表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛ゲーム、ですよね?  作者: 雪屋なぎ
オープニング
3/500

恋する星のメロディー


 私の背筋に、一筋の汗がするりと流れた。


 暑いから、だけじゃない。妙な既視感? それともフラッシュバック? 夢で見た様な感覚だ。そう思おうとしたが、違うと知識が反応した。この状況は、私の知っている話に似ていたからだ。


 恋愛シミュレーションゲーム「恋する星のメロディー」


 プレイ開始で最初に流れるプロローグ。それは主人公『伊賀崎花音』の子供時代から始まる。

 夏休み、海へ行き貝殻を探していると音楽が聴こえた。そこでバイオリンを弾く少年に会い、彼女は純粋に聴き惚れるのだ。

 演奏が終わると拍手で近寄り、触れた事の無い楽器に驚く。


「とてもすてきな音、聞いて幸せな気持ち」


 そして口数の少ない少年の演奏をずっと聴いた。

 やがて夕方になると、彼は別れを告げる。彼女がまた会えるか聞くが、遠い所にいくから無理だと答え去っていく。

 彼の姿が見えなくなるまで見送った彼女が足元で見つけたのは、銀色のキーホルダー。それには彼のイニシャルらしきものが……。



 私は手の中にあるキーホルダーを確認した。

 英文字が二つ。イニシャルと思われる文字は[T・A]。つまり、[A]天ヶ瀬 [T]司だ。

 何故? 偶然? 私の肌がぞわりと粟立つ。頭にあるたくさんのお話。今まで読んだり遊んだりして溜め込んだお話。その中の一つのお話……いや、ゲームか、それと該当してしまった。


 メインヒーローの名前は『天ヶ瀬司』。

 プロローグで係わるキーワード『バイオリン』『キーホルダー』。


「あああああ」


 驚きと困惑に支配される。『伊賀崎花音』、どう考えても今の私の名前……。

 小学四年生の私は現状を整理すべく、一先ず帰途に就く。何せもう夕方だ。夏でまだ暗くはないが、帰りが遅いと大変なことになる。


 私はまだ10歳なのだ。


 家に帰り着けば案の定母親が居間にある時計を指し、チクリと注意してきた。なので、私は今日あった出来事を正直に母親へ話す。


 本をたくさん読んでいるので、創作ではないかと疑われてはいけない。ポケットに入れておいたキーホルダーも出す。

 小学生が買うには少々お高そうなもの。後で見つかって本当の事を話しても、言い訳に思われるだろう。道端で拾った、盗った、と勘違いされたくない。


 怪訝な顔で聞いていた母親だが、少しずつ納得してくれた。最初は疑われたが、このキーホルダーがバイオリンかもしれなかった事を喋ると、声を上げて笑ってくれたのでホッとする。

 ロマンス好きな母親は、将来が楽しみねと笑った。

 まぁ私の中の『大人の私』なら、過去なんて都合のいい思い出よと苦笑するだろう。


 夜、寝る前に私は新しいノートを取り出した。

 今日遭った出来事を書き記す為に。

 

 なにしろ記憶にあるゲームのオープニングと起きた事の間に差異があり過ぎて、適当に対応したら大変になるかもしれない。

 高校生になって天ヶ瀬司に会った時、変な態度を取らないように気をつけないと……それに、忘れてしまわない為という保険でもある。


 でも、本当にこの世界はゲーム?


 本当にここが現実なのか、ゲームの世界に生まれ変わったのか、ゲームの世界に取り込まれたのか、単なる妄想か。

 どこまでゲームの内容と重なったら偶然でなく確信になる? 今の状況では判断できない。

 危険なのは、たくさん本を読みすぎて、自分の中でお話を作ってしまった可能性だ。中二病になったんじゃないか、痛い子になったんじゃないか……。考えれば考えるほど堂々巡りだ。

 一人で悶々としていると、サポートキャラを思い出した。


 お隣に住む、大河要。


 私より一つ年下で、少し前までよく遊んでいた。

 学校の学年が上がる度に彼の行動範囲が広くなり、私は遊び相手からお役ごめんになりつつある。もう集団登校くらいしか会う事がないだろう。男の子だから、いつまでも女の子と遊んではいられないし、からかわれては大変だ。


