電話3
赤ちゃん用の麦茶で濡れてしまった服を着替え、再び居間へと戻る。
もうそろそろご飯の時間だ。今日は寒いので温かいシチューは最高に美味しいだろう。浮かれていると、電話が鳴った。
ほんの少し驚いたけど、時計を見て安心する。今度は怖くないぞ? なぜなら愛梨ちゃんに決まっているからだ。
「はい、伊賀崎です」
『こんばんは、花音ちゃん』
ほらね、やっぱり彼女だ。
「えへへ」
『なぁに?』
「6時ぴったりに掛かってきたから、きっと愛梨ちゃんだって思ったの」
『今の時間大丈夫? お食事の途中なら』
「大丈夫、まだだから」
『そう? ありがとう。では少しだけ』
「うん。あ、そうだ、今日学校に行けなくてごめんね……でも明日なら大丈夫だから」
『昨日は引き止めてでも一緒の車で帰るべきでした。ごめんなさい』
やっぱり責任を感じている。愛梨ちゃんは何も悪くないのに。
「ちょっと足を踏み外しちゃっただけだよ。休んだのも念の為だから」
『でも、今度から遅いときはご一緒させてください』
あの執事さんの事を考えると遠慮させてもらいたい。被害妄想かもしれないけど、目に見えないオーラで牽制されている気がしてならない。お嬢様に近づく困った子供だと思われてるかも。
「へへ、気持ちだけ貰っとくよ。愛梨ちゃんには今日一日心配掛けちゃった」
『花音ちゃんは大事な友達だもの。危ない目に遭ってほしくないの』
「もー、大袈裟だなぁ。そうそう、聞いたよ? 明智くんのファンクラブが出来たんだって? 会長は山崎さん?」
話題をさりげなく変えてみる。
『ごめんなさい。止められなくて』
「どうして? 恋愛は自由だし、いいじゃない」
『でも、明智くんは花音ちゃんしか見ていないから、不毛です』
その過保護な視線を恋人へと向けて欲しいから、発足したままでお願いします。人から好意を寄せられたら、きっと明智くんも少し意識が変わるかもしれない。
「まだ私達中学生なんだよ? 誰かを好きになったり、みんなで騒ぐのって今しか出来ない貴重な体験なんだから楽しまなくちゃ」
『楽しむ?』
「うん。大人になれば社会的なしがらみが係わってくるから、生活や将来を考える事無く誰が好きだの嫌いだの言えるのは今だけだよ?」
『ふふ、花音ちゃんが言うと恋愛が楽しい話になります』
「心の準備期間と思って楽しむべきよ、愛梨ちゃんもね」
さりげに言ってみた。あなたも誰かに恋して幸せに笑ってほしいんだ。お見合いババアとよんでもらってもOKです。
『私も……』
「ほら、告白したり付き合ったりしなくても、思うだけでヤキモキしたりワクワクしたり、そりゃちょっぴり悲しい時もあるかもしれないけど、その時は一緒に笑ったり泣いたりしたいな。って迷惑かな」
『そうですね、そういうのも楽しいかもしれません』
上手く言えたかな。前よりは心の壁が薄くなったと思うけど、愛梨ちゃんは他人を怖がって前に出たがらない。男性に対しては極力距離を置く。余計なことかもしれないけど、なんとかそのわだかまりを消したい。
『でも明智くんの気持ちも考えてくださいね』
「うん」
彼女の中では明智くんが私の事を好きだと思ってる。そんな事無いのに。
『学生のうちにしか出来ない経験は、大変貴重だと思います。けれど真剣な思いを軽く流さないでください』
「愛梨ちゃん」
もし、本当に明智くんの気持ちがそうならば、尚更受け止められない。そんな真剣な思いは私に向けられてはいけない。他の人へ向かうべきだ。
『ご、ごめんなさい。決して花音ちゃんを否定するつもりで話した訳では』
「ううん、ありがとう」
『そうだ、あの、週末の日曜ですが、テスト前なので勉強を一緒にしませんか?』
私には無理。出来ない。どうすれば。悪い。動けない。何をすれば。優先は。態度は。続かない。今のうちなら。綺麗に。楽しく。
『花音ちゃん?』
「あ、うん、なんだっけ」
『大丈夫ですか? 早く休んだほうがいいです。そろそろ電話を切りますね』
「あ、うん、じゃあまた明日」
『はい。花音ちゃん、また』
そっと受話器を置く。
なんだろう、ぼおっとして頭に霞がかかったようだ。どうしてぼんやりしてしまうんだろう。そう、体が自分のものじゃないみたい。何かの衝撃を感じるのに、麻痺したように痛くない。いや、痛い? 熱い? 鼻の奥がツンとする。ああ、助けて……でも何から?
