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バークスの記録

彼女は俺の前を黙々と歩く。


「どこにいくんだ?」


「最奥の機密データベースさ」


そも何でもないかのように彼女は言う。

機密データベース?そんなものがここにあるというのか?


「その通りさ」


俺の表情を見て、彼女は言う。


「なぜ、そんなものがここにって?それはね」


そう言い、彼女は俺を見る。モザイクがかった顔の表情は見えない。


「君がいるからさ」


「・・・・・・・・・・」


「理解できないって顔だね。でも、事実だ」


そう言い、彼女は芝居がかったように両手を広げる。


「未完成のイヴに、君は最後の鍵を与えた。それが、世界を動かした」


「言っている意味が」


「時に、少年」


彼女は俺の質問をとぎると、俺に問いかける。

目は見えないのに、瞳が俺を睨んでいるかのように錯覚さえ覚えてしまう。


「君は、この国の姿を知っているかい?」


「?なにを」


そんなもの、当たり前のことだ。誰もが知っている。

俺のすむこの国は日本で、世界有数の経済大国。そして、俺はその国のしがない田舎に住む一学生でしかない。

そんな俺の認識を、彼女はあざ笑うかのように息をつく。


「なにも、知らないんだな」


そう溜息をつき、「まぁ、仕方ないか」と彼女は呟く。


「教えてあげるよ。まだ、データベースまではしばらく歩くことになるから」


そう言って、彼女は再び歩き出す。

底知れぬ不安はあったが、俺は、歩みを止めることはできなかった。

彼女の反応から、俺の常識はきっと、彼女にとっての常識ではないのだと、俺は感じていた。



「2056年の第三次大戦。二十年の戦争によって、大地も海も空も汚染された」


彼女はまず、そう切り出した。

教科書にも載っている、当たり前のことだ。

北極圏は人が住めなくなり、ほかの土地も生存が厳しくなり、生態系が崩れた。地球を脱し、マーズ寺フォーミング計画の実施も考えられ、数年後には火星移住が開始されていた。


「中東および、戦後の混乱で崩壊した中華帝国は米国中心のイーラとロシア帝国に併合。そして、今日に至るまで、冷戦のような状況は続いているも、概ね平和。これが、君の知る歴史のはずだ」


「まるで、違うって言い方だな」


「ええ」


こともなげに彼女は頷く。


「まず、イーラとロシアの対立、なんてものがないのよ」


いいえ、と彼女は首を振る。


「そもそも、世界にはもう、イーラもロシアも、それこそ、国というものは存在しないわ。一つを除いてね」


「そんなわけはないだろう。最近のニュースでは、米国の大使の話もあったし、旧中国地区での反日運動とか・・・・・・・・・・」


俺は思い出す。

ニュースではいまだに、毎日のように米国の名前が出るし、米国や英国が中東ゲリラとの戦闘に明け暮れている、と聞いている。

国が存在しないのなら、そんなニュース流れるはずがない。

彼女の言っていることは、あまりにもおかしい。

そもそも、国が存在しないなら、俺が住むこの日本は一体どうなのか?

いや、待てよ。俺は一つの引っ掛かりを覚えた。彼女は先ほど何と言った?

「一つを除いて」?


