一月『お正月』
「終わらない年末」
「今年はまだ終わってないぜ!」
こいつは何を言っているんだろうか。
激しくノックされたドアを開けると、見知った顔が自信満々気に変な宣言をしたので、反応に困ってしまう。確かに今日は大晦日で、今年はまだ終わってないが、だからどうしたというのだろうか。
いやいや、というか僕よ、そうじゃないだろ。
「結海……、君、引っ越したはずだよね?」
「ん? もちろん引っ越したよ!」
結海はもう一度大きく胸を張った。じゃあ何でここにいるんだよ、という僕の言葉はその勢いに負けて、胸の奥に引っ込んでしまう。全く、引っ込み思案な奴だ。と誰を責めたらいいのやら。
「今年はまだ終わってないぜ!」
僕が黙っているのをみかねたのかどうかはわからないが、二回目が来た。近所迷惑なので非常にやめてほしいところではあるのだが、とても嬉しそうな顔の結海に何と言ったらいいのかわからない。僕は無力だーと感じた小5の大晦日、まる。
「こ、今年はまだ」
「とりあえず、家に入る?」
「終わってそうしようかな!」
終わってから入るのかな? と疑問に思いもしたりしなかったりしながら扉をもう一人分開けて、結海に部屋に入ることを許す。僕は今一人暮らしを満喫中なので、両親にご挨拶とか、手土産とかいらないので結海も心が楽だろう。少し言葉を飛ばしすぎか。それと、一度ためらったよね、結海。
「お邪魔したよー?」
「事後報告……? されてるよー」
何と言葉を返したらいいのかわからなかったので、こちらも現状報告のみにしておいた。何だこの会話。
「うむ……、しかし」
部屋にずかずかと入っていく結海の薄茶色の髪を目で追いかけながら、腕を組んで考え込んでみる。何だか僕、大人になった気分だ。そうでもないけど。
「にぎやかなのも、久しぶりだー」
二人暮らしで住んでいるお姉ちゃんが入院してからは、静かだった部屋の中に明るい結海の声が入ることによって、白黒だった部屋が急に彩られていくようだ。きれいかって言われたら、絵の具をぶちまけた感じではあるけどね。
まぁまぁ、たまにはこういうのもいいじゃないか。
とりあえず、結海がこの町、高ノ宮に返ってきた理由も何もかも全て横に置いといて、そう思うことにしましたー、
まる。
○ ● ○ ● ○
幼馴染の結海がこの町から引っ越していったのは、今年の夏だ。急なお父さんの転勤だったらしく、あまり現実を呑み込む暇もない中での別れとなった。産まれてこの方、お姉ちゃんの影響でひねくれた性格なので、友達の少ない僕は晴れて学校での一人暮らしを始めることとなったわけだが、そこに新生活の爽やかさもドキドキもわくわくも(以下略)ないまま、こうして年の瀬を迎えることになった。
そしてこの度お姉ちゃんがバイト先のデパートで、密室凍傷事件で入院することになったため、両親が単身赴任で県外に出ている僕は晴れて家での一人暮らしを(以下略)こうして年の瀬を迎えることになりましたとーさっ。
以上、思い出終わり。
「やり残したことがあるのよ、私には」
食卓の椅子に座りホットミルクを飲むことにより、ようやく落ち着いた結海は、何か語りだした。お姉ちゃんの椅子に座り、足を組んでいる堂々とした姿に、こちらも感服するほかない。でもなんだか、お姉ちゃんが座るときのそれと、よく似ているような気がする。
「というと?」
「んー、なんだろう。いつもは大晦日まで来ると少しは満足してるんだけどなーって思って、夏樹に会いに来た」
前後の分に少しだけ違和感を感じたけど、結海のごい力だとそうなるのか、ってしみじみ。ごいという漢字がわからない僕も、ごい力ないのか?
