選択
今日は、とても天気が良かった。窓から外を覗けば、空が青く澄みわたっている。きっと気持ちよく走れるだろう。
ちらりとお隣に面する窓を見るが、カーテンは閉じたまま。開けないのは、気まずさからだ。
昨日、幼馴染の彼に対して大変申し訳ない事をしてしまった。
思春期の大事な時期に、近所の親しい人……私の母親に誤解を受けさせてしまったのだ。年下に心配させて、あんな恥ずかしい思いもさせて……お姉さんとして失格だと思う。
「よし、今日ももう一度、謝ろう」
お母さんへの誤解は、昨日の事件を家族へ正直に話すことで解決した。
もちろん、事件とはあの痴漢の事だ。痴漢に遭っただけならいざしらず、武器を構えて立ち向かった話をしたので、お父さんからものすごく怒られた。
『正しい判断が出来ないのは、命に係わる』
泣きだしそうなお父さんの顔に、深く反省した。
逃げずに相手を傷つけようと、殺そうとした事は、『悪い事』だ。逃げれるのなら、それに越したことは無い。あの時、お守りが光らなかったら私は恐ろしい事をしていただろう。
一時の感情の高まりで、一生を台無しにする所だった。
お守りは私の心も守ってくれているのかもしれない。今度は正しい判断で、自分に驕ることなく急いで逃げよう。
人より走れるからといって、相手を見くびらないのは当たり前のことだよね。
ストレッチしながら考えていると、時間が早く過ぎていく。
「よし、準備オッケー」
時計が6時半を指したので、玄関に向う。
昨日はたくさん泣いたし、たくさん考えた。高校まであと少し。私の出来る事は微々たるものだけど、みんなの幸せの為に頑張る。目的を強く意識して頷く。
もうブレない、大丈夫。
靴を履いて玄関を出ると、要が待っていた。
「おはよう」
「あ、うん……はよ」
思いっきり昨日の事気にしているな。挨拶が動揺してるよ。
「昨日はごめんね」
「いやっ、俺も、その……悪かったし」
言い難そうに口ごもり、目も合わせてくれない。
「要の行動は私の責任なんだから、気にしないで」
「なんだよ、それ」
あ、やっと目を合わせてくれた。
「もう反省したよ。さ、逃げるために特訓しよう」
「反省って、ちょっ待ってよ」
走り出した私の後ろにちゃんと着いてきてくれる。
「私の、妙な自信を、正してくれて、ありがとう、次は冷静に、行動するから」
「あー、うん、まぁ、そう、だけど」
明智くんの影響が続いているので、走るスピードが速い。全力で走りながらの会話は、結構きついものがある。
こういうペースで走り続けるのって、本当に役に立つんだろうか? 疑問が無いわけじゃないけど、調べずお座成りになっている。
今度体育の先生に聞いてみようかな。
色々考えていると、海岸についた。
本当に足が早くなった、息切れもそこまで酷くない、日に日に海岸へ早く着くのは、少し嬉しくなる。ちゃんと身になっているんだと実感できるから。
砂浜へ降りようとして、ふと足を止めた。そこは襲われそうになった場所である。確認に自分が殺意を持っていた場所へ立つが、何も感じなかった。
昨日の事なのに、ものすごく昔にあった事のような気さえする。ここで人を殺そうと、それだけを考えて実行しようとしていたのに……。
痴漢が立っていた場所を眺めるも、何も無い。昨日、大の男が土下座して、絶叫しながら逃げた。
あの痴漢はここらへんに住んでいるのだろうか? 家族がいると言っていたし、薄手のコートはくたびれていた。もしかしたら、この道が通勤経路かもしれない。
ここを今日も通るのだろうか。葛藤して叫び嘆いていた痴漢、今なら少しおかしな点があると思う。それに、なぜ痴漢や変態がこんなにも頻繁に出没するのか。
この地区は異常なほど多すぎる。
全国からこの地区に集まったなんてありえない。この近所の人が無理やりさせられている可能性はないだろうか? 昨日の痴漢を信じるならば、何か操られて痴漢の真似事を……。それは氷室ゲームの強制力じゃないだろうか?
「花音、今日はやらないの?」
浜辺へと降りた要が呼んでいる。
「今行く!」
追いかけるように浜辺へ降りると、思いっきり走った。
何が、誰が人を操るというの? よりにもよって痴漢を擁護するなんて……。人を操るにしても、そんな簡単な事出来るわけが無い、魔法でも使わない限り無理。魔法?