 時計を見ると、もう10時近い。まだ起きているかなとカーテンの隙間から覗き見れば、彼の部屋は真っ暗。相手は子供、早く寝ていて当たり前か。


 ゲームではいつも主人公を気に掛け、声を掛けてくれた頼もしく優しい子。彼を巻き込み、ゲームでの対応を期待してはダメだ。

 でも、聞いてみたい。彼にこのゲームを知ってる? 実は悩んでたりしない? と。

 いや、駄目だ。私が痛い子だった場合、取り返しがつかなくなる。隣人にそんな危険なマネは出来ない。


 一人寂しさを誤魔化しつつ、ノートに再度向き合う。

 最初のページに登場人物たちの名前を書いた一覧表を作った。項目は『存在の有無』『名前』『その他詳細』と書き、登場人物の名前を記入していく。


「よし」


 天ヶ瀬司と大河要の存在欄にマルを書き、天ヶ瀬司のその他の欄に、ゲームと違う出会いをしたと書いた。他の登場人物の中で、地元民は何人だろうか……。


 私の住んでいる地域は最近都市開発で、レジャースポットやショッピングモールがどんどん建設されている。これからマンションや一戸建てもたくさん増えるだろう。なので小学や中学から途中転校も考えられる。

 自分の通っている小学校の生徒に目立つ存在はない。それともまだ目立っていないだけ? 二学期が始まったら、他のクラスも気にしてみよう。


 そういえば、都市開発に携わっているのは海堂グループだ。町の色んな場所に名前をよく見るし、テレビCMでも『海堂コーポレーション』と流れてる。『海堂』は登場人物の一人である海堂一真の名字。

 私が将来通うであろう『私立星雲学園高等学校』は新設校で、上級生がいない。

理事は海堂グループ会長で、その孫である海堂一真の為に作られた。海堂一真あっての星雲高校なのだ。……もしかして、彼がいなかったら建設されない?

 存在してなかったら、どこの高校に行こうか。ゲームだと気付いたので、星雲に行く気満々だった。ちょっと意識を改めないと危ない危ない。


 星雲高校は海堂一真の為の教師陣や設備だから、教育熱心で全てが最先端というとても羨ましい学校なのだ。海堂グループの家族構成なんて知る事は出来ないから、存在はまだ未確定だな。一応彼の横の欄に三角を書く。そして一覧表の上に『小学四年生現在』と付け足した。他には……。


 水原翔太

 金森大輔

 地場結人

 火野匠

 木谷潤

 土田龍之介

 明智新吾


 書いてなんだけど、明智新吾は消すか。何故なら彼は教師なのだ。攻略対・教師枠。大人の気持ちを知っている私は、彼の攻略存在に同情した。


 高校と言う閉鎖された空間で『大人』な存在は、確かに頼りがいがあり顔も良ければ恋愛対象にされる。でも社会に出れば『大人』なんてたくさんいて、自分の知らない経験を持って働いている。憧れはとても移ろい易い。

 しかもその『頼り』は、飽くまで自分を助けてくれる要素だから。まぁ彼の存在は、高校の甘酸っぱい思い出の為の要員みたいで可哀想。詳しいプロフィールを知らないので何歳か分からない。が、公的な場所で私的な感情を持ち込ませるのはどうかと思うし、万が一教え子と恋愛なんて……社会的によろしくない。全国の教師への信頼が無くなってしまう。


 色んな恋愛が許されるのは、ゲームだから。


 生徒が社会に出てからならいいが、ゲームのプレイ時期は高校三年間。せっかく掴んだ教師と言う職を、生徒との醜聞で失わせてはいけない。

 消しゴムで綺麗に消した、がイベント回避の為にもう一度書き足す。もし恋愛ゲームだったときの、万が一のため。ゲームならば『変なイベント』が発生しない様に私も努力しよう。職場で何かあったら、先生の生活に支障が出るし経歴にも傷がつく。無職になって再就職先しようにもネットやテレビでのバッシングがあったら、私は何も協力出来ない。