「僕を選んだ理由は?」
「ズバリ、新しい学校で友達ができない」
「へ、へー……?」
すごい返事のしようがない言葉を何の迷いもなく言い放った結海に、やはり返事のしようがなくなった僕は、自分の分のホットミルクを飲んで落ち着こうと試みる。うむ、ぬるいな。落ち着かないな!
「どーせ夏樹も友達いないんでしょー?」
「……いや、まぁ、そうなんだけど、さ」
痛いところをついてくる。さすが、生まれて間もないころから一緒に育っただけある。行動も不幸も同じだぜ! ……嬉しくない。
「だから、帰ってきた」
「……そうかい」
ズバリ、からずっとこちらを指さされ続けているので、そろそろ居心地が悪くなってきた。ホットミルク改めぬるい牛乳を飲みながら目をカーテンの閉まってる窓に向ける。あぁ、良い天気だなぁ、とか呟いてしまうと胡散臭さが尋常じゃないので黙っておく。
「だから、遊ぼう、夏樹!」
こちらに一本だけ向けていた指を一度収めて、逆の手を開いて僕に向けてきた。まるで僕を導いているような素振りだけど、決して道に迷ってるわけでも将来の選択に困ってるわけでもないのに。
んー、いや、でも、
「……いーよ、結海」
僕も、物足りなかったところだ。
だから、ちょうどいい。
「よし、じゃあ、まずはねー……」
遊びの予定をたてはじめた結海を尻目に、僕は自分の椅子に深く腰掛けて、天井を見つめた。年季の入ったアパートの天井は、元々白だったけど、薄汚れている。
うーむ、僕の真っ白だった今年も、
結海の足跡で、よごれ、いや、彩られるのかねぇ。
○ ● ○ ● ○
「まずはー……、まずは、どこにしようか?」
結海が僕の家に来たのは、正午ごろだったはずだ。
「んー、悩むねー」
今、時計の針は午後四時をまわっている。なのに話が全く進んでいないのは、僕の家に最新のテレビゲームがおいてあるのが悪いと思う。くそ、お姉ちゃんめ。
「そーいえば、結海どうやってここまで来たの?」
話につまってきたので、(通算会議時間、5分46秒)話題を変えてみる。確か結海が引っ越していったのは隣の隣の県だったと思うので、来れない距離ではないが、移動手段によっては日を越える。いや、そんなにまわりくどい手段を使ってはこないだろうけど、ねぇ。
「んー? 近くの駅まで自転車でー、お小遣いで行ける限りの距離電車で来てー、あとは、ヒッチハイクと徒歩」
ものすごくまわりくどい手段を使ってきてるぞ、こいつ。新幹線を使えば一時間もかからない距離なのに。
「え、いくら持ってきてたの?」
「2000円ぐらいかな?」
わーお、県またげるかねそれで。県はまたげたとしても、その先にはまた一つの県境が待ち構えている。ということは、そこからヒッチハイクでここまで来たのか、小学生の女の子が?