「ああ!」
魔法といえば、出てくる人物が1人。
「どうしたの? 花音」
「あのね」
口が止まった。
話せない、江里口くんの存在を、魔法の説明を要にできない。変身眼鏡を見せればいいかもしれないけど、注意点があるからこれも却下。なので結果、証明できない。正直に言えば、せっかくの変身道具を手放す事になる。
ほんの少し魔法少女の気持ちが分かったかも。
誰にも知られてはいけない、秘密の魔法。ただ、私は魔法で戦えないので役立たずなのが悲しい。そんなの魔法少女じゃないじゃん。でも魔法で変身するから、そうとは限らないかも。大抵のアニメでは魔法の力を授かり、変身するのだ。
って、恥ずかしいなぁ、もう! 少女って何歳までOKなんだろう。
「花音?」
声を掛けられ、現実に引き戻される。彼を見れば、不安そうな顔でこちらを伺っていた。
「ごめん、ちょっと考え込んでた」
「そう? もう帰ろうか。時間も無いし」
「そうだね」
怪しい動きはしていなかったかな? 変な妄想してしまったので、少し恥ずかしい。浜辺から道路に続く階段へと、急いで歩く。
学校へ行ったら、さっそく江里口くんに相談だ。今日は生徒会の用事がないといいなぁ。彼は役員を拒否する代わりに雑用を引受けているので、いつも大変そうなのだ。
「さっきは何を思いついたの?」
「魔法が使えたら良いなって」
「は? 魔法?」
つい質問に応えてしまった。喋った後、すぐに彼を見れば困惑している。
そうだよね、困っちゃうよね、お隣さんとうとう頭が? と思われてもしかたない。
「……」
「……」
いけない、やばそうな脂汗が出てきそう。爽やかな朝には不似合いだわ。
「もしかして、昨日話したゲームでは魔法が使えるの?」
「そんなシステムは無いよ」
やはり誤解してしまったか! だからきっぱりと否定する。
「本当に?」
「魔法が使えたら、痴漢も簡単に撃退できたのになって思っただけよ」
手を前にかざして、えい! と掛け声を出して力んでみる。もちろん何も起きない。
思いつきでやったとはいえ、少しは何か起きて欲しかった自分に驚く。ショックを受けてしまうのは、江里口くんを知っているからだ。今度、彼へ弟子になれないかお願いしてみるかな。
「……あのさ、花音なら魔法使いより、薬師とか地道に頑張る職業だと思うよ?」
「薬師ですか……」
要が私の肩を優しく叩きながらフォローするけど、フォローになっていないと思う。
「私、勇者のチームにすら入れないのね」
「は、ははは……」
苦笑する彼を軽く睨みながら、走り出す。
「まあまあ、でもさ、RPGじゃなくて、良かったじゃん」
「まぁ、それはそうだよね」
昔思ったことを要も思ったようで、少し笑えた。
ホラータイプのゲームだったら、引きこもってます。ええ、真面目に立てこもりですよ。クリーチャーと戦えなんて、チート無しに出来ません。
学校のお昼休み。
私は愛梨ちゃんに会う為に、意を決して5組へ急いだ。
昨日迷惑を掛けたので、謝りたかったのもある。そして改めて宇留間さんの話を聞かせてもらいに。
5組の扉が開いていたので、こっそり覗き見れば愛梨ちゃんが笑っていた。珍しいなとそのまま観察する。すると周りにいるのは、私を囲んだ子達と別所さんと、例の情報通少女だ。
ちょっと私もその楽しそうな輪に入りたいぞ。彼女達は窓際で話しているので、会話が全く聞こえない。
クラスの雑多な声のみ私の耳に届く。
一体何を話しているんだろうか? 会話相手が私を敵視していた人達なので、かなり気になってしまう。
さて、どうしようか。
意気込んで来たはいいけど、楽しそうに会話をしているのなら邪魔をしたくない。愛梨ちゃんに友達が出来るのは良いことだもんね。
諦めて出直そうと思った時、氷室くんが見えた。教室の一番後ろの席に座り、頬杖をついている。彼の視線の先を辿ると、愛梨ちゃんたちだ。
少し楽しげに笑っているので、もしかしたら仲良くなるよう動いたのかもしれない。
「むぅ……」
先手を取られた気分になるのは何故だろう。
もやっとした複雑な気持ちを抱えて5組から離れた。
「うん、放課後に謝ろう」
気分を切り替えて1組に戻る、が行きと違い足取りが……重い。
1組の教室は人がまばらで、クラスメイトはほぼどこかへ行ったようだ。1人で席に座るのは寂しかったので、江里口くんの前の空いた席に座る。なにやら原稿を書いている彼を黙って見ていると、溜息をつかれた。
「どうしたの?」
顔を上げてやんわりと笑いかけてくれる。
原稿の手を休めてくれたので、話していいのかな? 邪魔だったら残念、話せたらラッキーなぐらいに思っていたから、嬉しかった。
「えへへ、ありがとう」
「いいよ。でも勇んで教室を飛び出していったのに、どうしたの?」
「ちょっとね」
人恋しくなったんですよ。私も友達と話したい。
「ごめんね、忙しいのに」
「書く時間に追われているだけだから、気にしないで」
「へへっ、ありがとう」
有能な人はすごいな、さすが魔法使い(?)
