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一人の少女

五月。


二年目の高校生活ははっきり言ってルーチンワーク的なものでしかない。

勉学に関しては優秀ではないが、悪くもない、といういわゆる平均値の俺はさほど未来へ希望もないし悲観もない。ただただ、流されて生きていく。それだけだ。

別段、それを悪いとは思わない。遅かれ早かれ、俺たちは社会の歯車となる。望むと望むまいと。

上に立つ一握りの人間。それは、こんなちっぽけな田舎にいるはず位なんてないのだ。

身に余る希望は、絶望を呼び込む。期待があるから、絶望があるんだ。


そうは思っていても、希望を抱かざるを得ないのが人間だと、俺もわかっている。

大人になりきれるほど、俺は大人ではない。


放課後。

俺は一年の教室のある校舎二階の階段である人物を探す。それはナツキ・パラクレスである。

クレア・ウィンターズとナターシャ・ベマルフは、おそらくメリダのことは答えまい。

二人が知っているのだから、当然ナツキ・パラクレスは知っているはずだ。

それに、彼女たちはどうやら俺のことをほかの人間以上によく理解しているようだ。

メリダとの交流故か、それ以外か。

どちらにしろ、はっきりさせなければならない。


そう思い、数分が経つが、一向にナツキ・パラクレスの姿は見れない。

おかしいな、と思った俺は近くにいた同じ組のクラスメイトに問う。

クラスメイトの女子は、俺に急に話しかけられて戸惑っており、彼女の友達が答えた。


「彼女なら、もう帰ったよ」


「早すぎるだろう」


「ホームルーム終了と同時に」


「くそ」


俺は舌打ちをする。

実は昼休みや休み時間にも接触を図ったのだが、ことごとく逃げられていた。たまに見つけたと思えば、クレアとナターシャがいる。俺との接触を明らかに避けていた。

なんなんだ、一体。

むしゃくしゃしながら、俺はいつもの公園に行く。

寂れた公園のブランコの鉄柱に俺は寄りかかる。

ふぅ、と息をつく。彼女たちがどこにいるのか、それすら俺にはわからない。

彼女たちの身体は軍の機密が詰まっている。やすやすと、彼女たちのいる場所は明かされない。

メリダが失踪した時とは、セキュリティのレベルも上がっているらしい。

俺には、どうすることもできない。


帰ろうか、と鉄柱から離れた俺は、その下に光る何かを見つける。俺は、それを確かめようと、しゃがみ込む。

それは、小さな、小さな歯車。銀色の、少し重い歯車。


「これは・・・・・・・・?」


俺はそれを手に取り、見つめる。指ほどの大きさのそれ。俺はその下の土に何か埋まっているのを見る。

俺はそれを掘り出す。それは、紙であった。四つ折りにされた小汚い紙を広げ、俺は読む。


『偽りの箱庭。機械仕掛けの神は躍る。彼は気づかない』


「なんだよ、これ・・・・・・・・・」


訳もわからず、俺はゾッとする。

機械仕掛けの神。そのフレーズで俺が思い描くのは、猟甲機兵だ。

パワードスーツやいわゆるロボットではなく、蒼い瞳の少女たち。彼女たちの顔が浮かんでくる。

ここに書かれる「彼」とはだれを指すのか?神か、それとも・・・・・・・・・・・。


あるいは、それは自分なのかもしれない。

だとしたら、ここが「偽りの箱庭」なのか?

俺にはわからない。何がどうなっているのかが。



俺は自宅に帰り、自室のPCを繋ぐ。そこで、先ほどのワードを検索する。

だが、出てくるのはどうでもいい情報だけ。俺の求めるものとは違う気がする。

機械仕掛けの神。デウス・エクス・マキナ。絶対的な力。


ぐるぐると、俺の頭は回り続ける。

俺を取り巻くこの環境。

四人の少女の顔が浮かぶ。


俺と彼女たちが会ったことに、何の意味があったのか?