 先生! 一生の問題になりそうなんで、せめてそうならないよう努力します。


 次は……どうしよう、悩む。

 ん? 先生云々より大事な事があるじゃないか! まずはこの人達が本当に存在しているかどうか、だよね。基本を忘れちゃいけない。


「でも、イベントかぁ」


 実は先程からイベントを思い出そうと頑張っているが、出てこない。会話はボタンですっ飛ばし、選択画面とその反応だけ見ていた。

 感情移入もしていないので記憶に薄い。更にキャラ達と話した内容や行動の選択ミス、各キャラのライバルとの絡みを知らない。


「話を見るよりも、選択ミスしないよう注意してたからかな」


 そしてライバルキャラは登場しない様に選択していたので、彼女らとどう知り合うのかも知らない。更にキャラ同士のサブイベント等も、起こしていないのでわからなかったり……。本当に大まかな内容しか覚えてい。これは困ったな。


 恋メロに心残りがあったわけじゃない。ただ、惰性にプレイしてきたゲームの一つ。

 このゲームである意味があるのかな? 思い出せない『前世の私』に関係があったりして。他の生活や仕事は多少思い出せるのに、詳細となると見えない。

 真っ黒い何かが頭の中にいて邪魔をする。精神が思い出す事を拒絶して何かにたどり着けない。

 次第に体も精神に引きずられて、激しい頭痛と吐き気が襲ってくる。


 私が死んじゃって転生したから思い出せないのか、ゲーム世界に取り込まれて思い出さないように管理されているのか。

 こればっかりお手上げだ、今は解決できそうにない。


 私はノートを閉じると、ベッドに入った。









 天ヶ瀬司遭遇から次の日。

 私の日常は変わった。ふとした瞬間、ゲームの登場人物を思い出しては葛藤する日々になったのだ。


 ゲームの世界で無い事を祈り、避けたい自分。

 ゲームの世界で有る事を期待し、見たい自分。


 本当にあったのか、私が話を作ったのかわからないけれど、思いつく限りゲームの内容をノートのイベント用のページに書き出していく。気になった事、思い出したかもしれない話、こんな事があったんじゃないかと憶測で。

 やる気になった私、と言うより盲目になった私はゲームの真偽よりも高校生までにやっておきたい事と目標を掲げだした。

 恋愛ゲームで大切なパラメータを改造を意識して。


 ゲームの主人公は前準備なしで攻略を始めなければならない。


 そう、昔から『何か』しているが無い!

 習い事の一つや得意分野の一つくらいあってもいいんじゃないの? 平均値スタートなんて酷くない? 


 小学生の内にゲームを思い出せて良かった……前もって準備が出来るのは、ある意味チートに近いよね? 今の私に出来ること、それは基礎体力の向上だ。


 毎朝、走る。


 場所は……そう、天ヶ瀬司とあった海岸のところまで。特別な理由はないが、多少持久力を付けたいので、距離的にもランニングコース的にも最適と判断しただけ。

 距離に慣れたら、もっと足を伸ばして同じ時間に帰宅できるようになりたい。


 足が早くなれば、逃げられた時に追いつける。


 よくゲームでは誤解で逃げ去られる時があるから、捕まえられるような速さがほしい。

 他にも事件に巻き込まれたら大変だ、護身術も身に着けたい。いやそういう時は110番! 素早い逃走が命を助ける、今は逃げ足優先だな。


 いきなり始まった私の早朝ランニングに、母親が心配した。父親は出来るだけやってみろと応援してくれたけど。

 帰宅するとこっそり母親から聞かされたのは、父親の真意。


『花音の事だ、三日と続かないだろう』


 だから父は許可したのか! 私は悔しいので絶対毎日走ってやる、と固く誓う。……後から考えると、それが母親の作戦だったのかもしれない。


「そうよね、花音は頑張れるわよね。走れた日、カレンダーにマルをつけましょう」


 そう母に告げられた時、もう引けなくなった。よほど体調の悪い時以外、走り続けることを約束した。居間のカレンダーのコンプリートを目指す私は何か間違っているんだろうなと思いつつも毎日走る。

 カレンダーのマルが埋まっていく度に不思議な満足感を抱いて。


 決して1ヵ月フルコンプ出来たら、ご褒美でお小遣いに色がつくからではない……よ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