調査
加納さんたちを見送り、車が見えなくなってから家に入る。
「ただいまー」
玄関で声を掛けて居間を覗く。
あれ? 誰もいない? 親の部屋を覗くもいない。
買い物かなー、玄関の扉が開けっ放しだったよ……無用心だな。文句の1つでも言いそうになったところで声を掛けられた。
「花音? おかえりー」
「要来てたの?」
二階から要の声が聞こえる。聞きなれた声に安心して返事をした。
急いで階段を上ると、私の部屋の前に要がいた。
「お邪魔してたよ。遅かったね、どこか寄って来てた?」
「色々あったのよ……色々とね」
私は彼と一緒に部屋に入ると、カバンを机に置いた。
「そうそう、おばさんさ、馨連れて買い物に行ったよ。だから留守番引受けたんだ」
「そうだったの。悪かったわね」
「いや、俺も花音に話があったからさ」
例のマル秘ノートを胸の前に掲げる。
「え、何か進展あったの?」
「あったといえばあったのかなぁ……って、ちょっと待て」
突然待ったを掛けられた。
なんだ? チェストの引き出しを引いたまま止まる。
「ん? 何?」
「着替えるなら部屋を出るから、先に言え」
着替えるといっても、ズボンをはいてから制服を脱ぐだけだ。下にタンクトップを着ているので、セーターを後から着るぐらい。
なんの問題があろうか。
「別に制服を脱いでから服を着るんじゃないから、大丈夫よ」
「バカ! 親しき仲にも礼儀あり、だ」
要が怒って部屋から出て行った。胸もあまり無いので気にしなくていいのに彼の怒る理由がよく分からない。
一先ず手っ取り早く着替えると、声を掛けて彼を呼び戻す。
「普通の女子は着替えるのに恥じらいを持つもんだよ」
「裸になってから着替えるわけじゃないのに」
「当たり前!」
「……すみません」
冗談で言ったら睨まれた。彼の気迫に恐縮する。
とりあえず謝ると、彼はブツブツ言いながら床に座ってノートを開いた。
「では、作戦会議に入ります」
「はい」
水原翔太 第三……一条遥
金森大輔 第二……野々原ゆい 第一中学校
地場結人 第三……南里瑞貴
火野 匠 第一……日崎陽子 第一中学校
木谷 潤 第二……吉岡凛 第二中学校
土田龍之介第二…緑川琴音 第一中学校
天ヶ瀬司(不明)
海堂一真(不明)…宇留間七海(不明)
明智新吾(大学生?)
「まずは、野々原ゆいさん、緑川琴音さんは第一にいます」
「おおー、そっか……やっぱり存在してるんだ」
「吉岡凛さんは第二にいます」
あれ? 途中の日崎陽子さんが抜けている。
「日崎さんは?」
「うん……ちょっと」
要が苦虫を潰した様な顔で唸る。
「多分、なんだ」
「多分?」
「第一にいる人だと思う」
「何かあった?」
「あのさ、ショートカットで体格がいい、お姉さん」
「うん、たぶんそんな感じの人」
「めちゃくちゃ追いかけられた」
「え?」
「すっげー怖かった。花音と一緒に走って鍛えてなければ、捕まってたかも」
「あんた何か犯罪臭いことでもしたの? あれだけ警察のお世話になることは避けてと言ったのに」
「違うよ! そんな事してない」
「ならどうして追いかけられなきゃいけないのよ」
「知らないよ。こちらを見るなり追いかけてきたんだからさ」
「それだけ?」
「それだけ。すごく嬉しそうな顔だったから怖かった。あれはもう近づきたくないね」
一体どんな状況だったんだろう。でも要が嫌そうな顔をするくらいだから、避けた方がいいな。
「お疲れ様……ごめんね」
「いや、無事だったんだからいいよ。でも当分第一中学校へは近づきたくない」
なんで追いかけられたんだろうか……。
「日崎さんは空手道場の娘さんで、かなり好戦的なんだ」
「げ、そうなの? もっと詳しくノートに書いておいてよ」
「ごめん。荒事をよく片付けて女子生徒を助けてたような記憶が今」
「今思い出したの? そりゃないよ」
最近不審者情報が多いので、見回りか何かをしてたのかも。
