だけど無性に悲しい。
「江里口くん最近顔色が悪くて体調を崩しているように見えました。頻繁に保健室へ来てたんですか?」
「あら、探偵かしら」
あ、嫌そうな雰囲気だ。
「いえ。話はしていたつもりなんですが、考えてみたら彼の事を良く知らないなと」
そう告げたら少し和らぐ。
「そうね……二回くらいかしら?」
「二回?」
「ええ。ひどく疲れていて仮眠を取りにきたことがあったわ」
「そうですか」
生徒会のお手伝いをしていた時だろうか?
「あなたが途中まで付き添っていたのよね? 伊賀崎さん」
「はい」
頷いて慎重に答える。
「保健室の近くまで来たのですが、授業を受けた方がいいと言われて」
「そう。どこに行ったのかしら……本当に」
「江里口くんの家はどこなんでしょうか?」
「え? どうして」
「帰る時にどこかで休んでないか見てまわろうかと」
「それは大人がする事よ。あなたは真っ直ぐ帰りなさい」
「やっぱり家にも戻ってないんですね」
「ほらほら、そんな事より傷を見せて?」
だいぶ落ち着いたので、ゆっくり立ち上がる。
「本当はそんなに酷くないんです。周りが驚いてしまってて」
「でも念の為に」
「頬の痣だって先週付いたものですし、手の皮が少し破れただけなので大丈夫です」
「伊賀崎さん」
「先生と少し話せてよかったです。では教室へ戻ります」
引き止められないよう急いで保健室を出る。正直まだズキズキするけど、顔に出ないくらいは平気だ。急いで教室棟へ行こうとして、立ち止まる。何故ならそこは、江里口くんが消えた場所だった。感傷的になりそう。あの時は動揺して何も見なかったけど、何か落ちていないか探してみる。
「あるわけ無いか」
あればあの時に気が付くってね。まるで切り取ったように消えた江里口くん。最後に触れた頬に手をあて名残を惜しんでみる。
「男子だったけど、まるでお母さんみたいな人だった」
お父さんのような明智くん、お母さんのような江里口くん、お兄さんになった冥加さん。おおう! 家族が出来た。戻ってきたら、話してみよう。きっと、ええー、といいながら笑ってくれるはず。
教室棟へ入ると、掃除の真っ最中なのでみんな片づけをしていた。廊下掃除の人の迷惑にならないよう避けて進む。
「あ、伊賀崎さん」
「山崎さん、廊下掃除?」
にこやかに笑ったら、爆笑された。
「すっごい顔!伊賀崎さんなら絶対何かやらかすと思ってたんだ」
指差しながら笑わないで……。廊下掃除のモップに寄りかかって、ヒーヒー震えてる。私が言うのもなんだけど、掃除しようよ。
「ま、後で少し話そうよ」
「何かな?」
彼女の口の端が上がる。なんだろう、嫌な予感しかしない。えへへと逃げ腰になりそうになるけど、ふと思いついて2つ返事で承諾した。
「放課後に靴箱でいいかな?」
「あんがと」
「じゃ、また」
「傷、お大事に~」
ひらひらと手を振ると、再び掃除を開始する。さて、私も掃除しなきゃ。急ごうとしたら、足を引っ掛けてよろめいてしまった。体勢が整えられず、側の人にぶつかってしまう。
「!!」
衝撃と痛みを覚悟したけど、全く無かった。柔らかくて温かい。
「大丈夫?」
「ごめんなさい、足が……」
「うわっ、怪我してる……痛くない?」
「ありがとう」
ふと、ふくよかな人に助けてもらう。笑顔で感謝を述べつつ、名前札を確認。
「地場くん?」
「どういたしまして」
にっこり笑ってくれたけど、名前札を二度見してしまう。
「地場、結人くん?」
「? そうだけど」
柔らかい彼の腕の中、静かに私へ衝撃の波が押し寄せる。でもそれは嫌な野次ですぐに消え失せた。
「すげ! チバブー女子捕まえた?」
「ううん。違うよ」
「チバブーのえっちぃ!」
私が寄りかかったままなので、地場くんが動けないんだ。
「ごめんなさい、ぼんやりしてしまって」
すぐに離れると、久しぶりにムカつく単語が出てくる。
「あれ? 伊賀崎? 大人の?」
「大人のって?」
