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三月『桜』

「私たちの桜」

 卒業式と言えば、春だ。


 春は、出会いと別れの季節である。入学式に、卒業式。そして恋を象徴する言葉も春だ。そこにはやはり、様々な喜びや、悲しみ、そして新たな希望が含まれている。


 その光景たちは、それだけでも十分に美しい。だけど、やはりそれだけでは少し物足りないだろう。


 だから、それを彩るのが桜なのである。


「そう、桜なんだよ」


「え、突然なんだよ」


 私の心の中なんてわかるはずがない優が、頓狂な声で私の言葉に返事をした。その顔は受験勉強での疲労からか、少しだけ不健康そうな顔色をしている。昨日で試験が終わり解放されたとはいえ、一日二日で治るようなものではないのだろう。そしてきっと、私も同じような顔色をしている。でも、そんなことはどうでもいいんだ。


「桜が、必要なんだよ」


 何故なら明日は、卒業式だ。しかし、明日は三月一日。あまり暖かくないこの地域では、桜はまだつぼみをつけているかどうかさえ怪しい日付である。だから、入学式の時には満開を迎えて新入生たちを笑顔で出迎える桜たちも、今はまだ冬眠中なのだ。


「……いや、さすがに明日は無理なんじゃないか?」


 私のいいたいことをくみ取ったのか、優が苦い表情をしながらそう言った。さすが私と小学校時代から付き合ってきただけのことはあるなと感心しながら、予想通りの言葉に私は満足する。その笑顔を見て、優が怪訝そうな顔をしているが、そんなことは気にしない。


「そうだよ」


 だからこそ私は今、優にその話をしているのだ。そして、優を連れて近所のホームセンターに来たのだ。優も、今自分の目の前にある売り場に目を向けて、私の真意を掴んだらしい。苦笑を含んだ笑いを浮かべたまま、私に顔を向けた。


「おい……、お前、本気かよ」


 でもその言葉に、拒否の感情は全く込められていない。それでこそ優だと私は笑って、目の前に置いてあるピンク色のペンキの缶を手に取った。


「そう、咲かないなら、咲かせてやろうじゃないの」


 鳳仙花は、その昔染色料として使われていたらしい。


 だから、鳳仙花である私も染めてやろうじゃないのさ。


 ただし、衣服や、唇とかではなく、


 木を、だけど。


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


 私も優も、神ではない。


 だから本当に桜を咲かせることなんて、できないのだ。


「……風船と、ヘリウムガスと、ペンキ。いや、どう使うんだよこれ」


 優が、今買ったものを見て不思議そうな声をあげる。ヘリウムガスを見つけることができてご満悦の私は、ホームセンターに感謝しながらしていなかったらしい説明を始めた。


「桜を、咲かせるの」


「いや、それはさっき聞いたけど」


 あ、それは言ったのか。じゃあ、今説明できることはない。でも、言わないと優がずっと私に説明を求めてきそうなので、何かを続けなくてはならない。うむ……、こういう時に口下手だと損をする。


「俺はてっきり木を塗るのかな、って思ってたんだけど」


 そう私が悩んでいる間に、優が勝手に話題を提供してくれた。私の口下手を考慮してくれたのかは知らないけど、ありがたい限りである。それでこそ、私がふれることを許した相手だ。私の目に狂いはなかったということだな。


「私も、最初はそうしようと思ってたんだけど……」


「けど?」


「それじゃ、あまりにもみすぼらしいかなって」


 実際それは家の月桂樹で検証済みだ。植えたばかりでまだ背の小さいこともあったのだろうけど、枝を塗るだけではあまりにもみすぼらしすぎる。葉っぱもまだあんまり見られないこの時期に、例え大きな桜の木だったとしても、いい結果は見込めないだろう。


「ふーん……、まぁ、そうか」


 結果を想像したのか、優は何度か頷いて、納得した様子だ。それと同時に肩を回して、首を鳴らす。そんな様子を見て、私は一度も持ってないのでわからないが、ペンキの缶二つと、ヘリウムガスが十缶ほど入ったビニール袋はさすがに重いのではないかと申し訳ない気持ちになってきた。


