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恋愛ゲーム、ですよね?  作者: 雪屋なぎ
中学生 編
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一条遥


 『一条遥』は水原翔太に恋する少女。


 肩まで伸びた髪は軽くウェーブが掛かり、大きな目がとても愛らしい。ドジだけど、一生懸命頑張る良い子。彼女は中学生の時にサッカーの他校試合で水原に一目惚れする。高校も推薦で入った水原を追いかけ、辛いと評判のサッカー部マネージャーを務めている。




 そんな彼女との出会いは、突然だった。


 登校中、目の前の少女がいきなりコケた。コケただけじゃない、前のめりになる衝撃でカバンが飛んだ。次に飛んだカバンの留め金が外れて、教科書類が飛び出した。


「あ……」


 更に教科書と供に筆箱も別方向へ転がっていく……。それは見事と言いたくなる連鎖。まさしく、四散したとはこの事だ。

 そのまま転んでいる彼女を見ていると、ムクリと上半身を起こした。


「な、んで、いつもこうなるの」


 その小さな涙声で我にかえる。何をぼーっと見てたんだ、薄情な!! すぐに助けなきゃ。私は彼女の傍へ駆けつけると、散らかった教科書を集めた。


「大丈夫?」

「あ、ありがとう」


 彼女もカバンを拾い、散乱した私物を集めていく。


「足は大丈……ぶ」


 集めた教科書を彼女へ渡そうとして、私は固まった。

 なってこったい、転んだ女の子は、『一条遥』だった。確認の為に一番上に乗った現国のノートを見れば、そう名前が明記されている。間違えようが無い、見た目も名前も彼女だ!!


「……うん」


 油断した。

 同じクラスではないので、接点はまだ無いと安心していた。しかも髪の毛の長さが高校の時と違い、長い。二つに分けて、三つ編みにしている。

 だから顔を見るまで『一条遥』だと気付かなかった。


「え……あ、やだ」


 私が驚いたので、困った顔をする。自分が泣いた所為だと勘違いした彼女は急いでハンカチを取り出した。


「ごめんなさい、大丈夫、だ、から」


 目元を拭きながら、満面の笑みで教科書を受け取る。

 その笑顔にやられました。なんて清純な笑み! もう予定とか計画とか頭からすっかり抜け落ちた。


「私ね、2組の伊賀崎花音。同じ1年生だよね」

「4組の一条遥です」


 遥ちゃんは教科書をカバンに入れて、急いで立ち上がる。

 そしてスカートを軽く叩き、私に笑顔を向けた。


「本当にありがとう」


 決してあっち方面の人間ではないが、笑顔が可愛くてこちらまで嬉しくなってしまう。


「念の為に保健室に行きましょう? 擦りむいてるし」

「うん。なぜか転んじゃうの……弟からもどんくさいって言われてて」


 悩む顔を見せる彼女も可愛かった。妹にぜひ欲しい。現在一人っ子なので、妹が是非とも欲しいんです。


「私もよく転ぶよ」

「そうなの?」

「前まで内股だったから、自分の足でよく転んでた。だから今は気をつけて歩いているの」


 遥ちゃんは自分の足元を見ながら、内側に向いている足先を真っ直ぐにしてみる。


「こうかな?」

「うん、そうそう」


 ついでにもう一つ付け加えることにした。


「後ね、足をる様に歩いていたから、わずかな段差で足を引っ掛けちゃってたのもあった」


 照れるように笑うと、彼女が素直に頷く。


「私もそうなのかな?」

「どうだろう、あ、遥ちゃんって呼んでもいい?」

「もちろん! よろしく、花音ちゃん」


 現実世界はいい……。ゲームの世界なら、親密度が高くないとちゃん呼びなんて不快な顔をされるのが定番だ。名前くらい呼んでもかまわないだろうに。


「だから転ばない対策は、なるべく少し足先を上げて歩くようにしてるくらいかな」

「なら私も」


 遥ちゃんが足を意識して歩を進める。ぎこちなさがまた可愛い。

 考えてみたら、高校よりも中学で仲良くなっていたほうが良いに決まっている。これはある意味僥倖だったんだ。私も今、彼女と話せて嬉しい。

 そう思ったら、5組の南里瑞貴が気になった。出来るだけ登場人物たちに接触できないか試みてみよう。友達が出来るのって楽しい。

 ご機嫌に彼女を見れば、足元を一生懸命見つめて歩いていた。普通なら問題ないのだが、目の前は横断歩道で今は赤信号。


「!!」


 急いで彼女の腕を掴み、引っ張る。吃驚しすぎて声を掛けるどころじゃなかったから、遥ちゃんが驚く。


「え? え?」

「遥ちゃん、赤信号」

「えっ!」


 遥ちゃんは目の前の事を一生懸命取り組む良い子なのだが、その他が散漫に為ってしまうようだ。


「え……へへ、ごめんね、助かった」


 大丈夫だろうか、この子。高校でも会える筈なので、大きな怪我や事故は無いと思うけれど心配してしまう。


「ねぇ。今日、もし何も無かったら、一緒に帰らない? 方向一緒だし」

「うん、いいよ」


 嬉しそうに歩く彼女の横で、ちょっとした騎士ナイト気分になる。是が非でも彼女を守って見せましょう。

 学校に着くとクラスが違うので、彼女の怪我が気になった。


「カバンを置いてくるから、一緒に保健室に行こうね」


 私の申し出に遥ちゃんが驚く。


「え? 大丈夫だよ」

「良くない。傷が残ったら私が嫌だし……きれいに土を落とさないと汚れちゃう。ケアは大事なんだから、ね?」

「ありがとう。じゃ、待ってるね」


 お願いすると、彼女が快く頷いてくれた。よし。

 靴箱から校舎に入ると、1組から順番に教室が並んでいる。2組はより靴箱に近いので、ここで一端別れた。

 席順は黒板に向かって右から男女混合アイウエオ順なので、私の席は扉から近い。伊賀崎は『イ』だから出席番号はいつも最初だ。毎回出席番号一番を甘んじなくてはならない。でも今回は『ア』の人がいたので助かった。少なくとも1番じゃない。