「偶然親戚が近くに住んでてラッキーだったのよー」
……そういうのはヒッチハイクと言わないのでは? まぁ、安心できる移動手段を使っていたので、少し安心した。
あー……、いや、でもだ。
「いつ、家を出たの?」
「昨日の……」
「もう言わなくていいよ……」
もうその時点でかなりの重労働であったことは明白なので、言葉を遮る。そこまでして来てもらったことに対する罪悪感と、そこまでして何で僕に会いに来るんだという疑問が胸の中で渦潮になって僕を吸い込もうとしてくる。実際の渦潮って、見たことないんだけどなぁ。
「いやー、思ったより遠かったんだよねー」
そんな僕の心の中の荒れ模様など知ったこっちゃないといった気軽さで、結海がへらへらと笑った。僕もそれに合わせて笑ってやろうかと思ったが、「へ、ふへへ」という何とも変質者じみた笑いしか出てこなかった。これだと年明けの学校で、「不審者出没情報」というプリントでクマ並みの扱いを受けてしまうことになる。それだけは避けたいところだ。
「でも、改めて見てみると、何もないねーこの町」
自分が元住んでいた場所を簡単にけなしながら、結海は僕の部屋から勝手に引っ張り出した近所の地図を眺める。小学校でずっと前に配られたぼろぼろのプリントは、端っこのほうが朽ちてぼろぼろになっていた。まるで僕の十一年間を表しているような……、こんなにさえないわけじゃない。
「一応、大きな町なんだけどねー……」
「まぁ、そうねー」
僕たちが、いや、僕が住んでいる町、ここ高ノ宮は、この県内では確かに大きな規模を誇っているのだが、まずその母体の県がそこまで発展しているわけではないので、井の中の蛙が何とやら状態だ。一通り全国に展開している大きなデパートとかも存在しているけど、少し外れた場所に行ってしまえば、そこは昔ながらの田園風景が残る素敵な空間になっている。こーいうのをギャップ萌えというらしい。お姉ちゃんがほざいていらっしゃったことを思い出して、来年に持ち越したくはないのですぐに丸めてクズ箱に捨てておいた。
「……よし、決めた!」
「お、おぉ、これまた急だね」
僕が頭の中を年末大掃除をしている間に、何かを決意した結海が、お姉ちゃんの椅子から勢いよく飛び降りる。あまりの勢いだったので、目の前にある机に体を打ち付けてしまったことは言うまでもない。僕の友達、わかりやすすぎる。
「私たちが向かうは……」
「うんうん」
「外に出てから決める!」
「……うん、う、うん」
随分と理解に苦しんだ僕を尻目に、やる気を出した結海は三杯目のぬるい牛乳改め冷たい牛乳(ただの牛乳ともいう)を飲み干して、マグカップを叩きつけるかのようにテーブルに置いた。お姉ちゃんのだから割ってしまうと後で面倒なことになるのだが、マグカップの耐久力をあまり侮らない方がいいらしい。見事に端の方がかけている。今の想像だけで、僕の動揺は滲み出ていることだろう。
「あ、ごめん。でも、いくよ!」
一応その事実には謝りながらも、結海は途方に暮れかけた僕の手を引っ張り、玄関の方へと走っていた。まだパジャマ代わりにしているジャージを着ている僕に、身支度とかさせてくれる心の余裕ぐらい持ってほしいところだ。最近の日本人は、忙しそうすぎていけない。今の想像だけで、僕の以下略。
「さーさー、来年は待ってくれないし!」
そこで一度結海は叫ぶのをやめる。確かに来年は僕たちがもたもたしていることなんて全然考えてくれないだろう。そんなにいちいち一人一人の用事を待っていたら、いつまでも今年何て終わらない。
で、それはわかったから。
「続きは、何なんなんだい、結海?」
「私の親は待ってくれないよ!」
…………………………………………………………?
????
何言ってんだ、こいつ?
……あと、何でその言葉の真意をすぐにつかんじゃうのかなぁ、僕も。
○ ● ○ ● ○
「いやぁ、お母さんたちに伝えるの忘れちゃってねー」
てへっ。
じゃ、ねーっての。
「じゃあ……、君は今丸一日行方不明ってことかい?」
「そういうことになるのかなー。親戚のお兄さんが何とかしてくれると嬉しいんだけどー」
