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第79話 将来の夢は、蟻。

「将来の夢は、蟻です!」


教室に響いた声に、担任の三枝先生は優しく微笑んだ。


「すばらしい夢ね。健太くん、立派よ。みんな、拍手しましょう」


パチパチと響く小さな手の音。

小学二年生の健太は、得意げに胸を張った。

ぱちぱちと小さな手が鳴る。

拍手の中、健太は誇らしげに胸を張った。

「ぼくは、お父さんみたいに、一日中働ける蟻になりたいです。ちゃんと列に並んで、ちゃんと命令に従って、ちゃんと文句を言わずに指示通りに動く。みんなのために」


「立派な目標ね」


先生は黒板にチョークで大きく書く。


『夢:蟻』


それはクラスでもう七人目だった。

「立派な目標ね」


今や「インフルエンサー」や動画配信の「養チューバー」や「サッカー選手」なんかより、「蟻」の方が俄然、人気があるのだ。


「蟻を目指すなら、今の時代、個性より適応力が大切なのよ」と先生は繰り返す。

「感情よりも行動。疑問より実行。命令に従えることが、未来を生きる力なのよ。」


子どもたちは素直に頷いた。


健太の学校には、文科省公認の「蟻化プログラム」が導入されている。

朝の“行進訓練”では、整列・沈黙・同時移動が基本。

感情教育の時間には、フェロモン感受性を高める音響を聴かされる。

喜怒哀楽は異常行動として「ハグレ者」として排除される


教室の壁には大きくこう書かれている。


「個性は不要。社会は群れ。群れに尽くせ、幸せになれる。」



健太の父・誠一は、かつて“模範的労働蟻”として国から表彰された。


夜遅く帰宅しても、「働けて幸せだ」とだけ言い、すぐ寝る。

母・明子は一日中同じ表情で家事をこなし、健太に声をかける。


「感情はコストよ。愛情は消費。あなたも早く、慣れるのよ」


健太はその言葉を覚え、ノートに書き写した。

「慣れること。考えないこと。それが成長」



ある日、転校生がやってきた。名前は藍沢くるみ。

自己紹介の時間、彼女は小さな声で言った。


「……わたしの夢は、絵本作家です」


教室が静まりかえる。

三枝先生が眉をひそめる。


「どうして、蟻ではないの?」


「だって……誰かのためじゃなくて、自分で考えたものを描きたいから」


その日の放課後、くるみは“適応指導室”へと連れていかれた。


あれから学校に来ていない…

数日後、彼女は転校したという噂になっていた。



健太はフェロモン感受性が異常に高く、プログラムの進行が早かった。

「完全適合個体」として政府の特別機関に推薦され、家族は誇らしげに健太を送り出す。


卒業後、春には、健太は念願の「完全適合個体」として、都内の労働コロニーに配属された。


彼は無表情のまま、地下の搬送ラインに並び、

一糸乱れぬ動きで荷物を運ぶ。


周囲には、同じ顔、同じ体格、同じ歩幅の子どもたちが黙って動いている。

研究所には、感情を排除された子どもたちが列をなしていた。

言葉を発さず、ただ命令に従い、黙って作業を繰り返す。


誰も笑わない。

誰も話さない。

誰も泣かない。


只々、命令だけがすべて。


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