4組から顔を出している男子が私を指差す。山崎さんと違って面識の無い人に指を指されると、かなり嫌だ。本気で。
「マジ? チバブーやるな!」
「早く掃除しようよ。先生に怒られてしまう」
地場くんが私を背に、笑いながら話す。大きな体で私を隠してくれたみたい。
「なんだよ、チバブー! ノリわりぃな」
「だからデブなんだよ」
嘲笑にムカついていると、和田くんに腕を引っ張られた。
「え? 和田くん」
「シーッ。早く教室へ戻った方がいいよ」
「でも」
「これ以上いると、次の標的が伊賀崎さんになってしまう」
言葉で攻撃をされ続ける彼をどうにもできないのだろうか? 躊躇していると、忠告された。
「早く行って。係わるなら最後まで、ね」
「ごめん」
後ろ髪を引かれる思いで4組を通り過ぎた。今度地場くんに会ったら、もう一度お礼を言おう。それにしても、やっぱり噂は根強いのかもしれない。『大人の伊賀崎』。文字通りに中身はおばさんです、と言えたらどんなに楽か。
それにしても和田くん、私と一緒で彼も『大人』なんだよね。全てが終わったらお茶してみたい。一体どんな人だったのか、その時世論はどんな事が起きたのか、話題が尽きないだろうに。無事1組に着く頃には掃除が終わりかけていた。
「ごめん、遅れて」
「伊賀崎さん、遅いー」
今週の当番は教室のようで、掃除は終わりかけていた。
「最後の雑巾がけでもさせて、ごめんね」
「いいよ、伊賀崎また怪我したんだろ?」
「そ、それをどこで」
「俺、体育館の二階の窓のところで日向ぼっこしてた」
佐原くん、君って奴はどうしてそんなところに。
「もう聞いたわよ? 怪我した伊賀崎さんを明智くんがお姫様抱っこで保健室へ連れて行ったんでしょ!!」
「明智くんが戻って来たの教えてよ! 話を聞いてビックリしちゃった」
「は、ははは」
私もビックリです。ちなみにお姫様抱っこなんて、そんな甘い物ではありませんでしたよ? 複数の本を両手で持つような持ち方で運ばれたんですけど。たとえるなら、置物を運んだ、が妥当ではないでしょうか?
「それにしても怪我ばっかりだね。厄除けにでも行ってきたら?」
「うん。最近真剣に考えているよ」
厄除け……今度のお正月にでも行こう。多少高くつくかもしれないけど、快く新年を過ごしたい。気分だけでもいいから。
「でも残念だったよね。明智くん、2組だって」
設楽さん、それは『残念』ではなく『めでたい』ですよ。同じクラスでないのなら、プレッシャーを感じることも人にからかわれる事もないからね。
「でも運動会が終わってて良かったな、絶対負ける」
「そうだよな、あいつが出るなら俺は騎馬戦に出たくない」
「そんなの分からないわよ?」
つい反論してしまった。肯定ばかり出されると、つい反対したくなる癖だけはやめにくい。
「体格的に馬だろうし、4人で戦うゲームだから1人だけ優秀でも協力が出来てなかったらすぐに負けちゃうよ」
「そうか、協力できないと、そうだよな」
武智くんが嬉しそうに雑巾を絞る。
「でもね、来年修学旅行があるけど、同じクラスじゃないから同じ班になれないー」
村野さんが悔しそうに箒を集めた。私も手伝おうとするも取り上げられる。うう、なんだか寂しいです。私も掃除に協力させて?
「自由行動といっても一日だけでしょ? 他の2日はほぼ一緒の所を回るじゃない」
「一緒じゃないわ、同じ班なら声を掛けたり一緒にお土産買ったりできるのよ?」
「やっぱり村野って明智のことが」
「違う、違う! 伊賀崎さんの心配よ! ほら、いつも一緒だから」
動揺する彼女を見ながら、どう見てもそれは違うだろとこっそり失笑する。そうだよね、私が近くにいたらこんな風に遠慮して芽生えるはずのものも芽生えない。
「気にしないほうがいいよ」
耳元でこっそりと設楽さんが囁く。給食の時の気まずい雰囲気が嘘のようだ。これは明智くん効果と思ってありがたく頂いててもいいのかな?