愛梨ちゃんに友達が出来たけど、それが氷室くんの手助けっぽいので悔しい! と愚痴をこぼしたかったが、聞きたい事が山ほどあるので我慢する。
「ねぇ。ここいらに江里口くんみたいな人ってたくさんいるの?」
「それを聞くんだ。お守りの件かと思ったよ」
「それも聞きたい」
「聞きたい事がたくさんだね」
「うん」
何から手をつけていいのか分からない状態なんですよ……正直手に余ることばかり。
「もういっその事、江里口くんの弟子にして欲しいくらいよ」
「それ本気?」
ジッと真顔で見つめられたので、焦った。もしかして、OKできるの?
「本気なら……してくれるの?」
あ、いけない。質問に質問で返してしまった、気分を害してしまうかも。彼は両肘を机に乗せると、手を組んだ。
「伊賀崎さん。伊賀崎さんは選択が出来るんだ」
「選択?」
「そう。僕との選択は……この『世界』と『僕』、って所かな」
「おお、世界と江里口くんですか」
なんだか壮大な話になってきたかも。
「僕を選べば、『全て』を教えてあげられるよ」
「それって選ばないと教えてくれないって事だよね?」
「まあね。僕にも制限があってね、出来ることと出来ないことが明確に分かれているんだ」
「厳しそうだなー」
「僕を選べば、何もかもが分かるよ?」
「すごい魅力的なんだけど、選ばなかった世界はどうなるのかな?」
「伊賀崎さんには関係無くなる」
「それってどういう事?」
身を乗り出して聞くとにっこりと微笑まれた。
「昨日みたいな殺意は頂けないけど、伊賀崎さんの頑張る姿はとても素敵だよ」
「……昨日の事、知っているの?」
「これ以上は駄目」
「えー、もうちょこっと」
「出来れば僕を選んで欲しいな……ま、今はどちらでもいいけどね」
江里口くんはまた原稿に向かい始め、ボールペンを走らせていく。
「あの」
「本日の営業は終了いたしました。またのご利用お待ちしております」
「ええーっ」
「……」
口も聞いてくれなくなった。原稿が忙しいから邪魔をしちゃいけないとわかってはいるけど……寂しいよ、江里口くん。
「邪魔して、ごめんね」
「……」
無言が更に悲しい。残念だけど彼から離れた。
質問の選択間違えたんだろうか……取り付く島がなくなってしまった、ような気がする。次の営業日はいつだろうか? ふと彼を伺うも分かるはずもない。せめて営業時間を明記して欲しい!
自分の席に着くと、一生懸命彼へ念を送ってみたが、反応は一切なかった。
「ちぇっ」
でも忙しいのに時間を空けてくれたのだから、喜んでおこう。それに私も少しは努力をしなければいけない。頼りっぱなしは良くないからね!
「また選択か……」
言われた言葉を反芻する。江里口くんを選択すると、全てが分かって世界と関わりが無くなる。これはどういう意味なんだろう。
全てが分かっても、この世界で何も出来なかったら意味がない。やりたい事が終わってから関係を絶つのは駄目なんだろうか? でも一体何が分かるんだろう。真理? この世界の理? ゲームの事? もう少しヒントが欲しいんだけどな……駄目かな。
「……」
チラリと再度江里口くんを見るけど、やはり反応は無し。もう完全に無理みたい。制限とやらに引っ掛かっているのかどうか分からないけど、魔法使いにもルールがあって、縛りがあるようだ。
1つの選択、江里口くんの弟子、か。
そんな人生もありかな……新しい世界が広がりそう。でも待って、魔法使いはどんな事をするのかしら? えげつない事をするのかな? 中世みたいに死体を集めたり、変な実験をしたり、悪魔と係わったり……本の世界でしか知らない言葉なので、今まで知った知識が頭の中に這い出てくる。
江里口くん、体験学習を求めるぞ! 肌に合わない職種は避けたいから詳細を教えてくれないと選べないよ。ブラック企業よろしくな所は無理です。
他に選択は何になるのかな?
