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恋愛ゲーム、ですよね?  作者: 雪屋なぎ
中学生 編
5/500

大河要


 お風呂から上がり部屋に入ると、どっと疲れがきた。

 早くベッドに入りたいのを我慢して、なんとか机に向かう。中学校入学初日にとんだハプニングに遭ったのだ。体力と共に精神がかなり疲弊したといえる。

 だって、まさかあの場に明智新吾がいたなんて……。恐ろしくも濃い時間を過ごしたが、あの後再び会うことは無かった。


 入学式を終えた後、また現れるんじゃなかろうかと慎重に帰宅した自分が恥ずかしい。どれだけ自意識過剰なんだか。

 ただ彼に注意されただけなのだ。

 普通に考えたら別にどうって事ないのに、酷く驚いてしまった。私の態度は彼の目に、不審人物として映っていたに違いない。初回から印象最悪だ。だからあんな態度をとられたに違いない。


 机の引き出しから、ゲームの内容を書いたマル秘ノートを取り出す。このノートは特に隠していない。過剰に隠して真剣なのだと思われるより、悪ふざけ程度に書かれたものと思われたいからだ。

 まぁ、見られないのが一番だけど。

 明智新吾のページを開くと、今日の事を書いた。


 『中学校入学式初日、行動を注意される。』


 ゲームの通りなら3年後に高校で担任として会う予定だ。その頃にはさすがに私なんて覚えていないだろう。……覚えていたら覚えていたで、ちょっと恐すぎるけど。

 出来る事ならば、出会いからやり直したい。


 でもなんで中学校にいたのだろう?

 見るにスーツを着て大人な感じがしたが、中学校関係者でもなさそう。実習生にしては期間が合わない。まさか新入生の関係者?


「何でだろう? 分からない」


 想像では何も解決しない。もういっその事、攻略本でも手元にあれば楽にできるのに残念だ。

 それにしても今日は終始びくびく過ごしていたので、他の登場人物達を観察できなかったのが悔しい。一目だけでも見たかったのに。


「出来れば同じクラスメイトになりたかったな。すぐにでも仲良くなりたい」


 いや、ゲームでは高校に入ってから自己紹介を受けていた。同じ学校でも知らない人がいる。だから卒業まで同じクラスにならないのかもしれない。

 うーん、すぐに仲良くなれないのは寂しいがしょうがない。ゲームの通りにするなら、知り合いにならないよう気をつけよう。私の目的に、中学生からのお付き合いは入っていない。

 『中学生からのお付き合い』と、『高校生からのお付き合い』は微妙に違う。そして高校に入ってからもその『お付き合い』が続くのかどうか、自信がない。


「早めに会って、早く恋愛イベントが進んだら危ないもんね」


 今度、人の『好き』という感情が平均何年持続するのか調べてみようか。中学で上手くいっても、高校で気持ちが離れて別れたら悲しすぎる。登場人物の名前のページを開くと、それぞれ名前のみ確認と書く。そしてノートを閉じると、引き出しに片付けた。


 登場人物達と仲良くなるのを諦めて、目下パラメータを上げよう。だけど問題がある。……実はまだ護身術を習っていないのだ。

 両親は最初承諾したのだけど、何を習うのかで止まっていた。父親は空手の師範代なので、「一緒に道場に行き習いたい!」とお願いしたのだが。


「女の子が空手なんて、ダメ」

「それは他の女の子に対しても失礼だよ」

「よそはよそ、ウチはウチ!」


 一歩も引かなかった……。それではと柔道でもとお願いするも。


「柔道は耳の形や足が変形してしまうんだぞ? ダメだダメ」


 父親がダメだと言うと、絶対ダメなのだ。横暴な気がするが、私の体を気遣ってくれているのだと我慢する。

 空手もダメ、柔道もダメ……そうなると、もはや近くに習いに行ける護身術は無かった。剣道と少林寺の道場は遠いから却下されている。

 こうなったら図書館から本を借りてきて、自己流でやるべきかと悩む。受身が取れたり、ほんの少し逃げたり追いかけたりするチャンスが出来やすいようになりたいだけなのに。

 何とか頼み込んでやっと土日に父親から簡単な手解きを受けるのみ。手を掴まれたら、腕を掴まれたら、肩を掴まれたらの対処法だけ。他はストレッチとバランストレーニング。30分位準備運動をしてからストレッチに移行する。そして一時間以上のヨガ。


