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恋愛ゲーム、ですよね?  作者: 雪屋なぎ
オープニング
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天ヶ瀬司

 ゲームが好きだった私は、数多くのゲームをしてきた。

 でも、それは『伊賀崎花音』になる前の話。『恋する星のメロディ』は、その中の一つになる。まぁ、私の頭がおかしい痛い子でなければだけど……。


 事の始まりは小学校から?

 

 ふと、自分の記憶に疑問を感じたのだ。

 経験した事のない経験が私の中に内在していた事に。

 学校の授業で習うはずの漢字や九九に……数式。理科の実験結果に体育でのスポーツルール、数えだしたらキリがない。


 そして一番の問題は、会社の仕事内容だ。


 ドラマや映画で見た事があるには詳細すぎる仕事内容。考え込めば込む程に大人の意識に近づいていく私。最初は混乱しそうになったが、勉強を前にすると楽しくなった。既に理解出来ている問題を解くのは、楽で面白い。


 新たな気持ちでの勉強、空気を読んだ交友関係を構築するのはもっと楽しい。


 記憶の中にいる『私』の幼少時は、空気が読めず人との距離感が分からず、友達がとても少なかった。……他人事ながら寂しい人だったようだ。


 ただ、その『大人の私』を詳しく思い出そうとすると、吐き気と目眩で倒れそうになる。


 普通に働いていた大人なはずなのに、どうして『私』が『伊賀崎花音』になってここにいるか……。

これは夢なのか現実なのか時折不安で堪らなくなる。

 が、せっかく子供からやり直しているこの状況、悩んでばかりじゃ勿体無い!! 楽しまないとね。


 新しい親、新しい友、新しい町、新しい世界。

 やりきれなかった、やりたかった、それが出来る事のなんて素敵な事か。




 小学4年生の夏。私に転機が訪れた。


 8月。市営図書館へ行った帰りだ。

 その日は十分図書館を堪能し、夕方前に数冊の本を借りて家路についた。

 帰り道に海岸沿いの通りを選んだのは、偶然。海を側に、のんびり歩いていると音楽が聞こえた。


 バイオリンの音だ。


 海側の、背のたけ位の石壁を登るように腕で乗り上げ、海を見下ろす。すると波打ち際近くの浜辺に子供たちがいた。自分もまぁ子供なんだが。

 その子供の一人がバイオリンを弾いていた。


 弾いてる曲を知ってたので、ついそのまま聞く体勢に入る。

 昼間の陽射しで熱を持った石壁は、ちょっと熱すぎる湯タンポみたいで肌が焼けそうだけど我慢出来るまで耐えてみた。

 石壁に突っ伏してぼんやりと考える。海で弾いて楽器が傷まないのかな? 近くの子かな? と。

 そのままでいると、疲れて眠かったのか熱さにやられたのか、次第に意識が混濁し始めてきた。今と昔が交じり合い、波とバイオリンの音が責め立てるように頭に響く。


 そう、私の大人と思われる記憶が濃く現れてきた。


 始まってしまった耳鳴りは止まらず大きくなって、閉じたまぶたの裏は黒く、微妙な光を感じた。表現しようがない光の模様の奥に、何かが見える気がしてそのまま変化を待つ。


 この黒く、嫌な、苦い、感じは『大人の私』に関するもの? 流れに任せるようにジッとしていると、動悸が激しくなり、耳鳴りが心臓の音と一緒になって更に強くなる。


 すると、光の無い真っ暗な何かに覆われた。もうバイオリンの旋律も聞こえない。息が出来なくて、溺れてしまいそう。

 ああ、これ以上は……そう思った瞬間、大きな声が聞こえた。でも何と言っているのかわからない。耳元で怒鳴らないで欲しい。そして体が痺れたように動かない。

 ふと、後ろから何かが追って来るような気がした。体はまだ動かないし、動かせない。それが不安と恐怖を加速させる。何に追われているのかわからないけれど、怖いモノだとはっきり分かる。


「おい!」


 大きな声に私はやっと目を開くことが出来た。

 呼吸が荒い。まるで水の底から戻った気分だ。耳鳴りは消えたが、自分の鼓動が煩く音を立てている。


「おい、大丈夫か!?」


 私の側で問いかける声に驚き、声の主に応えた。


「大丈夫……」


 少し深く息を吸うと、ゆっくり吐き出して深呼吸を繰り返す。


「ごめんなさい、大丈夫、だから」

「そうか、なら良かった」


 心配してくれたのは、先程浜辺で演奏をしていた子だ。俯いている私の視界にバイオリンケースが見える。気力を振り絞り見上げると、男の子がこちらを心配して伺っていた。

 顔立ちは可愛いらしく、将来は綺麗になるんだろうなとぼんやり見つめる。そんな私の様子に安心したのか、彼は自分のリュックから水筒を取り出した。そしてコップに中身を注いで差し出す。


「水だけど、飲んだ方がいい」

「ありがとう」


 コップを受け取ると、すぐに口をつける。水は冷たくて美味しかった。ほんのり香るライムに少し驚いたが、思ってた以上に喉が渇いていたようで、一気に飲み干す。すると体中に染み渡って、生き返った気がした。