 いつも思うんだけど、出席番号32番以降の人が羨ましいな。

 1から31は日付と重なるので先生から指をさされる可能性が限りなく高い。教科書を読めだの、何かを取って来いだの、最悪の場合係りを申し付けられる事もある。早い番号はたまったものではない。


 2組の教室の扉を開けると、すぐ人がいる。ウチのクラスの出席番号1番の明智くんだ。彼は座って本を読んでいた。

 私の席は彼の後ろなので、一応声を掛けてみる。


「おはよう」

「……おはよう」


 黒縁眼鏡で前髪が長めなので表情がいまいちわからないが、返事をしてくれた。読書の邪魔をしたかもしれなかったが、そうでもなかったかも。ただの挨拶であって話し掛けた訳じゃない。コミュニケーションは大事だよね。席替えするまではご近所さんなのだ、波風さえ立たなければいい。

 彼の横を通り過ぎて、自分に割り当てられた机へ荷物を置く。

 私の後ろは江里口くんという人なのだが、まだ来てなかった。ちなみにウチのクラスの学級委員は江里口くんと長谷川さんだ。


 まだまばらなクラスを横目に教室を出る。明智くんがいるので扉は静かに閉めた。開けっ放しだと気分が良くないだろう。出席番号一番の席は出入り口の側で、風や人の出入りの激しい場所。

 明智くん、早く席替えがあるといいね。


 急いで4組に向かうと、ちょうど遥ちゃんが出てくるところだった。


「お待たせ、行きましょ」

「うん」


 5組を通り過ぎ、渡り廊下に出ると保健室のある棟へ移動する。同じ1階なので階段を上らずにそのまま別の校舎に入ると保健室があった。朝のHR前だから先生はまだいないかもしれない。いなかったら職員室へ呼びに行かなくちゃ。

 扉に手を掛けると、そっと開けてみた。あ、鍵がかかっていない。


「良かった、開いてた」

「そうだよね、先生がいないかもしれないんだ。すっかり忘れてた」


 保健室の前に来て、最初に職員室に行けばよかったかもと不安だったから、ホッと胸を撫で下ろした。


「あら? どうしたの?」


 部屋の中にいた先生が椅子から立ち上がり、優しく微笑んで迎えてくれた。


「すみません、彼女転んじゃって……消毒させてもらえませんか?」

「それは大変だったわね、こっちに座ってくれる?」


 ソファーを勧められたので、遥ちゃんを移動させる。


「転んだままで来て、水で洗ってないのですが」

「ちょっと待っててね」


 先生は白い専用ボトルを持ってきて、下に洗面器を置いた。


「ただの蒸留水だから安心して」


 遥ちゃんの上履きと靴下を脱がせると、水を掛けて洗う。そしてガーゼで濡れた箇所を軽く拭くと、クリームを塗り始めた。


「ワセリンよ。砂利もそんなに入ってなかったし、これで大丈夫」


 私がホッとしていると、遥ちゃんが先生にお礼を言う。


「先生、ありがとうございます」

「どういたしまして。終わったら、悪いけど入り口の棚にある訪問記録に名前を書いてね」

「はい」


 靴下を履く彼女に代わり、私が訪問記録を書いた。訪問記録は学年、クラス、名前を書く表で、その後ろに付き添いの空欄もある。小学校と違い、中学校はこうなのかーと、名前を書いた。

 1年4組一条遥、付き添いの欄には1年2組伊賀崎花音。

 靴を履いた遥ちゃんがありがとう、と訪問記録を覗き見る。


「私の名前の漢字、良くわかったね」


 中学生に『遥』は難しすぎただろうか? 私は焦りを気付かれないように笑った。


「本当? 多分この漢字かなって書いたんだけど、当たってて良かった」

「私この漢字を覚えるの大変だったんだ」

「もしかして、書道の時苦労しなかった?」

「したよー、文字が潰れて何度も書き直すの辛かった」

「しんにょうは鉛筆でも難しいよ」


 誤魔化せたかな? 少し冷や汗が出てしまった。遥ちゃんは書きやすい漢字だったからいいけど、今後は気をつけよう。名前を聞いただけで間違える事無く字を書けるのって、前々から知ってましたと思われる可能性がある。

 出来れば警戒されたくない。


「ほらほら、チャイムが鳴るわ。もう教室に戻りなさい」

「「はーい」」


 私達は声を合わせて返事をすると、保健室を後にした。


「優しそうな先生で良かったね」

「うん。これなら行きやすくてホッとしたかも」


 少し緊張していたのか遥ちゃんが大きく息を吐いてホッとする。確かにあの先生なら恐くないから安心だ。


「じゃ、急いで教室に戻ろうか」

「花音ちゃん、色々とありがとうね」

「ううん、怪我が酷くなくて良かった」


 遥ちゃんの笑みに私もつられるように笑う。

 この日、ご機嫌に過ごせたのは言うまでもない。



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