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第3話 最下層からのスタートと「ゴミ専」の烙印


エルメリアの街に足を踏み入れた俺は、喧騒の中を冒険者ギルドへと急いだ。

街の人々の好奇の視線は無視し、冒険者らしき人々が行き交う方角を頼りに、大通りを進む。

やがて、人通りが一段と多くなり、ひときわ大きく、年季の入った石造りの建物が見えてきた。

建物の入り口には、剣や盾の紋章が刻まれており、間違いない、ここが冒険者ギルドだ。


重い木製の扉を押し開けると、鉄と汗、そして安い酒の匂いが混じり合った独特の空気が鼻腔をくすぐった。

中には、想像していた通りの光景が広がっている。

壁一面に張り巡らされた依頼掲示板、大きなテーブルで酒を飲みながら談笑する荒々しい男たち、そしてその喧騒の中心には、忙しなく書類を捌く受付カウンターがあった。


俺は、一際人が少ないカウンターへと向かう。

そこには、三十代くらいの、少し疲れが見える女性が座っていた。

銀縁の眼鏡をかけ、無表情に書類を眺めている。


「あの、すみません。冒険者になりたいのですが。」


俺の言葉に、彼女はゆっくりと顔を上げた。

その目は、俺のボロボロの身なりを見て、一瞬だけ警戒の色を浮かべるが、すぐに諦めたような表情へと戻る。


「冒険者志望ですね。身分証は?」


「……ありません。瘴気の森で遭難し、すべて失ってしまいました。」


「そうですか。では、名前は?」


「リオ、です。」


彼女は、俺の言葉を淡々と聞き、羊皮紙に何かを書き込んでいく。

その一連の流れは、あまりに事務的で、俺のような素人に対応するのにも慣れているようだった。


「身分証がない場合、冒険者ギルドが身元を保証することになります。ただし、最低限の生活費を稼ぐまで、ギルドからの貸付金は出ません。最初の依頼は、所持金がなくても受けられる簡単なものに限定されますが、よろしいですね?」


「はい、構いません。」


俺は頷いた。

一文無しで、いきなり危険な依頼を受けられるとは思っていなかった。

まずは、生活の基盤を築く必要がある。


すると、隣のカウンターにいた、屈強な男たちが俺の会話を聞きつけて、こちらを振り返った。


「なんだ、あいつ。冒険者になりたいだと? ずいぶんひ弱そうなツラしてんじゃねぇか。」


「おいおい、あんなヒョロガリが冒険者だってよ。ゴブリンにすら勝てないんじゃねぇか?」


嘲笑の声が飛んでくる。

彼らの言う通り、俺の身体は細く、力仕事とは無縁だった。


「最初の依頼は『薬草採取』です。近くの森で、ギルド指定の薬草を三種類、規定量採集してきてください。採取道具はギルドで貸し出します。報酬は銅貨三枚です。」


受付嬢は、俺の耳には届かないかのように、淡々と依頼内容を説明する。

その時、俺の言葉を嘲笑していた男の一人が、露骨に嫌そうな顔をして、大きな声で言った。


「はっ! 薬草採取だと? おいおい、あいつ『ゴミ専』かよ。最低ランクの依頼しか受けられねえ、役立たずの烙印だぜ。」


「薬草採取なんて、俺たちには関係ねえ。ゴミ拾いでもしてろってんだ。」


男たちの軽蔑の言葉に、ギルド内の視線が一斉に俺へと集まる。

冒険者たちの視線は、期待外れと嘲笑に満ちていた。

彼らにとって、薬草採取のような依頼は、冒険者としてのプライドを傷つける、文字通りの「ゴミ」扱いなのだろう。


しかし、俺は彼らの言葉に動じなかった。

召喚された時の、エルゼ宰相に「異端の能力」と蔑まれた時のことを思えば、この程度の侮辱は何でもない。


「分かりました。それでお願いします。」


俺は受付嬢に告げ、書類に署名した。

すると、奥から一人の男がゆっくりと現れた。

がっしりとした体格、短く刈り込んだ白髪、そして鋭い眼光を持つ、隻眼の男だ。

彼がこのギルドのギルドマスターだろうか。


「待て。」


その男は、俺の前に立ち、ギルドカードの発行を止めさせた。


「受付嬢よ。冒険者カードを渡す前に、この男にギルドの掟を言い聞かせておけ。」


「ギルドマスター……。」


受付嬢は少し驚いた表情を見せた。

ギルドマスターは、俺の顔をじっと見据える。

まるで、俺の心の奥底を見透かそうとするかのように。


「坊主、ここは命のやり取りをする場所だ。生半可な気持ちで入ると、死ぬぞ。どんな地味な依頼でも、命を落とす危険がある。薬草採取一つとっても、森には魔物がいる。そのことを肝に銘じておけ。」


その言葉には、嘲笑や軽蔑はなかった。

ただ、経験に裏打ちされた厳格な警告だけが、そこにあった。


「はい、承知しています。」


俺がはっきりと答えると、ギルドマスターは何も言わずに奥へと戻っていった。

彼の言葉は、俺の心に深く刻まれた。

この世界は、俺がいた現代とは違う。常に死と隣り合わせなのだと。


受付嬢は、ギルドマスターの言葉に少し気圧された様子だったが、すぐに表情を引き締め、俺に一枚のカードを手渡した。


「これが、あなたの冒険者カードです。氏名:リオ。ランク:F。冒険者としてのあなたの、始まりの証明です。このカードは、命を懸けて守ってください。」


カードは、何の変哲もない、ただの木製のカードだった。

表面には、俺の名前とランクが刻まれている。

Fランク。冒険者ギルドの最下層。誰もがスタートする場所だ。


俺は、静かにカードを受け取った。

そして、受付嬢から渡された薬草採取のための道具──粗末なカバンと、薬草を摘むための小さなナイフ──を手にし、喧騒に満ちたギルドを後にした。


背後からは、「ゴミ専が、張り切ってやがるぜ」「どうせ、次の日には泣きついて戻ってくるさ」という、心無い声が聞こえてくる。しかし、俺の足取りは決して揺るがなかった。


(これが、俺の始まりだ。ゴミ専、か……)


俺は、心の中でその言葉を反芻する。

かつて「勇者」と呼ばれた俺が、今は「ゴミ専」と揶揄されている。

この理不尽な状況を、いつか必ず見返してやる。


冒険者ギルドの重い扉を閉じ、エルメリアの街の光を浴びた俺の目に、確かな決意の光が宿っていた。

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