少しだけ僕が説教をして身支度を終えた後、僕たちは大晦日の夕空の下にくりだした。すでに午後五時をまわっている町は、もう随分暗くなってしまっている。暖房で温度の調整された部屋から急にこんなにも自然の驚異を体全体で受け止めることになってしまったので、体も「何で年末になってまで……」と随分動くことを怠けているのか、僕たちの歩みは非常に緩慢だ。何だか、結海が引っ越す前の登下校を思い起こさせる。口を動かしていると、案外歩みは進まないものだ。
「そのお兄さんって、どんな人?」
「ん? んー……、大、学生?」
すごく悩んだ末に、結構漠然とした答えが返ってきたので、僕も返事に困ってしまう。どれだけ素性が割れてないんだその人。最早職業さえも不明なのかよ。
「でも、いい人よ」
「そうなんだ?」
「多分」
一言多いんだ結海は。だから、すぐに周りの女の子と喧嘩になってしまっていた。懐かしい記憶が、頭の奥の方からやってくる。手を伸ばしたら触れられそうなそれらは、淡く光っていた。でも、それを本当に掴もうとした僕の手をすり抜けて、空高く昇って行き、見えなくなる。
「ね、夏樹」
「ん? 何だい?」
「手、寒い」
そんな単語だけを並べられても困るんだけど。それに僕をカイロだと思わないでほしい。僕は振ってもなんともならない。暖かく何てなりやしないし、チャリチャリと不良さんたちが喜びそうな小銭の音もならない。ただ純粋に脳みそが揺れて馬鹿になるだけだ。
「うん、そうだね。僕も寒いよ」
「さーむーいーのー」
そう駄々をこねるように言いながら、結海は右手を差し出してくる。なるほど確かに手袋も何もつけていないその手は寒そうだ。うむ、寒そう寒そう。
「てーをー、かーせっ!」
「……わかったよ」
このままでは本当に駄々っ子のように地面に寝転ばれてしまうので、その手をおとなしく握る。こんなに寒い中、結海をアスファルトという名の高反発枕と敷布団に寝かせるわけにはいかないのだ。
「それでいいのよ」
結海はそう言って満足そうに笑い、僕を先導するように引っ張る。成長期を先に迎えている結海は僕より身長が高いので、傍から見ると兄弟のそれに見えないこともない。というかそれにしか見えない。でも文句を言って改善されたためしはないので、黙っておとなしく横暴に従うことにする。
「ねぇ、結海」
「なーに?」
「目的地は決まったの?」
「んー……、どーしよーかなー」
そう言いながらも迷いなく一方に歩き続ける結海ってすごいと思う。このまままっすぐ進むと、商業施設が立ち並ぶ方角なので、別に楽しそうなことがないわけじゃないけど。
「んー……、じゃあ、よし、あそこに行こう!」
と言って足を止める結海。手を引っ張られている僕も自然とその場に立ち止まる形になる。行こうと決めて止めるとは斬新。と思いながらその動向を見守る。すると、結海は今来た道の方に振り返り、ずっと遠くの方を指さした。ん? 夕日に向かって走る的なあれかな? と思うほど遠くを指さしている。
「夕日なんて出てないよ?」
「ん? そりゃ東だもんね」
冷静に突っ込まれてしまった。いや、それは俺も知ってるんだよ。結海が何を指さしたかもぶっちゃけ分かってるんだよ。だからこその誤魔化しなわけでですね。って、誰に弁明してるんだ僕は。
「私たちが向かうは、そう!」
結海はもう一度強くさっきの方向を指さす。指が向いているのはその辺にある家などの建物の高さは遥かに超えていて、でも、空に浮かぶ茜色の雲よりは遥かに下にある。
そのぐらいの高さにあるものと言えば、あまり宛はないだろう。
僕は行き先をわかっていながらも、その言葉の続きを待つ。そんな僕の様子を見て得意げに笑った結海は、疲れなんて言葉を知らないのだろう。
県を二つまたいだその足で、
お前は山に、登るというのか。
「鈴音山だ!」
○ ● ○ ● ○
「……ねー、あとどれくらい?」
「……わからないよ。真っ暗だし」