「もしかしたら、要が怪しく見えて捕まえにきたんじゃないかな」
「やめてくれ、俺怪我したくない」
「日崎さんには近づかないよう気をつけようね」
彼女は火野匠の幼馴染で、彼の家族と仲良く付き合いをしていた。ならばあまり関与せず、高校で日崎さんとだけ友達になりバックアップすれば大丈夫かも。
「ゲームなら画面上の事でも、ここは現実だから何かあったら直接体にくるもんね」
「まあね」
「でもよく日崎さんが彼女だと気が付いたね」
「友達に小学校のアルバム見せてもらったから」
なるほど、それで名前を探せばいいだけだから見つかったんだ。
「問題はみんなあの高校に行くのかな」
「星雲学園?」
私は机に移動すると、加納さんから貰った学校のパンフレットを手に取る。そして要へ渡せば、パラパラと中身に目を通す。
「これが噂の」
「うん。登場人物はほぼ揃った。舞台でもある高校も出来た……」
まるでお膳立てが出来たようで、少し引いてしまう。逃げてみようかという気分になるのは何故だろうか。
「あんまり気負わない方がいいんじゃない」
「うん、分かってるんだけどね」
ここまで揃いすぎると、何かの力を感じて怖いのだ。
「逃げてもいいと思うよ」
「……」
「花音が主人公だからって、従う必要は無いんだからさ。違う学校へ行っても俺は応援するよ」
違う学校へ行って、違う生活を。ゲームの事は忘れて楽しい第二の人生を謳歌する。
「駄目だね、逃げる気がないのに逃げるようなそぶりを見せて」
「ははは。ま、俺はどっちでもいいけどね」
要がノートを閉じた。
「この人達が今苦労していようが、花音には関係ないよ」
「え? どうして」
「みんな色んな事抱えてるし、悩んでる。でもそれは花音じゃないから」
「そうだね。近況を知っても出来ることなんてたかが知れてる」
「おまけに花音はみんなの困っていた話を知らないんだろ?」
「うん。最初何も見ずにプレイして、要と家に帰るEND。ネットで調べて天ヶ瀬司の短縮ルートENDと和解END」
それだけプレイして、あとはチートでスチル全開して終わらせた。チート記号を覚えていたら、この世界も楽になるのかな……膨大な英数文字なので記憶するなんて無理だけどね。
「何その和解ENDって」
「攻略男子全員に会って、ライバル女子も全員会うの。しばらく仲良くしていると『恋のライバル宣言』をされるんだ。でも攻略男子に接触しなかったら自然とライバル女子と恋仲になって、恋人宣言されるの」
「それって現実だと気まずくない?」
「対抗してデートに誘わなければ、誤解してたに変わるから楽だった」
うんうん、ツンになってしまったライバル女子が誤解と分かりデレに変わるのはかなり嬉しかった。ものすごく仲が良くなった気がしたもの。しかも彼女が出来て照れる攻略男子も見てて楽しい。コマンドでは出なかったが、この幸せ者! ってからかいたかった。
「やっぱり幸せになる若者達を見送りたい!」
卒業式に2人で私に挨拶にくるんだ。ありがとう、お蔭で大事な人に気がつけたって。
「若者って……一応花音と同じ歳だろ。おばさん臭い」
中身は立派なおばさんです。
「もうババアと呼ばれても構わない、彼女らの幸せそうな笑みが見れるなら。卒業の時にはぜひとも結婚式には呼んでと叫びたい」
かなりテンションが上がり、拳を握って熱く語れば肩を叩かれた。
「強引な手は相手の気持ちを萎えさせるよ?落ち着け」
「ごめん」
そうだ、私が先走りして道を潰してはいけない。上手に彼らの気持ちを誘導してカップルに導かなくては。
「難しいね、現実って」
「全く、その通りだと思うよ」
お互い目が合うと、溜息をついた。
「そういえば、色々あったって言ってたけど、何があったの?」
「あー、今日も明智先生に会ってた」
「冥王星の先生ね」
「あはは」
でも待てよ? それは暗号として使えないか?