「……持とうか?」


「ん? いや、大丈夫だぜ。気を遣ってんじゃねーよ」


「……ごめん、ありがとね」


 さも当然かの様な口ぶりなので、追求することをためらって、結局任せることにした。いくら私が女子で、優より力がないとはいえ、さすがに任せてばっかりなのはな……、と思ったんだけど。


「あー、じゃ、こっち持ってくれ。両手塞がってると、転んだら危ないからな」


 そういって、優がペンキの入っていない方の袋を私に差し出してきた。私は「ん」と短い返事だけを返して、その袋を受け取る。


「……軽い」


「風船だからな」


 持つのを代わったことに恩恵はないのではないかと思われるほどの軽さだったので、またもや私は複雑な気持ちになったが、何を言っても無駄なのだろうから、諦めることにした。荷物を預けてくれただけ、マシか。それが優というやつだ。


 それからしばらく他愛のない話をしながら歩いて、私の家に着いた。最寄りのホームセンターと言ってもさほど近いわけでもなく、十五分ほど歩かなくてはならないので不便だ。と、どこに文句を言ったらいいのかもわからないが、ここは市の中心から少し外れた田舎町なので、仕方がないとわりきって、家に入る。


「お邪魔します」


「誰もいないから、気にしないで」


 祖母も祖父も、今日は老人会の集まりだとかなんとかで、朝から家を出ている。よって、今は誰もいない。何でも好き勝手し放題だった。いや、別に本当に好き勝手するつもりはないんだけど。


「んで、これどこに運べばいい?」


「えーと……、ひとまず私の部屋かな」


 玄関から入ってすぐのところにある階段を、優を先導しながら登っていく。重い荷物を持っている優はやはり辛そうだが、決して私に荷物を渡す気はないようだ。少しだけそれを不満に思ったが、どうしようもないので先に部屋の扉を開けて、優が中に入るのを待つことにした。


「お、ありがとな」


「ん」


 感謝するのは、こっちなんだけど。そう口にするのはやめておいて、優が部屋に入ったのを確認してから、私も部屋に入る。二月の後半、というか最終日と言えども寒い物は寒いが、今後やる作業の支障になるので、扉は開けたままにしておいた。ついでに、窓も開け放つ。


「……いや、何してんだよ。寒いだろ?」


「仕方がないの。……寒い」


「ほら、上着かしてやるから。で、何だこれ?」


 さりげなく私に上着を着せながら、優は作業に備えて腕まくりをした。「寒くないの?」と聞いたら、「別にー」と答えが返ってきたので、好意を受け取っておくことにする。今日は、甘やかされてばっかりな気がするぞ。受け取る私も私だけど。


「これが、桜だよ」


「……いや、どっからどう見てもピンクの紙だが?」


 優が部屋一面に広げられたピンク色の紙を見て、そのままの感想を述べる。そろそろ察してくれないものかな、と思ったけど確かに想像しづらいだろうので、説明してあげようじゃないか。実は説明するのを心待ちにしていたりいなかったりしていたのだが、まぁ、それはいい。


「これは、私が前に買っておいたピンク色の紙をガムテープで張り付けたもの。破れないように二重にしてる」


「……お、おう。そうみたいだな」


 優が床に胡坐をかいて座り、紙が二重になっていることを確認する。強度的には紙を二重にしているので不安ではあるが、一重のままにしているよりは断然ましだと思う。


「折りたたんであるからわかんないだろうけど、まだまだこの紙は大きいよ」


 信じられないほどの時間とお金をかけて作ったのだから、という言葉は呑み込んでおく。だってまた気

を遣われそうだし。受験勉強にいやになって作っていただけなので、別に気を遣われたくはないのだ。


「桜の木の枝を、覆えるくらいにはね」


 うちの学校で一番小さいやつだけども。さすがにこれ以上大きなものを作るとなると、私の受験と財布が吹き飛んでしまうことになるから、最低限の大きさで我慢するしかないのだ。さすがの私も、人生は投げうてない。


「えー……、あ、何となくわかってきたけど。明日までだぜ?」


 優が笑いながら、こちらを見てそう言った。言葉とは裏腹に、その顔をしているってことは、


 わかってるんでしょ?