山を登ろうと決意し、意気揚々とそちらに歩いて行った結海は、「腹が減っては山登りはできぬ」と、かなり正論なのだが、なんだか受け取りがたい言葉を放って、意気消沈で山に向かっていた僕をファミレスに強制連行。そして「お金なんかあると思ってる夏樹の方がおかしい」という独自の常識を披露し、「食い逃げかー。年の瀬に食い逃げして捕まるのかー」と脅迫。僕から490円を見事奪い取ることに成功した。僕の友達、めっちゃ理不尽。
「すっかり真っ暗だねー」
「そりゃもう十一時だしね……」
ファミレスで腹ごしらえを終えた後、お金を支払い、店の外に出た瞬間に結海が僕の背中に寄り掛かってきたので何事かと思ったら、「お腹いっぱいになったら、眠くなったよー……」という動物的本能に忠実であることを宣言されて、自分より身長の高い結海を背負って、一度僕の家に帰還した。僕たちが最初に進んでいた方角と、鈴音山の方角の丁度真ん中あたりに僕の家があったことが幸いして、すぐに帰宅することはかなったのだが、ここで僕も疲労で寝てしまって、結局二人して目が覚めたのは夜の10時をまわったころになっていた。
それで今に至るというわけだ。
「確か、こっちじゃなかったかなー?」
「適当に進んでるの?」
「失礼な」
「じゃあ何か根拠があったり?」
「勘」
それを適当というのだと1時間ほど説教に時間をさきたいところだが、もう時間がない。結海曰く、「今日中に見つけれないと、意味がないのー。夏樹なんて嫌いなのー」というわけらしい。僕が悪いのかは永遠の謎だ。迷宮入りでもある。つまり納得できない。
あ、そうだ。そういえば説明し忘れているが、僕たちは現在、鈴音山の山頂付近に存在している、鈴音神社という神社を探している。普段祭がある時には山の麓にある神社で催されるのだが、僕たちが目指しているのは、何て言ったらいいのだろう? 本殿? 総本山? 何か、そういうやつだ。本物の鈴音神社と言えば、なんだかかっこいい感じになるが、そういうことである。
「懐中電灯ぐらい、持ってくりゃよかったねー」
「そーだねー……」
目の前に立つ木以外はほとんど真っ暗闇で、何も見えない。先を歩いている結海と握り合っている手だけが頼りだ。その先導者も、頼りにしているのは勘だというのだから、たまったものじゃない。
「山登りするなら、スニーカーにしとけばよかったー」
一人不満げに呟いた結海の足元を見ると、確かに履いているのはショートブーツで、真冬の登山には決して向いているとは思えないものだった。山に登るつもりだったのならスニーカーで来ればよかっただろうし、スニーカーで来なかったなら山に登らなければよかったんじゃないかなって思った僕はおかしいのでしょうか。誰かに聞きたいけど、周りには木しかない。ざわめきという返事を返すことさえできない木たちは、黙って僕たちの様子を見下ろしていた。
「……なんか、思い出すね」
「ん? 何を?」
突然思い出話をしようとした僕に、結海が不思議そうな視線を向ける。僕は居心地が悪くなりながらも、その問いに言葉を返す。喋ってでもしていないと、体が冷え切って動けなくなってしまいそうなほどの寒さだ。
「去年の遠足の時も、僕らこうやって山に登ったじゃん?」
「あー……で、迷ったよね」
「そうそう」
さばさばしている結海の口調も、その時から変わっていない。何だかなつかしさと、その時の疲労感を思い出して、苦笑いになってしまう。今年あんまり感じていないそれは、嬉しいような、騒がしいような。
「二人で迷って、でも、結局到着した」
「それまでの過程が大変だったけどね……」
僕らが通っていた小学校は僕の家と鈴音山の中間辺りにあったので、鈴音山が最寄りの山(表現があっているのかはわからないよ)である。よって、五月にクラスの親睦を深めるという目的で行われる遠足の場に、この鈴音山の。僕たちが今向かっている鈴音神社が毎年標的とされているのだ。学校から山が近いということはいいのだが、その山の高さと、荒れた道が、小学生たちの親睦を深めるどころか心と体に深い傷を残すことも毎年恒例行事となっていたのだが、僕と結海の二人はクラスの親睦を深めるという目的を完全に無視し、途中で勝手に休憩をきめこんだ(結海が)挙句、道に迷い、下山することすら不可能になったのは記憶に新しい。