「花音!?」
肩を掴まれた、そう分かった瞬間に咳き込んでしまった。まるで水の中にいたみたいに苦しい。もしかして息してなかった?
「花音大丈夫? もう一度病院へ行く?」
「だい、じょうぶ、ちょっと咳き込んだだけ」
気が付けば、床に座り込んでいた。
貧血だろうか? お母さんが体調不良を心配して背を摩ってくれる。
「だ」
すると弟が間に入りこみ、お母さんにしがみついた。弟からの敵意に少々ショックを受ける。
違うよ、お母さんを取ったりしないよ?
お母さんが私を構うと必ず弟が割り込んでくる。嫉妬かな、可愛いけど辛い。
「薬は……食後だったわね。ご飯を食べてお薬飲みましょ」
「うん」
手を開いたり閉じたりして立ち上がる。いつの間に座り込んでいたんだろう。何かを思い出しかけて? 昔の記憶かな。
「お母さん、馨抱っこしてもいい?」
「ん? じゃあお願いね」
お母さんの服を掴んで離れない弟を抱きしめると、ほんの少し落ち着いた。ああ、癒される。ジッとしていると暴れるので、立ち上がって歩き回った。その間は周りを見渡す事に集中しているので、大人しく抱っこをさせてもらえる。
「ねぇ、馨。ここは現実だよね、ゲームの世界なんかじゃないよね」
親に聞こえないように小さな声で話すも、弟は色んなものを掴もうと手を伸ばして私を見てもくれなかった。赤ちゃんに何を求めてるんだか。
「はい、今日はシチューと駅前のパン屋さんのバケットよ」
テーブルに食事が用意されたので移動すると、弟が自分の椅子へと体を伸ばす。もう自分の席を認識しているのか、速く食べたくて食べ物に手を伸ばしているのかは分からないけど。
お母さんが弟を受け取り席へ座らせた。
「はーい、馨はちょっと薄いシチューよ。パンと一緒に食べましょうね」
最近弟は自分で食べたいらしく、スプーンを奪い取ろうと毎日お母さんと格闘している。まだ上手く使えないのに。パンも小分けにして少しずつあげないと咳き込んで吐いちゃうから、相手をする母親は大変だ。
「それにしてもそのバケット、すごく長いね」
台所に立てかけてあるが、長い。一メートル以上はあると思う。
「これしかなかったのよ。でもお父さんもパン好きでしょ? 明日スライスしてチーズを乗せて焼きましょ。みんなで食べたらきっと美味しいわ」
うちのお母さんはパンが大好きだ。色んなパン屋へ覗きに行くけど、何か気に入ったらそのパン一色になる。この前はオレンジピールとくるみのパンにはまって、毎日買ってきてた。今度はどんなパンに夢中なのか。
「はい、馨も美味しいからたくさん食べれるよね」
弟もロールパンや胡桃パンの実を抜いて良く食べる。この前は食パンが入った袋を引きずりながらハイハイしていた。お腹がすくとビニール越しに噛み付いている時もあるので目が離せない。きっと将来はお母さんと2人でパン屋巡りをしそうだ、とお父さんと予想している。
温かいシチューとパンでお腹が満たされていくが、先程から電話が気になって落ち着かない。
なぜなら、明智くんが後で聞くと言っていたからだ。
なのに、電話が無い。時間的に今日の夕方にあってもおかしくないと思うんだけど。
「お母さん、昨日や今日なんだけど私宛に電話は無かった?」
「私もずっと家にいたわけじゃないからわからないけど、無かったと思うわ」
「そっか」
もしかしたら、言っていたテストが忙しいのかも。それで私の事が後回しになっているのなら、嬉しい限りだ。ほんの少し寂しいような気がするけど、気のせいに決まっている。
「明智くんから電話が無いか待ってるの?」
