第84話 ANTMODE:蟻界の頂点
人間たちは本気だった。
デザイナー、縫製職人、演出家、照明スタッフ──
すべてを総動員して、「蟻のためのショー」を成功させようとしていた。
――『ANTMODE 205-A/W COLLECTION』
舞台は、ドーム型のガラス施設。
その中央に敷かれたランウェイは、光を反射する黒いフェロモンラインで縁取られている。
「皆さま、お待たせいたしました。いよいよANTMODE 205-A/W コレクション、まもなく開幕です!」
司会の声が響き渡ると、観客席の人間たちは一斉に歓声を上げた。
今夜のテーマは「蟻と人間の融合」。
この数年、蟻の行動や姿にインスピレーションを受けた“蟻ファッション”が流行し、ついにそれを体現したショーが開催されたのだ。
最初に登場したのは、人間モデルたち。
ランウェイでは、本来ではトリを飾るトップモデル達が入場し、 会場を沸かせる。
背丈190センチ、六脚モチーフの最先端スーツを着こなし、完璧なポージングを決めてみせる。
六本足を模した細身のヒールを履き、黒く光る節を強調したボディスーツを魅せる。
彼女らは蟻の動きを真似て、低くゆったりと歩いていく。
客席からは、興味深げなざわめきが起こった。
「まるで蟻そのものね」
「触角みたいなアクセサリーがすごくクール!」
そんな熱気が高まる中、ショーは次のステージへ移行する。
次は本物の蟻が「ゲストモデル」として登場した。
「やばい、リアルで蟻が歩いてる…尊い…」
「見て!あの子、重さ0.1gしかないのに完璧なポージング!」
「蟻にしかできない表現ってあるんだなあ……」
観客達は再び熱狂し感心する。
「人間が真似していたはずなのに、やはり真のオリジナルに誰も敵わないわ」と客席は感じ始める。
控室のモニター前では、デザイナーの城崎ミナは息を呑んで見ていた。
モニターに映るのは、ゆっくりとランウェイを歩く蟻達だった。
彼女が作ったドレスを纏い、繊細なフェロモンラインを模した極細ファイバーの装飾が蟻の小さな体を美しく彩っている。
「……まさか、蟻そのものがモデルになるなんて夢みたいだわ…」
城崎は静かに呟く。
蟻の一歩一歩に宿るリズム、節ごとの曲線美、触角の動きすらもが、自然の造形美の極致だ。
「これこそが“究極のモード”……人工を超えた、生きたファッションよ……!」
彼女は膝をつき、深く息を吐いた。
「私のこれまでの努力は、この蟻のための道標に過ぎなかったのかもしれない……」
ランウェイに戻ると、客席の注目は完全に蟻へと移っていた。
「見て、あの蟻、まるで踊ってるみたい!」
「この生き物こそが本物のファッションモデルよ!」
人間モデルは脇へと追いやられ、背景の一部のように同化していた。
そして、いよいよ最後の瞬間が訪れる。
司会者の声が低く、感動を込めて告げた。
「皆さま、お待ちかねしました。世界一の人気トップモデル、アリーヌ様の登場です!」
巨大スクリーンに映し出されたのは、ゆっくりと歩を進める一匹の蟻。
歩く速度は先ほどにも増して、まるで時の流れを遅らせたかのようにさらに遅く、
その動きには会場は息を呑んだ。
人間たちは膝をつき、静かにその姿を見守った。
「これが……本物のモードなのか」
舞台裏で、プロデューサーは満足げに呟いた。
「遅ければ遅いほど魅了する価値がある。
“蟻様を待つ時間”こそが粋な空間なのだ」
スタッフ達は慎重に蟻の装飾を片付けながら、静かに呟いた。
「あの歩行スピードだと、絶対朝帰りだな…」
そして人間が模倣した蟻は、ついに主役の座をも奪い取った。
人間は、ただの舞台装置となったのだった。
長かったショーも無事、幕を閉じた。
終わったのは、明け方の5時だった。
その頃には、もう客席からはいびきが鳴り響いていた。
プロデューサーはとっくに日をまたぐ前には帰っていた。




