藤間さん
戸惑う私に、彼女は楽しそうに笑った。が、喋った瞬間口元を押さえる。
「いえいえ、まだ駄目でした。でも、嬉しくってつい」
「いや……いいよ」
先程の発言はさて置き、クッキーを電子レンジにいれる。中は予熱で温かい。
「帰国するのは知ってたけど、そんなに早く戻ってくるのね」
「すみません、きっと内緒で驚かせようとしていたのかもしれません。私から話してしまうなんて……でも、ああ」
喜んだり困ったり悩んだりと忙しそうに彼女の表情が変わっていく。私は道具を洗いながら、笑みを貼り付けた。愛梨ちゃんが悲しまないように。
明智くん帰還か……後で要と話し合おう。
要の『気になっている人』確認で、明智くんを挙げた。その結果が顕著に現れたのだ。
私が誰かを『好き・気になっている』等の発言をすると、その人に係わる確率が増えるに違いない。すると、冥加さんの言っていた偶然の理由にも納得がいく。なぜなら冥加さんを挙げたらすぐに会えたから。
「しまったなぁ」
ぼそりと呟くも愛梨ちゃんには聞こえない。洗い物の音に紛れているので、大丈夫とわかっての発言だ。ため息もつきたいけど、さすがにそれは良くないよね。後で部屋に戻ったら思いっきりしよう。
また誰かの人生を左右してしまったのだ、気が重くなる。
「きっとサプライズだと思いますので、知らない振りをしてくださいね」
「うん」
彼女が帰ったら、要に『気になっている人』の変更をしよう。もう遅いかもしれないけど、高校くらいは明智くんに自由な人生を謳歌して欲しい。
それにしても、そろそろ海外に慣れてきただろうに私の所為で日本に戻されて……。もしかして家族とまた別れ離れになったんじゃないよね?
「花音ちゃん? 大丈夫ですか?」
「ん? うん、大丈夫よ」
「だって、泣いてますよ?」
「え」
目の下に手をやるけど、使用した道具を洗っていたので濡れているかどうか分からない。
「どこか痛みますか?」
「ううん、本当に大丈夫。目にゴミでも入ってたのかな?」
「目が赤いです、目薬か何かした方が」
「ありがとう、でも痛くないから大丈夫」
愛梨ちゃんがポケットからピンクのハンカチを取り出し、私の目元を拭く。あれ? 執事さんが出した白いハンカチは何処?
「さ、焼きあがるまで勉強しましょ」
「はい」
後悔したり対処したりするのは後だ。今は友人とのお菓子作りと勉強を楽しむべきなのだ。
お菓子が焼き終わると、愛梨ちゃんは私が形を作った丸い渦巻き型クッキーを集めだす。そしてバケットからワックスペーパーやカラフルな紙のカップを取り出して、ラッピングの準備をしている。
「お菓子が入っていると思ったら、そうじゃなかったのね」
「さぁ、花音ちゃんは明智くん用に包んでくださいな」
「でもさ、これってココアが入っているから止めておいた方がいいって」
「何故ですか?」
「明智くんってチョコ系は躊躇するほど苦手みたいだから」
「そんな話は聞いた事は」
嫌いな物の話はあまりしないもんだよ、たぶん。
「バレンタインの時に……」
「わ、渡したんですか?」
興奮する彼女に申し訳ないけど、そんな事はしてません。でも日頃の感謝を込めて何かした方が良かったのかな? でも彼に何を送るというのだ。タオルかスポーツドリンクか、難しいな。そうだ、日頃の疲れを取るために温泉の元はどうだろう。
「一緒に登校してる友達がチョコの試食して欲しいって持ってきてね。明智くんが困った顔してた」
「友達?」
「あ、うん。近くに住んでるんだけど、一条遥ちゃんって同じ学校にいる子」
「そ、そうですか」
少し悲しそうな顔をしたけど、どうして……もしや私と明智くんの何かを期待して? 悪いけど本当に何もないのよ。
「彼女が好きな人に渡すチョコの練習で、チョコ以外にクッキーやらケーキやら持ってきたけど、明智くんは一口も食べなかった」
「それは、きっと一条さんだからです。食べたら花音ちゃんから誤解されると」
「ううん。事情を聞いたら昔、嫌な思い出があるから出来うる限り口にしたくないって教えてくれたよ」
「そんな」
愛梨ちゃんが頬に手を宛て、震えだす。
「なぜ普通に型抜きで作らなかったんでしょうか。ココアクッキーと一緒にするなんて私はミスを犯してしまったんですね!」