「ねえ、公の場で話をするときに惑星の名前で出来そうじゃない?」
「合言葉?」
「うん。学校や外で名前を呼ぶのは憚れるけど、惑星の名前なら誤魔化しが利くと思うんだ」
「いいねぇ、なんだか楽しそう」
これから学校でも話が出来るかも。
「それで、冥王星の先生と何を話したんだ?」
「コホン。あのね、今日……って思い出した」
冥加さんに捕まる前に、あの子らに捕まってたんだ。
「どしたの?」
「実は帰りに5組の女子に捕まってさ、散々だったんだ」
「なになに?」
要が腕を組んで聞いてくる。そうだ、その前に確認しておこう。
「その前にさ、私ってどんな噂があるの?」
「噂、ね……色々?」
彼が誤魔化すような噂があるんだ。
「そうか、私が去年の事件で犠牲者になったっていう噂は、本当に出回ってるんだ」
「花音……」
「まあ熱出して倒れた私が悪いんだから、仕方ないよね。でもいつ聞いたの?」
彼は少し考えて、答えた。
「ここ最近」
「そうか。一年前の噂が再燃したって事か」
「去年もこの噂が出回ってたの?」
「うん。明智くんが教えてくれた」
彼は気にする事は無いといつもどおりの態度だった。なるべく一緒にいてくれたのは、その噂からも守っていてくれてたのだろう。
全然気にならなかったし、耳にも入らなかった。
「そっか。実は王子様と再会した、の次に聞いたんだ。王子様は知っているのか? 彼女が大人になってしまったのをって」
犠牲者の噂より、王子様の噂を消したい。
「別所さんはどういう心境の変化でそう言い始めたんだろう」
「別所さん? あのゴリラだったっていう?」
彼女もその話を消したいだろうな。小学校の話って結構大人になってもみんな覚えている。
「彼女が言い始めたらしい」
「そっか、ちょっと調べてみるよ」
「駄目!」
いきなりの大声に要が驚く。
「な、なんだよ、いきなり」
「ごめん、ちょっと声が大きかった」
「いや、別にいいけど。何か知ってるの?」
知ってる。言えないけど知ってる。
どうしたものか……加納さんの情報で知らなくてもいい事を知ってしまった。これは誰にも言っちゃいけない。
「ほら、私は怪我しただけで別に処女を失ったわけじゃない。だから平気」
「そりゃそうだけどさ」
要が私の腕を見つめる。
ああ、あの時の痣を思い出しているんだろう。彼にも迷惑と心配を掛けたな。辛気臭い顔をまたさせてしまう、どうにかしなきゃ。
「それに今度、病院で処女膜検査を受けて証明するつもりだし」
「は? なにそれ」
「5組の子が信用してくれないの。だから病院に証明してもらうんだ」
「なんだよ、それ! なんでそんな事しなきゃいけないんだよ!」
話題を変えて彼の気持ちを切り替えようとしたのに、失敗したようだ。ただの検査なのになぜにそこまで怒る。
「何を言っても暖簾に腕押しでさ、もういいやって」
「花音、それ間違ってるよ!」
「大丈夫、1人で受けないから」
「1人で受けようが受けまいが良くない!」
「彼女達も一緒に受けさせる。どんな気持ちか思い知れってね」
ゴツンと頭を叩かれた。
「痛っ、要ひどい!」
「花音が間違ってるからだ!」
「なにが!」
「自分を傷つけながら喧嘩するなって事!」
「だって、しょうがないじゃない。聞く耳持ってないんだから」
「相手の立ち位置に合わせるな! 無視でいい無視で」
そうもいかない。今日あんな啖呵を切ったのだ、出したものは戻せない。なのだが、別所さんが………。
「落ち着いて? 花音。そんな事しなくていいよ」
でも明日どうしよう。別所さんも一緒に検査を受けようと彼女らに話したのだ。別所さんにも伝えてとも。彼女追い詰められてどうにかなってしまうんじゃなかろうか……。
「これ、持っててね」
要に手を掴まれて、何かを持たされる。なんだ、これ?
