井の中の蛙ってわかります?
大陸の中心にあるセントリア王国は、
南にはサウスリア国、
北にはノーザンテス国、
東にはイーストランド国、
西にはウエストミル国があり、
4つの周辺国を従え、巨大な国土を誇っていた。
セントリア王国を通らなければ、向かい合う国に行けず、迂回するにも、周辺国は仲が悪く、時間もかかっていた。
今日セントリア王国では、王国随一の王立学園の卒業パーティーが開かれていた。
この国では卒業と同時に、一年の終わりを意味するため、
大国らしく豪華絢爛。会場は光に溢れ、豪奢なドレスやタキシードに身を包んだ学生と、国中の貴族が集まり祝杯をあげていた。
「皆よ、聞いてくれ!
この国の王太子であるルイス・セントリアはリアナ・ローソンとの婚約を破棄する!
リアナはこの大陸を統べるセントリア王国の王妃に相応しくない!
この私を癒し、寄り添ってくれたミア嬢に対し、暴言暴力の数々!とても許されることではない!」
壇上に上がり、ピンクブロンドの髪に青い瞳を持ち、フリルだらけのドレスを着たミアの腰を抱きながらリアナを貶める。
ルイスの顔は怒りよりも、やってやった感で愉悦に溢れていた。
「……承知いたしました」
婚約破棄を告げられた、ミアとは対照的に黒髪に灰色の瞳、紺と金のシンプルな形のドレスを纏ったリアナは怯まず無表情を貫いたままカーテシーをし、弁明もせず踵を返した。
「……ぷっ」
「ちょっと!」
静まり返っていた会場に、軽い笑い声と諌める声が響いた。
「誰だ!!」
当然である。
怒りに満ちた目で、ルイスは声がした方を見た。
そこには、学生たちとは些か意匠の違うドレスを纏った男女のカップルがいた。
「……あぁ、周辺国から短期留学してきた下位貴族の二人か」
ルイスは鼻で笑って返し、このような高尚な話にはついていけないだろうと二人を馬鹿にした。
「……ぶぶっ!婚約破棄が高尚な話だって!」
「もう!我慢してよ!」
「だって馬鹿すぎる、小さい子が読む恋愛小説みたいなセリフ言って…。ぶふっ!」
「あ~もう!」
男は笑いが止まらず腹を抱えている。その後ろから女が男の背中をバシバシ叩いていた。
「衛兵!不敬罪で2人を捕縛せよ!」
笑い続ける男にルイスが顔を真っ赤にして命ずると、先程まで卒業を祝い、一旦、婚約破棄で静まった絢爛な会場に、今度は騎士の足音が響き、二人を取り囲んだ。
が、捕まえない。
「ど、どうしたのだ!二人を捕まえろ!」
叫ぶが騎士達は動かないどころか、二人を守るように立つ。
一通り笑い終えた男が、
「あ〜、申し訳なかった。この騎士達はうちの国の者でね」
そう言えば我が国の騎士服と違うとざわめきが起こる。
「な、何が起こったのだ!」
と、今まで静観していた国王が立ち上がる。
「これはこれは、セントリア王国ハジャー2世国王陛下。私はサウスリア国第二王子マティアスと申す」
「同じく、イーストランド国第一王女ミリアムですわ」
と、二人は頭を下げず名乗った。
下位貴族じゃないんだよ、ゴメンねと、ウインクするマティアスにミリアムは肘鉄を食らわす。
「な、なんと無礼な…!大陸を統べるセントリア王国の太陽である国王陛下に頭を下げないとは…!」
「周辺国!?小国のくせに!」
「身の程知らずが!」
そこかしこから怒声がするが、二人は気にしない。
笑みを崩さず、足音を立てず、優雅に壇上に近づく。その気品ある姿に魅入られ言葉を失い、やがて怒声がやんだ。
マティアスがミリアムをエスコートしながら壇上に上がり、国王の前に立ちはだかると、彼らは後ずさり、中央を譲る形となった。
何故かその様子が当たり前のように見えて、セントリアの貴族達は困惑した。
格が違う。そう感じた。
「セントリア王国民に告ぐ。今日よりセントリアは、我が国サウスリア国の一部となる!」
マティアスの言葉に、会場にいるすべてのセントリア人が慄く。騎士は動かず周りを警戒する。
「……何故ですか。我がセントリア王国は、大陸を統べる大国であります。周辺国にいきなり併合されるなど納得できることではありません」
他の貴族が理解できず慌ただしくしているなか、婚約破棄された令嬢、リアナ・ローソンが冷静に言葉を返した。
「そ、そうだ、そうだ!リアナの言うとおりだ!