俗にいう大型連休が訪れ、一週間の休みが訪れる。これは日本全体、どこの企業もだ。

昔は五月中盤ではなく、もっと前にあったようだが、なぜか変わったらしい。詳しいことはわからない。

とはいえ、俺にやることなんてない。

俺は膝にイェーガーを乗せて、のんびりと本を読んだり、PCを弄ったり、と言った具合だ。

友人はいないし、趣味と言えるものは何もない。

家族は俺を放ってどこか旅行に行っている。一通りの鍛冶はできるから、別に構わないが、親としてそれはどうなのだろうか、と思わないでもない。


そう思った俺は、チャイムの音を聞く。そして、両親のいないことを思い出すと、一階に向かっていく。

面倒くさい、と思った俺は二度目のインターホンの音を聞き、「今開けます」と言い、鍵を開け、扉を開ける。


そして、俺は驚愕に目を見開く。


そこには、俺の求めていた彼女が立っていた。

猟甲機兵は成長しないが、一応AI年齢に合わせて外見を変えるという。その外見は、当初の外見をベースに、成長させたものだという。

だから、彼女が俺の記憶のころと全く違う、美しい美少女の姿を取っていても、おかしくはないのだ。


「メリダ・・・・・・・・・・・」




そこに立つのは、確かに彼女であった。

薄い茶髪。昔はそれほど長くはなかったが、今は背中に流れる程度に伸ばしている。そして変わらぬ蒼い瞳。幼さが抜け、大人へと向かう少女の印象を持つ彼女は、


間違いなく、俺が好きであった、俺が愛している少女のモノだった。



彼女は、自然にほほえみを浮かべて俺を見る。


「久しぶり、ミキヒコ」


俺の涙腺が急激に緩み、涙があふれた。

泣いたことなんてなかった。彼女が消えた時でさえ。

なのに、抑えきれない思いとともに、滴は零れる。女々しいくらいに、俺は嗚咽を吐いて、彼女を抱きしめる。

皮膚の下には、冷たい機械が蠢いている。それでも、彼女の身体は人と変わらぬ体温。

機械の中にある、熱い心。俺たち人間と変わらぬ感情が、ある。

俺は彼女を抱きしめる。強く、強く。

それに答えるように、頭一つ分小さい彼女の腕が俺の体に巻きつく。


「もう、離さない。君を」


俺は力強く言う。だが、彼女は言葉を返さない。

それでも別にいい。今は彼女に再び会えたことで、胸がいっぱいだから。




募る思いを何とか蓋をして、俺は自室に彼女を通す。そして、彼女を椅子に座らせると、俺は寝台に座る。


「改めて、久しぶり。ミキヒコ」


優しい声音で彼女はそう言うと、俺を見る。


「もう、会えないかと思っていた」


俺はそう言い、メリダを見る。みっともなく泣いた俺の顔は、たぶん酷い状況だろうな、と俺は考えた。


「綺麗に、なったな」


どぎまぎして、俺はそう言った。顔が熱いのは、俺の気のせいではないだろう。

おかしそうに、クスクスとメリダは笑う。


「ミキヒコ、久しぶりなのに、変なこと言うね」


「う、うるせえ」


俺はそう言いかえすと、メリダを見る。


「それで、一体、何があったんだ?」


俺の質問に、メリダは身構える。

ただ事ではないだろう。何もなかったはずはない。

だが、メリダは沈黙する。俺をちらりと見て、目をそらす。

その様子が、あの少女たちに重なる。


「・・・・・・・・わかった。無理には聞かないよ」


「ごめんね、ミキヒコ」


「でもいつか、教えてほしい」


俺は彼女を見る。


「ただ、一つだけ、聞かせてくれ。君は、俺が嫌いになっていなくなったわけじゃないよな?」


たとえそうだとしても、俺はそれを受け入れよう、と思った。

だが、メリダはとんでもない、と言うように首を振り、俺を見た。


「・・・・・・・・私は、ずっと、ずっと、あなただけを・・・・・・・・・・・!!」


そう言うメリダの様子に、俺は安心する。


「ごめん」


そう言って、俺は再び彼女を抱きしめた。

彼女の頬が、熱を帯びて紅くなる。心なしか、目も潤んでいるように見える。

ああ、綺麗だな。

それが、人間の顔ではない、作られたものだとしても、そんなものは気にならなかった。

思いに歯止めをかけるなんて、俺にはできなかった。俺は、そこまで大人になれないから。


俺は、彼女の形のいい、瑞々しい唇に、自身のそれを重ねた。

その行為を想定していなかったメリダは衝撃を受けたように目を見開く。


「あ、ごめん・・・・・・・・・」


熱いキスを交わした後で、俺は正気に戻る。

慌てて顔を話す俺たちは、ともに熟したトマトのように真っ赤だろう。

人間のように、顔を真っ赤にするメリダ。

それから、俺たちは沈黙した。だが、不思議とそれは気まずくはないものであった。

隣に感じる存在に、その手に、俺は安心する。


もう、離したくない。

この腕を、二度と。





数時間後、彼女にも用があるらしく、玄関を出る。

俺は言う。


「なあ、また、会えるよな」


そう聞くと、彼女は頷く。


「明日は?」


「うん、大丈夫」


そう言った彼女に、俺は笑いかける。


「あの日の約束も、そのあとにするはずだったことも、全部やろう。メリダ、約束だ」


「・・・・・・・・・・・・・」


メリダは空を見た後、静かに笑って言った。


「うん、約束」


そう言い、互いの小指を結び付ける。ユビキリ。昔からあるおまじない。非科学的なそれだが、まあ、いいだろう。

俺は手を振り、去っていく彼女を見る。

俺に向かって彼女は手を振り続けた。その姿が見えなくなるまで。




俺は部屋に寝転がり、自分の手を見る。

あの感触は、まだ残っている。


彼女の唇、顔を思い出しながら寝転がる俺に、イェーガーが近づいてくる。


「お前、メリダが来てたのに、どこ行ってたんだ?」


俺はそう言い、雌猫を抱き上げる。


「明日、お前も一緒に逢うんだぞ」


そう言った俺に、イェーガーは何も言わずに飛び離れた。


俺は、明日が待ち遠しかった。


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