第97話 蟻情(ぎじょう)〜愛と巣の狭間で〜
金曜夜9時。
日本中のリビングで一斉に流れる、謎の人気吹替ドラマ。
そう、それが──
《蟻情〜愛と巣の狭間で〜》
世界37ヵ国で放送予定、国内視聴率は常に40%超え。
ただし、制作は海外で行った。
俳優はすべてリアルの「蟻」だ──
蟻の動きに“吹替”をあてたという異色作だった。
《第17話「愛より甘露を」より》
(画面:黒アリが巣の前でうろうろしている)
吹替【女声】「やめて! あなたが甘露室に入ったら、私たちの巣は崩れるのよ!」
(アリは前に進んだり止まったりしてるだけ)
吹替【男声】「それでも構わないさ……俺の愛は、もうフェロモンだけじゃ止められないんだッ!!」
(アリ、ただの石を登る)
吹替【女声】「あぁ、やめて…なんて無謀なの……!」
吹替【ナレーション】「愛なのか、義務なのか巣の女王と一匹の雄蟻──禁断の関係が、今、動き出そうとしている!」
(画面:アリが土に潜る)
吹替【男声】「俺がこの土を掘るのは、お前とのの未来のためなんだよォ!!」
吹替【女声】「そんな……なぜ私のために!? あなた、ただ巣を拡張してるだけじゃない!」
SNSでは毎週ツッコミが絶えない。
「どう見ても餌運んでるだけなのに“愛のためにこの重さを背負う”って台詞やばすぎ」
「吹替がセリフ言い終わったあともアリがずっと同じ方向歩いてるのジワる」
「今週の“動きと感情ズレ大賞”は土盛ってるだけで『あなたを失って私はもう女王でいられない!』の回に決定」
でも視聴者は知っている。
“動きとセリフが一切合ってない”そのズレこそが、
まるで現代社会の不条理そのもののように思えるのだ。
例えば、
上司の指示にただ従う姿 →「俺の人生は俺が決める!」
生きてるだけで必死なアリ →「君のために生きると誓った…あの日から」
などなど。
ある批評家はこう述べた。
「“蟻情”の面白さとは、まさに“意味を後づけする社会”への皮肉である」
ちなみに、現在放送中のシーズン2では、
すでに死んだアリに向かって「まだあなたの鼓動が聞こえる…!」と泣き崩れるシーンが大炎上中。
吹替台本を書いたスタッフのコメントによると、
「映像はただの事故死シーンですが、監督から情熱がまだ足りないと言われて躍起になってこうしました」
結末は──まだ誰も知らない。
なぜなら主役のアリは、先週で寿命を迎え、撮影が中断しているからだ。
「蟻情」──ズレてるのに、やけに心に残る。
それは、まるで私たちの人生そのもののように。
そう…私たちの人生も無理やりこじつければ、きっと素敵な物語になるのだ…。