小型の筒状のものだ。
「小型化に成功したんだ。使用回数は三回が限度。10秒以上使用するなら一回が限度」
「これ……」
「筒のこちら側が相手に押し付けるほう。反対側がスイッチ」
説明をする要に押し付けるほうを向ける。
「うわああああ!」
「!?」
かなりの速さで避けられて距離を取られる。
そうか、それ程の威力があるのか。
「花音、人に向けたら危ないよ」
「危ないんだ……」
その人へ向けたら危ないものを私に渡すなよ。
「私に武器は不要なんじゃなかった?」
「威嚇用だよ。武器として使用したら相手に傷が残るかも」
「恐ろしすぎる!!」
使用法を気をつけなければならない。むしろ私の方が加害者になりかねませんかね、これ。
「そんな物をさり気に渡してこないでよ!」
「だって花音が狙われたら、俺嫌だよ」
「狙われたらって」
彼は氷室くんのゲームの事をしっているのかしら?
「花音はあの事件で大人になった、なら何か教えてもらえるんじゃって」
「え」
「そういう話も出ているんだ。ふざけてはいるけど、万が一がある」
「まさか、中学生でそんな」
「中学生とか関係ないよ! 悪ふざけで本当に行く奴等がいるかもしれない」
漫画やドラマじゃあるまいし、ありえない。そうよ、噂だけで動くなんて。
「俺は明智みたいに同じ学年じゃない。一緒にいれないから力になれないから、少しでも役に立ちたいんだ!」
一生懸命に話してくる要をそこまで追い込んでいたのかと思うと、申し訳なくなる。あの時の不注意がここまで響くとは。
「分かった。持っておくね」
泣きそうな彼に笑ってカバンにスタンガンを入れる。後で何か入れるための袋を作ろう。誰かが触って怪我しないように気をつけないと。
「ううん。でも花音、本当に気をつけてね? 早く家に帰って。人気の無い場所には行かないでね?」
「うん。分かった」
江里口くんのお守り、冥加さんの発信機、要のスタンガン。私はみんなに心配されて、幸せ者だな。
要は立ち上がると、帰るよと部屋を出て行く。
「要、ありがとう」
扉を開けたところでお礼を言った。けど、振り返ってはくれない。
「花音」
「ん?」
「俺の方も噂をどうにかしてみる。だから、自分を傷つけないで」
そして扉を閉めた。階段を下りる音がするけど、追いかける気にはならなかった。
「本当に、ありがとう」
いない要にもう一度お礼を言ってみる。
病院は尚早だったね、別所さんの件もあるから、違う案を考えてみよう。なるべく彼女を傷つけずに上手く和解出来ないかを。
部屋を出ると、廊下が暗い。そろそろ電気をつけなければ。
「冬が近づいてくると、日が落ちるのが早いよねー」
独り言を言いつつ、階下へ降りる。要はもう家に戻っただろう。にしてもお母さんの帰りが遅い。何かあったのかな? 不安になりつつも居間のカーテンを閉めて電気を付ける。せめて馨がいれば、気持ちが明るくなるのになぁ。
「もしかして…」
荷物が重くて帰りが辛いのかもしれない。迎えに行くかな? 玄関に向かうと電話が鳴った。
「あれ? 誰からだろう」
急いで受話器を取ろうとして、少し躊躇する。
目に映るのは暗い廊下、窓の外は逢魔が時。まさかお母さんに何かあったんじゃ? そう思うと不安がこみ上げる。
嫌な予感がして取りたくないが、部屋に響き渡る電話を無視する事は出来ない。緊急の用ならば、出なければ。唾を飲み込むと、私は覚悟を持って受話器を取った。
「もしもし、伊賀崎です」
名乗った後、言葉を待って息を呑む。けれど、何も返事は無かった。無言電話なの? それとも通信状態が悪いの?
「あの、もしもし?伊賀崎ですが」
『ああ、やっと聞けた』
擦れた声が耳元に届く。誰だ?
『伊賀崎の声だ。懐かしい』
懐かしい? もしかして。
「もしかして、明智くん?」
『すまない。名乗らなかった』
緊張が解けた所為か、体中に血が巡り始めた気分だった。薄ら寒く感じた家が通常の状態になる。
「随分長く話していない気がする」
『ああ』
声変わりをしたのか少し違和感があるけれど、彼の口調になぜか安心してしまう。
『久しぶりだな、伊賀崎。俺だ』