「まさか、な」


俺は頭の中で考えたそれを否定する。

だが、そんな俺の考えを見抜いたかのように、彼女は頷く。


「そうよ、今君が考えた通り。今この地球上に存在する唯一の国家。それは日本よ。

 そして、世界を支配しているのもね」


「おかしすぎる!それじゃあ・・・・・・・・」


彼女の歩みが止まり、俺は声を止め、前方を見る。

厳重にロックされた鉄の扉が、前方にそびえる。


「詳しいことは、今から見せてあげるわ」


そう言い、彼女は懐からカードキーを取り出し、扉のロックを解除する。

重々しい音を立てて、扉が開く。


「今ならまだ、引き返すこともできる。これを知った時、あなたの世界は完全にその色を変える。そして、あなた自身にも変革をもたらさずにはいられない」


彼女は振り返る。


「それでも、先に進む覚悟はある?」



覚悟なんて、ない。

だが、俺は知る必要がある。

メリダのことを、世界のことを。

もう、待つのは厭だ。状況に流されるだけの日々は、もう、終わりにしよう。


「ああ」


たとえ、それが開いてはいけないパンドラの箱なのだとしても、俺は進まなければならない。


「・・・・・・・・・・そうか」


彼女は静かにそう呟くと、扉の奥へと進む。

俺も、そのあとに続いていく。





俺たちの進んだ先には、大きな柱があった。

無数のコードが天より伸び、繋がっている。周囲が忙しなく点滅し、ピコピコと音を立てる。

SF映画の施設のようなそこ。

彼女は歩き、その柱の横にある、操作パネルを弄る。

すると、柱の上部にモニターらしきものが現れる。


「・・・・・・・・さすがに、ガードが固いな」


彼女はそう言い、数分、苦戦してやっとガードを崩すことに成功したようだ。


「今から、ある映像を見せる。それは、とてもショッキングなものだ。だが、必要なことだ。目をそらさずに、見ていてほしい」


すまない、と小声で彼女が謝ると、モニター以外の明かりが落ち、周囲を暗闇が覆う。

そして、モニターに映像が映し出される。


『ジェイストン・バークスの記録』

モニターにそう文字が浮かび上がる。


「第三次大戦当時、名の知れた英国のジャーナリストだ。これから見る映像は彼が撮ったものだ」


女性はそう言い、モザイクがかった顔を、モニターに向けた。




周囲の建物を見ると、場所は中東のようだ。

そこで、数人の武装ゲリラが映る。撮影者、つまりバークス氏は彼らと何やら会話をしている。

暗い穴倉に潜むゲリラは痩せこけ、疲弊していた。時々映るバークス氏の手も汚れ、荒れていた。

そんな中、突如、爆音が響く。兵士たちが何やら騒ぎ、うちの一人が偵察のために外に出る。

カメラが、隙間からその兵士を移す。火と煙が上がる、荒廃した街の中を走る兵士の姿。

突如、その身体が消滅する。青白い光が奔った後に。

上半身を失くしたゲリラの身体が、地に倒れる。それを見たバークス氏の嘆きの言葉と、ゲリラたちの叫びがじんじんと響く。

そして、倒れた兵士の下半身に近づく影があった。

それは、一人の少女であった。

彼女は、何の武器も持たず、ただ無地のシャツとジーパンと言う、戦場には似つかわしい姿であった。

彼女はゆっくりと、こちらを、バークス氏の方を見た。

俺は、凍りついた。

その瞳は、蒼穹のような瞳。

猟甲機兵だ。

しかし、そんなことがあり得るのだろうか。第三次大戦時にはまだ、彼女たちはおろか、パワードスーツも戦闘ロボットもなかったのに。

俺は映像記録の左上を見る。そこには、当時の日付が表示されている。

2063年。まだ、彼女たちが登場する40年以上も前なのだ。

いったい、これはどういうことなのだ?


少女はこちらに歩いてくる。バークス氏とゲリラの方へ。その右手が不自然にゆがんだかと思うと、音を立てて変形する。

現実ではなく、映画のワンシーンのように。銃のような兵器が腕の中から現れてこちらを狙う。

青白いプラズマの粒子が放たれる。それは、バークス氏の横にいた一人の兵士の胸を貫いた。

カメラの視点が横にずれる。

胸を焼き貫かれた兵士が驚愕に目を見開き絶命している。

浅黒い肌の彼は、確実に死んでいた。

死。

ドラマや映画では見たことはあっても、現実の死を、テレビを通してでも見ることは初めてだった。

俺は、吐き気を覚えた。

これが、彼女たちがやってきたことなのだ。

カメラは再び、少女に移る。

仲間を殺され、怒り狂ったゲリラの銃が彼女を襲う。

マシンガンやバズーカ、自動小銃。あらゆる火器を持って、殺す気で。

それでも、少女は止まらない。少女は死を知らない。

傷を負わず、ただただその右手の銃を構える。そして、それは正確無慈悲に、死をもたらす。

少女以外の全員に平等に。

それは、バークス氏以外を殺し終えると、バークス氏に向かって銃を放つ。

カメラが、地面に落ちる。転がったそれは、力なく倒れた茶髪の中年男性を映す。それが恐らく、バークス氏なのだろう。

そして、映像はそのまま虚ろなバークス氏を映し続け、暗転した。



「これは、日本政府が回収した機密データの一つ」


そう言い、彼女はバークス氏の記録の再生を止める。これ以上は見るべきものがないからだ。


「いったいあれは?あの、猟甲機兵のような少女は・・・・・・・」


「まさに、君の知る彼女たちさ」


「馬鹿な。あり得ない。だってあれは・・・・・・・・・」


「大戦中に存在しえない、って?でもね、それは君が知らないだけ」


そう言った彼女は、だが責めるわけではなく、慰めるような調子でしゃべる。


「でも、仕方がない。君は知ることはできないのだから。君だけじゃなく、多くの日本人がね」


「いったい何を」


「これはまだ、序章に過ぎない。日本が隠し続けている、大きな闇のね」


そう言い、彼女は再び横の機会を弄る。


「見せてあげるよ。これが大戦後から現代までの、世界の縮図だ」



映し出されるのは、おなじみの世界地図。日本が中心になっている。まあ、日本製ならば当然だ。

北極圏は赤く染まり、汚染により人のすめない地域も同様に赤で記される。

そこまでは、俺の知るとおりだった。だが、そのあとが問題だった。


地図には、日本を除く世界の国々の名前はなく、地域としてその名残が見えるだけであった。

ロシアも、アメリカをはじめとしたイーラ各国の名前すらない。

そしてあるのは、「大日本神国」という国名だけであった。


「これは・・・・・・・・・・」


「今、地球は一つの国が支配している。いまだ誰もなしえなかった世界征服。それを、日本は成し遂げたんだよ」


あまりに現実離れした話を、俺はただ呆然と聞いていた。


「2076年、日本以外の国が崩壊した。これが、真実の歴史」





これが、真実の歴史?

ありえない。日本以外の国はない?

俺の中で、音を立てて常識と言うものが崩れ、日常が崩れる。


なんだ、これは。



「なんだよ、これは」



俺は、呆然とする。あり得ない。あり得ない。あり得ない。



「仮に、これが本当だとして、日本は、政府は何をしたいんだよ」


「さあね、私は政府のモノじゃない」


「そもそも、あんたは何者なんだ?俺に、何を望んでいるんだ?」


「今はまだ言えない。それは、これからする話を聞いた後で、君に話す」


ただ、と彼女は言う。


「この世界が間違っていると、私は確信する。そして、その間違いを正したい。そのために、君が必要なんだよ」


俺が、と言う思いがこみ上げる。

何故、俺なのか。


「君の疑問も、直にわかるよ」


彼女はそう言い、横の機会を操作する。


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