「気にしない気にしない」
数枚クッキーをワックスペーパーに包むと、紐で巻いてみる。不恰好だな……センスが、そう私にはセンスがないじゃなく、全く無い。
今度加納先生に会ったら鍛えてもらわないと、パラメータ足りなさ過ぎて高校生活失敗しそう。
「ほら、今日は私達が楽しんで作って食べるものなんだからさ」
「でも、でも、でも」
「愛梨ちゃん、包み方教えて? 包んでみたけどでこぼこになって」
「いいえ! それは私が頂きます」
「駄目、綺麗に包んだものじゃないと渡せない」
「花音ちゃんが包んだクッキー、私は食べたいです!」
明智くんが食べれない事に気兼ねしたのか、手を包みへ伸ばしてくる。
「ありがとう」
「でも、もしかしてもあるので、一応準備しておきましょう?」
「分かったから、明日遥ちゃんへ持っていくついでに持っとくよ」
「ついでだなんて」
「そうだ、愛梨ちゃんは執事さんに包みなよ」
そう告げた瞬間、愛梨ちゃんがぐっと口ごもる。
「え、なんか問題あり?」
眉をぴくぴくさせる彼女は初めて見た。
「無理です」
「どうして?」
あの執事が喜ぶ所は無理でも、和やかオーラくらいは見たいよ。
「花音ちゃんはパティシエにクッキーを持っていけますか?」
「調理師免許か何か持ってるの?」
「そうじゃないけど、プロ級の腕は持っているかと」
これは気持ちだから、で済まされないのか?
「以前1人で紅茶を入れていると、色々言われて……」
「嫌味か注意かされたの?」
「そうではなくて、どうして入れたのか必要なら申し出てくださいとか言われて」
「うんうん」
「なんだか美味しい入れ方を教えられる事になって」
「優しいんだね」
「……三時間も入れさせられました」
三時間も? それはまた、なんといいましょうか……大変です。
「その、厳しい先生になってくれたのかな」
「いいえ、終始笑顔で……次はもっと上手に入れられますねって何度も」
一喝されるよりキツイな、それ。
「もしこのクッキーを持っていけば、私は一日中クッキーを作ることになりかねません、絶対にそれだけは」
顔を手で覆い、嘆く彼女の背を擦っていると、窓の端に黒い影が存在感を現す。もう分かってます、あなたですね? 執事さん。そっと見ると目が合いました。この世界はきっとゲームで出来ているんだ、だから彼から立ち上るオーラが読める。
絶対クッキーを包んで渡してくださいねっていう、オーラが私に……。
もうお願いだからフリップを掲げて欲しい。私がおかしいかおかしくないか判断に困るから。
とりあえず肯定の意味を含めて頷くと、また気配が消えました。今度パソコンで執事を調べてみよう。私の知識と相違があるかもしれない。
「ごめんね、愛梨ちゃん」
先に謝っておこう。なんだか執事さんに逆らったらいけないような気がするので。我が身可愛さに友人を売り渡す私を許して。
「取り乱してすみません」
「ははは。クッキーを少し包んだら、私達も食べようよ」
「はい」
可もなく不可もないクッキーを簡単なカップに入れて蓋をする。これならセンスは問われないぞ? 加納さんにプレゼントしたいけど、あのスタイルだから渡すのはちょっと駄目だろう。それに今度会うのは試験の後だから無理か。作り直さないと。
「花音ちゃん、撮りますよー」
「え」
パシャっと携帯のシャッター音が鳴る。
「あ、あんまり撮って欲しくないな」
「すみません、嫌でしたか?」
「ほら、今は特に顔が酷いじゃない」
「酷くなんかないです! 素敵な顔だと私は思います」
「……青あざだらけなのに?」
「はい! エプロン姿の花音ちゃんを記録に撮っておこうと、そう思っただけなのです」
記録に、って……。
「それなら私が撮ってあげるよ、愛梨ちゃんのエプロン姿」
「私は見た目普通なので、撮っても記録のし甲斐がありません」
「何を言ってるの? 愛梨ちゃん可愛いじゃない」
サラサラな髪も真っ黒な目も、笑ったら花がほころびそうなのも、どこをとっても美少女ですよ、あなたは。
「花音ちゃん、やっぱり優しくて素敵です」
いま、その顔だよ、可愛い。
「本当に私は酷いのです。写真を見るたび思い知らされてしまう」
それはもしかして、しかめっ面の事だろうか? 初めて会った時にしていた、あの表情の事?
