第2話 始まりの街「エルメリア」へ
埃っぽい街道を、俺は黙々と歩いていた。
瘴気の森を抜け、あの小さなリスと別れてから、すでに半日以上が過ぎている。
疲労は限界に達していたが、森を抜けた安堵感と、これから始まる新たな生活への微かな希望が、俺の足を動かし続けていた。
しかし、その希望はすぐに現実の厳しさに直面することになる。
俺の身なりはボロボロだった。
瘴気の森での逃亡とサバイバルで、冒険者風のコートは泥と血にまみれ、あちこちが破れている。
顔や手足には、擦り傷や汚れがこびりついていた。
おまけに、ろくに食事も取れていないせいで、顔色はひどくやつれている。
これでは、まともな人間には見えないだろう。
ふと、後ろから馬車の車輪がきしむ音が聞こえた。
振り返ると、荷台に山積みの荷物を積んだ小型の馬車が、ゆっくりと近づいてくる。
御者台には、人の良さそうな、ふくよかな中年男性が座っていた。
「おい、坊主。こんな場所で一人か。森で遭難でもしたのかい?」
行商人のようだ。男性は心配そうな表情で、馬車を止めてくれた。
俺の身なりを見れば、そう思われるのも当然だろう。
俺は、王国の追放者であるという真実を隠すため、事前に考えていた嘘を口にする。
「はい……。瘴気の森で、道に迷ってしまいまして……。ようやくここまで辿り着きました。」
「ほう、あの森から一人でか。運が良かったな! よく生きていられたもんだ。」
行商人は目を丸くして驚き、それから安心したように笑った。
彼は荷台から水筒と、干し肉を差し出してくれた。
「よかったら、これを飲んで食べな。あんた、ずいぶん参ってるようだし。」
差し出された水と食べ物を見て、俺の腹がぐぅ、と情けない音を立てた。
素直に厚意を受け取り、水を喉に流し込む。
冷たい水が、焼けるように乾いた身体の隅々まで染み渡っていく。
行商人は、俺が食事を終えるのを待ってから、ゆっくりと話し始めた。
「さて、あんたはどちらへ? この先に、始まりの街『エルメリア』があるんだが、そこへ行くなら乗せていってやるよ。」
エルメリア。行商人の言葉に、俺の胸に新たな目的地が刻まれる。
「ありがとうございます。ぜひ、お願いします。」
俺は馬車に乗せてもらい、行商人と話を続けた。
彼の話から、エルメリアが辺境の街であること、しかし冒険者ギルドがあり、多くの冒険者や商人が集まる活気ある場所であることを知った。
(冒険者ギルド……。まずはそこで金を稼ぎ、この世界の情報を集める必要がある)
王国の追放者である俺が、最も身を隠しやすい場所。
それは、あらゆる者が集まり、出自を問われない、混沌とした冒険者の世界だろう。
俺は、そこで「リオ」として生きる道を選び、まずは冒険者となることを決意した。
やがて、遠くの地平線に、城壁らしきものが見えてきた。
行商人は、あれがエルメリアの街だと教えてくれる。
街の門が近づくにつれ、俺は再び気を引き締めた。
「あんた、街に入るなら気をつけな。その格好じゃ衛兵に怪しまれるかもしれん。」
行商人の忠告通り、俺が街の門に近づくと、重々しい鎧をまとった二人の衛兵が、鋭い視線を向けてきた。
「おい、そこの汚い男。身分を言え。何者だ。」
高圧的な声が飛んできた。
(……衛兵か。追放されたばかりの俺が、最も関わりたくない相手だ)
俺は、頭の中で先ほど行商人から聞いた情報を整理する。
辺境の街では、瘴気の森での遭難者が時々いるという話だ。
「俺は、通りすがりの旅の者です。瘴気の森で道に迷い、ようやくここまで……。」
衛兵は俺の言葉を疑うように、上から下まで舐めるように見てくる。
「瘴気の森で、か。ふむ……。にしては、無傷すぎないか? その森から生きて帰れた者は、ほとんどいないと聞くが。」
「……運が、良かっただけかと。」
生半可な嘘では通用しないようだ。だが、俺には【獣使い】のスキルがある。
俺は、そこで得た森の知識を、遭難者としての説得力のある情報に変換することを思いついた。
「ただの運ではありません。森の生態系を観察し、毒草を避け、魔物の習性を利用して隠れながら進みました。」
俺は、森で実際に見た毒草の種類や、魔物の縄張りについての話を、淡々と語り始めた。
それは、瘴気の森で生き抜くための、真実の知識だった。
衛兵は、俺の言葉がただの作り話ではないことを感じ取ったのか、次第に不審な表情を和らげていく。
「……なるほど。運だけではない、か。しかし、素人にしては妙に詳しいな。まあ、いいだろう。入れ。」
衛兵は渋々といった表情で、門を開けてくれた。
「ただし、街では目立つ行動は慎め。何かあれば、すぐに捕まえるからな。」
警告を背中に受けながら、俺はエルメリアの街へと足を踏み入れた。
門をくぐると、人の活気と喧騒が俺を包み込む。
しかし、街の人々の視線は、やはり不審と好奇心に満ちていた。
(まずは、冒険者ギルド……)
俺は、周囲の視線を気にすることなく、冒険者ギルドへと続く道を探し始めた。
この街から、俺の新たな人生が始まるのだ。




