第96話 蟻会審味(ぎかいしんみ)
年に一度の「全国料理蟻審査選手権」。
栄冠を決めるのは──人間でも評論家でもない、“蟻”だった。
全国から選りすぐりの料理人が集結。
そして…本日はその代表する二人の頂上決戦!
評価基準はただひとつだけ、「蟻が好むかどうか」だった。
人間の料理人たちは、群れの舌を満たすために、今日も厨房に立つ。
最近では、政策の正当性も“蟻の動向”が大きく左右する。
支持率の代わりに「集団蟻反応率」が参照され、
閣議ではフェロモン分析官が「本日の蟻の集団意志」を読み上げる。
──「民意」なんて、もう誰も使わなくなった言葉だった。むしろ「蟻意」のほうが正しいのかもしれない。そして味覚も同様だった。
そして、蟻に認められるということは、社会に認められたことと同意だった。
「今年こそ、絶対優勝してやる……!」
厨房の片隅、男・神谷亮介(34)は握り拳を震わせた。
彼は老舗和食屋の次男。かつてはミシュランを目指してたが、“時代遅れ”とされて目指すのをやめた。
そして今回、この選手権で“再起”をはかる──
全国料理蟻審査選手権
通称「蟻シェフ頂上決戦」。
審査方法は極めてシンプルだ。
100匹の「官選蟻」によって構成された“味覚隊列”が、各料理に列を成し、嗅ぎ、舐め、反応する。
そして、好みの皿に多く集まったの方が勝者だ。
料理人たちは、いまや人間の味覚よりも──蟻の嗅覚と集団フェロモン傾向を研究し続けていた。
──本選。
隣の料理人が皿を出した。「イカ墨とバナナの発酵ジェル」
蟻たちは整列して向かうも、離散。
続いて神谷の番。
「俺の答えはこれだ──“香ばしき大地の涙”」
彼が差し出したのは、焦がし黒糖をベースに、ナッツと蜜で煮詰めた“和の甘露煮”。
蟻たちが列を成す。 螺旋を描くように舐め始め─
官選蟻たちが一斉に皿に頭を垂れるような動きを見せた。
司会者が叫ぶ。「出たァァ! ほぼ満点評価! すごく好反応です!!」
神谷はやっとのことで勝てた思いから、震えながら拳を握る。 「俺は……人間の舌じゃなく、“集団意識”を満たしたんだ……!」
だが、後日。
神谷は審査官から呼び出された。
「……君の料理から、“外部導入型蜂蜜物質”が検出されたんだが…」
神谷は凍りつく。
「つまり……?」
「フェロモン反応を意図的に引き起こした。君…“蟻ドーピング”だよ」
結果は失格処分にされた。全記録抹消。
「集合の正義を欺いた者」として、料理人組合からも永久追放された。
彼の失格が報じられた翌日、通っていたスーパーでは
「蜂蜜(非合法型)一掃キャンペーン」が始まっていた。
SNSでは「#ドーピング飯」「#蟻を騙すな」がトレンド入り。
──味覚よりも、正義感の炎のほうが燃えていた。
数ヶ月後、裏通りの屋台に立つ神谷の姿があった。
暖簾の下には小さな看板が立つ。
《人間向けの料理やってます》
彼は、ゆっくりと鍋をかき混ぜる。
「味なんて……所詮は幻覚だ。だったらせめて──人間に幻を見せてやる」
小さな蟻が足元を通り過ぎた。
だが、彼はそれを見ようともしなかった。
そして、鍋には隠し味で蜂蜜を入れていた…。