 優。


「それでこそ、私たちじゃない」


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


「……こんなもんか?」


「……そうだね」


 ピンク色の紙に無数に飛び散った紙の色よりも濃いピンク色の斑点を眺めながら、二人で頷きあう。その作業の代償として、私の部屋の白い壁は桜色に染まってしまっている。季節の先取りか、うらやましい、とは決して思っていない。後でどう謝ろうかと頭を悩ませるばかりである。


 でも、まぁ、いい。


 これで下準備は完了だ。


「で……、これなんだ?」


「えー……、わからずやってたの?」


「おう」


 優ははけにペンキをつけて紙にただ散らしていくという作業を、なんのためかわからないまま進めていたらしい。説明不足の私が悪いが、何か疑問を持てよ途中で。


「ピンクの紙だけじゃ、桜にしては見てくれが悪いじゃない? だから、柄をつけたの」


 無造作に飛び散ったピンク色のペンキを今見ても全く綺麗には見えないが、遠くから見るとそれなりの効果を発揮してくれるだろう。これは実験はしていないのでよくわからないが、きっと効果を発揮してくれるはずだ。そんな不確定なことのために部屋の壁を……、いや、今はそれを考えるのをやめよう。卒業式の前に泣きたくはない。


「あー、なるほどな。こんなもんでいいのか?」


「ん、多分」


「おーそれはよかった。……にしても、もうこんな時間か」


「そうだね……」


 開け放たれた窓から吹き込んでくる風が、夜の訪れを告げている。冬も終わりに近づき、日が長くなっているにも関わらず、太陽なんて全く気配のないほどに夜が更けてしまっていた。予定では夕方には作業が終わって、一度休憩を挟んで学校に向かう予定だったが仕方ない。祖父母が帰ってきていないことだけに感謝するとしよう。


「間に合うのか?」


「んー……、予定は立ててるから、間に合わないことはない、と思う」


「そうか……、まぁ、急ぐか。どう運び出すよ?」


「……強引に」


「ですよねー……」


 何重かにたたんでも部屋の床を埋めてしまうほどの大きさなので、扉から出すのは至難の業だったのだが、なんとか部屋の外に運び出して狭い階段を紙の上部と下部を手分けして持ち、玄関へと向かう。玄関に到着した時点で、いったん優に紙を一任して、二階に他の道具を取りに行き、再び玄関に舞い戻った。本当はこっちの準備も済ませておくべきだったんだけど、まぁ、仕方だがないだろう。むしろこっちのほうが体積は小さいだろうし。


 うちから私が通っている高校は比較的に近く、自転車に乗れば十分足らずで着いてしまう距離だ。私は普段自転車通学なのだが、この大きな紙を持ったまま自転車乗ることは、すなわち死ににいくこととほぼ同じなので、諦めて徒歩で行くことにした。やはりそこまで時間はかからず、二十分ほどの道なのだが、今の状態では、予想外に二倍の時間を取ってしまった。


「着いたけど……で、どうする?」


「あの木を覆うんだよ、これで」

 そう言いながら、まっすぐ前を指差す。そこにはちょうど、背の低い桜の木がある。所々に蕾があったりするけど、卒業式を彩るにはずいぶん物足りない。


 だから、私達が彩ってやるのだ。


 ありがた迷惑だろうし、誰もそんなこと望んでないけど、


 これが、私の、いや、


 私達の、生き方だから。


「ほー……けど、高くねーか?」


 目を爛々と輝かせながら優が私に問う。やっぱりこいつが同じ学校に来てくれてよかったな、と改めて思う。


 でも、これからは、


 ……まあ、今はいいか。その話は。


「丁度上に部室棟の窓があるでしょ?」


「……なるほどな、やろうぜ!!」


「うん!」


 優が大きな声で嬉しそうにそういったもんだから、私までがらにもなく大声を出してしまった。誰もいないのに、恥ずかしくなってしまう。私は普段クラスにいるときはずっと寝ているような子なんだ。


