神と魔王
―――さぁ、ゲームを始めましょう。
神と魔王の戯れを。
人間達は逃げ惑い、神と魔王は追い求む。
変わらぬものはひとつとなく、変わるものもまた皆無。
得るは勝者のみとなり、敗者は死して渇望す。
しかして我らが狂い咲き、紅き月の昇るとき、
我らは真に勝者となる。
さぁ、ゲームを始めましょう。
全ての鍵は、殺人の中に。―――
「……ふぅん?」
そう反応を返すと、相談事を持ち込んできたとある女子は頬を膨らませた。
「だって殺人だよ!? 殺人って書いてあるんだよ!? 悪戯にしたって性質が悪いと思わないの!?」
「煩いんだけど。何、じゃあ最近この学校内でとか君の周りで人が殺されたことはある訳?」
切り返されてうっと詰まった女子に、さらに正論を突きつける。
「これから起こるかも、では対処の仕様がない。ここは事後の処理を行う場所だから」
「だ、だって……他に頼れる場所なんかないもの……」
「警察に連絡してみれば? 食いつくかどうかは微妙だけどね」
すっかり意気消沈した様子で立ち去っていった女子を見送ると、部屋の奥から声がした。
僕以外には決して聞こえない声。
『……ヒャハハッ。いやぁー、やっぱ女は食いつきいいよなぁ、ああいうの。バッカみてぇ。ヒャヒャ』
≪あー、暇。なぁなぁ、何でお前あんなに冷たいの≫
「……何が?」
≪さっきの子にさ。さっきの子、お前に気があるみてぇだったじゃねぇか≫
「知らないね。僕には何の関係もない」
『神ー。そいつにそんなん言ったって無駄だろーよこの唐変木にゃ。そもそも気があるなんて言っても通じねぇんじゃねぇか? ヒャヒャッ』
「黙れ魔王。それよりもお前達だろう、さっきの。神と魔王の戯れだなんて、お前達以外に書く奴が居るものか」
≪……残念ながら、娯楽に飢えた神と魔王はごまんと居る。あれは俺たちじゃねぇ≫
『なぁー。ああいう手もあったかーって神と一緒に笑ってたところだからよ。キヒヒ』
神と魔王。本来相容れないと思われがちな光と影の存在だが、その実態は実に面白い。
2人1組で、暇を持て余し人の運命を狂わせて戯れるモノ達。それが彼らだ。
≪で? 俺らとしては観察も面白そうだししばらく手はださねぇけど≫
「……お前達の力がなければ僕は何も出来ないからな。僕も様子見に徹するよ」
『ほぉ? やけに賢明な判断じゃねぇか。面白くねぇぜ!? ヒャッッハァ!!』
「煩い。……っ!?」
≪血の匂いがする≫
歩き出した直後に神が首筋に取り付いてきた。次いで魔王も。
「……近いか?」
『だろーなぁ、このキツさじゃ。あーあー、さぞ綺麗な血溜まりだろうなぁぁ?』
「……案内しろ、神、魔王」
『≪了解、っと≫』
部屋を飛び出しすぐに階段を駆け下りる。神の右手が示すのは右。迷わず右に曲がったとき……。
「……っ、これ、か……ッ!!」
壁も天井も床も全て赤で塗りつぶされた、小さな踊り場があった。
床には水溜りのように赤い液体が広がっていて、踊り場の隅から階段の下へと伝っていっている。
その中心には、ぐしゃぐしゃに潰れた赤い肉塊があった。
≪これだなー、いやぁー酷いもんだ。酷すぎて、神と魔王には出来ないね≫
「……だろうな。となると人間の仕業か?」
『いや、それとも違うみてぇだぜ。非力な人間じゃ短時間にここまで潰すの無理だかんな。ヒャヒャッ』
≪魔王の言うとおりだ。だからこれは多分……≫
不意に真後ろに気配を感じ、反射的にその場を飛び退いた。
「……こいつか!?」
≪そう。死神。……鎌を使うと思われがちだけど、最近じゃ死神の武器も多様化してきてんからな。当然、こういう斧みたいな武器を使う奴も居るって訳さ≫
赤い目をした死神は、僕の肩に取り付いている神と魔王を認めてにやりと笑った。
「……これはこれは。神様に魔王様では御座いませんか。どうです? 私の用意した余興は」
『面白みに欠けてんな。少なくとも俺達の趣味じゃねぇ』
「まだまだ序の口ですから、これから存分にお楽しみ下さい……」
≪残念ながら、俺達の戯れはお前らみたいなのを排除するほうにあるからなぁ。……ま、そういう訳でさっさと向こうに帰ってくれ≫
神の台詞と同時に、僕の体は2人に乗っ取られる。
その瞬間、死神は凄絶に笑んだ。
「人間風情の身体で何ができると言うのです、神様に魔王様。ただの脆弱な肉塊と何ら変わりないではないですか」
『≪ところがだ、こいつの身体は特別でな。俺達の能力フル活用しても壊れねぇんだ。便利だろ?≫』
僕の意志に反して不敵に笑った神と魔王は、ふっと鼻を鳴らした死神の、その一瞬の隙を見逃さなかった。
『≪我ら天を統べる神と地底を統べる魔王の名において命ずる。……汝、永遠に空漠へと去り消え失せ給え!≫』
「……はっ……!? ぐ、くはぁっ」
『≪闇に堕ち穢れた死を司る死神の輩に、我ら蘇芳の鉄槌を与えん!≫』
死神は自らを縛る言霊から逃れようと必死にのた打ち回っていたが、やがて力尽きその場から消え失せた。最後の最後に、キツい眼差しをこちらに投げて。
『……呆気なかったな、案外。楽しめると思ったんだけどなー』
≪しゃぁねぇぜ神。死神、っつったら俺らより10ランクは下だろ? この間の悪魔のほうがよっぽど骨があったぜ、ヒヒッ≫
「……いいから、帰るよ」
ひたすらに赤かった天井や壁や床は、早くもどす黒く変色し始めていた。
それに背を向け、ひたすら喧しい神と魔王と契約を交わした僕は歩き出す。
『さぁて、明日は一体どんな楽しみがあるかねぇ……ヒャハハッ』
魔王煩い、と独り言のように呟きながら、僕は夕陽によって血の色に染め上げられた学校を後にした。
サイトから引っ張ってきたものです。多少直してますが…。
連作短編の形にするつもりですが、あくまでも短編で楽しめるもの、をコンセプトにしています。
「藍色」とはまた違った世界を楽しんでいただけたら幸いです。
お読みいただきありがとうございました!