第99話 蟻探偵フェロ・ホーリィの誤謬(ごびゅう)
名探偵は──歩いて真実の元へとたどり着く。
それが、蟻でなければならない理由だった。
「フェロ・ホーリィ、現場に入らました。」
現場監督が声を張り上げると、報道用のドローンが一斉に浮かび上がり、殺風景な部屋を空撮した。
死体はすでに回収されている。ただ、その場のフェロモン痕跡は消されていなかった。
いや、正確には「意図的に残されていた」と言うべきだろうか。
「ホーリィ、スタート位置に入りました。探索開始して頂きます。」
プラスチックのケースから、黒く小さな体が外へ出る。
彼は“集合的知性”を持った人工育成蟻であり、数十年にわたる学習と統計により、犯人に到達するとされていた。
「ホーリィの進行先が“真犯人”──それが世界のルールです」
横でそう呟いた審問官は、すでに“宣告”の準備を始めていた。
ホーリィが静かに進みはじめる。
室内を螺旋を描くように歩いたかと思うと、ぐるりと回って──
「……来た、来たぞ……!」
──ある青年の足元で、止まった。
それだけで、すべてが決まった。
「被疑者・相良陽斗。あなたを、殺人の容疑で拘束します」
「ま、待ってくれ! 俺は現場にも入ってない! なんで──蟻が止まっただけで!」
「黙秘権はありますが、蟻の判断に逆らうことは、非合法とみなされます」
そのまま、青年は連行された。
SNSでは「#蟻名探偵」「#また解決」がトレンド入りし、国民の85%が「正義は果たされた」と答えた。
助手である人間記録官・篠崎は、その動きに違和感を覚えていた。
ホーリィの歩き方が不自然だったからだ。
ほんの数秒、まったく違う方向へ行こうとしたのだ。
私は事件現場の別のカメラを解析し、気づいた。
ケースから出た直後、ホーリィは一瞬だけ「被害者の姉」へ向かっていた。
だが、途中で、まるで何かに引き寄せられるように方向転換した──青年の靴に。
──それが、「フェロモン」だった。
密かに仕込まれた“死体由来フェロモン”が、犯人と錯覚させる。
篠崎は確かめるため、自宅の飼育蟻で同様の実験をした。
結果、完全な誤誘導が成立した。
告発しようとした矢先、私は“内部調査”という名目で拘束され、全データは没収された。
それでも諦めきれず、篠崎はホーリィの巣の内部を調査する。
そこで知ったのは──フェロモンを制御する人間の装置あったことだった。
それは、政府機関と警察の認可のもと設置された、「民意調整装置」だった。
つまり、犯人は「蟻」が決めているように見えて、
実際は“誰を犯人にしたいか”を決めた上で、蟻の方向を誘導していたのだ。
「正義を、装うために」
篠崎は再度報告書を出そうとした。
だがその翌日、別の事件で蟻探偵の助手として現場に同行する。
そして、ホーリィは犯人を見つけるべく歩き出す。
すると篠崎の前に止まった。
「えっ…」
篠崎はフェロモン調査のため靴を検査され、
「一致」の一言で、篠崎は拘束された。
もちろん篠崎は、何もしていない。
だが、誰も耳を貸さない。
──そう…フェロ・ホーリィが、歩いたのだから。
数日後、街角のスクリーンにはこう表示されていた。
新型蟻探偵ホーリィ、解決率100%継続中
「集合知に裏切りはない」
#ホーリィ最高 #蟻の正義を信じよう
人間の正義なんてものは、もはや一匹の蟻よりも軽かった。
そして今も、ホーリィは歩いて止まっている。
真実を暴こうとする“正しい犯人”の元へ。