「ご馳走さま、ライム入れてるの? 美味しい」


 私の感想に彼は少し驚くと、水筒をコップに近付ける。


「よく分かったね、もう少し飲む?」


 ありがたく、もう一杯頂く。

 子供といえど綺麗な異性に酌されるなんて……照れるわね、と思いながら再度コップを空にした。


 ちなみに『大人の私』がジントニックやジンライムを好きだったので、ライムに気が付いたのだ。もちろん今の私はお酒なんて飲んだ事はない。お酒は二十歳から。アルコールが脳に悪く作用して、今の読解力を失いたくはない。


 空になったコップを返すと、彼は水筒をバッグに戻した。そしてそれを背負うと、バイオリンケースを持つ。どうやらもう引き上げるようだ。

 もしかしたらと思い、一先ず謝罪をした。


「ごめんなさい、演奏の邪魔しちゃった?」

「聴いてたの?」


 とたん、彼の顔が不機嫌になる。どうやら聴かれたくなかったようだ。


「知ってる曲だったから」

「へぇ?」


 なんだか馬鹿にされたような気がしたので、急いで答えてみる。知ったか振りをしていると思われたくない辺り、まだ私も子供だよね。


「ブラームスだよね」

「マジで知ってたんだ」


 本当に知っていたのかと彼の表情がくるくる変わる。

 私が立ち上がると、彼と同じ視線の高さになった。身長はそんなに変わらない、同じくらいのようだ。私は改めて彼へ頭を下げる。


「お水助かったよ、ありがとう」

「いや。……クラシック好きなの?」

「CDで聴くくらいだよ。生はやっぱり迫力があるねぇ」


 聞いたのは前世です。『大人の私』の趣味なので。彼女は小さい頃から父親のCD集をよく聴いていた。ならば私の、今の私の趣味はなんになるんだろう。うちのお父さんもそういうCD集を持っているので、今度聞いてみようかしら?

 彼が歩き始めた。これでさよならだけど、もう少し話をしてみたい。

 なので、なぜここにいたのか聞いてみた。


「どうしてここで弾いていたの?」

「明日、外国に行くから」


 帰ってきたのは、案外重そうな言葉。本人の望まない渡航だったらイヤだなと思いつつも、更に聞いてみた。


「海外? 引っ越しなの?」


 良く見ると彼の髪は茶色に近いし肌も白い。目も覗きこむと茶色だった。外国の血が入ってるのかな? ならば帰国? と思ったら違った。


「いや、音楽の勉強」


 同じ小学生、なんだよね? 小学生で海外に音楽の勉強って、どんだけ才能あってお金持ちなんだろう。でも周囲の期待にこの年で応えるのはキツイだろうな。


「大変だねぇ」

「しょうがないよ、国内のコンクールで1位ばっかりだからさ」


 自慢か。

 一先ず「すごいね」と曖昧に笑って褒めておく。すると彼は海を見ながら、退屈そうに話しはじめた。


「ヨーロッパを中心に色んな大会に出るんだ」


 勉強といったのに大会にという、苦笑せざるをえない。もう世界を取る気?


「そうだねぇ、世界は広いからあなたより上手い人達がうじゃうじゃいるだろうね」


 彼の表情がまた不機嫌に戻った。分かりやす過ぎて、ちょっと彼を心配してしまう。そんなんでやっていける?