「ははは、お父さんみたいな人だから気にしてない」
「お父さん!?」
全員が驚き私に振り返る。
「うおっと」
「明智がおとうさん! すっげ、お父さん」
武智くん、何かはまったみたいで笑い転げ始めた。佐原くんの肩も揺れている。床を拭きながら、むせたのかゴフッと聞こえるぞ。
「なんでお父さんなのよ」
村野さん、目が少し怖いです。
「私と一緒にいてくれるのは、心配してだからだって」
「それってどういう事!?」
ああっ、腕を掴まないで! まだ少し痛いんです。やんわりと彼女の手を離させる。
「あ、ごめんね。痛かった?」
「ううん、ちょこっとだけ」
本当はかなり痛かったです。打ち身ってキツイなぁ……帰ったら湿布貼ろう。
「そそっかしいのに併せておっちょこちょいだから、ハラハラして落ち着かないと」
そう話すと、みんな納得してくれた。あれ? 少しはそんな事は無いよくらいフォローするもんじゃない? してくれませんかね?
「なるほどねぇ」
しみじみと頷かれた。誰もが私を見て納得するので悲しい。もういいよ、ドジでさ。
「だから、私も考えてみたら、お父さんって言葉がシックリ来たのよ」
「うん、分かった! そっか、親子か……」
村野さんが嬉しそうに箒を抱きしめる。
「でも伊賀崎は好きって言ってなかった?」
「……それは」
佐原くん、水を差さないでもらおうか!
「お父さんとして、好きかな」
「伊賀崎さん……」
設楽さんが残念そうな顔で首を軽く振る。
「え? え?」
「俺ならショック受けるぞ? 好きな子からお父さんみたいだって言われたら、むちゃくちゃへこむ」
「いるの? 好きな子」
「え」
「ね、ね、誰? 誰?」
私が食いついたから、武智くんが驚いて逃げる。
「俺こっちを拭くわ」
「ずるい! そういえばみんな私の好きな人聞いたよね? なら少しは教えてよ」
「もうちょっとで掃除が終わるわね、さ、伊賀崎さんもちりとり片付けて」
「え、あ、うん」
設楽さんにちりとりを渡される。話はもう終わったみたいで、みんな掃除を頑張っているけど、なんだか釈然としない。村野さんくらいだよ、嬉しそうに箒を片付けているの。態度で好きな人を教えてくれている。前に話してくれたバレンタインの事は、きっと自分のことだったのかもしれないね。
「なら、私ゴミ捨てに行って来るね」
「伊賀崎は怪我が」
武智くんが反応して心配してくれたけど、少しは役に立ちたい。
「大丈夫だって、明日はちゃんと最初から掃除するから許してね」
重いゴミ箱を平気な顔をして持つと、教室を出た。うう、正直辛いけど、このくらいでへばってたら駄目だよね。
「うぐっ」
2年生は2階なので、階段を降りる必要がある。1年生の時は1階だったけど、楽だったなぁ。3年生になると3階になる。逆なら良かったのに、歳若い人が上の階で頑張ってもらわないとさぁ。どうでもいい愚痴を考えながら焼却炉を目指す。校舎の外に出て外の廊下を歩いていると、声を掛けられた。
「あ、伊賀崎」
名を呼ばれたので顔を上げると、知らない生徒がいた。もしかしたら私以外に伊賀崎がこの学校にいるのかもしれない。無視して通り過ぎようとすると、立ちふさがれる。もう一度顔を見るが、やはり知らない人だ。だが、彼は私を見ている。
「誰ですか?」
「ね、ね、最初ってどんな感じ?」
「は?」
興奮しているのか、息も荒く嬉しそうに話しかけられるも、主語が無いので答えようがない。
「あの、人違いじゃないですか?」
「なんだよ、『大人』なんだろ」
確かに大人の記憶はあるが、だからそれがどうしたというのだ。
「ゴミを捨てに行きたいのでどいてもらえませんか?」
「ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん」
「は?」
「もうやったんなら、何度やっても同じだろ?」
そわそわと頬を赤めて言われても、応じたくない。可愛げも礼儀も無い奴に係わりたくないです。
「いいじゃん、俺頑張るからさ」
頑張らなくてもいい。大体を察する事くらい出来るけど、分からない振りをした。
「あの、本当にあなたの事を知らないし、分からないです。どいてください」
「何だよ、三田と本郷は良くて俺は駄目なのかよ」
「……誰?」
「ほら、もう分かったろ? どこで待てばいい?」
待てばいいって……それよりもその三田さんと本郷さんって誰?
