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第72話 地面の下に、先客がいた

都内近郊の郊外。

坪単価が下がり始めたことで、古谷ふるや慎一は、はじめて「土地を買って家を建てる」決意をした。


不動産会社との内見。 日当たり良好、駅から徒歩13分、値段も予算以内。


「この場所、いいですね。すぐ契約できます?」


営業担当は微妙な表情を浮かべた。

「……ええ。ただ一点だけ、“地中権”の関係で少々手続きが複雑でして……」



調べてみると、なんとその土地には、Z-22クロオオアリ種の準保護巣が存在していた。


最近の「蟻生態保護法」によって、「10年以上存続した蟻の集団居住構造(=巣)」には準天然資産権が認められているという。


つまり、地中30cm〜2mの範囲にある蟻の巣が、

・移動不可

・破壊不可

・住宅基礎の掘削は制限

とされており、「その真上に家を建てること」が事実上不可能になっていた。


「……じゃあ、この土地、誰も買えないってことですか?」


「いえ、“上物制限住宅”として、簡易コンテナ型住宅などであれば建築可能です。掘り下げなければ問題ありません」


「……誰がそんなのに住むんですか」



ニュースではたびたび取り上げられていた。

「蟻の巣付き土地、保護指定区域へ」

「未登録巣を掘り起こした業者に罰金」

「“アリ弁護士”、地中権を争う」


“彼らは、黙って住んでいただけだ”というスローガンが社会に浸透していた。


国土のほとんどが“蟻居住指定エリア”となり、年間住宅申請の約12%が「地中権の理由」で却下されているという。



古谷は行政に相談する。 「もうあそこ何年も空き地ですよ。誰も何も建てない。なのに、なぜ“蟻のために”人間が退くんです?」


係員は淡々と答えた。

「彼らは、静かに、壊さず、誰も傷つけず、ずっとそこに住んでいたんです。

だから、あなたが“後から来た”ことになるんですよ。」


「そんな……!」


「あなたのように、そう言ってくる人はよくいます。でも、想像してみてください。自分の家の真上に、突然コンクリートを流し込まれたらどう思われます?。

それでも“話し合いで解決しよう”と思えますか?」



数ヶ月後、古谷はしかたなく別の土地を契約した。

引っ越しの前、かつて購入を断念したあの空き地の前を通る。


そこには小さな立て札が立っていた。

【本地は蟻族第Z-22系統の居住地です】

「静かなる命に、静かなる敬意を」



風が吹いて、草が揺れる。 その下で、小さな蟻たちが列をなして動いている。


古谷は小さくつぶやいた。


「……あんたら、いい場所に住んでんな」


そして、古谷は静かにその場を離れた。

新しい住居へ…


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