始まりの日
4月吉日、晴れ。
桜が散り始めるも、春の陽気に満ち溢れた明るい季節。
何かを予感させ、期待が大きくなる……そう、私にとって待ちに待った日。
やっとはじまる。
すべてはこの日の為に。
「長かった、本当に長かった」
毎日頑張った。
4月に入ってからは、不安と期待で眠れない日も、怖気づいて逃げ出したくなる日も多々あった。
でも、中途半端にやらなかった事を後悔する様な目にあいたくないと乗り越えた。いや、乗り越えた、はず。
部屋の角にある姿見の前に移動し、端から見ておかしな所はないか、見落としはないか確認する。
「よし、髪の毛も制服も、問題なし」
用意に満足すると鏡を真正面に軽く睨み、気持ちを引き締めた。
「花音」
「要? おはよう」
窓際に近づくと、幼馴染が笑顔で迎えてくれる。
彼の名前は大河要。彼は私にとって幼馴染なだけじゃない、重要な仲間であり大事な参謀である。
お隣の家とうちは、間取りが鏡を写したよう同じだ。なにせ分譲一戸建てだからね。2階のちょうど私の部屋と対象になるように、彼の部屋がある。
もう姉弟と言っても過言では無い関係なんだけど、これが本当に口煩い。中学生になった途端、カーテンレースをお互い外さないよう要求してきた。今でも声掛けでよく窓越しに話しているのに……。
彼曰く、プライバシーは大事だから、だそうだ。
「とうとう来たな、この日が」
要が感慨深く腕を組んだ。
「ええ、来ちゃったわね」
私は仁王立ちで頷く。
今日、それは高校の入学式。私の通う学校の入学式だ。
「準備できた?」
「もちろんよ!」
拳を握り、要に掲げてみせた。
「予想外な展開にだろうが対応して見せるわ」
「一先ずは情報収集かな」
要の目がマジになった。
「そうよね、間違いがないか確認しておかないと」
見落としが怖い。
「まぁ、無理なく頑張ってこいよ」
彼がノートを持ち上げる。マル秘と書かれた普通のノートだ、少しヨレているけど。ここ数年、私と彼の苦労が詰まった大事なノート。
「わかってるわよ……」
なんとなく不安を感じてしまい、忘れ物は無いかと通学カバンを再度チェックする。
要はサポートキャラの所為か、情報管理に関してとても厳しい。そして観察能力がハンパない。どう解釈すれば、そう先を見通せるのか謎だ。
「設定では優しく語りかけてたのに……」
聞こえないように小声で言ったのに、しっかり聞こえていたようでやっぱり注意された。
「優しいだけなら成長しないでしょ? 成長したくないならそう扱うよ?」
「うっ」
「それに本音を聞こえるよう話さない。気付いてほしくて呟いてるの?」
しっかりしていて、本当に中学生か疑いたくなる。
「あと、花音は予想外な事に対してすぐにテンパるから、変な希望的観測で対応しちゃダメだよ」
「へ……?」
要は大げさに溜息をつくと、ノートを振る。
「だ、か、ら! その場しのぎが下手だから沈黙しとけってこと」
「くっ……」
「泣いて俺に助けを求めた事忘れたの? 理解のある俺で助かったね」
……先程入れた気合が薄れてきそう。
今から一人で上手くやれるのかしら? 確かにテンパって要に助けを求めたのは事実だ。そう動いた自分を呪いたい。
でも、今更だし後悔はしていない。今では力強い仲間なんだから。
「ほらほら、ぼんやりカバンを確認してるんじゃ、後手後手になるよ」
「はーい」
うん。こんな私だからこそ、終始確認が必要だ。後から気付いたじゃ、手遅れになる可能性が高いもんね。
「ホント、しっかりしてよ」
半眼で睨まれる。
「はーい、ワカッテマス」
よし、と頷くと彼はマル秘ノートを開き、一癖ありそうな笑みを浮かべた。
「来年が楽しみだよ。早く俺も高校に行きたい」
「それまでには数人はクリアしときたいな」
人数を思い出して軽く眩暈がした。このゲームはかなり人数がいる。いや、普通かなぁ?
「はいはい。下手に動かないでね」
「こればっかりはねぇ」
私が苦笑してると母親の声が階下より聞こえた。
「ヤバイ、そろそろ時間だ。じゃ、要また後でね」
「いってらっしゃい」
お隣さんに手を振り、私は一階の居間へ急いだ。
「そろそろ出た方がいいんじゃない?」
「ありがとう! いってきます」
私はカバンに入れて置いた眼鏡ケースを取ると、伊達眼鏡を掛けて玄関へ向かう。
「なんで眼鏡を掛けるの?」
不思議がる母親にはおしゃれだと笑い、扉を開けた。
そして、私立星雲学園高等学校へと向かう。
通学時間片道15分となかなか近場の学校。主人公は近くだと言う事と、偏差値で決めた。私もきっと同じ判断を下すだろう。
主人公 伊賀崎花音。
それは私の『今』の名前と同時に、あるゲームの主人公の名前でもある。
恋愛シミュレーションゲーム「恋する星のメロディ」
この世界の話。