表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/279

第80話 蟻、行方不明

「えっ……蟻がいなくなった?」


「はい、クロヤマアリのスズちゃんなんです。生後8か月、飼育登録番号K-4012-7。昨日まではケースにいたんですけど、朝起きたら、もういなくて…」


初老の女が涙ぐみながら差し出したのは、小さなアクリルケースだった。

中は空っぽ。ただ湿った砂だけが沈黙していた。


私の名前は烏田うだ

私立探偵を名乗ってはいるが、最近はもっぱら「蟻の所在確認業務」の雑務ばかりだ。


「それは……“逃げた”ってことです?」


「いいえ、きっと……誘拐です!」



そんな大層な。

心の中で肩をすくめながらも、私は念のため依頼主からもらった写真を頼りに、近隣のフェロモントラップ、そして、半径1キロ圏内のコロニーを捜索、そして近隣住人に聴き込み、行政の巣内観測記録などをあたることにした。


近所を聴き込みをしても、奇異な目で見られる始末。

道端で歩いいる蟻を見つけては、じっくり観察する。


「…ったく、どれもこれも、同じ形でわかんねぇな」

鳥田はなげく…あちこち探し歩くが一向に見つかる気配がない…。


数日後、町のはずれの公園で“似たような蟻”が一匹いると連絡があった。

その公園に行ってみると、ブランコのあたりで徘徊しているのを発見。


虫眼鏡でしっかり確認したが、スズちゃんなのかどうかは定かでない…

なんとなく依頼人からもらった写真とそんな差異はないようだ。

「まぁ、こいつでいっか」

証拠も確信も曖昧なまま、それをスズちゃんとして依頼人に届けた。


「この子じゃありませんか?」


「あっ、この子です!良かった。スズちゃんです!ありがとうございます!」

依頼主は大喜びで迎え受ける。


「そうですか…良かったですね」


鳥田はほっと肩をなで下ろし、依頼人より残りの報酬を頂く。


帰り際…チラリと振り返った。

依頼人はソファに座ったまま、ケースに向かって連れ帰った蟻に語りかけていた。

スズちゃん、スズちゃんって──本当のスズちゃんのように…


(ま…まさかな…)



その数時間後──


警察が私の事務所を訪れた。


「烏田誠一さんですね。あなたを蟻管理法違反(第12条1項)及び無許可個体の媒介誘拐容疑で拘束します」


さらに依頼人も、「不確定個体への過剰帰属による誤認認可申請罪」で連行される。



取調室にて。


「なんでこんな大事になるんだよ……ただ俺は依頼主に頼まれて行方不明の蟻の探しただけじゃないか……」


鳥田の弁明に、若い警官が言った。


「そもそも行方不明の蟻ではありませんからね…。ただあなたも、共生蟻の誘拐ですからね」


鳥田は「でも、依頼人が“これがスズちゃんだ”って言ったんだぞ?」


「まあ、ご本人もちょっとアレで…違いに気づいてないようですから」


若い警官は言った。続けて


「あなたも、違うのわかってましたよね?」


鳥田は言葉につまった…



拘留されて4日目。

新聞には小さなベタ記事でこう記されていた。

『蟻探偵、虚偽媒介で書類送検』 『依頼人は精神鑑定へ。』


鳥田は今、保護観察下で“共生個体適正管理研修”を受けている。


共生法第9条──「誘拐とは、個体意思と登録主体の同一性を無視した再配置行為を指す」。


つまり、“誰の蟻かもわからず勝手に拾って返す”行為は、立派な誘拐なのだという。


教本の表紙にはこう書かれていた。


「善意の錯誤も、群れへの反逆である」


鳥田は頭をかいた。

善意だった──と、言えるだろうか。

いや、あのとき確かに「これでいいや」と思った。


ただの蟻一匹で人生が狂う。

そして、共に家族まで失う。

そんな世界に、彼はようやく気づきはじめていた。


そして…白い蛍光灯の下、鳥田の足元で何かが這っていた。

それは蟻だった。


「ふっ…お前も、俺みたいなのに誘拐されんなよ」

鳥田は皮肉を込めて呟いた。


そう…スズちゃんであったことを知らずに…


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