 毎日させられるセットと、父親と一緒にするセットは違い、最初筋肉痛に悩まされた。今は少し痛いかな? と思うくらい。


「花音、揺れて真っ直ぐになってないぞ!」


 真面目に一緒のポーズをとる父親に逆らえず、毎週頑張っている。護身術はどこへいったのだろうか? 体を鍛えることが出来ないのなら、せめて早く逃げれるように毎日ランニングを頑張ろう。



 私の朝は6時に始まる。

 朝起きるとすぐに準備体操。その後、入念にストレッチのようなヨガを行い、6時半には着替えを済ませてランニング。7時には家に戻って軽くシャワーを浴び制服に着替えて食事を取る。

 だが、その毎日に変化が起きた。私の日課のランニングに、お隣の『大河要』が付いてくる事になったのだ。


 いつものように6時半に玄関へ出たら、眠そうな顔の要がいて吃驚した。Tシャツにジャージのハーフパンツ、運動靴で座り込んでいたのだ。

 彼はジュニアのサッカークラブに所属している。だから早朝練習かなと挨拶をしてみた。


「お、おはよう、今日はサッカーの朝練かな?」

「はよー、花音」


 こちらを振り返りながら、眠い目を擦る。昔は花音ちゃんと呼んでいたのに、最近は花音と変えてきた。これはママからお母さん、お袋に変わっていく男子の現象?


