主人公
かなり濃いお昼休みを過ごしてしまった。
その後、無事に教室へと戻ることが出来たが……。内緒にされていたことが思いもよらない話だったので、呆然としてしまう。
明るく楽しい恋愛シミュレーションから、陵辱系に移行だなんて……かなり衝撃的なんですけど?
主人公格から降ろされ、攻略対象にされているのも驚きだ。
少し気が楽になったかも? と思いつつも余計なスペックを装備したので頭が痛い。
痴漢や変態とのエンカウント付きなんて、呪いに近い。明智くんがいなければ、既に遭遇している可能性大だった?
気軽に外出できなくなりましたよ、ええ。
氷室主人公ゲームは、なんてゲームだ!
色々考え過ぎて、午後の授業は集中できなかった。和田くんの言葉が、脳裏で何度も反芻してしまっていたのも大きい。
『僕だけじゃなく、氷室くんも陵辱監禁が出来るゲームなんだよ』
なんて爆弾を投下するのよ。
これ以上、悩みの種を植えつけないでほしい。
……でも良かった、恋愛シミュレーションの主人公かもしれないと誰かに話をしてなくて。
痛い女確定! だけでなく、全くそんなんじゃなかったという……。要なんかに話をしていたら、大爆笑間違いなし、一生ネタにされてしまう。
帰ったら、ノートを捨てよう。万が一、親に微笑ましく見られてたら……ああ、もう!! 想像だけで軽く身もだえしてしまう。
黒歴史以上の暗黒レベルだもの。
5時限目が終わると、明智くんの背を軽くつついた。すると彼はすぐに振り返ってくれる。
「どうした?」
氷室くんには聞かれたくないので、小声で話す。
「ねぇ、いつ和田くんから話を聞くの?」
「伊賀崎を送り終えたら。今日はもう外出するな」
やはり、私抜きか。
「私も聞いておきたいな」
「聞いてどうする」
「え?」
なんで? 聞いちゃいけないの?
「だって私の事なんだよ?」
「聞いても面白い話じゃない」
そりゃあ、ゲームが18禁っぽいからね。でも引き下がるわけには行かない。
なぜなら私が入っているからだ。
「そこを気遣われてもね。知っていると知らないじゃ心構えが違うし」
私が食い下がるので、彼は印籠を出してきた。
「弟を待たせていいのか?」
「うぐっ」
愛らしい弟で諦めさせるなんて、ずるいぞ。
「い、一日だけだもん。それに、万が一明智くんが病気や不在になった時、困るじゃない」
「氷室や和田が居るだろ」
「それは、ちょっと信用が」
いくら良い人でも、出来れば今後係わりたくない方々だ。変なフラグとか立って、私もおかしくなったら困る。
「そうか」
頼られて、嬉しいのかな? すこしご機嫌になった明智くんは、席を立つと和田くんの席へ向かう。女子に囲まれていた彼だが、彼女達に断りを入れて教室の外へ出る。
彼らを見送ってたら、同じ様に氷室くんも見ていた。
ただ、彼はすごく荒んだ顔をして、周りが見えていない。
彼は私の列の一番後ろの席なんだけど、明智くんたちを鋭い目つきで凝視していた。彼は大丈夫なのかな……、お昼休み後から目に見えておかしい。
私はそのまま真後ろの学級委員へ声を掛けた。
「江里口くん、江里口くん」
「なに? ちょっと忙しくて大変なんだけど」
なにやら書類を一生懸命に書いている。先生から目を付けられた彼は、生徒会の仕事を手伝わされていた。あのズボラ先生、生徒会の顧問だったらしい。働けそうな蜂を見つけては、捕まえて生徒会室へ送り込む、つまり江里口くんは選別され捕獲されたのだ。
あのLHRで張り切らなければ……同情するよ、江里口くん。そして仕事を増やしてごめんね。
「氷室くんの荒み具合が激しくて、恐いんだけど」
「ん?」
彼が振り返って、氷室くんを軽く確認する。
「んー、頭の中が真っ黒な感じだね」
まさしく、そう見えるよね。
「それって、人でも刺しそうって感じ?」
「ははは。物騒だね、伊賀崎さん」
目つきから、いつか和田くんを害しそうで恐い。江里口くんは持っていたシャープペンを机に置くと、私の目をジッと見てきた。
「知ったんでしょ? 彼らの話」
「……えっと」
この場で言える内容じゃない。どう答えていいのか、口ごもってしまう。
「雰囲気で予想がつくよ。氷室は、しばらく様子見だね」
フォローしてあげないの? 友達なんだから、声を掛けてあげればいいのに。
「友達でもこれはちょっと問題が重いんだ」
「重いの?」
彼は考えて、頭を軽く掻く。なんで問題が重いんだろう? 江里口くんは何か聞いているのかな?
「そうだね……すごく感情移入したゲームがあったとして」
「あったとして?」
「スペシャルハッピーエンドが見たい」
「うん……」
にっこりと笑った。え、何? 私はそんな18禁ゲームしたことないよ? その、違う女性向けのゲームなら......って、あれ? あのゲームのスペシャルハッピーエンドってどんな状態なんだろう?
「その為には全ルートを攻略しなければならないなら、どうする?」
「全ルートを……?」
「そう」
それって……全員から好意を向けられなければならないとか、ハーレムエンドとかいうやつ? それともどんなハンピー、アンハッピーエンディング総なめしないと駄目と言うこと?
