第89話 ありあり詐欺
かつて「オレオレ詐欺」が流行ったように、
今、この国では、「ありあり詐欺」が猛威を振るっていた。
きっかけは、蟻との共生社会が法制化されてからだった。
蟻たちは名前を持たず、すべて個体番号で管理されている。
たとえば「B-472188」は育児担当ワーカー蟻の一匹であり、
「G-771003」は荷物搬送種の中堅兵である。
だが人間──特に高齢者にとっては、
「Dナンバーがどうとか言われても、全然わからん」のが現実だった。
「ばあちゃん、オレオレ、オレだよ……」
そんな“オレオレ詐欺”はもはやもう古いのだ。
いまどきの詐欺師も、進化する。
「ばあちゃん……オレ、A-119002だよ……オレ…大切な巣のトンネル壊しちゃって、上司のB-119002にこっぴどく怒られて、明日までに罰金10万円払わないと、共生資格剥奪されちゃうんだ……」
電話口でそう言われた田所トミ(78)は、顔を真っ青にして震えた。
「そんな……それ大丈夫なの……? 許してもらえるように、B-119002さんにはちゃんと謝ったの?」
詐欺師は一瞬沈黙したあと、嗄れた口調で言った。
「うん……でも許してくれないんだ……今からでも間に合うそうだから、ばあちゃん、あり中央信用組合に10万円振り込んでくれないかな……」
「ちょっと待っててね、A-119002!今から急いで銀行に行くから…」
トミは電話を切り、そのまま彼女は、銀行へと向かい振込用紙に記入する。
振込先:あり中央信用組合
口座名義:A-882100 イミシン タロウ
振り込んだあとも、A-119002のことが、心配で彼女の心にはもやもやしたものが残っていた。
「A-119002大丈夫かしら…」
数日後、孫のタカシが遊びにきた。
「ばあちゃん、久しぶり。今日はばあちゃんが好きな蟻月堂の饅頭買ってきたよ!」
「いつも、ありがとね……トンネルはもう大丈夫だったかいね?」
「トンネル?」
孫は少し困ったように聞いた。
「この前、上司のB-119002さんに払わないといけないって言ってたやつじゃよ」
「ばあちゃん、それもしかして、ありあり詐欺じゃないか?孫のフリして電話かけてくる。
今、すごい流行ってるんだよ。」
たかしは、言う。
トミはそこで、ようやく騙さたことに気付き、静かにソファに崩れるように腰を落とした。
手には、「番号記録ノート」。老眼でにじんだ数字が、にじんだ涙に溶けていった。
「……もう、私には、本物の蟻も、ニセモノのたかしも、見分けがつかないんじゃよ……」
社会では、その後すぐに
「個体番号を用いた音声通話の禁止条例」が施行された。
「高齢者を狙う“蟻のなりすまし詐欺”に気を付けて!」
政府広報が、注意喚起を連日テレビで放送するようになった。
だが詐欺は、今も絶えない。
人間の“記憶のあいまいさ”と“愛情”に付け込むニセモノは、
今日もまた、誰かの心に入り込もうとしていた。
ジリリリリリ………ジリリリリリ………
「ばあちゃんオレだよ、A-119002だよ」