「いーのー、到着したんだからー」
「……夜にね」
「……いーのー、到着したんだからー」
あれ、結海が壊れかけの蓄音機みたいになった。それに少しためらいが見えた、というところで説明でもしよう。そうでもしないと頭の中が寒いで埋め尽くされる。そんな文章誰が読みたいというのだ。いや、こっちの話として。
まず休憩を取ろうと言い出したのが、正午ごろだったと思う。そこで、道の端にあった木に寄り掛かって、仮眠。僕も疲れ切っていたので、起きることができず目が覚めたことには辺りが真っ暗、そしてお先も真っ暗になった。そこから下山する道も見失った僕たちは、逆に登ってしまえば何とかなるのではないかという謎の持論を展開(結海論)、見事深夜十二時に誰もいない鈴音神社に到着したということである。次の日までそこで睡眠をとっていた所を、警察に発見されて無事帰宅に至ったという話だ。
「下山した方が、早かったと思うのに」
「登りたかったんだから、いーの」
はぶてたように、結海が僕から目を逸らす。それでも前に進むことはやめないとことも、あの時から変わっていない。今も真っ暗で視界が悪いはずなのに、まるで道しるべでもあるかのごとく突き進んでいる。まさか去年の遠足で通った道筋を覚えているはずもないだろうに。
……もうそろそろ、十二時になるころかなー、ってぼんやりと考えてみる。そうか、今日の場合は除夜の鐘が鳴ったらわかるのか。そういうのもなかなか風流……なのか?
でも、鈴音神社にたどり着いたところで、結海は満足するのだろうか。言ってはなんだが、鈴音神社に、そんなに一日かけてくるほどの楽しい物があるとは思えないんだけど……。
結海は一体、何がしたいのかな。
「……駄目、いそごう、夏樹!」
「……え、うぇ?」
何でか知らないけど、いきなり走り出した結海に引きずられる形となって、荒れた道を強制的に進めさせらる。戸惑う僕の体も精神もおいて行かれた僕は、やられるがままに引きずられて足を地面にががががって、がががががががっさせてしまう。ごめん足、と謝ろうと思ったが舌噛むよ!
「ゆ、ゆ、ゆゆゆゆうううぅぅ!?」
「はやく、はやく、急がないと……!」
先ほどまで完全に獣たちが通るための道であったはずの道が、急にその草木の数を減らして、人間がにこにこ笑顔で歩ける道になっていく。あれ、これは、もしかして……?
あたりの、道?
「と、うちゃく!」
ごぉん
結海が叫んだところで、大きく、鐘の音が聞こえた。その言葉と音とともに、草木が完全に開けて、結海がその場に倒れ込んだ。手を繋がれている僕も、自然とその場に倒れ込む形となった。無遠慮に地面という自然の敷布団にダイブを決め込んだ僕らではあったけど、地面は僕たちを受け入れてくれるようだ。
「間に合ったー!」
ごぉん
結海の叫びに対応しているかのように除夜の鐘が鳴る。すぐ横にある建物のなかからなっているそれは、心の底から響かせてくる低い響きを持っている。その響きを感じて、あ、頂上まで登りきったんだなということが実感できた。
「それで、今年は……去年は終われたのかい?」
「んー? ……うん、終われた」
何ですこしらめらいぎみなのかどうかは、わからないけど。結海は僕の問いに、少し控えめに頷いた。「あ……、雪」そんな僕の頬に、冷たくて小さな白い粒が直撃する。その一つにならってどんどん降り出した雪が、僕たちの視界を埋め尽くした。何を思ったのか、空に向かって思いっ切り突き出した、手に雪があたり、少しの熱を奪って、消えて行く。
「私……、夏樹と遊びたりなかったの。遊ぶ方法なんて、何でもよかったの」
「……そうかい」
「うん」
迷いなく言った結海の方を一瞬向いて、何だか少し照れくさくなって、また空を見上げた。本格的に降り出した雪は、新しい年の門出を表しているかのようであり、本当に真白である。
これからその白たちは、どうやって彩られていくのだろう。
それは、わかんないけど。
ごぉん
きっと、この除夜の鐘が百八鳴るころには、もうこの町にいない結海と同じ色に、今年も彩られていくんだろうなって、
それならいいなー、って、
思いました、
まる。