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恋愛ゲーム、ですよね?  作者: 雪屋なぎ
中学生 編
4/500

明智新吾


 この町には三つの公立中学校がある。

 同じ小学校であっても、学区が違えば通う中学校先が違う。うちの家は小学校から遠いので、かなりの友達と中学が離れる。

 今まで通っていた小学校に登場人物は、『大河要』だけだった。中学校になれば、ゲームに出てくる登場人物が更に揃うかもしれない。




 中学校入学式当日。

 知り合いの少ない中学へ通うのは寂しかったが、登場人物を楽しみに登校した。しかも初日は人目を気にすることなく新入生名簿をチェック出来るのだ。何人見つけることが出来るのか……。


 急ぎ足で入った校門の先に目的のものが立っていた。クラスの振り分け表だ。すでに新入生がたくさん詰め寄っていて、その様子はまるで大学の合格発表のよう。

 私は貼り出してあるクラス分けの名簿を慎重に見つめた。


 1クラス35名未満の5クラス。


 出席番号でクラスの人数が分かり易い。このくらいなら、覚えられそうかなと苦笑する。ちなみに私は2組だ。

 1組と2組は誰もいなかった。

 3組に……水原翔太。

 4組はいなくて、5組にもう一人、地場結人。


 探していたとはいえ、ゲームの攻略対象者が二人がいた事に驚く。これで天ヶ瀬司と大河要と合わせて4人。ゲームである確率が上がった。


「いやいや」


 名前が見つかったといっても彼らであるという確定はされていない。同姓同名のまったく別人である可能性があるからだ。

 チャンスがあれば、本人を見たい。ゲームで顔は覚えている。そしてライバルの顔も……。


 水原翔太には、中学校から側に居る女子が相手だ。

 彼はサッカー部に入っていて、彼女はプレイする姿を見てファンになるんだよね。その名も一条遥ちゃん。料理が上手なドジっ娘。水原くん大好きって一生懸命頑張るいい子。髪が肩までで、少しウェーブ掛かった女の子。


 地場結人は学級委員になって委員会に携わっていくはず。本当はものすごい優しい人なんだけど落ち着いているせいか冷たく見えて、動揺する姿を見たことがないと噂されるほどの人物。

 そんな彼のお相手女子は、南里瑞貴さん。お淑やかでイメージは菖蒲の花。前髪だけ後ろで括っていて、背中を隠すほどの長いサラサラの髪に憧れる。よっぽどの事が無い限り怒らないが、怒ったら最後らしい。


 遥ちゃんは……ってまだ友達でもなんでもないので、一条さんと言わなければ。間違って初対面で名前呼びして親密度を下げたくない。みんなに優しい良い子から嫌悪の目を向けられるのは、特殊な趣味を持っている人でなければ耐えられない。


 一条さんは4組。残念、水原くんとは別クラスか……。でもサッカーをしないと彼を好きにならないので、まだ大丈夫。

 南里さんは5組。やったね、地場くんと同じクラスだ。これはきっと一緒に学級委員だ。二人が並ぶ姿、見てみたい! 2組じゃなくて、5組になりたかったよ!


「……くぅう」


 やっと会える登場人物達に、胸が高鳴る。高校の時に出会う彼女達は、既に彼らの事が好きな状態だった。が、今は恐らく違う。そう考えると、笑みがこぼれずにはいられない。


 つまり、一目惚れの瞬間を見れるかも!! ってね。


 頬肉の制御が出来ない。一人ニヤニヤするのは悪目立ちすぎるな……。トイレに向うとしよう。人の波の隙間を縫うように歩く。けど、ああ、ああ、どうしよう、楽しくて嬉しくてたまらない! 顔の筋肉が歪みそう! とうとう人の合間を縫うように走った。ぶつからないように気をつけていたけど、伸びてきた腕に驚いた。そして向かっている方向とは逆に腕を引っ張られたので、体勢が崩れる。


「おっと」


 私は掴んでいる手を軸に捻るよう体を回した。こちらとしては転ばないように体勢を整えるつもりだったのだが、相手はそれを危ないと判断したらしい。私の背中から腰を支えられる。


「え?」


 慣性に任せて軽く流していたのに、意外な力で固定されて私は混乱した。抱えられ、頭一つ高くなった事に……。


「えーっと……」


 周りから見れば、恐らく私は『人形を両手で抱えた人』、の人形部分にあたる。だんだん情けなく、恥ずかしさで顔が熱くなった。


「危ないだろう。人が多い場所で走らない」


 頭の上から諭される。


「すみません」


 謝ると、ゆっくり下に降ろされた。一体誰だろうと振り返りつつ、頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしました」

「以後、気をつけるように」

「はい」


 きちんと短い返事をして、顔を上げるなり絶句した。


「えっ?」


 何故ここに? と。思いがけない人の登場に、私は目を白黒させる。どうしたらいいのか判断がつかず、表情も体も固まった。訳がわからない。


「先生……ですか?」


 絞り出すように出した声は、思いのほか擦れてしまって口が渇いたようだ。

 目の前の人は私の質問に答えず、ジッとこちらを見返す。いや、これは観察されている? 後退りしたい、が質問した手前踏みとどまる。

 私を抱えた人は、今会うと思っていなかった人物だった。

 その名も『明智新吾』。高校の担任として会うはずの人が、目の前にいたのだ。


 怪訝な表情を浮かべる明智新吾に、必死に笑みを浮かべようと頑張る。でも視線がものすごく痛い。そんなに睨まないでほしい。とうとう我慢出来ず、つい勢い良く顔を反らした。大勢からの視線でなく、一人の視線がこんなに痛いとはなんだろうね。