「うーん、説教電話がいつあるか戦々恐々な気持ちなのよ」
「説教?」
「私がなにかやらかすと心配と説教の嵐なの。だから今回も早く受けて終わらせた方がいいんだけど、あんまり受けたくないと複雑なの」
「あらっ、心配されてるのね」
「過度な心配はちょっと重かったり」
「今だけよ? そんな心配し合ったやり取りが出来るの」
「止めてよ。明智くんとはそんな関係じゃないんだから」
「そう?」
「そうです」
楽しげに笑う母親を横目にシチューを完食して食器を片付ける。中学生の恋愛って見てて楽しいのかな? それともお母さんがそういう話が好きなだけなのか。
「はぁ……」
何度も電話を見たけれど、その日電話が鳴る事は無かった。
朝。日課はランニングだけれど、体調により今日はジョギングだ。玄関の扉を開け、私を待っていた要にサービス満点の笑顔で挨拶をした。
私は元気、というアピールです。でも彼は私を見るなりしゃがみ、頭を抱えると盛大な溜息を吐き出した。
「要さーん?」
分かってます。
私の顔にある痣ですね。私の左のこめかみから頬まで、驚くような大きな青あざが。いやぁ、診察時に鏡なんかなかったし、今までガーゼで覆われてたから全く気が付きませんでした。
昨日お風呂へ入る前に外して、鏡の前でかなり驚きましたよ。
赤いすり傷と青い痣。
見る人に不快感を与えること間違いなし。加納さんが学校行きを止めたのはこれが原因かも。昨日は少し腫れてたと思うので更に酷かったんじゃないかな? これでも夜の冷えピタのお蔭で少しはマシになったんですけど。
見た目ほど痛くないし、触っても平気なので明るい挨拶をしたんですが……スルー出来ないほど酷い顔のよう。
愛梨ちゃんが見たら卒倒しちゃうかな?
「花音、今度から俺と一緒に帰ろう?」
呟くようにお願いされる、が、聞き届けられないな、それは。
「なんでさ。これって見た目ほど痛くないんだよ」
「駄目。心配で俺が倒れそう」
頭を抱えたまま呻く。みんなも愛梨ちゃんも深刻に考えすぎ。
「サッカークラブはどうするの。せっかく頑張ってるのに」
「発明一本に搾るよ、最近面白いし」
「え」
もしやこれはヤバげなフラグ!? サッカーから発明家への転職なんて、ゲームから逸脱しすぎ。おしゃれで流行や情報に敏感な彼から、危険な発明家なんてお姉さんは許しませんよ!
「駄目よ。絶対に駄目」
「服で見えないけど、腕や肩とかも痣があるんじゃないの?」
何故知っている。もしや着替えでも見た? いや、どこかで見えてしまったの?
「足の傷だって酷いじゃないか…」
場所を移動する時に引きずられたようなので、打ち身と擦り傷だらけ。要の手が頭から離れて、私の足に触れる。しゃがんでいるので、傷が酷く見えてしまったみたい。
みんな私に過保護なのはゲームの所為かな? まるで手助けが必要な小さい子の気分。
「転べば誰だって怪我するよ。要だってサッカーで青あざよく作ってくるし」
「スポーツと比べんな」
「怪我は怪我だよ」
彼は立ち上がると私をジロジロと眺めた。
「本当に階段から落ちたの?」
「うん」
「それにしては傷の位置がおかしい」
「え」
「突き飛ばされてついた傷じゃないのか?」
「そうなの? それに近いの?」
実は今回いきなりだったのでよく分かってなかったりする。何がどうしてどうなったのか、誰か人形でも使って詳細に説明をしてほしいくらい。
「キツイいじめに遭ってない?」
精神的にキツイいじめ問題はもう解決したので、否定の意味を込めて首を横に振る。
「本当かなぁ」
疑われてる。それよりジョギングしようよ!