セントリアは偉いんだぞ!」
…偉いんだぞって…。ミリアムは呆れた目でルイスを見たが、隣のマティアスは「やべぇ、ツボ」と、また腹を抱えていた。
仕方がないと、ミリアムが説明する。
「マティアス第二王子のお腹の調子が悪いので、私がかわりに説明しますね。
まず、大陸を統べる大国ですか?その認識が間違っています。
セントリア王国は、我がイーストランド国やサウスリア国の男爵領ほどしかありません」
「はっ!嘘をつくな!」
ルイスが掴みかかろうとするのを護衛が素早く反応する。
「はっ、離せ!」
羽交い締めにされ騒ぐがどうにもならない。
下を見るとルイスと同じ様な姿が何人か見られた。
騎士の質も量も違うのよね。
ミリアムはセントリア王国騎士団の制圧にかかった時間を思い出す。
本当にあっという間だったのだ。
「そもそもセントリア王国は、国として認められていません。勝手に名乗っていたのです」
衝撃的な事実を告げられ呆然とするセントリア王国の貴族達。いや、国ではないのだから貴族でもないのだが。
元々はセントリアに周辺国と言われた4つの国の諍いにあった。仲が悪く、国境では毎日争いが起こり疲弊していた。疲弊しているからこそ、物資や人を求め戦う。悪循環が続いていた。
ある時、同時に人格、知性、徳の高い国王が立った。
国王達は大陸の中央にある村で話し合いを持った。
争うのはやめよう。
互いに尊重しよう。
民のために武力ではなく交流で豊かにしよう。
言葉にすると簡単だが実際は難しいことで、
何度も何度も話し合った。
その為に出来たのが、セントリアだ。
会議場名であって、国ではない。
セントリアの維持のため、4つの国は金を出し管理する。
国王達の会議に相応しい宮殿を建て、
行き来しやすい街道を整備し、帯同者のために市場や宿を設置した。
管理者は、その村の村長に託した。
何代にも渡りセントリアに集まった。
困り事があれば相談し、祝い事があれば共に喜んだ。
繰り返しているうちに争いは無くなり、隣同士を結ぶ街道も出来上がり、セントリアは意味を無くした。
ただ向かい合う国へはセントリアを通れば近いし、
商人達は市場で一度に商売ができる。
会議場から中継地として、セントリアは使われていた。
しかし、馬鹿が現れた。
勝手に王を名乗り、建国したのだ。
管理を託されていた村長の子孫だった。
4つの国から金を収められ、宮殿の管理をしていたが、国王達は来ない。
ならばと徐々に使用人部屋から広い部屋に移り、
国王が使う豪華な部屋を私室とした。
4つの国は…。
放置した。
たかだか男爵領ほどしかない地だ。小指で潰せる。
向かい合う国を訪ねるには遠回りになるが、隣の国で交流を深めてから訪ねれば良い。
通関税を取り始めても、微々たるもの。気にならなかった。
だが、放置できなくなった理由ができた。
焚書だ。
セントリアには会議の議事録があった。愚かな時代を繰り返さない為に残してあったものを、跡形もなく捨てたのだ。
それはセントリアの教育にも繋がった。
大陸の地図を書き換え、歴史を改竄した。
その上、我こそが大陸を統べる大国だと宣言した。
たかが男爵領ほどの国がだ!
広大な大陸に比べればゴマ粒同様の国がだ!
4つの国は激怒した。
セントリアをなくそう。
そう決めた。
だがどうする?