「俺の方が絶対うまいって、保証するから」
そんな保証はいらない。
「授業始まるわよ」
「保健室か? 体育館倉庫か? それとも、えっと」
ベタな場所を挙げるので、情報源が簡単に想像できて痛い。彼の名前札は付けていないので分からないが、制服をまともに着ていないから3年だと思われる。あまりおおっぴらに目立つ格好をする2年生は見かけないからな。
「どいてください」
「いいのか、みんなに話すぞ」
怖そうに睨んできますが、所詮中学生、全く怖くありません。
「脅されても意味が分かりません」
「三田と本郷にお前の裸の写真をばら撒かせる」
「はぁ」
「いいのか? みんなに知られるぞ」
その前に三田さんと本郷さんを知りませんってば。
「何か誤解をなさっているようですが、大丈夫ですか?」
「ああぁん?」
メンチ切られても平気ですってば。
「その写真、私が見せてほしいくらいです」
「はっ。自宅に保存してるから無駄だぜ?」
「いいえ。何しろ三田さんと本郷さんと言う方も存じませんし、お会いしたこともありません」
「またまた」
「確認してみた方がいいですよ。嘘じゃないなら写真をきちんと見せてみろと」
「……」
「あなた、彼らに踊らされているのかもしれませんよ? いいんですか?」
「なんで、そんな」
「試しに私からキスしてくれたとでも話をしてみては?面白い反応が返ってくるかもしれませんよ」
「お前」
「少し考えてみることです。相手と同じ土俵に立つ。それは素晴らしい事ですが、相手が尊敬に値するかどうかを」
ゴミ箱を持ち直し、ため息をつく。
「あなたは自分の価値を落とすより、高めるべきです。人に踊らされないで」
冷たく言い放って焼却炉へ進む。これで追ってきたら、ゴミ箱をぶつけよう。中学三年生ともなると、受験を控えているから色々とストレスを抱えているのかもしれない。人をからかって遊ぶより、少しでも勉強した方が身になるのにくだらない。
「おい」
しつこいな。
「あのですね……」
「怪我してるんだろ、手伝うよ」
「え」
ゴミ箱を引っ手繰られた。
「良く考えたらおかしかった、すまん」
彼が少しぶっきらぼうにそう言うと、スタスタと歩き始めた。
「あの」
「俺は3年3組の井之口。噂を信じてゴメン」
「分かってくれたので、嬉しいです」
1人でも誤解が解けたのだと思うと、嬉しい。
「笑うと可愛いな」
「褒めなくても信じますよ」
「ははっ、……そうだよな。あいつらに馬鹿にされて、なんだか頭に血が上ってた。なんであんな事をしたんだろう」
「そういう時もありますよ。でも思いとどまったので、将来の黒歴史になりませんでしたね。良かったじゃないですか」
「そうか?」
「ここで下手に私を襲って、刑事事件を起こして、保護観察受けて……そうなったら楽しい高校生活を迎えることも出来ませんし、大人になっても何かに引っ掛かったりしますから、怯えて仕事をする事になるかもしれません」
「頼むから脅さないでよ」
「脅しじゃありません、教訓です」
焼却炉に着くと、ゴミも捨ててくれる。見た目は反抗期真っ最中だけれど、心根はきっといい子なんでしょうね。
「井之口先輩は私の怪我を見て心配し、ゴミ捨てに付き合ってくれた」
「え」
私はにっこりと笑うと、ゴミ箱を受け取る。
「だから、ありがとうございます」
「……」
何か悩むようなそぶりを見せたので、例の2人に対して何かあるんだろうな。多分考えられることは1つ。馬鹿にされる事だ。
「びびる、という言葉が怖いんですね」
「! ごめん」
びびって何も出来なかったんだろ? と馬鹿にされたくない気持ちは分からないでもないです。それも単に嘘で彼を貶めて優位性を感じるための行為ならなおさら。
「困りましたね」