「俺は明智より頼りないけど、花音を出来るだけ守るから一緒にいようよ」
おいおい、第二の明智くんを目指すのか!? なんて迷惑…いや申し訳ないぞ。
「本当にいじめも何もないよ。たまたま転んだんだよ」
「なら何故一緒に帰るのを拒否するんだよ」
「要は学校帰りにサッカークラブに行くでしょ」
「花音を送ってから行くよ」
「クラブに行くの遅くなるじゃん」
「そのくらいいいよ」
「遅刻はよくない」
どうして分かってくれないのかな? 協力者なら私の気持ちを汲んでよ。
「なら来週私の状況を見て? いじめられているかどうかはっきり分かるから」
「なんで俺と帰りたくないの?」
「だからサッカークラブが」
「サッカーなんて止めるよ! ならいいだろ?」
「私を理由に止めるなんて絶対だめ」
「そろそろ止めたかった。これでいいだろ」
「よくない。全然よくない」
にらみ合いになった時、驚いて体を引いた。
「なに?」
「あのさ、要は今身長何センチ?」
「身長? たぶん160くらい?」
もう一歩後ずさる。
「どうしたの? 花音」
戸惑う要には悪いけど、ここは一旦退却させてもらうことにした。
「負けないからね! 今日は牛乳飲んで寝るわ」
踵を返すと家に入る。
「花音!?」
彼の声を無視して玄関の扉を閉めた。やばい、やばいぞ。居間に入るとお母さんが哺乳瓶にミルクを作っていた。
「あら、花音。今日はジョギングするんじゃなかったの?」
「要に驚かれた。やっぱり顔が酷いから今日はお休みする」
「女の子だもんね。今日は特別に有給にしてあげる」
有給って……お母さん。気持ちは嬉しいけどなんか複雑。苦笑しながら冷蔵庫を開くと牛乳を取り出した。
「朝から冷たいものは体に良くないわ。温めたら?」
「平気よ。部屋の中は暖かいもの」
たっぷりマグカップに注ぐと、ゆっくり飲む。噛みながら飲むと体に吸収されやすいかな? 頑張って私の骨! 要に追い越されないようカルシウムを集めて骨を構築していくのよ。でないと……。
「花音は牛乳が好きなのね」
哺乳瓶を冷やすお母さんがのんびりと笑う。
「違うもん。身長を伸ばす為なの」
後は胸も、ついでにだけどね。
「そうねぇ、ならよく寝てよく食べた方が伸びるかも」
寝る子は育つというから、そうするかな。
「それじゃあ今日はもう少し寝ててもいい?」
「もちろんよ」
「でもお母さんが大変な時は起こしてね」
「ありがとう、でも大丈夫よ」
「ううん、馨の面倒なら平気だし、みたいから」
「土曜日くらい、いいのよ? お父さんもいるんだから」
「仕事で毎日大変なんだから、土日くらい休まないとお父さん倒れちゃうよ」
「優しいわね、花音は」
少し笑い返すと自分の部屋に戻った。
朝のトレーニング用の服を脱ぐと、先程脱いだ寝巻きを掴む。その時目に入るのは肩やひじにある痣。
「月曜は体育あったっけ?」
みんなに見られないように薄手のタートルネックを着ていこうかな? 今日明日で少しでもいいから痣が薄くなれば助かるんだけど。
寝巻きを着ると少し関節が痛む。これが傷の痛みじゃなくて、成長痛だったら大歓迎なのに、どう考えても違うよね。
「今日はゆっくり寝るか」
適当な小説を本棚から選んで、ベッドに入った。まだ寝ていたときの温かさが残っている様な気がして、気持ちがいい。
「贅沢だなぁ」
ほっこりした気持ちになりながら、本を開く。何度も読んだ本だけど、何度でも読める本で、前世でもたくさん読んだ本だ。好きな作者さんなのでまた読む事が出来るのが嬉しい。
「ああ、幸せ」
幸せに浸っていると、ドアがノックされた。
「はーい、起きてます」
体を起こすと、お母さんが弟と一緒に入ってくる。弟の面倒を見て欲しいのかな? と両手を広げたら、受話器を渡された。
「電話よ」
弟はお母さんに抱っこされうとうとしている。ミルクを飲み終わったようで、口の周りが少し白かった。私は受話器を耳に当てつつ、側にあるティッシュを一枚取る。そして出て行こうとするお母さんの側に行き、馨の口元を拭った。
「はい、花音です」
お母さんが私の行動に気付き、ありがとうと言わんばかりに微笑む。いえいえ、弟の口周りは気をつけないとすぐに赤くなるから。
『伊賀崎、大丈夫か?』
その声と同時に部屋の扉が閉まった。え?