「ちょっと待っててね」
古いデジカメがここら辺にあるはず。
棚を適当に探していると見つかった。うん、電源はまだあるな。
「あーいりちゃん」
「はい?」
カメラを構えると、少し硬くなる。
「愛梨ちゃん、大好き」
「え」
少し口の端が上がる。
「愛梨ちゃんが一番の友達だよ」
「ええ?」
目元が少し緩んだ。
「愛梨ちゃんの笑顔大好きだよ、とっても可愛いよ」
嬉しそうな顔の瞬間、シャッターを切る。
「うん、やっぱり可愛い!」
「な、何をしてるんですか!?」
撮ったデータを確認していると、愛梨ちゃんが叫んだので驚く。
「ごめんなさい」
「違います、花音ちゃんじゃありません!」
彼女の怒る方向は窓際だ。振り返るも誰もいなかった。
「どうしたの?」
「と、藤間が」
「とうまが?」
「ウチの藤間がカメラを……これは盗撮です」
震える手で怒っている。そうか、あのすごい人は藤間さんというのか。
愛梨ちゃんのベストショットの為に姿を現しちゃった気持ち分かります! 可愛いもん!
「まぁまぁ、お祖母ちゃんへの報告書かもしれないから、許して上げなよ」
「報告?」
「愛梨ちゃんが笑顔で楽しく遊んでいるかどうか、知りたいのかもよ?」
先程撮った笑顔を表示して彼女に見せる。
「え、これ……」
「素敵でしょ? 愛梨ちゃんの笑顔」
「う……」
「愛梨ちゃん?」
「恥かしいです」
顔を赤くして唇を噛む彼女は、照れていた。最初は泣きそう、怒りそうと勘違いしたけど、今は違うと知っている。ただ自然な表情を出すのを躊躇っているだけ。
「顔を固めなくていいんだよ? いつも固めていたから写真写りが悪い気がする。こんなに素敵な笑顔を持っているのに」
「花音ちゃんだからです」
「そう?」
「花音ちゃんのお蔭なんです」
「へへ、そう言われると図に乗っちゃいそう」
「乗っちゃっていいです、だから明智くんも好きになったんです」
なぜそこに彼を出すか。今は私と愛梨ちゃんの話でしょ。
「なら写真家目指そうかな。記念写真は私に任せてって」
「わ、私マネージメントできるよう勉強します、バックアップします」
「あはは。もう愛梨ちゃんったら……」
本気でやりそうで怖い。容易に先の話は出来ないな……良い子なんだけど暴走しそうで心配になる。
要も暴走し始めているから、私がなんか人体に影響が出る変な物質でもたれ流してないか不安になるぞ。
「まだ中学生なんだから、普通の友達でいてね」
「はい」
いい笑顔。
「でも、本当にいいんですか?」
「うん? 何が?」
愛梨ちゃんが申し訳なさそうに窓を指差す。
「会話を聞いて開き直ったようなので……」
もう一度振り返ると、三脚にビデオカメラを設置する藤間さんがいた。首に一眼レフのカメラを提げている。
「お、親がいない時なら大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
でも話を聞いていたって、窓を閉め切っているのにどうやって? 本当に盗聴器とかつけてたり?
「外は寒いから中に入ってもらおうよ」
「そうですか? では」
チャイムが鳴った。
「はーい」
急いで玄関に向かうと、やはり執事さんが。
「失礼します」
隙の無い動きで入ってくる。少し耳が赤かったので、寒かったと思われる。
「どうぞ」
お客さま用スリッパを出して、居間へ勧めた。
「ありがとうございます」
とても丁寧なんだけど、胸に下げてある一眼レフがこの場に合ってない。
彼は愛梨ちゃんの側へ行くと、背後に立った。おおう、執事みたい! って執事さんなんだけど……。
ふと三脚をつけていたビデオカメラが気になり、窓を見るとそのまま設置されたままだ。……変な事しないように気をつけよう。狭い庭だけど洗濯物を干していなくて良かったと心から思った。
「ならクッキーを包もうか」
「え、ええ」
目の大きな執事さんがこちらをジッと見ている。ああ、またオーラで何か話しかけている。びしびしと力強い目力が私を襲った。
「あの、執事さん。お一ついかがですか?」
「か、花音ちゃん!?」
怯える愛梨ちゃんには申し訳ないけど、流れ的に仕方ないんです、許して。
「では1つ頂きます」
手袋を嵌めた手で、市松模様のクッキーを取って流麗に食べた。知っているんですね、そちらが愛梨ちゃんの作った模様だと。そう思ったら少しほほえましくなった。
「大変おいしゅうございます」
「そ、そうですか」
怯える彼女に藤間さんはにっこりと微笑む。はじめてみたかも、こんな表情。でもすぐに無表情に戻り、姿勢を正した。オーラは……よし! 出ていない。本気でそう思っているから出ないのか、私の妄想なのか…。藤間さんを知っているのは山崎さんたちだけだよね、今度オーラについて聞いてみよう。
「そうだ、愛梨ちゃんのお祖母ちゃんにも包もうよ。お土産だって」
「え……でも」
「大変喜ばれるかと思います」
「そうかしら」
「そうだよ。ささ、ラッピングしましょ」
「はい」
嬉しそうに微笑む愛梨ちゃんを見た瞬間、連続したシャッター音が響く。彼女の背後にいたはずの藤間さんが私の背後に。は、早い!