 

 キ―――ンコ―――ンカ―――ンコ―――ン。


 私は突然鳴り響いたチャイムの音に反応し、もう一度頭を下げた。


「本当にご迷惑おかけしました、すみません」


 『すみません』の『せん』で、彼に一気に背を向けて走り出す。これはもう逃げるが勝ちだ。早めに離れて顔を忘れてもらおう。……が、肩をしっかり掴まれた。


「ひぃいいい」


 逃走を阻止された。せっかく掴んだつもりのチャンスを、ものの見事に打破されてしまった。


「な、な、なんで」


 肩は、どちらかといえば乗せているだけなのだろう。なのに、なぜか振りほどけない。力も込めず、軽く掴まれているだけなのに、呪いめいた何かを感じる。


「走らない」


 後ろからボソッと注意された。


「す、すみませぇん」


 反射的に謝るが、……声が裏返ってしまった。


「今度はちゃんと歩きます!」


 もう手を離して肩を開放して欲しい。こちら突然すぎる予想外な出会いに一杯一杯だ。だが、そう願うも簡単に離してくれなかった。


「名前は」

「へ」

「君の名前は」


 何故に注意だけで名乗らなければならないんだ。出来れば高校まで待って欲しい……。頼みます!!


「あの、取りあえず肩を離してほし」


 誤魔化すようにお願いしかけて、声を遮られた。


「私を知っている?」


 背筋がゾッとする声に、ビクついてしまう。

 後ろへ振り向けない。おかしい、ゲームではもう少し親しみやすかったはずなのに。これはなんだ……その……そうだ!! 蛇だ、蛇がいる。今、蛙の気持ちが良くわかった気がする。でも蛇に蛙か……これはもう殺されるかもしれない。天敵にあった、そんな気持ちだ。


「私と、何処かで会った?」

「え、えーっと?」


 怖い、怖いぞ、明智新吾!


「知りません、知りません、全く以って知りません」

「じゃあ何故驚いた」

「い、いきなり引っ張られたら驚くと思いますっ」

「違う」


 薄暗い場所にある深淵の底、そこから聞こえて来そうな恐い声で否定された。


「何故ここに? そんな目だ」


 当たっているけど、何故そんなに自信を持って質問できるのか。やっぱり心を読んでいるの? 恐いぞ。


「そんなことないですぅううう」


 先程までの頭お花畑な私が懐かしい。でも後悔先に立たず。何で彼の目の前を走ってしまったんだろう。なんでそんなヤバイ顔をしちゃったんだろう。


「どうしたんですか?」


 その時、神様仏様のような声が聞こえた。かの人は、スーツを着て、腕章を付けている。今度こそ中学校の先生だとはっきり分かった。


「実はですね」


 明智新吾は私の肩から手を離すと、好印象な顔で笑った。


「この子が走り回っていたので、注意していたんです」


 柔らかな声に怖気が立つ。誰!? といわんばかりの声だ。ついさっき私の後ろで詰問していた声と全く違う。


「そうなんですか。君は新入生だろう? 早く教室に入りなさい」

「っは、はい」


 彼から離れるよう促してくれる先生に、心から感謝した。ありがとう! ありがとう!


「クラスは分かるか?」

「はい」

「何組?」

「え」


 そこは『急ぎなさい』とかじゃないの? 私は焦った。どうするか……ここでクラスを答えると、隣の人物に情報を与えてしまう。


「名前は?」

「えっと」

「君の名前。先生が直接調べるから」

「いや、大丈夫です、分かってますから」


 名前を知られるのが一番嫌だ。先生、もう私を見逃してください!!


「2組です、2組でした」

「本当か? 名前を言いなさい。確認するから」


 なんて事を言い出すんだ、この先生は!! 私の顔から事情を察知してくださいよ! もう、泣きそう。


「あのですね……」


 先生が脇に抱えたバインダーを、目の前で開く。


「え、えーっと」

「名前を言いなさい、時間が差し迫っていますよ」

「ひぃいいい」



 言いよどんでいると隣にいる明智新吾が、柔らかな声でせっついてくる。


「どうした?」


 先生も私を不審がる。聞かないで、察してください! でも詳細を話して怖いと伝えたら、明智新吾の経歴に傷が付くかも。そうなったら、ノートにした決意の意味がない。それにしても、何でこんな事になったんだろう。


「い……のん……です」

「大きな声で!」


 明智新吾が声を上げたので、反射のように名乗りを上げた。


「伊賀崎花音です!」

「ふむ……確かに2組だ、教室は南側棟の一階になるのであちらから入りなさい」


 先生は冷静に私を誘導する。先生、先生って生徒を助けてくれるわけではないんですね。


「……はい」


 項垂れそうになるのを我慢してとぼとぼ歩き出す。そんな私に追い討ちをかけられた。


「伊賀崎さん、頑張ってね」


 素敵な声の明智新吾に何を? と聞き返す勇気は無かった。



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