「どうした? やろうぜ?」


「……わかってる」


 反省して声のトーンを落とし、桜の木に近づいていく。ちなみにどうやって学校に入ったのかという話は出てくるが、うちのがっこうに校門というものは存在しないので、入り放題なのだ。防犯上それはどうなのかと思うが、校内に入られても校舎内に入られなければよいという大雑把ではあるが、確かにそうだとも思える学校側の意向で、今日の作業が可能になっているというわけだ。でもこんなに簡単に入られてしまうんだから、本当にどうなのかとは思う。


 うちの学校の校内はあまり広いとは言えず、大きな荷物を抱えて小走りをしたとしてもすぐに桜の木の前に到着した。学校の入り口(門がないので、決して正門とは言えない)から入ると、丁度桜の木が並んでいる場所に対面できるように配置された桜の木は、本当に咲き誇った日にはそれはもう綺麗な光景となる。私の入学時(鳳仙花と打ち上げ花火を読んでね)には私はこの桜に感動をしたものだ。うそだ。覚えてない。私も読み直してやる。さて、よくわからない話はやめにして。


「これ、どうやって上にあげるんだ? ほんと打ち合わせしてないとなんもわかんねぇわ」


「ま、受験もあったし、ね。優は上に登ってくんない?」


「上……? あ、部室棟か。鍵は?」


「あそこはずっとあいてるから」


 桜の木の上にある窓は新聞部の部室の窓であるが現在は活動していないらしく、時たま人の出入りを見たりするが、ずっと空き部屋となっている。そして前の代の部長がカギをなくしたままで、部室は空きっぱなしなのだ。入学時点で何かに使えないかと思っていたが、まさかそれが卒業式になるとは思わなかった。


 優が走って部室棟の階段を上って、開け放してある窓から顔をのぞかせる。それからどうするんだ? っていう顔をしているのが下からでも見えてくるので、そろそろ実行にうつしてやろうじゃないの。


 大きな紙の四つ角に取り付けたビニールひもの先端に、家にあったテニスボールを取り付けて、優の方に投げ込む。突然そんなことをされた優は、一瞬戸惑ったもののボールを受け取って、私の指示をあおいだ。そこまでしたらわかれよ、と思うのだけど。まぁ、いいだろう。


「それを、持って引っ張り上げて!!」


「あー、なるほどな!!」


 そうすれば、大がかりな機械を使わずとも、この大きな紙を持ち上げることができる。そのためには、もう一方も投げ込まないといけないので、運動不足の肩を酷使してもう一度優に向かって投げた。


「よし、受け取ったぞ!! こっからどーするよ!!」


「思いっきり引っ張り上げて!!!」


 そう私が言った瞬間に、神がすごい勢いで上に向かってひっぱりあげられる。優も受験勉強で運動していなかったのに、何だこの運動能力の差は。文句の一つでも言いたいが、これをあてにした自分がいるので、何とも言えない。


「おぉぅ!?」


「そうすると、ほら」


 紙が、風になびいて木を包み込むような形になる。この時間帯に吹く風を計算した結果だ。その代わり、優の腕にはものすごい負担となるが。まぁ、あいつの力だったら大丈夫だろう。


 風が収まる頃合いを見計らって、風になびいているもう一方の端にある二本のビニールひもを手に取り、ぎりぎり手が届く高さにある枝に結び付ける。優が持っていた方も、部室にあったらしい古新聞紙を結んで落下させて、同じように枝に結び付ける。風で苦労したものの、何とか結びつけることがかなった。


「これで完成か……?」


 降りてきた優が、木を下から見上げてそう呟いた。確かに、今の状態だとあまり感動はない。むしろ、紙がしぼんで、どことなく寂しい感じまでする。


「忘れたの? 優」


「あ……? 何をだ?」


「これ」


「……風船だな」


 そう、私が優に見せたのは今日、というか昨日か。ホームセンターで買った風船と、ヘリウムガスである。別にパーティーをするために買ったわけではない。大体そんなパーティはない。