「マルチエンディング全てを見ないと、真のハッピーエンドが見れない。そうなると、見たくない物も見なくてはならない可能性が高いよね」
まぁ、そういうゲームが多いかな?
「氷室は大好きなキャラが壊されるシーンを色濃く覚えていてね」
氷室くんは私の様に、大人の記憶を持っているの?
「それはどうだろう、聞いてみたら?」
「え。何を?」
あれ? 私、もしかして、口に出して喋っていた?
「さあね。でも氷室はどんなキャラのどんなシーンが気になるか知りたい?」
「いや、それは……」
「彼女が現れるのは高校の時らしいんだ」
高校! 同じ学校でないといいな。
「物語が始まるのは、高校から。伊賀崎さんもだろ?」
「え」
「伊賀崎」
明智くんが戻ってきた。
「下校の時に途中で合流するよう話してきた」
「ありがとう」
どうやら和田くんと今日のスケジュールを合わせてきたらしい。私が動揺しているのに気が付いたのか、彼は江里口くんに話す。
「江里口、伊賀崎の件だが和田に協力してもらう事になった」
「それがベストだろうね。氷室とは今、ちょっと距離を置いた方がいい」
江里口くんはそう言うと、また書類を書き始めた。気になる言葉があったけど、また邪魔するのも悪いので前を向く。
江里口くんは何か知っているのか、それとも分かっているのか。次の授業も悶々として、全く頭に入らなかった。
期末試験が近いのに、どうしよう。
下校時間。明智くんと一緒に帰るけど、和田くんは女子に囲まれて教室を出て行った。どこで合流するんだろう……。モテモテな彼に非難の声が上がらないのは、ゲームのお蔭なのか中学生だからなのか。
「花音ちゃん」
「ひゃっ」
呼ばれて驚いてしまう。
「ごめん、びっくりさせて」
氷室くんが傍に来ていた。
「な、何かな、氷室くん」
「俺といたら安全だから、俺といない?」
突然すぎる提案に、頭が速攻で『No!』と判断を下す。
けれど、もちろん態度ではまだ出さない。今の彼は何をするか分からないので、ソフトな対応で処理しなければ。
「氷室くんは剣道部でこれからまだ学校にいるでしょ?」
「あ……」
思い出したように、彼は頭に手をやる。
「それに、明智くんが一緒に帰ってくれるから」
「あ、そうだよな、そうだ……ごめん」
そして空ろな目をして教室を出て行った。
大丈夫か、氷室くん。明日あたり何かしでかさないか、(私の身が)心配だ。
「それじゃ、行くか。伊賀崎」
「うん」
明智くんから促されたので、私がカバンを持ってついて行こうとすると、江里口くんがぼそりと呟いた。
「伊賀崎さんもいろいろ選択を気をつけてね」
彼を見れば、バイバイと手を振られた。
なに? 私、何かした? 気を付けてって、何か選択ミスでも?
氷室くんがおかしくなったのは私の所為だったりするのかな? もう少し優しい助言を求む、江里口くん。
ぐるぐる考えながら明智くんの後ろを付いていく。
靴を履き替え、校門を潜り、歩いていると途中で和田くんが現れた。
「ごめんね、こちらの指定に合わせてもらって」
周りを見ると、私の通った事のない道だった。
考え事をしていると、回りが見えなくなる。にしても、見えなさすぎじゃない? 私。
「いや、話が聞けるなら助かる」
「私が聞きたいって言ったから、スケジュール変更させてごめんね」
「ううん、聞いておいた方がいいよ。身の安全に係わるから」
和田くんはにっこりと笑いながら話してくれるのだが、内容がいただけない。気楽に聞けないよ。
「あまりよろしくないが、うちで話すか?」
明智くんが提案してきた。珍しい、彼が家に呼んでくれるなんて! でもよろしくないって……例のアレかな?男の家に女性がってやつ。
「それって、私がいるから?」
友達なら関係ないと思うんだけどな。
「色々な意味でそうだ」
「色々?」
複数の理由なんて、嫌な予感しかない。
「伊賀崎と同じ場所に居続けるのは、呼ぶ危険性がある」
「うそ!」
「それと男の家に……」
「それは分かってる。それより呼ぶ危険性って」
私ってホイホイ的な存在なのかと思うと、切なくなった。というか、異常発生しすぎじゃない? 痴漢と変態が。でもそうなら、これから家族旅行や弟とお買い物とか出来なくなるの?
絶望していると、和田くんが声を上げて笑った。
人の不幸が楽しいのか、酷いよ!
「ごめんごめん、今なら大丈夫だよ」
「何が大丈夫なのよ」
「僕がいるから」
その言葉に、明智くんは周りを見回し、ホッとしていた。
「本当だ、嫌な気配が無い」
「私ってどんだけ明智くんに迷惑を掛けてるの……」
「気にするな。負担になっていない」
男前過ぎる、将来凄腕のSPになれるよ、きっと。
「氷室か僕と一緒にいれば、痴漢や変態は現れないんだ」
「お守りみたいね」
「あははは、そうだね」
私たちは近くの公園に行くと、ベンチに座った。
明智くん、私、和田くんの並びだ。
うわぁ、ちょっと男を侍らせてる悪女に見えない? 大丈夫かな? 不安に思っていると、明智くんが話を進めてきた。
「詳しいゲーム内容を知りたい」
「氷室くんからは聞いてないのかい?」
「この世界はゲームに酷似していて、これから伊賀崎が危険な目に遭い易いとしか」
和田くんはそうか、とバッグからノートを取り出した。