「藤間さん!」
「失礼しました」
また彼は彼女の背後へ移動する。
そ、そうだよね、愛梨ちゃんの笑顔は貴重だからチャンスはものにしないと。自分を納得させてクッキーを包む作業に没頭する。考えてもどうしようもないことは、気にしないのが一番だ。
数枚残ったクッキーでお茶を飲む。もちろん用意したのは執事さん。
うちの台所で華麗に紅茶を入れてくれた。ちなみに道具は全て持参されている。飲んでいるカップもだ。
「なんだか悪いね」
「そんな、こちらこそ2人でお邪魔してしまって」
「ううん。こんな美味しいお茶をご馳走になって嬉しいよ」
当然だ。そうオーラが出ている。もはや彼を見なくても側にいるだけで読めるようになってきた。
あははは、早く山崎さん達に会いたいよう。あのオーラが見えている自分が普通なのか異常なのか確かめたいから。
お茶を飲み終えると、執事さんが華麗に片付けてくれました。
「ありがとうございます」
お礼を言うも、一礼されるだけなのでなんとも腰が落ち着かない。
「ではそろそろお暇させてもらいますね」
4時近くなると、愛梨ちゃんが勉強道具を片付ける。台所で作業していた執事さんは使っていた手袋を外すと、新しい手袋を身につけた。
あの手袋ってどのくらい持ち歩いているのかな? 少し気になる。
「今日はありがとう」
「こちらこそ、です。今度はうちに来てくださいね」
荷物を全て持った執事さんを見ると、沈黙している。
伺っていいのかどうか分からないけど、頷いてみた。
うん、OKが出たよ、多分だけど。
玄関へ見送りに行くと、すでに執事さんは消えていた。また無音で行動しているよう。もうこうなれば彼は忍者と思った方がいいのかもしれない。
「ははは」
「なんですか?」
つい失笑してしまったので、愛梨ちゃんが首を傾げる。
「いや、なんだかあの執事さん…藤間さんだっけ、忍者みたいだなって」
彼女が吹き出す。
「分かります! その通りです。いつも神出鬼没で」
「そうなんだ」
少し困った顔をしていたので、ちょっと言ってみた。
「愛梨ちゃんの為に頑張ってるんだね?」
「え」
「だって執事さんってそうなんでしょ? 愛梨ちゃんも頑張れるように支えているの」
「あ……そう、ですね」
何かを思い出したようで、頷く。
「私も応援してるから、一緒に色々頑張ろうね」
「はい」
彼女が靴を履くと、玄関の扉を開けた。もちろんそこに藤間さんが待機している。
「一応明日学校へ行こうと思うけど、休んだらゴメンね」
「いいえ、また会えますから」
車に乗る愛梨ちゃんたちを見送り、手を振る。彼女も車の中から手を振ってくれた。見えなくなるまで見送ると背を伸ばす。
庭を少し覗くと三脚とカメラは無かった。藤間さんが先に家を出た時に片付けたんだろう。
それにしても愛梨ちゃんの誤解にも似た勘違いをどう正していこうか悩みどころだ、将来の事も私の一言で左右しかねないので怖い。
本人の心から望むような未来を実現して欲しいのに、何か私が係わっているものに寄り添おうとしている。一体どうしたものか…。
「こんなに寒くて手もかじかむのに、ゲームの世界かもってどうよ」
玄関に回り、家に入ろうとすると後ろから羽交い絞めにされた。
「え? な、な」
あまりに突然で一瞬頭が真っ白になる。が、羽交い絞めの痛みで現実に引き戻された。
何も準備していなかった、普段着のまま何も持たずに家から出てしまった事。油断したと絶望しながらも何か出来ないか一生懸命考える。
「あ、れ?」
でも今までの痴漢と違い、抱きつかれたままで何もされない。これは一体どうした事か。考えようとするも力強くて痛い。それで思い出した。
「明智くん?」
そっと聞いてみると、ほんの少し腕の力が緩んだ。なので伺うように振り返ると、すぐそこに見知った顔があってホッとする。
「伊賀崎」
苦しそうな声で呼ばれて、申し訳ない気分になる。
「おかえりなさい」
「ああ」
顔の痣が気にならないように笑顔で彼を迎えた。