『伊賀崎?』
「あ、ああ。明智くん?」
『まだ早い時間だったか? 伊賀崎は7時には家に帰ってくるはずだからこの時間に掛けた』
「うん、大丈夫だよ」
本当はまだ7時前だよ。要と走っていれば、電話に出れなかった。
『そうか』
来るか? 来るのか? 説教が。結構いま心身ともに疲れてるので、勘弁して欲しいな。
『体は大丈夫か?』
「へ?」
『階段から落ちたんだろう? 酷い怪我をしたと聞いた』
それは誰から? お母さんから?
「大丈夫よ。これでも頑丈に出来てるから」
『伊賀崎はすぐに壊れそうで怖い』
そんな繊細なガラスじゃないんだから、何を言ってんだか。女の子扱いは照れちゃうよ。
「そんな簡単に壊れないよ。そうだ、テストは間に合ったの?」
『ああ。問題ない』
「それは良かった。私の所為で間に合わなかったら、嫌だからね」
『そこは考えて動いている。だから気にする事はない』
「そっか」
氷室くんの事言わないな。これは逃げおおせれるかも? そうなると氷室くんのデータの話が聞けない! どうしよう。
「で、も、めちゃくちゃ驚いたよ? 明智くんが後ろに居てびっくりした」
『頼元には空港に着いたとき連絡を入れていたんだが、聞いてなかったのか?』
「それは初耳。もしかしたら驚かせたかったのかな?」
『間に合うかどうかぎりぎりだったからな』
そうなの? でも結果的に助けられたから、ここはお礼を言っておくか。
「来てくれてありがとう」
『いや。でも伊賀崎を家まで送ってから帰れば良かったと、後悔してる』
「明智くんまで。愛梨ちゃんも同じ事を言ってたよ。たまたま転んだだけなのに」
『側にいたなら助けられたかもしれない』
「そんな、それなら私もうかうか怪我なんて出来ないね」
『怪我してほしくないからな』
はははは。ごめんね、ドジで。
「あ、そうだ。愛梨ちゃんから聞いた? 明智くんファンクラブが出来たんだって」
さ、照れてくれたまえ! 個人ファンクラブなんて嬉しいでしょ!
『伊賀崎も入っているのか?』
「なんでさ」
『ならいい』
おいおいおい、本人達けっこう明智くんに気がありそうなんだよ? そうすっぱり切らないでよ。
「もしかして、モテてるの恥かしがってる?」
『興味がない』
あ、あれ? 中学生男子ってこういう反応が普通だっけ? もっと純情だったり反抗的だったりしない?