セントリアを4つに分けるか、どこかの国に併合させるか。
どうすれば諍いなくセントリアを潰せるか考えた。
考えて考えて決まらず時が過ぎ、今に至った。
「……ということです。」
ミリアムはそう締めくくり、会場を見渡した。
腰を抜かししゃがみ込む者、壁に寄りかからなくては立っていられない者。頭を抱え立ち尽くす者。
仕方がない。すべてが崩れたのだから。
「わ…儂の立場は…」
か細い声を国王は紡いだが、笑い終えたマティアスが答える。
「…予定では、サウスリア国セントリア男爵だったけど…」
「男爵…。この儂が…」
国王は蒼白になり崩れ落ちる。
そこにマティアスがトドメを刺す。
「男爵の予定だったけど、出来が悪いから、平民ね!」
卒業パーティーと一年の終わりを祝った豪華絢爛な会場から、多数の気を失った者達が騎士の手で運び出された。
これからは平民として生きていくことになるが、さて、どれだけ生き残れるか…。
しかしセントリアと違い、4つの国は、福利厚生がしっかりと構築されている。働く力さえあれば、生きやすいだろう。
エセ王族は無理だろうなぁと、ミリアムは独り言ちた。
「サウスリア国第二王子殿下、イーストランド国第一王女殿下」
リアナ・ローソンが頭を下げて、二人の言葉を待つ。
「ローソン嬢。残念だが、これからは君も平民として生きていくことになる」
「承知しております」
この娘は短い間に現実を受け入れている。
婚約破棄された時も狼狽えることはなかった。
こんな国でも貴族として努力してきたことがわかるだけにもったいない。
あのエセ王太子の婚約者なら相当苦労しただろう。
それも出鱈目な教育を受けて…。
「安心してほしい。教育をし直す必要はあるが、我が国は、個人を尊重している。好きなことをして、
好きな仕事をして、好きな人と結ばれてほしい」
「……そんなことが可能なのでしょうか…」
リアナは顔を上げ目を丸くした。
「もちろんよ!私達は国民全員に幸せになってほしいと思ってるわ。その為に努力してるもの!」
ミリアムは、リアナの頬に流れた雫を拭き取り、優しく抱きしめた。
馬車に乗り、たった2時間ほどでセントリアを抜けイーストランド国に入った。
ここから王都までは一週間はかかる。
「こんな狭い国で、大国を名乗るなんて、ほ〜んともの知らずよね」
「……言わないで、笑いすぎて腹が痛い…」
こんなに笑ったの初めてかも…と腹を抱えて肩を揺らすマティアスに、いつものことよ、と返すミリアム。
「……ねえ、サウスリアに帰らなくていいの?」
マティアスには今回のことを報告する義務があるはずだ。セントリアを取り込むことで決めなければならないことも多いだろう。
それなのに、ミリアムの国、イーストランドに向かう馬車に乗り込んできた。
「大丈夫。事の次第は手紙に書いたし。俺がいなくても何とかするでしょ。
…それに、離れたくないじゃん?」
そう言いながら、隣に座るミリアムの肩に頭を乗せ、手を握る。
「ま、まあ、そうね」
あのエセ王国で唯一凛とした姿をみせたリアナを思い出し、平静を保とうとするミリアムだが、
マティアスは、更に追い打ちをかける。
「覚悟してて。俺、愛が重いよ」
「〜〜〜っ!私にはちょうどいいかもしれないわっ!」
マティアスは、目をグルグル回しながら必死に答えるミリアムに、可愛いなぁ と、そっと口付けをした。
ちなみに、どこに併合されるかは、二人の短期留学(潜入調査)前にセントリアの市場で、ノーザンテス国第三王子とウエストミル国第四王女の4人でジャンケンで決めたんだとさ。
「……ジャンケン……」
そんな決め方…と国王達は頭を抱えたが、四人に言わせれば、くだらない事にくだらない時間使うなんて馬鹿みたいとのこと。
いつの世も新世代が道を開くのだなと、国王達は苦笑した。
拙い文を読んでいただき、ありがとうございました。