「さて、もう一仕事」


「……やろうか」


 納得したらしい優が、頷いてその場に座った。私もその横に座る。


「さっむいな……」


「そ?」


 体を震わしながらそう言われても、私は全然寒さなんか……、あ。


「そりゃ、上着脱いでたらね……」


「あ、忘れてた。いーよいーよ、着とけよ」


「……だめだよ」


「え?」


「優も、何か着てよ」


「……んな、無茶な。ほら、やるぞ仕事」


 ふくれっ面をした私を無視して、優は風船を膨らませ続ける。これ以上言っても無駄だと分かっている私も、不満ではあるが優の横に座って作業を続けた。空気より軽いヘリウムを入れた風船は、入れきっていないのに飛んで行こうと抵抗するので、非常に空気を入れづらい。


 作業の終わりも近いが、夜明けも近い。


 そんな中、二人でこうやってバカみたいなことするのも、


 最後なのかなって、


 なんとなく、そう感慨にふけったりみたりしながら、


 高校生最後の夜は、過ぎて行った。


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


「できたな……」


「うん、できた」


 買った風船を全部膨らませ終わり、髪を風船で押し上げるのに、相当な時間を要したが、何とか夜明けまでにその作業を完了させた。空はもう白んできているが、まだ生徒が登校するまでにははやいし、大丈夫だろう。


 目の前にすると全体を見ることができないので、少しを距離を取ってその全貌を見つめる。のぼり始めた朝日に照らされた桜の木は、確かにピンク色に色づいていた。


 いや、でも、


「……微妙だね」


「微妙だな」


 二人で苦笑をするレベルだ。作った自分たちでもその反応だ。他の生徒には、嘲笑されるレベルだろう。私としたことが、受験勉強を優先してしまったことに憤りを覚える。


 しかし、だね。


 これはこれで、


「いい桜だな」


 ……おっと、口数が少ない私に変わって優が代弁してくれたみたいだ。それはありがたいけど、同じ意見なんだな、って今度は普通に笑みがこぼれる。何だか、嬉しいような、


 寂しいような。


「……別々になっちゃうね、私たち」


「……そーだな」


 優はこっちを見ないまま、他県の大学を受験した私に返事をした。優も、他県の大学を受験している。うまくいけば、二人とも来年からは離れ離れになってしまうというわけだ。だから、こういうことするのは、これで最後なのかな、ってこの作戦を考えながらもなんとなく考えてたりして、そしたら、悲しいなって、思って。


 それで……、


「え、泣いてんのか葉月?」


「……そんなこと、ない」


 朝日が眩しくて……、という言い訳ができるほど朝日が昇っていないので、苦しい言い訳をするほかなくなってしまった。優はそんな私の様子を見て、黙って私にハンカチを渡してきた。こいつは、ほんと、最後まで優しいんだな。それが私の涙をより一層強くする。


「んー……、次いつやるか、聞こうと思ったんだけどな……」


「……え?」


「いや、次いついたずらすんのかなーって」


 ……は?


 今度は言葉も失ってしまい、呆然としてしまう。そんな私を見ながら、優は微笑んで話を続けた。


「違う大学行くからって、なんだんだよ。また、どっかに集まればいいじゃないか。頻繁に集まらなくても、電話したり、メールしたり、すればいーじゃねーか。俺はこれからもお前とバカみたいなことしたいぜ?」


 ……ほんと、なんなんだこいつ。


 鈍感なようで、鈍くないし、かといって全く鋭くもないし。


 でも、こいつとだから、


 こんなこと、できるんだろうなって。


「……次は、夏ね」


「お? 楽しみにしてるぜ!」


 そういって二人で笑って、また、前に向き直る。不格好に咲いた桜がそこにはあって、私たちのことを見まもっていた。きっと、だれか教職員が来たら、激怒するような汚い、拙い、ぼろぼろの花だけど、


 それでもやっぱり、あれは、いい桜だ。


 二度と咲くことはない私たちの桜を見つめながら、私たちは朝日を迎える。


 高校生活最後の朝が、始まろうとしていた。

最後がとても急展開で申し訳ありません。

後日加筆修正いたします。

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