「そ、そっか」
『そうだ。伊賀崎、クリスマスはもう予定を入れたか?』
「え? 別に何も」
『クラシックに興味を持っていただろう? 一緒にコンサートへ行こう』
「お誘いは嬉しいけど、明智くん外国じゃない」
『その日は帰国している。問題ない』
「そうなの? クリスマスは家族で過ごさないの?」
『昼間にあるので問題ないと思うが。伊賀崎は家族で夜を過ごすのだろう?』
「まぁ、うん」
『なら予定を開けておいてくれ』
「は、はぁ」
『それから』
「は、はい」
『あまり氷室や和田に近づかないでくれ』
「ふへ」
いきなり注意が来たので驚く。説教は今からですか?
『状況はいつでも変化する』
「うん。でも氷室くんはまた好きな人一本に戻ったから大丈夫みたい」
『それでも。どんな事が起きるか分からない。資料は既に意味がなくなっている』
「どういう事?」
『一部を改変すれば、未来も変わる。今、その通りになっている』
「その通りって」
『事件が起こらなければ、事情が変わってくる』
「事件が起きたからこそ起こるイベントだから、それが無いという事?」
『ああ』
それって考えようによっては、いい事じゃないのかな?
「じゃ、誰もが傷つかなくて済むのね?」
『それも違う』
「え、なんで?」
『例えばだ。Aが事件に巻き込まれなかった』
「うん」
『替わりにBがその場に居たので巻き込まれた』
「どうしても犠牲者が出てしまうの?」
『何が正解なのか分からない。なので対処しようがないんだ』
「そんな、なら宇留間さんは?」
『彼女は無事だ』
「そうなの!? 誘拐されなかったの?」
『ああ、だが』
「別の人が誘拐されたの?」
『ああ』
嫌な何かが肩に圧し掛かったような気がした。
「それは」
『身代わりになった女性は、今療養所へ入っている。出来ることはしたつもりだ』
目の奥が痛い。
『泣くな、伊賀崎。泣かないでくれ』
「泣いてなんか……」
声がくぐもる。このままじゃ泣いているのがバレバレじゃないか。
『今お前の側にいないのが、もどかしい』
「大丈夫、大丈夫よ」
『いつもお前は大丈夫だと頑張る』
「だって大丈夫だもの」
『少しは頼ってくれ。いや、頼ってほしい』
「はは、ありがとう」
心配ばかり掛けてしまう。もっとしっかりしなければ。
『俺が側に行くまで、なるべく氷室や和田に近づくな』
「気をつけるよ」
『彼らに少しでも係わらないように。どんな事に巻き込まれるか分からないからな』
「うん」
『江里口はまだ側にいるのか?』
「?、同じクラスだよ」
『そうか』
「もしかして引越しとかしちゃうの?」
『いいか、絶対に氷室のゲームに係わるな』
「うん。でも犠牲者名簿くらい知りたいな? 私のページに何が書いてあるとか」
『それが係わるという事だ』
「そんな」
『俺が資料を見せなかったのも、残さなかったのもそれが理由だ』
「私にも出来ることが」
『それは伊賀崎が身代わりになる事か』
「それは」
『俺が戻るまで大人しくしていろ』
「でも」
『頼むから』
「……うう」
『あまり聞き分けが悪いと、事件の内容を俺が代行して伊賀崎を襲うぞ』
「え?」
『全て俺がやってしまえば、もう何も起きる事が無くなるかもしれないからな』
「いや、それは、なんか違うくない!?」
『なら大人しくしてろ。二度は言わんぞ』
有言実行の明智くんは、嘘を言わない。背筋に汗が流れる。
「はい。分かりました」
大人しく、従います。
『よし。その言葉、忘れるな』
「はい」
身にしっかりと刻んでおきます。彼に犯罪を起こさせてはいけない。
『なら、またな』
「うん」
『そうだ、俺に隠れて動いても、だ。分かってるな』
「それはもう、十分に」
『安心しろ。そうなっても責任は取る』
「え」
『じゃ』
電話を切られたようで、話中音が耳に響く。
「え? え? ええー!?」
受話器を机に置くと、混乱している頭を抱える。今、なんと仰いました?
「たんなる脅しで、冗談ですよね?」
誰か私を安心させる為に肯定してくれ。
でも、誰もいない部屋にそんな事をしてくれる人などいなかった。