どうすべきか……。あと数ヶ月、余計な問題を抱えたくない。下手に藪を突いて、こちらにその2人が来られても困る。意地の見せ合いで体を提供なんか、絶対したくないし……無視しちゃえばいいのに。
「そんなに大事な友人なら、注意すべきでしょう」
「注意?」
「勇気と迷惑を勘違いするな。人の尊厳踏みにじって偉いもんか」
「は、はは。そうだよな」
井之口先輩は少し俯くと、自嘲する。
「ええ。それにもし私が妊娠したらどうするんですか」
「その……裸の写真を撮って脅すらしい」
「それくらいで引き下がると信じてるんですね」
はぁ、とため息をついてしまう。
「泣き寝入りだなんて、ゴメンこうむります」
「させないよ」
出会いがしらと違い、本気で心配してくれた。少し会話するだけで、結構人間変わるんですね。人も捨てたもんじゃないと嬉しくなる。
「大丈夫ですよ。今の私ならなんとか完全犯罪できそうな気もしますし」
江里口くんには悪いけど、あの眼鏡を使えば犯人の攪乱くらいできる。つい口の端が上がってしまうのは、どうしてでしょうかね?
「伊賀崎?」
「すみません、心配してくれるんですね。ありがとうございます」
「あのさ、俺。もっと真面目に勉強してみる」
「へ」
「あいつらとつるむの止めて勉強するよ」
「それはいいと思いますよ? 何しろ自分の為になりますし」
先輩は照れくさそうにズボンのポケットへ手を入れた。
「なんか毎日つまんなくてさ、むしゃくしゃする事ばっかりで」
「つまんない毎日いいじゃないですか、平和な証拠ですよ」
「あいつらともなぁなぁで一緒にいるだけだし、いつも合わせてばかりで……」
「受験まであと少しですから、今気が付いて良かったですね」
今から勉強だとかなりきついかもしれないが、やらないよりやった方がいいに決まっている。ぜひとも頑張ってほしい。
「へへ、色々とありがとうな」
「こちらこそ、ゴミ捨て助かりました」
ゴミ箱を持ち上げると、また引っ張られて取られた。
「一緒にクラスへ戻ろう」
「え、でも」
「俺は3階だし、伊賀崎は2階だろ?」
「はい」
「ならついでだ」
「でも」
「持たせてくれよ。なんか目の前が晴れたみたいに気持ちがいいんだ」
先輩が照れくさそうに頭を搔く。先程までの不満顔が抜け落ちたような笑顔だ。
「では、お言葉に甘えて……」
ゴミ箱を持ってもらい、校舎へ移動する。クラスが見える場所に来ると、視線を感じて上を見た。1組の窓に佐原くんがいて、小さく手を振っている。
「?」
少し困っているようだ、何かあったのかな? 慌てている。
「どうしたの?」
「いえ、何も……」
もしかしたら、絡まれていると勘違いしたのかもしれない。教室へ戻ったら、大丈夫だったと話そう。
「伊賀崎は行きたい学校とか決まってるの?」
「そうですね……近くに出来た新設校とか入りたいです」
「出来たの?」
「はい。御蔭山の麓に」
「へぇー」
「なんでもあの大企業の海堂グループが力を入れて建てたらしく、立派で施設も充実しているそうです」
「高い私立なんだろ?」
「金額を調べましたが、他の私立と同じような費用でした」
「頭いい奴が通うんだろうな」
「でも先輩はいないので、最初の一年生が学校を作っていくんですよ。楽しそうですよね」
教室棟の中に入り、階段を上っていく。
「そっか、伊賀崎なら行けるって」
「受かればですよ、受かれば。今からプレッシャー掛けないでくださいよ」
「はい、ゴミ箱」
「ありがとうございます」
2階に着くとゴミ箱を返してくれた。
「あんまり1人になるなよ? 俺みたいに勘違いしている奴がいるから」
「はい」
「それじゃ」
爽やかに笑う井之口先輩を見送り、私は1組に戻った。