「俺、結構上手いんだよ、いっつも1位だし」

「だから海外に行って、世界で上手い人に習いにいくんでしょう?」


 余計な事かなとつい口にしてしまう。


「貴重な勉強が出来るだろうし、もしかしたら気のあうライバルも出来るかも! お互い切磋琢磨してさ」

「せっさ……? ま、ライバルなんていらないよ」


 本当にプライドが高そう。高いからこそ練習量がすごそうだ。でも世界の壁にぶつかって、粉々にならないか心配。


「自分が1位以外になったら、まだ自分には伸ばせる所があって更に進めるんだと感動出来るね」

「なんだよそれ、俺が……負けるみたいじゃないか!」


 私の言葉を流して、適当に話を合わせる事もできるのに……やはり彼はプライド高い。


「負けないの? あなた、世界一なの?」

「なんだよ、みんな世界のことばかり、俺1位を取り捲ったんだよ」


 彼の頭に血が上ってきたようで、頬に赤みが走る。


「もしかして、お父さんもお母さんも音楽家なの?」

「そうだよ」


 唇を噛む姿は、痛々しい。綺麗な顔で泣きそうな怒り顔は、胸を打つ。


「お父さん厳しい人で、1位取っても褒めてくれず、世界は広いからもっと頑張れって言ったりするのかな?」

「!!」


 彼はびっくりして、口をぱくぱくさせた。


「な……それを」

「あー」


 気難しい人か愛情表現が苦手な人か、私は彼が可哀想になった。


「あなたのお父さんのお父さんとお母さんも音楽家?」

「それは違う」

「お父さんはなんの音楽をしているの?」

「お父さんはバイオリン、お母さんはピアノ」


 唸ってしまう。こういう話をしていいのか悪いのか……。でも話して少しでもマイナス思考にならないようにしてあげたい。


「お父さんは小さい頃からバイオリンが出来なくて、あなたに期待してるのよ」

「期待?」

「小さい頃からそんなに出来る息子なら、世界だって狙えると私なら思っちゃう」


 彼の頬の赤みが更に増す。どうやら照れたようだ。


「でも世界って広いでしょ? 日本の中で満足して欲しくなくて、つい厳しくしちゃうんだろうな」

「厳しすぎるよ。いつもレッスンばかり……」


 そうだよねー、と私は頭を掻いた。


「……練習ってさ、距離みたいなものなのよ、きっと」

「距離?」

「そう、何事も最初の1歩を踏んで、地道に歩いていくの」


 私は彼から離れると、3歩ほど歩いた。


「練習はサボればこのまま、最悪後退」


 1歩下がる。


「毎日練習すれば、限りなく先に行ける」


 私は更に3歩歩く。


「時折、歩くのが上手かったり、要領よく走ったり出来る人がいるけどね」

「……」

「私は今まで歩き続けた……練習し続けたあなたの努力は、確実に力になってるし1位という証明にもなっていると思う」


 酷な事かもしれない、もし世界に通じる力が無かったら、辛い道だよね。


「世界に出たら、もっと歩くのが上手い人たちだらけかもしれない、でもあなたもまた歩くから、もっともっと上手くなるんでしょうね」


 空を見上げると山の端が橙色に染まってきた。


「そろそろ帰らないと、お互い親が心配しちゃうね」

「うん……」


 私は図書館の本が入ったバッグを取りに戻ると、帰り道を聞いた。


「私はこっちだけど、あなたは?」

「俺も」

「そう、じゃ行こうか」


 ほかにフォローをと色々考えた。


「海外じゃ日本と生活が違うから、モチベーションに気をつけてね」

「モチベ?」

「まあ、頑張りすぎて体を壊さないようにって事」

「ああ、うん」

「後は生水や生卵に……誘拐とか?」


 色んな事を伝えたいのに、するりと上手い言葉が出ない。海岸沿いの通りの終点で、帰る方向が分かれた。


「あ、名前教えてよ、私は伊賀崎花音」

「天ヶ瀬司」

「覚えておくね、大会で入賞したら拍手するよ」


 彼はムッとした顔になると、入賞かよと怒った。


「じゃあ、1位狙って頑張って。新聞片手にこの人と話したことあるって自慢するから」

「信じてないな……1位になったら、生演奏聴かせに行くよ。感激させてやる」

「楽しみだな、じゃ、またいつか!」


 私は笑顔で手を振って別れた。将来有望なバイオリニストと会話できたと。


「おい!」


 大きな声に振り返ると、天ヶ瀬司が走って追いかけてきた。


「何? どうしたの?」

「これ」


 彼はバイオリンの入ったケースを持ち上げた。


「これ?」


 彼が差し出すので、ひとまず持つ。


「約束の印」

「へ? ……ちょ、待って、明日から外国で持って行くんでしょ!?」


 私は混乱してバイオリンを返そうとすると、彼は頑として受け取らない。


「もう新しいのがあるんだ。体に合わせて楽器自体を調節しないといけないから……それは少し小さい。捨てるつもりだったから、海で弾いたんだ」

「ダメだよ、今までの戦友を大事にしなきゃ」


 子供用のバイオリンとはいえ、きっと高い、コンクールに出るくらいだもの。絶対に受け取れない。


「お前が忘れないように、俺が負けないように持ってろ!!」


 無理、重い、ブツも気持ちも重いよ! 更にバイオリンは手入れをしないといけない。素人の私は無理な話だ。

 私はとっさにバイオリンのケースに付けているキーホルダーを指差した。


「ねぇ、このキーホルダーじゃダメ?」


 シルバーのキーホルダーを指差す。


「バイオリンって生き物なんでしょう? 手入れも難しいし、温度調節も……うちじゃ無理だよ」


 テレビで見たバイオリン収集家は、バイオリンの為の特別室を持っていた。


「普通の家なので、無理です」


 私の必死さに彼は唸ったが、渋々了解してくれた。すぐにバイオリンを受け取ると、キーホルダーを外して私に差し出す。


「絶対忘れんなよ」


 そう言うと踵を返して走っていった。高価なものを受け取らず、小物で済んだとホッとした。が、キーホルダーを良く見てみると、高そうに見える。


「……やっぱりこれも受け取れないよ!」


 急いで後を追いかけるも、大通りで見失った。車の通りはあるが、人の姿はあまり無いのに。

 きらりと光るキーホルダーを手に、私は悩んだ。


「親にどう説明しろと言うのよ」


 子供がこんなのを持ち帰ったら、色々疑われる事間違いなし。貰ったといって信じてくれるかどうか。そういや、そんな話見たことあるな……。

 親への説明を考えながらぼんやりと帰途についていると、思い出してきた。


 これは、知っている話だと。いや、知っている話に似通っている、と。



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