1人悩んでいると、お昼休み終了のチャイムが鳴った。掃除の時間が始まるので教室に人が戻ってくる。
今週の掃除当番は外だ。秋口近くなので落ちてきた木の葉を集めるのが大変だけど、手を抜く事が出来るので楽な方かな。
ただ、虫だけが苦手なので集め終わった葉を触りたくない。油断していたら、毛虫や羽のある大きな虫が手の上!? なんて事もある。
是非とも触らずに済ませたい。
のんびりと外へ向かっていると靴箱のところで掃除当番の班仲間が居たので混ざる。そして靴箱の隣にある掃除用具入れから竹箒と箕を取りだすと、話しかけられた。
「伊賀崎さん聞いたわよ」
「はい?」
クラスメイトの設楽さんと村野さんが楽しそうに笑っている。何を聞いたというんだ。
「王子様を待っているって」
「……はい?」
「もう乙女なのねー」
私の返事を全て肯定と受け止めた2人がはしゃぐ。これはどう受け止めたらいいのか判断がつかない。
参謀は1学年下でここにはいないし、江里口くんは店じまい中。
考えて、昨日の噂の行き着く先がこの結果だと思われるけれど、どこをどういったらこんな結果になるんだろう。伝言ゲームでもここまで酷くないと思うぞ?
「伊賀崎さんを助けて、笑顔で去ったんでしょ?」
「それは王子様よね、王子!」
あ、そういう具合で変質して行ったのね。村野さん、箒を持って面白がってる。そんな話、好きそうだから食い付きが早いのか。
「でも大人なんでしょう? 中一の女の子に名前を告げていくなんて、ロリよ、ロリ」
設楽さん、容赦ないなぁ。
「誰の兄貴か分かってないんだろ? みんなで探してやるよ」
まさかの男子も食い付いてた。
「いや、あの」
「大丈夫だって、5クラスしかないんだから、すぐに見つかるさ」
違う、違うぞ、武智くん。
「僕に兄はいない」
佐原くんがぼそりと話す。協力ありがとうなんて言わないよ? なんでみんなこんなに協力的なのよ。あまり話さないクラスメイト武智くんと佐原くんまで……。噂が流れる時に、何があったんだ。
「石田先生も憶えてたよ、話を聞きに行っちゃった」
設楽さん、なぜに? 確かにあの場にいた先生は石田先生で間違いない。
「先生は最初伊賀崎さんのお兄さんかと思ったらしいよ」
これはマズイかもしれない。第三中学校からどのくらいの生徒があの高校に進学するんだろうか? それによって私の高校生活が難しくなりそう。誤解を……もしかして、愛梨ちゃんが楽しそうに会話していたのってこの事?
「えっと、誰から聞いたのかな?」
恥かしげに聞けば、みな一同に友人からと答える。
「ちょっと恥かしいなー、憧れているだけなのよ、だから知られるのはちょっと控えたいなぁ……って」
「大丈夫よ! きっと上手く行くって」
「そうよ、前向きにならなきゃ」
「諦めると、後から後悔するよ」
「頑張れ」
私の言葉を遮り、みんな協力的に推し進めてくれる。そんな事を求めていないのに。なんで?
「こら、早く掃除しろ!」
固まって話していたので、先生に怒られる。みんな急いで掃除用具室から出て、担当場所へ行こうとしたら、私だけ肩を叩かれた。
「え、なんですか?」
「頑張れよ、伊賀崎。ただ、中学生らしい付き合いをしろよ」
社会担当の三宅先生が理解の在る顔で応援してくれる。
「あ、あの……」
「まずは掃除だ。時間がないぞ、急げ!」
「は、はい」
みんなで走り出すが、私は混乱して冷静になれないでいた。だっておかしい、おかしすぎる、これは絶対変。教師まで協力的って有り得ない。
「さっさとやろう」
裏門近くのフェンス一帯が掃除場所だけど、一心不乱に箒で落ち葉を集めていく。頭の中では状況整理を進めているが、なかなかまとめられない。
先の事など見据えることなんか出来ないよ?
ついに頭の中の私がさじを投げたので、単純な質問をみんなに投げかけてみた。
「どうして協力してくれるの?」
葉っぱを強引に集めている武智くんから口を開く。
「別にクラスメイトだから」
「そうよ、同じクラスじゃない」
「きっと上手くいくわよ」
佐原くんだけ頷く。
「ありがとう……?」
クラスメイトだから、は『主人公の伊賀崎花音』だからって事なのだろうか? 強制されているのは、魔法の力じゃなくてゲームの力?
氷室くんのゲームが痴漢と変態を呼び、私のゲームが私の恋愛成就の為に動いている可能性が高い気がする。
帰ったら要に相談しなくては。
なんとなく方向性が見えてきたので、安心する。ゲームの特性を掴んで、上手く立ち回れそうだ。
「伊賀崎さん」
「はい」
声を掛けられ、笑顔で振り向き、固まる。
「俺の事を探しているみたいだから、来たよ」
フェンスの向こうに立っていたのは、噂の明智新吾だった。