「どうしたの? 座り込んで」

「どっちに走るの?」


 質問に質問で返された。


「えーっと、海の方に向かって」

「じゃあ行こ」

「え、ああ、うん」


 彼は立ち上がると玄関を出て海岸へ通じる道を走り始めた。これは一緒に走ろうと言う事だろうか? 突然の事に私は混乱した。


「えっと要?」

「ん」


 呼び捨てにされたので、私も合わせて名前で呼ぶ。要ちゃん、は嫌がっていたからこれを機に止めるか。


「なんで一緒に走ってるの?」

「んー」


 曖昧に濁された。意味が分からないが、彼に合わせて走る。

 いつものペースで走れない、と要に文句も言えず、我慢してスピードを合わせて付いていく。もっとスピードを上げたいな、と不満に思っていたら要が話しかけてきた。


「命令なんだ」

「め、命令!?」


 どうやらことの発端は要の母親が係わっているらしい。彼の母親とうちの母親は仲が良く、一緒にお茶しながら愚痴を言い合う事も度々。

 昨日、うちの母親が娘の一人ランニングを不安だと洩らした。ならば、護衛代わりに息子を一緒に走らせましょう! と大河の奥様が協力的を申し出たとか。

 たまたまその場にいた要が、うちの母親を気遣い二つ返事で快諾したらしい。


「朝っぱらからランニングして、眠くないの?」


 要の不満そうな声に苦笑する。


「なんだろう、もう癖になっちゃって」


 本当の意は別の所にあるのだが、さすがに言えない。

 サポートキャラである要はまだ小学生なのだ。今後協力して欲しいが、普通に過ごしてほしい気持ちもある。あのスパイ映画並みの情報収集能力は惜しいが……。


「無理しなくていいんだよ?」

「なんだよ、俺だって運動できる」


 私の視線を違う意味で受け止めたらしい。


「無理しなくていいよ、7時には戻るから適当にここら辺で休んでて」

「玄関から親が見てる。一緒に帰らなきゃ」

「同じ道を戻るから」

「別に。平気」

「でも」

「いいから、いいの!」


 彼を拘束しないように考慮したつもりが、ムキになられてしまった。もしかしたら私のようにお小遣いが係わっているのかもしれない。


「こっそり途中で合流でもいいじゃない」

「ランニングぐらい平気」


 提案を飲まない要に、私は母親を説得すべきかと考えていると、指摘された。


「いいの! 俺が走るって決めたんだから」


 見透かされたようだ。


「でもスピード上げるよ? 私」


 意地悪ではなく、確認を取る。本来の目的の為のランニングなので手を抜くわけにはいかない。本気で話すも彼は平気な顔で応えた。


「サッカーで走りこんでるから平気」

「そう?」

「花音に負けないよ? むしろ置いて行くのは俺かも」

「……っ」


 横に並んでいた要が、一歩前に出る。

 大人げなくムッとした私は、スピードをいつもどおりに戻した。私のペースに付いてこれるかしら? 悪いと思いながら要を追い越した。


「え」

「ごめん。けど、手を抜くわけにはいかないの」


 体力アップを目指す私に妥協は許されないのだ。このまま離して、帰ったら母親に話そう。


「ねぇ」


 が、離れていくと思われた要が追いかけてきた。やっぱり男の子だからかな、私のスピードの慣れた? ちょっと悔しいぞ。


「何の為に走ってるの? ダイエット?」

「失礼な! 自己管理は出来てるわ」

「別に夕方でもいいじゃん。何でこんな朝早く」

「体を鍛えてるの」

「だーかーら、何の為に」


 目的があると読まれたような気がして、ほんの少し躊躇する。だから本当の事を告げた。


「近距離か中距離を早く走っても平気なトレーニング」

「はぁ?」


 相手が走って逃げた、自転車で逃げた、居なくなった時の為のと言ってもわかってもらえないだろうな。全ては高校生活の為だなんて、頭がおかしいと思われて……同情の視線に。まぁ理解はされないだろう。なので他の理由も上げる。


「ほら、絡まれた時に30分走り続ければ確実に逃げれるでしょ?」


 別の意味では、逃げ出した相手を捕まえる為である。ゲームでよく見る、何か誤解した登場人物たちが走り去る場面。本当なら追いかけて話をしたいが、大抵後日というのが鉄板だ。このゲームでもそうに違いないという憶測での計画だったりする。

 体を鍛えて悪い事は無い。


「相手がそこまでして捕まえたいと思わない限り、逃げれるだろうな」


 呆れる要に笑いながら走り続ける。


「……」

「……もう少し飛ばす?」

「ううん、このペースで行く」

「おっけ」


 何だかんだと私のペースに平然とついて来る彼に、少々驚き落ち込んだ。私の走る速さなんて、大したことじゃないんだなって思い知らされる。

 このままだと中学、高校生で置いていかれるのは自分だろう。女の身が恨めしいが、女だからこそ出来ることがある。

 いや、女だからじゃない、男だったら勝てるのかどうかは自信がない。肩が落ちそうになるが、体勢を整えて走り続ける。目的の海岸に着くと、私だけ砂浜に下りた。

 性別に係わり無く自分が出来ることを、自信を持って出来る事を用意しなきゃ。


「うえー、もしかして砂の上も走るの?」


 要の指摘にまぁねと答えた。


「砂の上を走るのもいい経験になるかなぁって」

「花音はさ、アスリートになりたいの?」

「砂の上はジョギングなの。本気で走んないって」


 息を整え、軽く足を進める。靴の中に砂が入るので、朝走る為の靴を履いている私と違い、要はいつも履いてそうな運動靴だ。


「要はそこで待ってて、すぐ戻るから」


 今日は時間のロスが大きいので、ちょっと走って戻る。そして腕時計を見て、7時に帰れるよう早く切り上げた。浜辺から階段に来ると、座り込んでいた要が聞いてくる。


「もういいの?」

「もう戻らないと学校に間に合わないわ」

「ふうん」

「帰ったらお風呂に入って髪を乾かして、ご飯食べて……」

「じゃ帰ろう」


 要が立ち上がり、お尻を叩いて背伸びをした。


「大丈夫?」

「別に」


 彼の背は、まだ私の肩より低い。その事に安堵しながら、私は頷いた。

 この日から彼と一緒に走ることになる。



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